残響ユートピア28
十八、十九、二十、と数を数えていく。自分はどうやら二十らしい。
「両足重傷の彼を除いて……ほぼ全員無傷か」
入り口前に集まった、緑谷を除くA組の生徒たちを見て、一人の刑事がそう言った。
トレンチコートを着こなし、コートに合わせたハットを被る彼が、この襲撃事件に駆けつけた警察関係者の中では恐らく一番役職が高いのだろう。立ち振る舞いからそれがわかる。塚内と名乗った刑事は、USJ内に潜み、奏ら生徒、あるいは駆けつけたプロヒーローによって倒された敵を拘束する様子を確認しながらも、奏たち生徒を気遣う様子を見せた。
「尾白くん……今度は燃えてたんだってね。一人で……強かったんだね」
葉隠が労るように尾白の肩に手を置いた。尾白は渋い顔をして「みんな一人だと思ってたよ」と答える。
話を聞くと、USJ内に飛ばされたクラスメイトたちは二、三人で各エリアに飛ばされていたようだった。そんな中でたった一人戦っていた尾白は災難だったが、多数を相手に耐え凌ぐとはさすがだ。
「僕がいたとこはね……どこだと思う!?」
「そうか、やはりみんなのとこもチンピラ同然だったか」
「ガキだとナメられてんだ」
青山がいつもと変わらぬ態度で誰彼問わずに尋ねるが、クラスメイトたちの関心は彼にはないようだった。奏もあまり興味がない。無事ならそれでよかったと思うだけだ。
子供だと侮られていたという意見には、舐められていてラッキー、という感想を抱いた。舐められていたから、あの程度の敵を仕向けられた。
「どこだと思う!?」
青山がズイ、と奏の方に顔を近付けた。反射的に一歩下がり、苦く笑う。青山はいたって通常運転で、傷もほとんどない。上手く身を隠したのか、敵を倒したのか。
「元気だね青山くん……どこにいたのかはわからないけど、無事でよかったよ」
奏の回答に満足したのかはわからないが、青山はパチンとウインクをして「メルスィ⭐︎」と言った。うーん、よくわからない子だ。その後も蛙吹に「どこだと思う!?」と尋ねていたが結局は「秘密さ!」と言って終わった。なんだったんだ。
「取り敢えず生徒らは教室に戻ってもらおう。すぐに事情聴取ってわけにもいかんだろ」
「刑事さん、相澤先生は……」
蛙吹が一歩塚内の方に近付いて、眉を下げながら尋ねた。奏も塚内の方を向く。
相澤と13号は既に近くの病院に緊急搬送されている。塚内はスマホを取り出すとどこかに電話をかけて、スピーカーにした状態で奏たちに電話の内容を聞かせた。
相澤と13号の容体は命に別状はないものの、とても喜べるものではなかった。
相澤は両腕粉砕骨折、顔面骨折。幸いにも脳系の損傷は見受けられないが眼窩底骨が粉々になっており、眼になにかしらの後遺症が残る可能性がある。13号は背中から上腕にかけての裂傷が酷いそうだ。オールマイトも命に別状はなく、彼に関してはリカバリーガールの治癒で済むらしく保健室に運ばれたらしい。
蛙吹が小さく「ケロ……」と鳴いて、峰田が両目いっぱいに涙を浮かべながら祈るように手を合わせる。奏は目を伏せた。
個性で診た通りの結果だ。きちんと個性を使って診断できたことに喜べばいいのか、自分の間違いであればよかったのにと嘆けばいいのかわからなかった。
相澤の眼に後遺症が残るかもしれない聞かされて、静かに唇を噛んだ。相澤の個性の発動条件は相手を視ること。ただでさえドライアイなのに、なんでよりによって……
「デクくん!」
「緑谷くんは……!」
拳を握り込む奏のそばで、麗日と飯田が心配そうな顔で声を上げた。奏も二人の言葉にハッとして、伏せた目を前に向けた。
塚内は聞き慣れない名前に首を傾げたが、すぐに「ああ」と思い出したように頷いた。
「彼も保健室で間に合うそうだ。私も保健室の方に用がある。山茶!あと頼んだぞ」
塚内が猫顔の部下に指示を出すと、山茶と呼ばれた猫の警官は敬礼をして「了解」と返す。麗日が小さな声で「犬じゃないんだ……」と言うのが聞こえた。猫は迷子になる方だもんね。
