残響ユートピア23






 春の風が強かった。桜がみるみる散っていく。雄英は山の上にあり、麓から上がっていくまでの道には桜の木が並んでいて、歩いても歩いても桜吹雪の中にいた。
 綺麗だなと思うのに、同時にこんなに一度に散ってしまってもったいないとも思う。桜ってあっという間に散ってしまう。
 春風は柔らかくて好きだ。角のないような柔らかさがある。けれど今日の風は少し激しい。まるで春の嵐のように桜の枝を揺らす。ザザザと風に揺れる木々の音がなぜだか胸をざわつかせて、なにかに急かされるように、逃げるように散っていく桜の花びらが胸の底から不安を引っ張り出してくるようだった。
 昇降口で靴を履き替えていると、後ろから朝の挨拶をされて振り返る。声でわかっていたが後ろにいるのは常闇だ。

「常闇くん、おはよ……今日は随分可愛らしくなったね?」
「む……」

 常闇の頭にはいくつもの桜の花びらがついていた。黒い毛並みに桜の薄桃色がよく映える。
 自覚がなかったのだろう、奏の指摘に、ほんの少しだけ目を細めた。

「風強かったもんねえ」
「ああ……」

 パッパッと手で花びらを払う常闇の足元に、ひらひらと花びらが落ちていく。まだ頭には数枚残っているのが気になった。

「常闇くん、まだ頭に……触っていい?」
「……頼む」

 常闇は目を閉じてスッと頭を奏の方に差し出した。「じゃあ失礼して」と手を伸ばし、そっと花びらを取っていく。鳥のような顔つきをした彼の毛並みは艶がある。
 あと一枚のところで、眼前に黒い闇と光る目が現れた。

『バアッ!』
「わっ」
「やめろダークシャドウ」

 思わず一歩仰反ると、闇の全貌が現れる。常闇の個性の黒影だ。常闇の影のように現れた彼は光る目を三日月のように細めて悪戯が成功したことに楽しそうに笑っている。

「すまん、音波」
「いや、びっくりしただけ……おはよう、ダークシャドウくん」
『オハヨ!オトナミ!』

 挨拶をすると今度は子どものようにパッと笑った。よく見ると可愛い。ダークシャドウは奏の前に頭を突き出してくる。なんだろうと常闇の方を見ると、常闇もよくわかっていないようで首を傾げている。

『オレモナデロ!』
「ん?」
「おい、俺は撫でられていたわけじゃない。戻れダークシャドウ」

 どうやら花びらを取っていたのを撫でていると勘違いしたらしいダークシャドウは、自分も撫でろと奏に頭を差し出しているようだった。可愛い。

「触っていいの?」
『イイ!』
「じゃあ失礼して……」

 ちらりと常闇にも視線を投げて確認すると、困ったように息を吐きながら触れてもいいと頷いてくれた。奏はそっとダークシャドウの頭のあたりに手を置いてゆっくりと撫でる。不思議な感触だ。柔らかいけどすべすべしていて、無機質な冷たさがある。
 撫でながらダークシャドウの音を聴く。声は聞こえるし、会話もできるけどダークシャドウから出る音はほとんどない。心音や血の流れのようなものを感じない。常闇の出す音がわずかにダークシャドウの方まで響いているような感じはする。
 奏に撫でられているダークシャドウはご満悦のようで、大人しい。可愛い。

「もういいだろう、戻れダークシャドウ。悪いな音波」
「いや、全然。またお話ししようねダークシャドウくん」

 そう声をかけるとダークシャドウはにっこりと笑って大きく頷き、シュルンと常闇の中へ戻っていった。可愛かった。
 常闇とともに教室に行こうと並ぶ。最後に外を振り返ると、桜はまだ散り続けていた。



△▼△
 


「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、もう一人の三人体制で見ることになった」

 始まって早々に教壇に立つ相澤がそう言った。相変わらず声に覇気はなく、目もどこか濁った色をしている。この間あれだけ言ったんだからご飯くらいはちゃんと食べてるだろうかと考えたが、それよりも気になることがあった。
 見ることに、なった。急な変更か……?
 気になったのは相澤の言い回しで、些細なことかもしれないがどことなく違和感を感じた。先日のマスコミ騒動のことを懸念しての特別体制でも敷いているのだろうか。
 
「はーい、なにするんですか!?」
「災害水難なんでもござれ、人命救助訓練だ」

 瀬呂が挙手しながら尋ねると、相澤は『RESCUE』の文字が入ったカードを掲げる。
 ヒーローの役目は敵を倒すのみにあらず。災害救助だってヒーロー活動の一環だ。救助訓練を受けるのは初めてで、クラス内が少し沸く。しかしすぐに相澤に鎮められた。

