残響ユートピア16






 ヒーローチームの勝利が、オールマイトから高らかに告げられた。緑谷は天井を穿った一撃で腕を壊したらしく、そのまま倒れ込み、搬送ロボにより保健室へと運ばれていく。麗日は許容量を超えて個性を使用したことで、画面の向こうで酔いに苦しみ、その背中を飯田がさすっている。
 爆豪は、ただその場に立ち尽くしていた。表情はよく見えない。けれどその立ち姿が、奏の目にはあまりにも弱々しく映った。
 
「まあ、つっても……今回のベストは飯田少年だけどな!」
「なな!?」

 オールマイトに連れられて、一戦目を終えた飯田、麗日、爆豪の三人もモニタールームに揃った。飯田、爆豪に大きな怪我はなく、麗日はまだ青白い顔をしている。並ぶ三人の中で、爆豪の表情が、奏は気掛かりだった。ごっそりと、なにかが削がれたような顔。

「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
「なぜだろうなあ〜?わかる人!」
「ハイ、オールマイト先生」

 オールマイトの言葉に、一人の女子生徒が手を挙げた。真っ赤なレオタードのような、露出の高いヒーローコスチュームに黒髪の大きなポニーテール。体力テストで万力を作り出して総合一位だった子だ、と奏は思い出す。
 彼女は淀みもなくつらつらと、一戦目の訓練を見ていて飯田がベストと言われた理由を並べていく。
 四人の中で、飯田が一番状況設定に順応していた。爆豪の行動はモニター越しにも私怨の独断だとわかり、オールマイトから注意された大規模攻撃は愚策。緑谷も最後の一撃が同様の理由にあたる。麗日については序盤の気の緩みから飯田に見つかってしまったこと、最後の攻撃が乱暴であったことがあげられた。ハリボテとは言え、核という設定ならば危険な行為は控えるべきだと。

「相手への対策をこなし、かつ、核の争奪をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後反応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは訓練だという甘えから生じた反則のようなものですわ」

 わあ、この子凄いはっきりもの言うな。
 静まり返るモニタールームで、一人胸に手を当て、嬉しさからか小さく震える飯田を見ながらも、奏は彼女の指摘の鋭さに拍手をする。誰だっけ。確か推薦入学の……八百万さん?言うこと一つも間違ってないし、弁解の余地もないけど、勝己、大丈夫か……?
 飯田の横で小さく俯く爆豪の表情は動かない。普段ならば舌打ちをしてキレ上がるに違いない評価だが、本人も納得しているのだろうか。
 私怨丸出し。そうだよなあ、あいつらの関係性を知らない子にすらわかってしまう。そうだよなあ。
 奏だって今回の爆豪の行動を良いとは思わない。ヒーローだろうが敵だろうが、選択した行動にひとつも正しさはなかったと思う。緑谷が相手でなければもう少し冷静に判断ができたのかもしれない。
 間違っていたと思う、勝己の行動は。でも、それを今、間違えてたよ、というのは憚られた。だって勝己のあんな顔、初めて見た。
 
「よし、じゃあ二戦目は場所を変えるぞ!」

 オールマイトがビッと勢いよく出入り口の方を指差した。爆豪と緑谷の攻撃により、このビルの損壊は大きい。続けての訓練は無理だろう。
 オールマイトを先頭に、クラスメイトたちもモニタールームを出ていく。奏は爆豪に声をかけるか迷って、やめた。かけたい言葉はいくつもあったが、それを今伝えるのはあまりにも自分勝手だと思ったから。
 なかなか動き出そうとしない爆豪が気掛かりだったが、クラスメイトたちに混ざって、先に部屋を出た。
 階段を上がり、ビルの一階から外に出る。暗い部屋にいたせいか、外に出るとその明るさに目が眩む。
 見ると、外にまでビルの瓦礫や窓ガラスの破片が飛んでいた。外から見ると、改めてビルの損壊は大きい。壁が壊れて、鉄骨が剥き出しになっている箇所もあり、奏は改めて幼馴染み二人の破壊力の大きさにゾッとした。
 破壊力そのものもそうだが、互いの感情のぶつかり合いがここまでの結果を出したという事実に。
 壊れたビルが、自分には理解できない幼馴染み二人の感情を象っているような気がして、奏はしばらくビルを見上げていた。



