残響ユートピア17






 屋内対人戦闘訓練。ヒーローチームと敵チームに分かれて戦う。ヒーローの勝利条件は十五分の間に敵の捕獲、または核の回収。
 奏は訓練開始の合図を受けて、上鳴、耳郎と共に敵のアジトという設定の五階建てビルに潜入した。一階の窓から入り込み早々に、耳郎が右耳のプラグを壁につける。

「足音が二つ……四階か五階かな……」
「おお!すげえなイヤホンジャック!」
「ちょっとっ、静かにしてくんない?向こうの個性わからないんだからさ」

 耳郎が上鳴を顰めた顔で見た。上鳴は慌てて両手で口を塞いで小さな声で「ごめん……」と謝る。向こうにも索敵に長ける個性がいたら潜入したこともいつどこから現れることもバレてしまう。情報戦はすでに始まっているのだ。
 奏も左手で扉をノックするように壁を叩いた。コンコン、と冷たいコンクリートの音が響く。

「五階、右奥のフロアだね。核のハリボテが約三メートルってとこかな……核を守るように二人距離を取りながら警備してる」
「え?なんでわかんの?」
「さっき聞けなかったけど、音波の個性って……」

 二人の視線が奏に向いた。増えた情報から頭の中で策を練りながらも微笑んでみせる。

「時間もないし、移動しながらでいいかな」
「あ、そか。タイムアップは向こうの勝ちだもんな」

 提案に対して二人は快諾してくれ、揃って周囲を警戒しつつも階段を目指す。周囲をしきりにキョロキョロと見回す上鳴は、「奇襲とかあっかな」と不安そうに呟いた。

「どうだろう。ないとは言い切れないけど、可能性は低いんじゃないかな」
「なんで?」
「コンビの場合の奇襲なら、一人は核を守り、一人が先兵に出るのがベターだ。でも僕らの場合は人数差で優位に立ってる。よっぽど自信がなきゃ攻めてこないと思うよ」
「はあ〜……なるほど……!」
「お互いに個性わからないし、奇襲しかけて逆に確保される可能性もあるしね」

 耳郎はイヤホンジャックのプラグを移動しながら壁につけて音を探ってくれているらしい。奇襲があったとしても、彼女の索敵能力なら無効化する個性でない限りは気付けるだろう。
 二階へ向かう階段を登りながら、耳郎が「それよりさ」と切り出した。

「音波って結局どんな個性なの?」
「それそれ!教えてくれよ!」
「ああ……そうだね」
 
 二人よりも一足早く階段を登り切り、二階に上がった奏はくるりと振り返って二人を見下ろした。

「僕の"個性"は超音波」

 二人はきょとりとして「超……」「音波?」と息のあった返しをした。やっぱりこの二人相性良さそうだな。
 奏は二人が階段を登り切るのを待って、進みながら話を続ける。

「簡単に言うと音を操れる。耳郎さんとは相性いいかもね」
「じゃあさっきの……敵側の居場所とか核の場所まで細かくわかったのは」
「エコロケーションって知ってる?」
「ああ……動物、コウモリとかが使うやつだよね」
「そうそう」
「俺知らない」

 耳郎の返事に頷いていると、話のわからない上鳴が寂しそうに眉を下げた。その様子がなんだか小動物のようで、奏は笑いそうになるのを堪える。

「動物が自ら発した音がなにかにぶつかって、反射してきた音を受信することで対象物までの距離を知る方法だよ。上手く使えば周囲の位置関係とか距離を知れる。僕がやったのはそれ。耳郎さんが四階か五階に敵がいるって絞ってくれてたから楽だったよ」
「ほへぇ〜」
「上鳴わかってる?」
「なんとなく!」

 元気にサムズアップして答える上鳴に、耳郎は呆れたように息を吐いた。奏は視線を無機質な天井の映る宙に向けて、右手の指を折りたたんでいく。

「他にもいくつかできることがあるけど……簡単に言えばそんな感じ。出力の調整もできるし、振動数を上げればその辺の壁なら壊せるかな」
「完全にウチの上位互換なんだけど……」
「そんなことないよ、耳郎さんのイヤホンジャックほど正確な狙い撃ちはできないし」

