残響ユートピア19






 名前を呼ぶ声が、いつもより冷たかった。
 奏は表情豊かとは言えないし、感情の起伏も大きくない。けれど怒っているときは存外わかりやすい。
 いつもの宵色の瞳が、深夜零時よりも深く暗い色をしていて、緑谷は掴んだままだった彼の右手をそっと離した。

「僕に話すこと……あるよな?」

 再度問われて、唇を縫い合わせるようにぴったりと閉じる。スッと切れ長の目が細められて、思わず身が竦む。言わなきゃいけない。けれどなにを、どんな風に。自分は一度奏に嘘をついてしまっている。なにを言っても、どう伝えても、今となってはすべてが言い訳にしかならない。
 それでもなにか言わなければと口を開こうとした。

「あ!緑谷少年!音波少年も!」
「オールマイト先生……」

 爆豪を見送ったらしいオールマイトは自分たちに気付いたようで、大きく手を振っていると思った次の瞬間には突風とともに目の前に立っていた。さすがオールマイト……!といつもなら歓喜で震えるところだが、とてもそんな雰囲気ではない。
 
「よかった緑谷少年!さっき保健室に寄ったとき君まだ寝てたからさ!授業の講評話せなかったんだよね!」
「あ、す、すみません……!」
「ハッハッハ!謝らなくていいよ!そういうわけで音波少年!悪いけど緑谷少年借りていいかな!?」

 ビッ!と顔の高さまで手を挙げて、いつもの笑顔で断りを入れる。奏はどこか白けた目でオールマイトを見上げた。緑谷はハラハラしながら様子を見るが、奏は「わかりました」と目を伏せる。

「じゃあ、出久。あとでな」
「う、うん……」

 あとでと言う声には圧があった。奏はオールマイトに小さく頭を下げてから校舎の中へ戻っていく。
 オールマイトは奏の姿が完全に見えなくなってから、改めて緑谷を見た。

「二人となにを話していたんだい?」

 爆豪の様子を見て思うところがあったのか、オールマイトはそう言った。
 緑谷は少し躊躇って、隠しておくべきことではないと判断し、先ほどまでのことを話し始めた。



「話したのか……!」

 事情を聞いたオールマイトの声は硬かった。当然だ。秘密にするという約束だったのに、幼馴染みの二人に自ら打ち明けてしまったのだから。

「すみません!母にも言ってなかったのに……なんでか……言わなきゃって……本当にすみません……」

 言わなければと思った。あの戦いの中で初めて正面から爆豪と対峙したとき、爆豪の言葉を聞いたとき、そして授かった力に頼ったとき、話さなきゃいけないと思った。それは奏に対してもそうだった。あんな風に自分の個性の発現を喜んでくれた彼に嘘をつき続けるのは裏切りのように感じた。二人には自分のことを話さなければと、どこか義務のようにすら感じていた。
 頭を下げる緑谷に、オールマイトはいつもの笑顔で、けれどわずかに困ったように口角を下げる。

「……幸い、爆豪少年は戯言と受け取ったようだし……今回は大目に見るが……次はナシで頼むぞ。この力を持つという責任をしっかり自覚してくれ!」

 緑谷がこくりと頷いたのを見て、オールマイトは顎に手を添える。爆豪は戯言と受け取ったのかもしれない。けれど。

「ただ音波少年は……」

 奏はきっと、そうじゃない。

「かなちゃんとは……ちゃんと話します」
「話すって、緑谷少年……!」
「あ、いや!もちろん力のことは秘密のままに……!」

 慌てて訂正を入れると、オールマイトはホッとしたように胸に手を当てた。しかしすぐに少し眉尻を下げる。

「音波少年……彼のこと正直まだよく知らないんだけど……爆豪少年と違って、君とは良好な関係なんだろ?」
「はい、かなちゃんとは小学校に入ったときからずっと仲良くしてもらってて……」

 オールマイトには何度か爆豪の話をしたことはあったけれど、確かに奏のことをあまり話したことはない。あのヘドロの一件でも、奏は被害者という枠にも入っていなかったから、オールマイトとの関わりは雄英以外ではないに等しい。