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく……以上、準備開始」

 教室の壁が動き出し、コスチュームケースの収納された棚が現れる。バスに乗って移動するのは初めてだな。グラウンドβとかじゃないんだ。雄英の敷地内だろうけど、バスでってとこあたりさすがだな。山を切り拓いてるだけはある。
 コスチュームケースを持って更衣室へ移動して、各々が準備を進めていく。

「出久、コスチュームは?」

 奏のコスチュームは特に制限がかかるようなものもないので、フル装備で訓練に臨む。ふと幼馴染みを見ると体操着を着ていた。緑谷のコスチュームも特に活動が限定されるような装備はなかったはずだ。

「この間の戦闘訓練でボロボロになっちゃったから、修復に出してるんだ。サポート会社が直してくれるんだって」
「ああ、なるほど」
「グローブとかは買い直し」

 緑谷の話を聞きながら、チラリと爆豪の方を見る。恐らくこちらの会話は距離的に聞こえているはずだがシレッとしているあたり爆豪らしい。
 着替えを終えて外に出るとすでにバスが待っていた。クラスメイトたちを見渡すと、コスチュームを着ていないのは緑谷だけだが、みんな意外と装備を外したりしている。爆豪も籠手を右腕にしかつけていないし、飯田と麗日もヘルメットがない。轟も左半身を覆っていたものを外している。

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順で二列に並ぼう!」
「飯田くんフルスロットル……!」
「気張ってるね、委員長」

 飯田はピッ、ピッ、とどこから準備したのかホイッスルを規則的に鳴らしてクラスメイトたちがスムーズにバスに乗車できるように指示を出す。
 まあもたもたしてたら相澤先生にまた合理性に欠けるとか言われかねないし、速やかに移動するのは大事だ。奏も飯田の指示に従いバスに乗り込んだ、が。

「こういうタイプだった!くそう!!」
「意味なかったなー」

 乗り込んでみれば、バスは市街地を巡回するタイプの座席のバスで、番号順に二列では逆に複雑になってしまい、みんなそれとなく適当に座った。対面席に座り深く項垂れる飯田の背中を、芦戸がポンと軽く叩いた。ドンマイ飯田くん。
 奏は後方の二人掛けの席の通路側に座った。隣には轟が座っている。

「私、思ったことをなんでも言っちゃうの緑谷ちゃん」

 緑谷の隣に座る蛙吹の声に、奏もなんとなく意識をそちらに向けた。蛙吹は変わらない表情で淡々と緑谷を見る。

「あなたの"個性"オールマイトに似てる」

 その言葉に、奏はピクリと眉を顰めた。確かに。パワーだけを見れば似ていると言われてもおかしくない個性だ。
 緑谷の個性の件を、奏はまだ納得していない。当然だ。状況の理解はしたし、緑谷の気持ちもわかったが、他人から授かった個性という事実に、そしてその授けた相手を言えないということにも、まだ心から受け入れられていない。
 とはいえ、元無個性だとか、他人の個性を貰っただとか、周囲に騒がれて緑谷が晒されるのは嫌だ。本人が公言しないなら奏も口を噤む。
 蛙吹の指摘に、緑谷はオロオロとするばかりだ。適当に誤魔化すのが苦手だからなあ。個性の話をあまり深掘りされても困るし、助け船を出そうとしたところで切島が二人の話に割り込んで話の方向性が変わっていく。よしよし。これなら大丈夫そうか。
 しかし、と奏は緑谷を見る。やっぱり少し、違和感がある。
 
「派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」

 切島が幼馴染みの名前を出したことで、再び奏の意識がクラスメイトたちの会話に向く。爆豪は奏の一列前の窓際の席に座っていた、窓枠に肘をついて窓の外を眺めていたが、名前を呼ばれて反応するのがわかった。しかしすぐに「ケッ」と吐き捨てて窓の外に視線を戻してしまう。

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「ぶぁはっ!」
「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
「んっ!ふっはは」

 蛙吹がなんの悪気もなくさらりと言った言葉が奏のツボに刺さった。爆豪は目をつり上げて勢いよく立ち上がり反論する。それを見て蛙吹がほら見ろと指を刺すものだからおかしくてしかたがない。

「奏てめェ……!なに笑ってんだ!?あ!?」
「危ないから立つなよ……ふっ」
「てンめェ!!」
「この付き合いの浅さですでにクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーはなんだコラ殺すぞ!」
「おい殺すとか言うなって……ふっ、言っ、言ってるだろ……ぶはっ」
「てめェはいつまで笑っとんだ!!」
 