 奏の言葉に納得のいかなそうな顔で、耳郎が奏を見た。苦笑いで返すことしかできなかったが、耳郎は最後には諦めたように肩を竦めた。
 話しているうちに三階まで上がって、四階へ続く階段が目の前だった。

「敵チームに動きはないよ」
「ありがとう。防衛戦のつもりだろうね」
「ここまでなんもなさすぎて逆にこえ〜どわっ!?」

 急に隣を歩いていた上鳴が視界の端から消えて、奏は足を止めて振り返る。上鳴は通路にうつ伏せで倒れていた。

「ちょっとなにしてんの?」
「上鳴くん、大丈夫?」
「ってえ〜……!なんかに引っ掛かって転んだ……ん?」

 起き上がった上鳴の鼻は薄らと赤い。手を頭の後ろで組みながら歩いていたらせいか、どうやら見事に顔からいったらしい。上鳴は自分の右足を見る。奏と耳郎もその視線を追う。上鳴の右足には、白いテープのようなものが貼り付いていた。ガムテープよりも幅が広いそれは、剥がせば簡単に取れる。
 奏は今通り過ぎたばかりの通路を少し戻った。視線を低くして、壁を見ると十字路になっていた通路の壁に、同じようなテープが少しだけ残っていた。上鳴はここで足をテープに引っ掛けて転んだのだろう。

「なるほど……トラップ仕組まれてるみたいだね」
「どっちかの個性ってこと?」
「多分ね」

 いい手法だな。人数差を考えると奇襲はリスクが高いけれど、こうやってトラップを仕掛けておけば時間を稼げる。タイムアップは向こうの勝ちの中で、いい選択だ。

「二階まではなにもなかった。気付かなかっただけかもしれないけど……下の階を捨てて、上にトラップ集中させた可能性はあるね。気をつけて行こう」
「あ、待ってこれ……!」

 耳郎が警戒しながら先を進んだ。四階に繋がる階段を見上げて、焦りと落胆を含んだ声で奏たちを呼ぶ。耳郎の声に階段を見上げると、先ほどと同じテープが階段を登るのを阻むように張り巡らされていた。

「げぇー!まじかよ!」
「四階に上がるにはこの階段しかないよね……?」
「そうだね。窓から一度外に出て、上の階の窓から入るって考えもあるけど、僕らの個性じゃそれは危険すぎる」

 音による索敵、電気による攻撃、それらには長けるが機動力が秀でている者はいない。麗日のように浮いて外から上の階に回ることも、飯田のように足でこのテープを振り切ることも、爆豪のように爆破してテープを破ることもできはしない。

「避けながら登るしかないだろうね」
「だよね……」
「まじかあ〜……」

 ガクリと肩を落としす上鳴、耳郎も僅かに困惑の色を浮かべて階段を見上げた。これは大幅なタイムロスになる。
 奏は一枚、近くにあったテープに手をかけた。強度はそこまでではないが、粘着度はそこそこあるようだ。ナイフを持ってはいるが、テープを一度くっつけてしまうといざというとき使えなくなる可能性がある。それは避けたい。
 やっぱり避けていくしかないか……通れないほど張り巡らされているわけじゃないし、気を付ければいける。当然だけど敵チームも色々考えてるよな。

「このテープそのものが相手の個性なのかはわからないけど……わかっていることが増えた。向こうは防衛戦のつもりだろうし、音からも核の近くを離れる様子はない。正面から戦うことになる可能性が高い中で情報のアドバンテージは大きいよ」
「おお……そう言われるとちょっと気分上がるわ」
「単純……」
「あ、そうだ上鳴くん」
「ん?」

 奏は上鳴の正面に立つと、「ちょっと失礼」と断ってから、そっと頬に手を伸ばした。指先が頬に触れると、「えっ!?なに!?」と上鳴が驚いたように目を見開き、驚きからかほのかに頬を染めた。

「転んだとき手をつけてなかったみたいだから……ん、鼻の骨が折れたりはしてないね」
「え!俺鼻低くなってる!?」
「むしろ低かったから折れなかったんじゃない?」
「おい!耳郎!」