「かなちゃんだけが、無個性の僕がヒーローになりたいって夢を嗤わないでくれたんです」

 そう話すと、オールマイトは口を閉じた。落ちた影の色が段々と濃くなっていく。

「だから……本当のことは言えなくても、ちゃんと話がしたいんです。かなちゃんには打ち合わせ通り、個性が急に発現したって話してたから……」
「ああ……君が無個性だと知っている人向けに私と一緒に考えた……」
「はい。そのときもかなちゃんは……喜んでくれました。凄く」

 あのとき抱きしめられた温度を覚えている。笑ってくれた彼の顔を覚えている。
 秘密をすべて明かすことはできない。けれどせめて正面から話がしたい。伝えられなくても、嘘をついたことを謝りたい。

「……わかった。音波少年のことは君に任せるよ。ただし、くれぐれも秘密は守ってくれ!」
「はい……!ありがとうございます!」
「知れ渡れば力を奪わんとする輩が溢れかえることは自明の理!この秘密は社会の混乱を防ぐためでもあり、君のためでもあるんだ。いいね?」

 オールマイトの言葉に強く頷いて、緑谷は校舎に戻る。みんなまだ教室で反省会してるのかな……ああ、訓練はみんなの個性を見るチャンスだったのに、もったいなかったな。
 白い廊下は窓から差し込む西日でオレンジ色に変わっていた。まだまばらに人の気配を感じる。まずは制服に着替えなければと更衣室へ向かった。奏もきっと、教室で個性の話はしないだろう。するならきっと、二人きりになった帰り道だ。それまでにどう伝えるか考えないと――

「ああ、来たね」

 更衣室の扉を開けた先にいた人物の宵色の瞳がこちらを見た。驚きに心臓がギュッとする。更衣室の真ん中で、たった一人、奏はそこに立っていた。

「な、かなちゃん……なんでここに……」

 緑谷が狼狽えながら言う。まだ心の準備も整理もなにもできていない。完全に不意打ちだ。これはまずい。かなちゃん相手に準備なしで、個性について納得させられるようなものがなにもない。手が汗ばんで、思わず一歩後ずさる。その様子を見て、奏は呆れたように目を眇め、鼻から息を吐きながら肩を下げた。

「その怪我じゃ一人で着替えられないだろ」
「…………確かにっ!」

 奏の言葉にハッとして、緑谷は慌てて扉を閉める。リカバリーガールのおかげで動ける程度には回復しているが、骨折までは体力の問題で治しきれなかった。確かにこの怪我でコスチュームを脱いで制服に着替えるのは大変かもしれない。

「腕、治してもらえなかったのか?」
「あ、これは……昨日今日で、連続での治癒は体力的な負担が大きいからって、今回のは……その、結構大怪我だし……」
「ああ、逆に死ぬってやつか」
「そうそう。明日また来いって言われてる」

 思っていたよりもずっと、奏は普通だ。その様子に拍子抜けしつつもホッとする。怒ってると思ったけど、そんなことないのかな。
 ちらりと奏を盗み見ると、ロッカーからワイシャツを取り出してくれている。

「あ、ファスナー後ろか。下げるよ」
「ありがとう……」

 緑谷のコスチュームのジャンプスーツは背中にファスナーがあるタイプのもので、普段も一人で着るのは難しいが、片腕が折れている今はより困難だ。緑谷は素直にお礼を言って、ファスナーが下ろしやすいように少し下を向く。
 やっぱりかなちゃん、いつも通りだよな……?

「で、お前の"個性"の話だけど」
「急に!!」

 ジーッ、とむず痒く響くファスナーの音が小さく聞こえてくる中で、奏は淡々と、唐突に本題に入ろうとした。グルリと勢いよく顔だけで振り返ると「下げづらい」と渋い顔をされたので慌てて正面を向く。
 ファスナーが完全に下がると、奏の助力を得ながら腕を抜いて、ワイシャツを羽織る。

「さすがにここでその話は……!誰かに聞かれるとまずいし……」

 動かせる左手の人差し指を口の前で立てながら、ちらりと扉の方を見るた。まだ校内には人の気配がいくつもあるし、もしも誰かに話を聞かれたらまずい。
 狼狽える緑谷を見て、奏はパチンと指を鳴らす。

