残響ユートピア24
「敵ンン!?馬鹿だろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
誰かが叫ぶ。そうしている間にも黒いモヤから敵があふれてくる。
馬鹿だと思う。ヒーローを輩出する学校だ。当然プロヒーローが集まる場だ。しかもここは雄英、その実力は折り紙つきだ。ヒーローがいるとわかりきっている場所に自ら飛び込んで犯罪を犯そうなど、愚かにもほどがある。けれど。
その馬鹿みたいなことに、こんな何十人も集まるか……!?賛同するか……!?なにが目的だこいつら……!
「先生!侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
八百万が問えば、13号が歯切れ悪く答えた。いつの間にか奏と少し間を空けた隣に轟が立っていて、彼もセントラル広場に現れた敵たちを見下ろしながら冷静にこの状況について語り出す。
「現れたのはここだけか学校全体か……なんにせよセンサーが反応しねえなら、向こうにそういうことできる個性がいるってことだな」
電波系統の個性か、赤外線系統の個性か、想像できるのはそのあたりだ。センサーを無効化し、ワープで移動。手慣れている、というよりかは準備が良すぎる。つまりこいつらはその場の気分でこんな馬鹿げたことをしているわけじゃない。マスコミ騒動のことも踏まえると、最初から雄英に侵入するための策を練っていたことになる。
なら、その侵入した目的はなんだ。
「馬鹿だがアホじゃねえ。これは、なんらかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
轟の言葉に、奏も口には出さないが同意する。ただの馬鹿なら対処のしようもあった。けれどやつらにはそれなりの知能が備わっているらしい。あるいはブレーンでもいるのか。
「13号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」
「っス!」
相澤の指示に13号が強く頷き、上鳴が動揺を見せながらも返事をした。その表情には不安が見える。
13号先生に僕らの保護と避難を指示した。それってつまり……消太くん……!
奏が相澤の方へ顔を向けると、同じように緑谷も切迫した表情で声を上げた。
「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すっていっても!」
緑谷以外のクラスメイトたちも心配の目を相澤に向ける。奏もそうだ。抹消ヒーロー、イレイザーヘッドの戦闘スタイルは個性を消してからの捕縛。正面戦闘よりも奇襲からの短期決戦だ。
知っている。相澤の強さはわかっている。わかっていたとしても。
奏は言うべき言葉を探して口を開くが、言葉が出ない。相澤はこちらを見ないまま、捕縛布を緩めて短く言い放つ。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
その横顔に、プロを見た。
「13号!任せたぞ」
そう言い切るが早いか、相澤は階段から飛び降りた。捕縛布が大きく広がって揺れる。
奏が覚悟をするのを待たずに飛び込んだ相澤は多数の敵をものともせず、一人、また一人と倒していく。
ゴーグルで誰を視ているのか気取らせず、連携を崩す。捕縛布で相手の動きを翻弄して常に優位をキープしている。
「凄い……!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」
「分析してる場合じゃない!早く避難を!」
「いくぞ出久!」
13号を先頭に出口に向かう。後ろからは戦う音がしている。大丈夫だ。わかってる。消太くんの強さは、わかってる。僕らが今すべきことは速やかな避難をして応援を呼ぶこと。わかってる、大丈夫。判断できている。
頭ではわかっているのに、心がざわつく。不安を拭えない。
「させませんよ」
低い、知らない声。行手を阻むように黒いモヤが広がって停滞している。敵を運び込んだ……!ワープのやつ……!消太くんの瞬きの隙にこっちに来たのか……!
「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは」
モヤは流暢に話し出した。敵のくせに随分と畏まった挨拶をしてくれると心の中で反吐を吐く。ゆらりゆらりと揺らぐ姿はモヤを広げることで身体を大きく見せていて、こちらの不安を煽るようだった。そしてどこか楽しそうに続ける。
「平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
すぐ横で、心音が強くなるのを聴いた。緑谷だ。モヤの言葉は奏にも衝撃だった。
オールマイトを殺す……!?それが目的!?そのためにこんなことを……!?というか、殺せる気でいるのか?その算段があるのか!?
