残響ユートピア25
「把握した」
奏が敵の横面に蹴りを入れた後にそう言うと、敵の刃物を硬化でへし折った切島が「なにを!?」と聞き返した。奏、爆豪、切島の三人は互いに背を向け合いながら次々に襲い来る敵を倒していく。
「こいつら強くないけど数が多くてめんどくさい!」
「んなこたぁわかってんだよ!」
「こんなとこで時間食ってる場合じゃない……!から!僕が減らす!」
爆豪が爆破で倒れた敵を踏みつけながら荒々しく返事をする中で、奏も迫り来る敵の腹に蹴りを入れながら答える。
「減らす!?どうやって!」
「二人とも耳塞げ!」
「命令すんじゃねえ!」
数が多すぎる。倒しても倒してもキリがない。時間がかかればこちらが不利になっていく。敵に蹴りを入れた反動で後ろに飛び、多数の敵から距離を取る。切島と爆豪が耳を塞いだのを確認して、両手を構えた。
この部屋の広さ、壁による音の反響、敵の数、年齢層、状態。それらを聴き分け、音波を調節する。
「さっきから黙って聞いてりゃ……ガキが調子に乗ってんじゃねえ!」
敵の一人が、奏に向かって岩のような腕を振り上げながら襲いかかって来る。それも意に介さずに、奏は両手を強く叩き鳴らした。
パンッ、と小気味の良い乾いた音が鳴り響く。壁の反響も相俟って、室内全体に行き渡るように鳴ったその音は、一聴すればただの手を叩く音だ。
しかし音が鳴った次の瞬間に、奏の近くにいた敵からバタバタとその場に倒れていく。奏に向けて拳を振り上げていた敵も、そのままパタリと倒れ込む。
「え……!これ……戦闘訓練のときの……!?」
切島が両手を耳から離して、驚きに目を丸めながら言う。爆豪もわずかに目を見開いた。倒れなかった敵は、床に伏す同胞たちを見て動揺して動きを止めている。幾人もの大人が倒れている中心に立つ奏の姿は、傍から見れば異様に映る。
音波奏――"個性"、超音波。自身を発音体として、あらゆる音波を操る。操る音波は可聴音から人間の耳では感じない非可聴音まで自由自在。相手の状況や環境を把握し、周波数や音圧を操作することで研ぎ澄まし放たれた音波は、相手を眠らせるにまで至る。
「このガキぃ!なにしやがった!!」
奏の死角から、大柄の敵が飛び出してくる。すぐに臨戦態勢を取ったが、敵の手が奏に届くよりも先に爆豪と切島がそれを阻止した。同時に二人に襲いかかられ、敵は仰向けに倒れていく。
「殺すならきっちり全員殺せや!漏らしてんだよ!」
「減らすって言ったろ。あと殺してない」
「すっげえな音波!今ので半分以上やったんじゃねぇか!?いけるぜ!これ!」
やっぱ人数多いと何人か効かないやつが出てくるな。まあこの状況なら上出来……残りの敵は二桁もいない。さっさと済ませよう。
奏は残った敵たちに目を向ける。その隣で爆豪がどちらが悪役かわからない笑みを浮かべたが、今ばかりはその笑みが頼もしく見えた。
「――これで全部か、弱えな」
掴んでいた敵を放し、ドサリと倒れていくのを見ながら爆豪が静かに言った。
奏も額に浮かんだ汗を拭い、息を整える。爆豪と切島も同じように呼吸を整えながら話し始めた。
「っし!早くみんなを助けに行こうぜ!俺らがここにいることからしてみんなUSJ内にいるだろうし!攻撃手段少ねえやつらが心配だ!」
切島の言葉に奏は頷いて、自分たち以外にこの室内で意識を持って動く人間の気配があることに気付いた。微かだが人の動く音がする。気付いたことを悟られぬように、奏は話しながら音で様子を窺う。
音の方向からして爆豪と奏の後方。奏たちの方を見ている切島がなにも言わず、反応も示さないということは姿を隠せる個性なのかもしれない。
「合流と外への連絡。これが優先事項だね」
「俺らが先走ったせいで13号先生が後手に回った。先生があのモヤ吸っちまえばこんなことになってなかったんだ。男として責任取らなきゃ……」
切島が悔やむように顔を顰めた。切島くんって意外と気にするタイプなんだな。勝己も見習って欲しい。
「お前も反省しろよ」と爆豪を横目で見ながら言うと、爆豪はギロリと目をつり上げた。
「しねーつってんだろ!行きてえならてめえら二人で行け!俺はあのワープゲートぶっ殺す!」
「はあ!?」