 上鳴は奏の手から逃げないままに耳郎に異議を唱える。その様子が楽しくてつい口元が緩んだ。「音波も笑うことなくね?」と上鳴が拗ねたように言うので、「ちょうどいい高さの鼻だと思うよ」とフォローをしておく。

「ヒビとかもなさそうだし、よかったよ」
「そんなんわかんの?」
「個性でね」

 医療分野で、超音波を使う場面は多々ある。指先から影響を与えないような超音波を放ち、上鳴の骨に異常がないかを確かめた。医者ではないので詳しい状態までは判断できないが、傷の有無くらいなら奏にもわかる。「進もうか」と声をかけると、二人は顔を引き締めて静かに頷いた。
 トラップを避けながら階段を上がるというのはそれなりに神経を使ったが、慣れてくればそれほど大変ではなかった。何度かテープに気を取られた上鳴が階段から落ちそうになったりしたが、思ったほどの時間はかからず四階に上がれた。
 四階にも所々トラップは仕掛けられていたが、基本的には視界に入りづらい足元が多いとわかったので、足元を注意して進み、五階へ上がる階段のトラップも潜り抜け、最上階、核の保管場所に辿り着く。

「この階に核があるんだよな……!」
「敵もね。上鳴、大きい声出さないでよ」
「わかってるって……!」

 耳郎が釘を刺すと、上鳴は自信ありげに頷き笑う。耳郎はあまり信じていないようで眉を顰めた。まあでも、ここから先有利に進めるためには、僕たちがこの階にすでに辿り着いてることはまだ知られたくない。

「じゃあ、音消しとこうか」
「え?」

 奏は右手でパチンと指を鳴らす。耳郎と上鳴は揃って首を傾げた。

「僕らの出す音、声とか、足音は僕を中心に半径三メートル以内でしか聞こえない」
「なにそれすっげえ!むが!」

 パッと表情を輝かせて声を大きくした上鳴の口を、奏は慌てて右手で塞ぐ。左手の人差し指を唇の前で立てながら、緊張感のある苦い笑みを見せた。

「消せるけどっ、急に大きな声を出されたりすると対応しきれないから。なるっ、べくっ、小声がいいかな……!?」

 上鳴はコクコクと奏と目を合わせたまま頷くので、そっと右手を離す。さっきのはギリギリ対応できているはずだ。敵チームには聞こえてない。多分。
 上鳴は自分の両手で口を覆いながら小声で「ごめん」と謝った。そこまで小声じゃなくても大丈夫なんだけど。

「アホは放っといて、いるよ。音波が言ってた通り右奥から話し声する」
「酷くね……?」

 耳郎がプラグで敵チームのいる方を指す。耳郎さん器用だな。手足の感覚で使えるんだろうな、イヤホンジャック。
 奏はひっそりと感心しながら、慎重に核の方へ向かう。確かに話し声と足音がする。

「柱の多いフロアで助かった。気付かれないようにまずは目視できる距離まで近づこう」

 言うと、二人は黙って頷いた。音は消しても視界に入ってしまえば見つかる。柱を利用して少しずつ距離を詰めていく。
 この距離まで来れば、奏には敵チームの会話が鮮明に聴こえた。会話に意識を傾ける。

「あと時間どんくれえだ?」
「半分くらいじゃね?トラップにかかってくれてりゃいいけどな〜」

 まだ自分たちの存在に気付いていない。そのことに安堵しつつ進むと、先頭を歩いていた耳郎が手で止まれと合図をした。それに従って奏と上鳴は足を止める。耳郎が姿勢を低くして、奏たちに目を向けながらプラグで向こうを見ろと指した。そっと柱の影から覗くと、核に敵チーム二人。
 奏とは反対側から覗いていた上鳴が明らかに落胆した声で呟く。

「なんだあれ……」
「核の周りに柱を利用してテープのバリケード……厄介だね」

 核を取り囲むように、周囲にはここまでにもトラップとして使われていたテープがバリケードのように張り巡らされていた。赤髪の男子生徒はバリケードの外に、テープカッターを模したようなメットに、白と黒を基調としたヒーローコスチュームの男子生徒がバリケードの内側に立っている。