 場所を移して二戦目、ヒーローチームはB、敵チームはI。敵側には尾白がいて、柔道着に近いデザインのコスチュームを纏っている。彼とペアになったのは葉隠という女子生徒で、彼女は個性のせいか姿を見たことがない。いわゆる透明人間というやつだ。彼女のコスチュームは透明であることを活かすためか、手袋とブーツしか身につけていないようで、透明人間としては正解だと思うけど女子なのに……いいのか……?と、奏は真顔になる。
 対してヒーローチームの二人とはまだ接点がない。確か、一人は推薦入学者のはずだ。ええと……轟くん?だっけ?左右で髪色が違う……はずだけど、コスチュームの仕様で左側が見えないな。
 モニターを見ていると、葉隠は急にブーツと手袋を脱いだ。「脱衣……!!」と小柄な男子生徒が小声で漏らすのを奏は聞き逃さなかった。伏兵としてヒーローチームを捕えるつもりなのだろう。核のある部屋から出ていく。
 ヒーローチームの二人がビル内に潜入する。潜入して早々に、轟とペアの男子生徒が動きを見せた。連なった腕の先端が、耳になり、口となる。あ、凄い。手だけじゃなくて身体の一部を複製できるのか?障子くん、マスクがかっこいい子だ。
 奏がモニターを見ていると、轟と障子は一言二言、短く言葉を交わすと、障子が頷いてからビルを出ていく。

「なんだ?出ていっちまうぞ?」
「なんか作戦?」

 クラスメイトたちも二人の動きに首を傾げている。奏は指先を口元に当てて考えた。
 敢えて距離を取らせた?仲間同士、この状況で離れるってことは巻き込む可能性があるからか?轟くんってどんな個性だったっけ……?
 体力テストのときを思い出すが、あのときは緑谷のことで気が気じゃなかったのであまり覚えていない。眉間にしわを寄せながら記憶を辿り寄せていると、轟が右手を壁につけた。パキ、と微かな音が奏の耳まで届く。次の瞬間に、いくつものモニターに映るビル内部が白くなっていく。氷だ。
 轟が右手をついた場所を起点に、ビルを覆うように氷が這っていく。氷はあっという間に尾白と葉隠を捉えて、二人の動きが阻まれる。

「さっみぃ!」
「まじかよ!ビル丸ごと凍らせたのか!?」

 急に室内の温度が下がり、奏も腕をさする。ここでこれだけ寒かったら、尾白くんたちもっと寒いだろうな……葉隠さん大丈夫か……?
 全裸であろう葉隠の身を心配したが、奏自身、寒いのは得意ではない。吐く息が白くなり、急に気持ちが滅入る。

「仲間を巻き込まず核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化!」
「最強じゃねえか!」

 オールマイトも寒さに震えながら解説をしてくれる。轟は核のある部屋まで辿り着くと、足を氷漬けにされて身動きの取れない尾白を尻目に、左手で核に触れた。それを確認したオールマイトがヒーローチームの勝利を告げる。勝利がわかると、轟の核に触れたままの左手から蒸気が上がった。核から氷が溶けていき、水が滴る。左右で扱える性質が違うのか……?熱と氷?随分とまあ強い個性だな。
 感心している間に、四人が戻ってくる。一回戦目に比べれば講評は簡素に終わった。まあ時間そのものが短かったし、圧倒的だったので仕方がない。

「さ〜てお次は〜!……こいつらだ!Gチームがヒーロー!Jコンビが敵!」

 オールマイトの言葉に、奏はスッと背筋が伸びた。ついに自分の番が回ってきたことに、微かな昂揚感。

「Gチームは音波少年、上鳴少年、耳郎少女の三人チームだな!対してJコンビは切島少年と瀬呂少年!二組とも人数差もよく考えて行動するんだぞ!」

 オールマイトは三戦目に選ばれた五人に、ビルの見取り図と小型無線、確保証明のテープをそれぞれ手渡す。赤髪の男子生徒が「ッシャア!」と気合を入れたのか短く叫んだ。

「よろしくな!手加減しねーぜ!」
「うん、よろしく」

 グッと握った拳を顔の前まで上げて、これから戦う相手の奏に、赤髪の彼は人の良さそうな快活な笑みを見せる。奏も微笑んで頷いた。奏たちは一度外に出て、五分後には訓練開始だ。それまでに見取り図を覚えて簡単な段取りは済ませておきたい。