爆豪の言葉に、切島は目を向き声を大きくする。奏も顔を向けて疑うように眉を寄せた。
「またお前はそんなことを……!」
「この期に及んでそんなガキみてえな……それにアイツに攻撃は……」
「うっせ!敵の出入り口だぞ!いざってとき逃げ出せねえよう元を締めておくんだよ!モヤの対策もねえわけじゃねえ……!」
爆豪は目を鋭くして言う。その言葉には過信や慢心のようなものを感じない。つまり自分の攻撃が通らなかったから駄々を捏ねているわけではないのだろう。まあ多少なりともやり返したいみたいなところはあるんだろうけど……
奏は眉間にしわを寄せたまま考える。爆豪の言っていることは一利ある。けどそれに賛同できない自分もいる。
「勝己の言うことはわかるけど……!あいつ見るからに主犯格だろ。役割からして敵の要だ。お前が押さえたとして!残ってる敵が見過ごすとは思えない。奪還するために最悪お前が狙われる!」
「はっ!上等だわ!」
「だっからそういうとこを省みろって言ってんだよ僕は……」
不敵に笑う爆豪に、奏はガクリと肩を落として頭を抱えた。なんでそんなに好戦的なんだよ。
心配なのはそれだけではない。切島が言ったように、攻撃手段の少ないクラスメイトたちのことも気掛かりだ。
「……やっぱり優先事項は外への連絡だ。僕らが飛ばされた先がUSJ内という点からしても、この中だけであいつらは計画を完結させたいんだと思う。なら外に知らせて助けを呼ぶべきだ」
この場における最悪の想定は、今この場にいる雄英サイドの人間が殺されることだ。今足元でのびている敵たちは、自分たちに対して躊躇もなく殺すという言葉を使い、刃物すら持ち出した。この時点で大人や子どもという分別はないのだろう。ならクラスメイトたちの誰かが手にかけられるというのは容易に想像できる。
相澤のこともやはり心配だ。あれだけの人数をたった一人で相手にしているなんて。
事態を好転させるにはプロヒーローの手が必須。ゆえに外への連絡が優先事項。
センサーを無効化させてるやつを探し出すのは手間だ。バス移動で十分もかからなかった。雄英校舎まで多く見積もっても5qくらいのはずだ。USJの外に出れば、上鳴くんの個性で通信もできるかもしれない。
「連絡手段を確保した後、他のみんなとの合流を急ぐ。これが妥当だ」
「妥当だあ?ぬるいこと言ってんじゃねぇ!」
「おいおい、言い争ってる場合じゃ……」
爆豪と向かい合ったとき、姿を見せない敵が動くのがわかった。視界の端、なにもないはずの場所にシルエットがぼんやりと浮かび上がる。切島も気付いたのだろう。腕を硬化させる。ちょうどいい、こいつ捕まえて情報を吐かせよう。そう算段をつけて、不意をつく気だったであろう敵の攻撃に構えた。
「つーか」
構える奏より先に、爆豪が敵の方を振り返り頭を左手で押しつけるようにして爆破を食らわせる。相変わらず感心してしまうほどの反射速度に、奏も切島も呆気に取られ、言葉を失う。そんな二人の反応に気付かぬまま、爆豪は穏やかな表情で、彼にしては珍しく凪いだ声で言った。
「俺らに充てられたのがこんな三下なら、大概大丈夫だろ」
言葉には疑いなど、混じり気が一切ない。言葉の通り、本当に大丈夫だと無責任にも信頼にも聞こえる声で言う爆豪に、奏は固まってから深く深くため息を吐く。
「つーかそんな冷静な感じだっけ?おめぇ……」
「差が激しいけどわりと大人しいときもあるんだ」
「俺はいつでも冷静だクソ髪野郎!」
「ああそっちだ」
「まあデフォルトはこっちだね」
切島と軽口を叩いていると、爆豪が表情を一変させて中指を立てた。ほんとに差が激しいんだよな。いつもああならもっと雰囲気や与える印象も変わるだろうに。
「つか奏てめえ!気付いてたろ雑魚が残ってんの!」
「音でね。油断してるとこ捕まえて情報を吐かせようと思ってたんだよ。まあお前の爆破で気絶したから無理だけど」
ビッと爆豪に指を差されて、肩を竦める。奏が考えていたことを言うと、爆豪はむぐ、と一度口を閉ざした。別に責めるつもりはないし気にしなくていいんだけど。
爆豪はチッと鋭く舌を打って顔を背けてから、右手の籠手をガコン、と動かして汗腺を充填する。
「じゃあな行っちまえ」