 駄目だこれは。お腹が痛い。だって上鳴くんの語彙が最高すぎる。そうなんだよこいつほんとにクソ煮込みなんだよ。

「かっちゃんがイジられてるしかなちゃんがめちゃくちゃ笑ってる……!信じられない光景ださすが雄英……!」
「爆豪くん君本当に口悪いな!」
「音波にウケるとちょっと嬉しくなるわ」

 それぞれが思い思いに話すバスの車内の雰囲気は悪くない。よかった。戦闘訓練での勝己の印象は最悪だっただろうからみんなから毛嫌いされないか心配してたけど……大丈夫そうだ。それより笑いすぎてめちゃくちゃ頬が疲れた。いつもの倍は顔の筋肉を酷使している気がする。顔面が疲れた。
 呼吸を整えてながら少し腰を浮かして座り直すと、ちらりと轟がこちらを見たのがわかった。しまった。うるさすぎたか?

「ごめん、うるさかった?」
「いや……」

 声をかけると、轟は奏と目を合わすこともしないまま窓の外へ目を向けた。この辺りには桜の木はないようで、緑が流れていく。
 轟くん、まともに話したことないんだよな。反省会もいなかった気がするし、機会がなかったのもあるけど、こう隣にいるとなんというか話しかけづらいというか、話しかけるな的オーラを感じる。気のせいかもだけど。
 ちらりと、今度は奏が轟を見た。奏と隣り合う左半身は髪が赤く、端正な顔立ちをしている。だから余計に、左目周りの火傷が目を引く。まあ誰だって残る傷跡のひとつやふたつ持ってるもんだ。切島くんだって右瞼に傷あるし。
 奏は首筋に手を当てて、あくびを噛み殺す。バスとか電車の揺れって絶妙に眠くなるんだよな。寝る前に着いて欲しい。そんなことを考えながら、奏はバスが訓練場に着くのを待った。



△▼△
 


「すっげーー!」
 
 目の前に広がる施設設備に、男子数人の声が重なり、響いて返ってくる。

「USJかよ!?」

 校舎からバスで十分もかからずに着いた訓練場はドーム型になっていて、中に入ってすぐ、その設備の凄さに驚きの興奮の声が上がった。
 奏は入り口に立てられているこの訓練場の案内図を見る。どうやらいくつかのエリアに分けられていて、各エリアで様々な災害を体験できるようになっているらしい。ほんとにUSJみたいじゃん。行ったことないから知らないけど。あ、噴水まである。

「水難事故、土砂災害、火事……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……」

 案内図を見ていると、くぐもった、けど柔らかい声が聞こえた。振り返ると一人の宇宙服のようなコスチュームを着たヒーローが立っている。声がくぐもっているのは顔をすっぽり覆ってしまうヘルメットのせいらしい。

ウソU災害S事故Jルーム!」

 USJだった。いいのか?まあ……いいのか?
 渇いた笑みを浮かべる奏の隣で、緑谷がパッと表情を輝かせた。よく見るとさらにその隣の麗日もだ。

「スペースヒーロー、13号だ!災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わー!私好きなの13号!」
「ああ、麗日さんも宇宙系の個性だもんね」

 社会一般的な思考として、自分の個性と近い個性を持つヒーローに対して好感を持つという傾向がある。麗日の無重力と、13号のブラックホールは、名前の通りに宇宙を彷彿とさせる個性だ。個性から受ける印象にコスチュームを寄せるヒーローは少なくない。13号のあの宇宙服のような姿もそういうことだろうし、麗日のコスチュームもスペーシーな雰囲気だ。
 緑谷と麗日の話を聞いている間に相澤と13号もいくつか言葉を交わしていた。まだオールマイトが来ていないようだが、相澤が「始めるか」と言うので奏たちの意識も教師たちに向く。

「えー、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

 13号が指折り数えていく様子を見ながらクラスメイトたちの元気が沈んでいく。どんどん増える。僕らもしかしてめっちゃ問題クラスだと思われてるのかな。

「みなさんご存知だとは思いますが、僕の個性はブラックホール。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