「どうする?」

 一つの柱に三人が収まるように身を寄せ合って、作戦を練る。核を回収するか、敵チーム二人を確保するか。こちらは三人チーム、二人が敵チームと交戦して一人が隙をついて核を回収できればいいが、いかんせんあのバリケードが邪魔だ。
 奏が顎に手を添えて考えていると、蹲み込んだ上鳴がピッと手を挙げた。隣で姿勢を低くした耳郎と、柱に背を預けて立っていた奏の目が向く。

「俺が突っ込んで電気ぶっぱすれば一瞬じゃね?」

 名案だと言いたげに上鳴がニヤリと笑う。敵を行動不能にするという点では上鳴の策は効果的だろうな、と奏も思う。ただ今回は。

「アンタ一戦目の講評聞いてた?」
「核の近くで電撃は控えたいかな……」
「あ、そっか」

 核の周囲で乱暴な攻撃は危険だ。そして敵チームもそれをわかっている。だから一人はバリケードの内側にいるのだ。こちらが手を出しにくいように。

「縛りかけられてるね」
「つっても、もうあんま時間ないよ。どうする?」
「うえ〜、せっかくここまで来たのにタイムアップはないっしょ!?」

 ガキン、と不意に硬いものがぶつかり合う、掠れた高い音が響いた。柱があるだけで広いこのフロアは音が反響しやすい。音の発生源は赤髪の男子生徒だった。彼は核を背に、角張った拳を合わせている。

「どっからでもかかってこい!相手するぜ!」

 彼は笑っていた。熱のある声だ。誰かに言ったわけじゃない。言葉の先は恐らくは自分で、自分を鼓舞し、奮い立たせる言葉だとわかった。対してバリケード内の、恐らくはテープの個性を持っているのだろう男子生徒は緩く言葉を紡ぐ。

「気合い入ってんな」
「そりゃ入るだろ!初めての実践訓練!おまけに一戦目のやつら見て気合い入んねえやつは漢じゃねえよ!」
「それもそーね」

 一戦目、出久と勝己だ。ドク、と心臓が一瞬だけ強く鳴った。血の巡りが速くなる。

「なに話してっかわかんなかったし、アイツらのことなんも知らねーけど、あんなアツイとこ見た後でビビってらんねえだろ!」

 あの子、声大きいなあ。凄いよく響く。凄いよく聞こえる。言葉に偽りも虚勢も空々しさもない。
 血が沸くような感覚。奏はまだ、一戦目の戦いをどう受け取るべきか悩んでいた。緑谷が爆豪に正面から挑む姿を見て、渡り合う姿を見て、確かに高揚した。けど爆豪の苛立ちと悲痛を混ぜた叫び声が胸に刺さった。
 爆豪のあの行動は、訓練という前提の中で間違っていたと言える。けど頑張っていなかったわけじゃない。間違った方向に使った力だとしても、すべてを否定したくないという気持ちがほんの少し、心の底にあったのは事実だ。
 緑谷のあの勝利を、手放しで喜んでいいのか迷った。緑谷が掴み取った勝利だ。けれど最後のあの一撃。自分を追い詰めて、大きな怪我を負って掴んだ勝利を、喜んで肯定して褒めてしまってはいけない気がした。
 でもあの戦いが、奏にとって複雑な戦いが、誰かの胸に熱を灯したのならば。
 そうであれば、あの戦いはまったく無意味だったとは言い切れない気がした。そしてその事実が、今度は奏の胸にも熱を灯す。

「……上鳴くん」
「ん?」
「帯電って、電気は操れるの?」

 奏が問うと、上鳴は目線だけを上に向けて「んにゃ」と眉間に皺を薄く寄せて腕を組んだ。

「俺は電気を纏って放つだけなんだよな、操れねーの」
「出力調整は?」
「あ、それならできる」
「そう……」

 時間ももうない。攻めに行かなきゃ勝てない。
 奏は顎に添えていた手を口元を覆う高さまで上げて考える。勝利への道筋を。

「……二人とも」

 低く言うと、二人は揃って奏を見上げた。口元を覆っていた手を離し、二人と目を合わせる。

「僕に考えがあるんだけど」

 言うと、二人は目を見開いた。耳郎が即座に「聞かせてよ」と言う。上鳴もどこかわくわくとした表情で奏を見上げていた。
 奏は「時間がないから手短に」と前置きして、敵チームの動向に意識を傾けながらもその場に膝をついて三人で顔を寄せ合う。