「僕らの声はこの部屋の外には聞こえないようにした。これでいい?」
「えっ!?なにそれ!かなちゃんそんなのできたの!?」
「今は僕じゃなくてお前の個性の話だろ」

 思わず声を大きくすると、奏は薄く眉を寄せた。音を消す仕組みについては後で絶対詳しく聞こうと心に決めて、緑谷はワイシャツのボタンを片手で留めようと苦戦する。「やろうか?」と言う奏に「大丈夫」と苦笑いをした。さすがに幼馴染にボタンまで留めてもらうのは、まるで幼児みたいで恥ずかしさが勝った。奏はロッカーのそばに置かれたベンチに腰をおろす。緑谷の左側、背中をロッカーに向けて。

「……授かった"個性"って、どういうこと」
「っ……」
「お前は個性が発現したんだろ?そう言ったよな?」

 言葉は強くて、声には縋るようなものを感じた。もしかしたら、もしかしたら今、僕がさっきのは全部嘘だったんだって言ったらかなちゃんはそれを信じようとしてくれるのかもしれない。僕に個性が発現したという事実だけを、優しく真綿で包むように、受け止めてくれるのかもしれない。
 けどそれは、奏に対してあまりにも不誠実な気がした。

「……っ、ごめん……」

 絞り出した言葉は、ありふれたものしか出てこなかった。
 その一言で、奏は察したのか一度深くうつむいた。ボタンを留めていく手が震えた。それでもどうにか留め終えて、コスチュームを脱いで制服のズボンに履き替える。ベルトを締める音がカチャカチャと無機質に響いて、奏と緑谷の沈黙を埋めた。

「……誰から」

 奏がうつむいたまま言った。バックルにかけた手が止まる。聞かれると思っていた。当然だ。人から授かった個性だと知ったら当然授けた人は誰かという話になる。

「……言えない」
「……さっきも言ってたな。言えない、言わないって……」

 目線だけをこちらに向けられているのがわかった。けれど緑谷は奏の方を見れなかった。宵色の目が鋭くなる。

「他人に"個性"を譲る"個性"なんて聞いたこともない……!譲った方はどうなるんだ?無個性になるんじゃないのか?相手がどんな人間であれ、個性を他人に譲るメリットがあるとは思えない……!お前、なにか変なことに巻き込まれてるんじゃないだろうな……!?」
「ちがっ……!違うよ!巻き込まれてるとか全然……!そんなことなくて……!いや、そんなこと言ったって疑わしいとは思うんだけど……!」

 緑谷は体ごと奏の方を向く。奏は左手をベンチについて、上半身を捻って緑谷を見ていた。それから静かに立ち上がり、ベンチを挟んで対角に向かい合う。
 深い色をした瞳が燃えている。怒りじゃない。これは心配させているんだ。
 
「ほんとは……秘密にしなきゃいけなかったんだ。でも……君たちには言わなきゃと思って……」
「……僕にも、言えないのか」

 寄せられた眉が少し下がる。その顔を見るのが辛くて、グッと唇を噛んだ。折れた右手を握り込むと鈍い痛みが走った。けれどその痛みよりもずっと、胸の痛みの方が強い。
 
「……っ……ごめん……」

 目も合わせられないまま、謝ることしかできない。奏がくしゃりとアイマスクごと前髪を掴む。

「……言えないんだな、僕にも」
「……うん」

 頷くと、奏は深くため息をついて「お前、変なとこで頑固だもんなあ」と呆れと諦めをの色を含んだ声で言った。掴んでいた前髪を離して、奏がまっすぐに緑谷を見る。

「……わかった。だったら僕の質問に答えられる範囲でいいから"はい"か"いいえ"で答えろ」
「え」
「その個性、無理やり与えられたのか?」
「え!?違うよこれはっ」
「はいか!いいえ!」
「いいえです!」