 緑谷がそう言う隣で、麗日が残像を残しながら激しく頭を縦に振る。13号は頷くも、どこか重い声で話し出す。

「ええ……しかし簡単に人を殺せる力です。みんなの中にもそういう"個性"がいるでしょう」

 クラスメイトたちの表情がなくなった。奏も僅かに目を見開く。
 人を殺せる力の、いきすぎた力の、それらをみんな等しく"個性"と呼んでいる。個性の使用を法律で定め、資格制にし、厳しく取り締まることでこの超人社会は成り立っている。
 爆豪の爆破で人は殺せる。上鳴の帯電も、緑谷の超パワーも、奏の超音波も、他人を傷つけ、奪うことのできる力だ。それをモラルやルールで固めて、はみ出さないようにしてできた社会は一見秩序を守って成り立っている。けれどどこかでなにかが崩れれば、きっと脆い。
 たとえば街ですれ違った人が、どんな個性を持っているかなんてわからない。隣に引っ越してきた人が、どんな力を持っているかわからない。個性は結局、その持ち主の理性と良心に委ねられた産物だ。
 だからきっと、自分に似ている個性の相手に親近感を覚えるんだろうなと思う。どんな人間かわからないから、どんな力かわからないから、自分に近い部分を見つけて安心している。言い聞かせている。
 だから、人から奪うことのできる力だから。それを持ってして他人のために使う人たちを、ヒーローと呼ぶのだろう。
 13号は続けて語る。相澤の体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの戦闘訓練で、それを人に向ける危うさを体験したはずだと。
 言われれば確かに、あんなことがなければ握力計をぶっ壊そうと思いもしなかったし、戦闘訓練で瀬呂に向けて個性を使うことに迷いもあった。

「この授業では……心機一転!人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう」

 13号が声を明るくして言う。この身に宿した力を他人のために使う方法を学ぶ。
 それはきっと敵を倒す、という行為とはまったく別のものなのだろう。人を救けるという目的は同じでも、そこに相対するものが違えば使い方も考え方も変わる。変えなければいけない。

「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 表情がヘルメットで見えない分、声に宿るものが奏にはよく聴こえる。優しさと力強さを携えた声だ。嵐の中でも咲き誇る花のような。強く張った根の逞しさを感じるような。

「以上!ご清聴ありがとうございました!」
「ステキー!」
「ブラボー!ブラーボー!!」

 拳を振り回す麗日と、激しい賞讃を贈る飯田に混ざって奏も拍手を贈る。相澤、オールマイトと実訓練を教えてきてくれたヒーローの中で一番教師らしい人だ。思わず笑みがこぼれる。
 「そんじゃあまずは」と相澤がフェンスに手をついた。
 そのとき、奏は初めての体験をした。
 なにもなかったはずの場所に、音が生まれた。否、増えた。
 それに気付いたとき、ぞわりと肌が泡立ち、背筋に悪寒が走る。バッと音のする方を見ると、相澤がそちらを向いて体を強張らせるのがわかった。

「一かたまりになって動くな!」
「え?」
「13号!生徒を守れ!」

 相澤の鋭い声が響いて、異常事態だと悟る。奏はフェンスの方に駆け寄って、入り口から続く階段の下を見る。セントラル広場の噴水前に、宙に浮く黒いモヤが見えた。それは染みのように広がっていき、中から人が群れになって出てくる。あまり品がよさそうではないタイプの。なんだあれ……!なんだあいつら……!?無意識に眉間にしわが寄る。「なんだアリャ!?」という声に後ろを見ると、切島が掌で目の上に傘をつくり、遠くを覗くようにセントラル広場へと視線を向けていた。

「また入試んときみたいなもう始まってるぞパターン?」

 違う、と直感的に思った。フェンスにかけた手に力が入る。広場に現れた連中から目を離せないまま、奏は渇いた口を開いた。

「違う、あれは……」
「動くな!あれは!」

 相澤がゴーグルを装着する。声がずっと鋭く重いままで、それがより奏の危機感を煽る。

ヴィランだ!!」

 相澤の一言に、クラスメイトたちの空気が一変した。突然現れた悪意ある人間たちに、思考が追いつかない。
 黒い広がったモヤが、ゆらゆらと揺蕩う煙のように揺れながら形を作っていく。実体があるのかわからないが、目が光るのが見えた。空間を繋ぐ個性なのか?あいつがこいつらを連れてきたのか?

「13号に……イレイザーヘッドですか……先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが」
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 頂いたカリキュラム?こいつら雄英に侵入してる……!?まさかこの間のマスコミ騒動の手引きはこいつらか……!?
 心臓が鈍く鳴る。血が冷えていく。眼下には三十人前後の敵。
 そのうちの一人、明らかに異様な空気を放つ男がいた。いくつもの切り取られた手首に体を掴まれたような風貌。顔も、誰のものかわからない手に掴まれていて表情が見えない。ただ爛々と怪しく光目だけが指の隙間から見えた。
 その男がぼそぼそと話し出す。ガリガリと爪をたてて首を掻き毟りながら。

「どこだよ……折角こんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて……」

 男と、目が合った気がした。

「子どもを殺せば来るのかな?」

 放たれた声は子どものようで、ゆえに純真な悪意だと告げていた。



23:悪意は突然に

23




戻る TOP