「なるべく核付近での戦闘は避けたい。二手に分かれるのがいいと思う」
「二手?」
「うん、耳郎さんと上鳴くんであの赤い髪の彼、核から離れるように誘き出せないかな」

 奏の提案に、二人は顔を見合わせた。

「できないことはないと思うけど……音波は?」
「二人が彼を相手にしてくれている隙に、僕は核を回収する」
「え、でも瀬呂いんじゃん。どうすんの?」

 上鳴が言うには、バリケード内にいる方が瀬呂という男子生徒らしい。じゃあ赤髪の方は切島くんか。上鳴くんって社交性高そうだもんな。もうクラスメイトとの交流を進めてるんだ。

「核の左方に回り込んで、二人が切島くんを誘き寄せてくれれば、多分瀬呂くんの気も引けると思う。その隙に回収する。気付かれたとしても、考えはある」
「考えって……バリケード避けながら瀬呂と戦うの?むずくない?」
「とにかくあの二人を分断したい。切島くんを核から離れさせられれば、上鳴くんの個性で確保できる可能性は高い。確保でき次第、二人がこっちに来てくれれば三対一だ」
「あっ、なーる」
「耳郎さんと核を巻き込まないように気を付けてね」

 ポンと手を打つ上鳴に、眉を顰める耳郎。耳郎の反応は頷けた。時間がないから説明は大分端折ったし、僕らの間にはまだ信頼と呼べるものがない。
 けど勝つにはこれしかないと思うし、時間もない。
 奏は言葉を並べて、どうにかこの作戦でいけないか交渉しようと口を開いた。けどその口から声が発せられる前に、上鳴が言う。

「いいじゃん、やろうぜ」

 それは短く、簡素で、それでいてはっきりとした声だった。
 奏は薄く開いた口をそのままに上鳴を見る。上鳴は薄く、けれどどこか精悍な笑みを見せている。

「え……」
「ちょっと、そんな簡単に」
「いやいや、だってそれしかなくね?時間ないしさ、音波はこれならワンチャン勝てるって思ってんしょ?」

 上鳴は軽い調子で奏に尋ねた。今日朝ごはんなに食べた?と聞かれているくらいの軽さに、奏は呆気に取られながらも、ぎこちなく頷く。

「上手くいけば、勝てると思う」
「じゃあいいじゃん!な、耳郎」
「んん……まあ、結局時間もないし、他に策もないし……」

 耳郎は頬を掻きながら、躊躇いながらも最後には「やろう」と言ってくれた。
 上鳴がニッと目を細めて笑う。奏と目が合った。髪色を少しくすませたような、風に揺れる山吹の花の色をした瞳が、勝利を信じて笑っている。
 無邪気とも呼べるその笑顔に、奏も眉を下げて笑った。

「じゃあ僕は回り込むから……僕が離れたら二人の出す音は普通に聞こえちゃうから、それだけ気を付けて」
「ん」
「おう!」

 敵チームの動向に気を付けながら、自分の音を個性で消しつつ柱から柱へ移動していく。少し大回りになってしまったが核の左方へと辿り着いた。
 瀬呂と切島の配置は変わらない。バリケードの内側に瀬呂、外側に切島。瀬呂が内側にいるのは核の付近で大袈裟な戦闘に持ち込ませないためだ。自分ならばその隙をつける。
 奏は一度深く息を吸い、ゆっくりと吐く。上鳴と耳郎の方を見る。目を合わせて、コクリと頷いた。決行の合図だ。

「っしゃあ!行くぜぇ!」

 上鳴の声がフロアに響いた。柱から飛び出した彼に、敵チームの意識が逸れる。
 奏はまだ身を潜めている。まだ、切島くんが核から離れるまでは。
 飛び出した上鳴の姿を見て、切島は待ってましたと言わんばかりの笑みを見せた。両の拳を合わせると、ガキンとまた鈍い音がする。わかりづらいが拳が角張っているように見えた。さっきもそうだったけど、どういう個性だ?