 圧に負け、気をつけの姿勢で答える。奏はいつもの読めない表情で淡々と続けていく。

「……お前に個性を授けたやつは、信用できるのか」
「はいっ」
「事件性はないんだな?」
「はいっ」
「……個性が発現したの、実技試験当日って言ってたな。つまりその日が個性を授かった日か?」
「っ……」
「答えたくなきゃいいよ。次、中三で始めた身体づくりも、個性を授かるためか?」
「……っ……!」

 質問が段々と鋭くなっていく。なんと答えても綻びが出てしまう気がして、なにも言えない。なにも言えないと奏の目つきが鋭くなる。苛立ちとかではない。値踏みするような、こちらを見透かすような目だ。

「おばさんには授かったって言ってあるのか?」
「いいえ……」
「……家族にも、誰にも言えないのか」
「はい……」
「……それは、誰のためだ?授けてきたやつのためか?」
「……い、いえ……」

 答えながら思う。これはまずい。じとりと肌が汗ばんでいく。
 これ、思ってたよりもずっとまずい……!回答は二種類しかないのに、僕が答えられないって事実だけでかなちゃんには情報が入る……!答え方に悩んでもそうだ。本当に最低限の部分しか秘密にできない……!
 焦りから体温が上がっていくのがわかる。心音も速い。音になってしまうものはまずい。それもまた奏には伝わってしまう。沈黙ひとつでも、心拍数ひとつでも、奏に与える情報が多過ぎる。
 
「……出久」

 名前を呼ばれて、無意識に下げていた視線を上げる。奏と正面から目が合った。今までの鋭さは失せた目。代わりに別のなにかを滲ませた目。

「……それでも、他人から授かった個性でも……ヒーローに、なりたいのか」

 その問いかけは、諦観の染み込んだものだった。奏は、自分たちの声は部屋の外には漏れないと言っていたが、外からの音は聞こえると、緑谷はこのとき気付いた。外から誰かの笑い声がして、誰かの足音も遠くに聞こえた。
 奏からしたら、知らない人間から個性を授かって、ヒーローを目指そうとする自分はきっと、浅はかに見えるのだろう。
 それでも、奏にどう思われようとも、もう引き返せないところまで来ている自覚はあったし、諦めるつもりも毛頭なかった。知っているものが違うから、そこから見えるものが違うのは当たり前だ。緑谷にとってこの個性は、憧れの人から受け継いだ大事なものだ。それを身に宿してヒーローを目指すことも譲れないことだ。
 ちゃんと話をしなければいけないと思った。他人から譲り受けた個性であっても、ヒーローを目指し歩んでいくことはもう止められないと。
 それは他の誰でもない僕自身が決めたことだって。伝えなきゃ。
 緑谷はまっすぐに、奏を見つめ返す。その目に滲ませたものはきっと自分に向けられたものだ。心配とか、そういう類いの優しいものだ。

「――うん。僕はここで、この力で、ヒーローになるよ」

 そう告げると、奏はなにか言いたげに口を薄く開いて、すぐにまた閉じた。伏せられた目が、なにを思うのかわからなかくて不安になりながらもハッとする。
 しまった、はいかいいえでって言われたのに普通に答えちゃった。なにをしてるんだ僕は。
 慌てて訂正をしようとすると、奏は伏せた目をもう一度緑谷に向けた。眉を下げたまま目を細めて、唇の両端を、わからないくらい微かに持ち上げた。
 その笑みは、先ほどの問いかけと同様に諦観が滲んでいるように見えた。

「……わかった。お前が言いたくないなら、僕もこれ以上は聞かない」
「かなちゃん……」
「お前が諦めるわけないなんて、わかってたんだけど……」

 奏はベンチから回り込み、ロッカーからネクタイを取り出して緑谷の首にかけた。そのまま襟を立たされて、奏は慣れた手つきでゆっくりとネクタイを結び始める。丁寧に、形を整えながらネクタイに触れる手が、祈りを込めるように見えて、なんでか目の奥が熱くなる。