どうやら本気でワープゲートを拘束しに行くつもりらしい爆豪に、奏は考え直せと言おうと口を開いたが、ガキン、と切島が拳を打ち鳴らす方が早かった。切島はギザギザの歯を見せて笑う。
「待て待て、ダチを信じる……!男らしいぜ爆豪!ノったよおめぇに!」
「は?ちょっ……切島くんまで……!」
先ほどまで反対していたはずの切島が急に寝返って、奏は再び頭を抱える。信じるほどの信頼関係なんてまだ僕らにはないだろ。
ふと視線を感じて顔を上げると、爆豪が静かに橙色の目をこちらに向けていた。凪いだ表情は穏やかにも見えて、どこか気迫すら感じた。
「どうせてめえが心配なのはデクだろ」
ドキリとした。短く、飾り気のない言葉が奏の核心をついた。
そうだ。心配だ。だってあいつはまともに戦えない。あのパワーなら、僕らが戦ったようなやつらならぶっ飛ばせると思う。けど調整ができないあいつは、一度腕を振るってしまえばもう片腕が駄目になる。僕らのように囲まれていたら、多数の敵が相手だったら。
「そりゃ……出久は、心配だけど……」
「だったらさっさと行けや、デクんとこでもなんでも」
ふい、と顔を背ける爆豪に、奏は後ろめたい気持ちになりながら頭を回す。
そりゃ心配だよ出久は……!どこで、誰と一緒なのかもわからない。今無事なのかもわからない。けど、でも、だからって……出久が心配だからって、勝己を心配しないことにはならない。
ここでもし、緑谷を探しに行けば、爆豪と別れて行動することになれば、今度は緑谷だけじゃなく、爆豪の安否も心配することになる。
心配だよ……!でも、このUSJの中から出久を探し出すのなんて時間がかかり過ぎる。その間の被害は?勝己は?消太くんは?どうするべきだ?なにが正しい?僕はなにをすればいい?
浮かぶ可能性はみんな暗いもので、黒い泡のようなものが胸の底からボコボコと湧き上がっては弾けて、それでも無限に泡が立つ。
信じるか?出久は無事だって?自分でなんとかできるって?でもあいつは、あいつは。誰かを救けるためなら、どんな無茶でもしてしまう。
迷っている時間なんて本当はない。奏はぐしゃりと前髪を崩して、それでも考える。落ち着けと自分に言い聞かせて、意識的に深く呼吸をする。酸素を取り込むと、気のせいかもしれないが心拍数が少し下がったように思えた。
考えろ。合理的に、冷静に。出久がどこにいるかもわからない。ここで勝己と別行動して不安要素を増やすのは得策とは言えない。なら、なら僕は。
「……僕も行く」
前髪を崩した手をおろして、爆豪を見て言えば、その橙の瞳が丸みを帯びた。よほど意外だったのか、目を丸めた後に眉間にしわを寄せてすらいる。
「デクはいいんか」
「よくはない。けど……」
奏は正面から爆豪を見据えた。
「だからってここでお前を放って行くのは違うだろ」
爆豪は唇を薄く開いて、瞬きすらしないで奏を見る。
事態の早期解決を目指す。それが結局は出久を救けることにもなるはずだ。僕らが考えていることは、きっとクラスのみんなも考える。外への連絡、クラスメイトとの合流。この場で不確定要素を信じるのなんて僕らしくもないけど……結局、勝己が言った通りだ。みんななら、きっと大丈夫で、やるべきことをやってくれると信じるしかない。
「ワープゲート拘束したとして、そうすればやっぱり狙われる。サポート必要だろ」
「んなもん必要ねえわ!……ねえけど……来たいなら勝手にしろや」
ガシガシと頭を掻いて、奏から視線を外しながら爆豪が言う。奏はふ、と薄く笑った。
「よっしゃ!音波も来てくれるってよ!よかったな爆豪!」
「はあ!?なんもよくねえわクソ髪!」
「そうと決まればさっさと行くぞ」
「仕切ってんじゃねえ!」
揃って傾いた建物から出て行く。知り合って日も浅い僕らに、本当なら信じて任せるなんて信頼関係はきっとまだなくて、けどこの現状をどうにか切り抜けようとしているのはきっとみんな同じだ。同じ気持ちがあるなら、任せられる部分はあるし、任せてもらえる部分もあるかもしれない。そんな見えもしない、信頼と呼ぶには拙すぎる想いに応えるために、駆け出した。
25:信頼と呼ぶにはまだ
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