圧倒的な力を持ってして平和の象徴とまで呼ばれるヒーローを、数で上回れば倒せると思っているのだろうか。それとも殺せるという確信があるのだろうか。雄英に入り込んだ時点で、後者だと思った方がいいかもしれない。敵連合には、それだけの切り札があるのだ。
「オールマイトはいないようですが……まあ……それとは関係なく、私の役目はこれ」
モヤはそう言い終わると同時に、一際大きく身体を広げた。その動きに、奏は咄嗟に緑谷の前に立つ。13号が戦闘態勢に入るのがわかった。しかし13号よりも先に、モヤに飛び出す二つの影。
切島と爆豪がモヤに斬りかかり、爆破する。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
声には緊張が混じっていた。それでも務めて強気の姿勢を見せる切島に、爆豪が不服そうな視線を送るのが見えた。
爆破の硝煙の中から、黒いモヤがゆらりと現れる。
「危ない危ない……そう……生徒と言えど優秀な金の卵」
モヤの中に浮かぶ目が、ニタリと細くなるのがわかった。二人の攻撃が効いていない。それに驚く間もなく、ゆら、とモヤが急激に広がった。
「駄目だ!どきなさい二人とも!」
「勝己!切島くん!」
黒いモヤが爆豪と切島を飲み込もうとする。奏は咄嗟に走り出す。後ろから緑谷に名前を呼ばれた気がしたが止まれない。
「散らして、嬲り殺す」
モヤがそう言いながら、奏たちを取り囲むように身体を広げているのが視界の端まで映り込む黒いモヤでわかった。奏は爆豪を飲み込むそのモヤに、迷わず突っ込んだ。
△▼△
「なんっで後先考えずに飛び出すんだこの馬鹿っ!」
奏が声を荒らげると、爆豪は負けじと目をつり上げて言い返してくる。
「アア!?誰が馬鹿だクソが!つーかテメーも突っ込んでくんじゃねえよ!」
「反省しろよ!」
「誰がするかそんなもん!」
声が壁に反響している。切島が困り果てた様子で奏と爆豪に視線を向けながらも、腕を硬化させて臨戦態勢を取っている。
「おいおい!喧嘩してる場合か!?囲まれてんだぞ!」
モヤに飛び込んだ先には、爆豪と切島、そして数十人の敵がいた。どこかの建物の中、すでに飛ばされた先の室内の蛍光灯は外れて落ちかけているし、窓ガラスは割れ、壁は穴が空き床は傾いている。
「13号先生が戦闘態勢に入ったのわかっただろ!?」
「っせー!俺の方が速かったわ!」
「だからやめろって!」
奏は先ほどの、モヤに対する爆豪の先走った攻撃が我慢ならなかった。敵がどういう個性かわかりきっていないのに突っ込むなんて危険が過ぎる。プロがいる場ならなおさら、下手に動けば彼らの邪魔になりかねない。
「この状況で言い争うとは……やっぱガキだな」
「たった三人、サクッと殺しちまおうぜ」
奏たちを取り囲む敵が、下卑た笑みを浮かべる。中には刃物を持つ者もいるのが見えた。近くにいた敵が数名、示し合わせて同時に襲いかかってくる。
「大体、お前は昔から……!」
「テメー人のこと言えんのかよ!」
「おい!来てるって!」
言いたりないのに周りがうるさくて奏の苛立ちが増していく。視界に刃物が光るのと敵のにやけた面が映り込んで余計に鬱陶しさが積もる。
「喧嘩の続きはあの世でやんなガキぃ!」
とうとう我慢できずに舌打ちが漏れた。仕方なく爆豪に向けていた目を敵に移す。刃物を持つ手が奏に向けられ、それを持ったまま突進してきた敵の手首を掴み、引き寄せる。態勢を崩したところで勢いのまま鳩尾に膝を入れた。カラン、と刃物が音を立てて敵の手から落ちる。
同時にすぐ横では爆破音がしたのでちらりと目を向ければ爆豪が襲いかかってきた敵の一人の顔面に爆破をかましたらしい。敵が膝から崩れ落ちる。奏も掴んだままだった敵を適当に放り投げてから、苛立ちのままに声を上げた。
「今取り込み中だ!」
「っぜぇなあ〜……!クソ雑魚がぁ!」
奏と爆豪の叫びが同時に放たれて、油断していた敵たちの表情が強張っていく。
「おお……!なんだよお前ら!息ぴったりじゃねえか!」
「っせんだよクソ髪!」
「変な呼び名つけるのやめろよ。切島くんだろ」
切島が明るく感嘆の声を上げ、それに対して爆豪が中指を突き立てた。なんでそこで指立てるんだよ。下品だからやめろ。
「なんだこのガキども……」
「強え……!?」
「ガキだからって油断するな。個性を見ろ!基本だろ!」
ざっと見る限り、三十人弱ぐらいか……?あのワープのやつの個性で僕らを分散させ、その先に敵を配置……用意周到だな、ほんとに。
呆れと感心に息を吐きながら、奏は素早く周囲に目を走らせる。ガラスの割れた窓の外、ウォータースライダーのようなものが見えた。あれはUSJに入って最初に目についたものだからよく覚えている。
入り口にあった案内図を思い出せ……!あれが水難ゾーンならここは位置と周りの状況からするに倒壊ゾーン。僕ら以外も飛ばされてUSJ内で敵に囲まれてる可能性が高い。
脳裏に緑谷と相澤の姿が浮かぶ。そして考える。今自分がやるべきこと。
「……面倒だけど仕方ない……二人とも、まずはこいつらなんとかしよう」
「俺に指図すんじゃねえ!」
「っしゃあ!」
奏の言葉に、爆豪が爆破を起こしながら吠え、切島がガキンと拳を打ち鳴らす。
オールマイトを殺す自信のある連中だ。けど今の手応えからして、現れた敵全員がそれほどの精鋭とは思えない。つまり対オールマイトの実行犯がいるってことか……?
実行犯がいると仮定して、オールマイトがこの場にいない今、そいつらはどうしているのか。ただ黙っているわけもないだろう。相澤か、あるいは他のクラスメイトたちと相対している可能性もある。
やめろ、今仮定の話をして不安になるのは。今、僕がすべきことはこいつらを片付けること。考えるのはそれからだ。
鈍く響くように鳴り出した心音に気付かないふりをして、奏は静かに拳を握り込む。
「残念だったな、僕らクソ野郎どもにやられるほど弱くはねえよ」
戦って、目の前の敵に勝つこと。それが今の自分がやるべきことだと信じて、奏はさらに強く、拳を握った。
24:未知との遭遇
24