「来たな!漢なら正々堂々真っ向勝負!受けて立つぜ!」
「あっ!おい切島!」

 上鳴の姿を捉えた切島が駆け出す。よし、狙い通り!一戦目で勝己の奇襲に対して漢らしくないと一蹴していた。それ以降の言葉からも彼の性格は推察できる。正面から挑めば彼は乗ると思った。だからこの策を選んだ。
 切島が駆け出し、核から離れていくのを見計らう。

「待てって!向こう三人だろ!?なんか罠が……!」

 瀬呂が慌てて叫ぶ。切島との距離、瀬呂の視線を確認して、奏は音を消したまま飛び出した。
 バリケードを避けて中に入るのは難しい。それはつまり、内側から外に出るのも難しいってことだ。切島くんが飛び出したとしても、瀬呂くんがそれに続くのはまずないと思った。分断は成功だ。あとは僕が――……

「あ〜も〜!ってほら!こっちから来てんじゃねーか!」

 思わず舌打ちが漏れる。瀬呂は奏の接近に気付いたらしく、頭を抱えていた手を構えた。
 横目で上鳴たちを見る。切島を挟むように上手く立ち回ってくれている。距離は十分離れた。ここまで離れれば巻き込まれることも、巻き込むこともない。

「切島!時間まで持ち堪えろよ!」
「わかってるぜ!」

 バリケード越しに核までの距離、このフロアの反響の仕方、瀬呂と奏の距離、出力すべき音波の波長、様々なことを考え、計算しながら、奏は走る。
 目の前にテープが迫ってきて、咄嗟に避けた。肘からテープが射出されてる。なるほど瀬呂くんの個性か。

「あっ、クソ」

 テープで動きを封じる気だったのだろう。射出されたテープはそのまま勢いを失って床に貼りついた。切り離しも可能らしく、切られたテープはそのままバリケードに引っ掛かってしまう。
 核を回収するにも、瀬呂くんを確保するにもバリケード内に入るしかない。けどそこでもたついてたら向こうの思う壺だ。だから今、ここで、先手を打って決める。
 奏は距離を詰めながら両手を構えた。
 瀬呂くんの身長が約180p。身体つきは締まっているけど線が細い。心拍数は正常値だけど若干速い。恐らく緊張と興奮からくる昂り。呼吸もわずかに浅い。全部聴こえている。大丈夫、いける。
 いざ攻めようとしたとき、一瞬迷いが生じた。出会ってまだ数日のクラスメイトに、個性を向けるという事実に不安がないと言えば嘘になる。
 けどその迷いもすぐに打ち消した。緑谷と爆豪の姿を思い出したから。
 結果がどうあれ、どんな想いであれ、あいつらは確かに正面から戦って、その姿は僕の脳に灼然と焼きついた。
 なら僕も、あいつらに負けないように。

「止める!」
「悪いね……!」

 バリケードの手前、奏は手を鳴らす。掌を少し窪ませて、右手を少しだけ下げて左手と合わせれば、パァンッ、と空気を含むような渇いた音が響いた。

「おやすみ」

 眠りへと見送る言葉を紡ぐ。メット越しの瀬呂が眉を顰めるのが見えた。

「なにを……をぉ……?」

 ぐらり、瀬呂の体が大きく揺れて、バランスを取ろうと何度か足踏みする。けれど崩れたバランスを取り戻すことなく、バリケードに引っ掛かるように倒れ込む。上手く引っ掛かってくれてよかった。倒れたときに頭ぶつけられたりしたら怖いし。
 奏はバリケードを潜り抜ける。通り様に瀬呂の様子を確認すると彼はメットの向こうで小さな鼻提灯を作りながら幸せそうに眠っている。その横をすり抜けて、左手を伸ばした。

「回収」

 直後に、無線の向こうからヒーローチームの勝利が告げられた。



17:熱伝導

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