「音波〜!まじで縁あるな俺ら!よろしくな!」
「はは、うん。嬉しいよ。よろしく」

 外に出て早々、上鳴に勢いよく肩を組まれて、奏は思わず笑みがこぼれた。パーソナルスペースが狭いんだなあ。上鳴くんの明るさは雰囲気よくしてくれそうで助かるよ。
 肩を組まれた勢いで上半身を前に倒すと、パチリと、もう一人のチームメイトと目が合った。よく見れば隣の席の女子生徒で、奏は薄く笑みを湛える。

「話すの初めてだね。音波奏です。今日はよろしくね」
「ん、ウチ耳郎響香。よろしく」
「……なんか二人、コスチュームの雰囲気似てるね?」
「え、ヤダ」
「なんでだよ!」

 耳郎が顔を顰めて言うと、上鳴が心外だと言わんばかりに叫んだ。
 耳郎も上鳴も、黒を基調としたロックテイストなコスチュームだ。もしかしたら二人の担当をしたサポート会社が一緒なのかもしれない。
 耳郎は全体的に線の細い印象だった。黒髪のショートカットは、パツンと揃えられた前髪が印象的だ。コスチューム時には両目の下に涙のようなペイントを施しているらしい。こだわりがあるんだなあと奏は心の中で頷いた。

「つーか時間ないし、段取り決めよ」
「えっ、まだ見取り図覚えてねえよ!?こーいうの苦手なんだよ!」
「アホそうだもんね」
「酷くね!?」

 上鳴が慌てて見取り図に目を走らせる。二人の相性は良さそうだと奏は口元だけで笑った。

「まずは簡単に、個性の把握しとこうか?」
「だね、じゃあウチから……まあでも、見たまま。イヤホンジャック」

 耳郎は右手の人差し指の先に、くるりと右の耳朶から垂れたプラグを巻きつけた。耳郎の両耳にはイヤホンのプラグのようなものが備わっていて、自由に伸ばして操れるようだ。
 耳郎響香――"個性"、イヤホンジャック。プラグを挿すことで自身の心音を爆音で伝える。また微細な音を拾うことも可能らしく、索敵に向いた個性だ。

「へえ、いい個性だね」
「んじゃ次俺いい!?俺のはコレ!」

 相性が良さそうだ、という言葉を続ける前に、上鳴がニカっと笑って手を挙げて、右手でピストルを模すようなポーズを作った。上に向けた人差し指の先から、パチッと小さな電光が走る。
 上鳴電気――"個性"、帯電。自身に電気を溜め、放電することが可能。ただし、

「W数が許容オーバーすると俺まじでめちゃくちゃアホになるから!そんときはよろしくな!」
「もうオーバーしてる?」
「ふざけんな今は普通だよ!」
「ははっ!二人楽しいね……!」

 上鳴の言葉に、耳郎が淡々と突っ込むのがおかしくて、奏は我慢できすぎに吹き出した。その様子を見て、上鳴はどこか満更でもなさそうに唇の端を上げ、耳郎は気恥ずかしそうに目を逸らす。緑谷と爆豪のことで鬱屈としていた気持ちが、緩やかに晴れる。助かるよ、本当に。

「電気系かあ……あ、じゃあもしかして入試のときって……」
「ん?おう!脳がショートしてたからな!まじで音波のおかげで助かったぜ!」

 入試のときのあの様子を思い出して口にすると、上鳴は大きく頷いた。正直そんなにはっきり言われてしまうとこちらも反応に困るのだが、奏は笑って誤魔化した。

「じゃあ僕の番だね。僕は」

 そこまで言った奏の言葉を遮ったのは、耳につけた小型無線からだった。オールマイトが「五分経った!始めるぞ!」と合図を送る。声が思ったより大きくて、思わず眉を顰めた。奏の前に立つ二人は、少し顔を強張らせる。初めての実践訓練、そりゃ緊張はあるよな。僕がそういうのに疎いだけで。

「きたぁ〜……!」
「ウチちょっと緊張してる」
「俺も!」

 耳郎の言葉に上鳴が頷いた。頷きはするものの、上鳴の目は昂揚からギラついて、耳郎はトントンと軽く自分の胸を叩いて呼吸を整えている。

「さて、じゃあ僕らの番だ。頑張ろう」

 ビルを見据えて奏が薄く笑ったまま言えば、左右からそれぞれに返事があった。
 屋内対人戦闘訓練、三戦目、開始。



16:開戦

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