「……かなちゃん、嘘ついて、ごめんね……」
「ん、いいよ。もう。出久の嘘なら見破れる自信があったけど、僕もまだまだだね」

 奏の声はいつも通り優しかった。綻ぶように和らいだ目尻にまた泣きたくなって、それを息を止めて堪える。
 シュル、とネクタイの布地同士が擦れる音を聞きながら、緑谷は奏の手を見る。爪が短くて、指が長い。綺麗な手だ。
 その手に身惚れていると、手はスルリと下に滑って、完成間近のネクタイの垂れ下がった部分を掴んで勢いよく引っ張った。突然のことにバランスを保っていられず、上半身が前に動く。

「わっ!」
「――ただし」

 奏の声のトーンが落ちる。月の当たらない夜の闇のように冷たく、それでいて有無を言わさない圧を放つ声。

「もしもその"個性"のせいで……少しでもお前に害が及ぶようなことがあったら、すぐ僕に言え」

 奏の顔が目の前にある。蛍光灯の光を背負い、顔には影が差す。表情はなかった。ただ宵色の、緑谷を映す目が、光もなく射抜いてくる。
 焦りとも違う感情から、ドッ、と鈍く重たく、心臓が鳴る。

「いいな?」

 念を押すように言われて、緑谷はただ首を縦に振ることしかできなかった。緑谷が頷くのを見ると、奏はネクタイを引っ張るのをやめて、結び目を綺麗に整えてから、トンと軽く緑谷の胸を叩いた。

「はい終わり」
「あ、ありがとう……」

 奏はいつものように穏やかな笑みを湛え、ブレザーに袖を通すのを手伝ってくれる。
 まだ心臓はいつもと違う音を鳴らしている。けれど奏はもういつも通りだ。
 そのまま二人で教室に戻り、飯田に怪我の具合を心配され、クラスメイトたちと簡単に挨拶をして、反省会がお開きになる前に奏と先に帰ることになった。今日の訓練の結果やクラスメイトたちの個性について色々教えて欲しかったけど、そんな怪我してるんだから早く帰って明日にはリカバリーしてもらえるように体力を戻せと言われてしまえばなにも言い返せなかった。
 帰るときには奏が緑谷のリュックを持とうとするので慌てて丁重に断った。が、その腕じゃ背負えないだろと言われてしまい、じゃあせめて奏の鞄を持たせてくれと頼み込み、各々の荷物を交換する形で帰った。さらに家まで送られて、明日の朝には迎えにくるとまで言われてしまった。

「いやいやいや!そこまでしなくていいよかなちゃん……!もう十分だよ……!」
「いーや、迎えにくる。何時の電車だ?その腕で通勤ラッシュはキツイだろ」
「でも……」
「でもじゃない。いいか?正直な話、僕は今日の訓練の結果が気に入らない」
「え」

 奏は眉を顰めて、ピシャリと言い放つ。あ、まずい。これはお説教モードだ。

「訓練一発目でこんな大怪我すると思わなかった。いくら制御ができないとは言えだ」
「うん……」
「個性の制御、突然変異で発現したものだったならまだ黙ってやれてたけどな……そうじゃないなら話は別だ。お前は、さっさと、怪我を治して、早急に、個性の制御を習得しろ!」

 ビッと眼前に人差し指を突きつけられて、コクコクと頷く。緑谷が大きく何度も頷くと、奏は満足したのか突き立てた指を引っ込めて腕を組んだ。

「……癪なこと言うけど」
「はい……」

 お説教はまだ続くのかもしれないと、心の中で覚悟を決める。奏は不服そうに視線を遠くに向けた。

「……お前が勝己に勝つとは思わなかった」
「え?」
「正面から挑むのも……挑んで、勝ったのも……個性を得たことが噛んでるのかと思うとマジで癪だし気に入らないけど……」
「あ、はい……」

 なんだ、なにを言われるんだと身構える。奏は遠くに向けた目を緑谷に映して、眉を下げて困ったように小さく笑った。

「出久、変わったな」

 声は柔らかくて、目は優しかった。奏の言う変わったという言葉が、どういう意味のものなのかはわからない。けれど表情から察するに、きっと悪い意味では言ってない。
 ああ、やっぱり君は。君だけは。僕の駄目なところを知っていても、僕の歩んできた道を認めてくれる。歩む先を信じてくれる。
 それがどれだけの力になっているのか、いつかちゃんと、伝えたいと思った。



19:問と解

19




戻る TOP