教室に戻るように促され、奏たちはノロノロと動き出す。背後での教師陣と警察の会話が聴こえていた。
「セキュリティの大幅強化が必要だね」
「ワープなんて個性、ただでさえものすごく希少なのによりにもよって敵側にいるなんてね……」
ワープ、確かに奏もそんな個性の持ち主に会ったことはない。個性の発現に伴い、なんでもありのようなこの世界にも統計はある。ワープや治癒系の個性は珍しい部類に入る。
USJを出ようとする奏たちとすれ違うように一人の警官が走ってきた。彼は「塚内警部!」と声を張る。塚内さんって警部なのか、役職高いんだな。
「約400m先の雑木林で敵と思われる人物を確保したとの連絡が!」
「様子は?」
「外傷はなし!無抵抗でおとなしいのですが……呼びかけにも一切応じず口がきけないのではと……」
その会話を聴いて、奏は眉を顰める。外傷はなし?オールマイトにぶっ飛ばされたあの脳みそ丸出し敵だよな?あんなぶっ飛ばされ方したら骨の一本や二本折れるのが普通だろ。
「校長先生、念のため校内を隅まで見たいのですが」
「ああもちろん!一部じゃとやかく言われているが権限は警察の方が上さ!捜査は君たちの分野!よろしく頼むよ!」
一度敵は校内にも侵入している。そのことを考えても警察に一度隅まで校内を調べてもらう方が安全だろうな、と奏も思う。そこから先の会話は、USJを出てしまったので聴き取れなかった。
△▼△
教室に戻り、事情聴取を受けて解放される頃には日が沈み始めていた。今日ばかりはクラスメイトたちも疲れた顔で教室を出て行く。
奏がふうと息を吐きながら鞄に荷物を詰め始めると、飯田と麗日が揃ってやって来た。
「音波くん、もう帰るかい?」
「ん、いや……僕は出久を待ってるよ」
言いたいこともあるし。主に説教方面で。
さすがに叱るために待っているとは言わなかったが、奏の答えを聞いた麗日は「じゃあ」と切り出した。
「私と飯田くんも一緒にいいかな」
「え?」
「俺たちも緑谷くんが心配だからな」
二人が奏を見る目には心配の色が濃く乗っていて、奏は一瞬戸惑う。けれどすぐにじわりと胸が熱を帯びた。
緑谷を心配してくれる人がいる。自分以外に。それが嬉しくて、奏はどんな顔をすればいいのかわからなかった。なにも言わない奏に、段々と二人の眉が下がっていくのに気付いて慌てて頷く。
「うん、僕も二人がいてくれると嬉しいよ」
そう伝えると、飯田と麗日は揃って表情を明るくした。
昇降口で待っていよう、となった流れで揃って教室から出た。校舎には人の気配をほとんど感じない。今回のUSJ襲撃を受けて、全学科全学年が安全を確認できた時点で授業は中止となり、部活動なども全て停止になったらしい。明日は臨時休校となった。
「そう言えば、飯田くん、学校まで走ってくれたんだってね」
ふと、昇降口から伸びる道を見て思い出した。今朝は吹き荒れていた風はもう鳴りを潜めていた。補正された道の上は白い花びらで化粧されている。
奏は昇降口の入り口にある柱に背中を預けながら、飯田を見た。
「ありがとう、救かったよ」
薄く笑みを湛える奏に、飯田はグッと唇を一文字に引き結んだ。その表情がなにかを堪えるような、悔いることがあるようなものに見えた。そして暗い声で話し出す。
「いや……俺は、クラスのみんなを置いて逃げるなど委員長の風上にも置けないようなやつだ」
「ええ……なにその解釈」
「飯田くんそれずっと言ってるねえ」
麗日が飯田の横で笑う。二人はモヤに飛ばされなかったらしいから、奏の知らないところで知らないやり取りがあったのかもしれない。
「13号先生も言ってたやん!救けるために個性を使ってって!飯田くんが先生たち呼んできてくれたから救かったんだし!」
麗日が麗らかに笑い、ぐっと握った拳を飯田に見せる。恐らく元気を出せという意味なのだろうが、飯田の表情は晴れない。
瀬呂から聞いた様子では、飯田は別に逃げ出したのではなく、みんなを救けるために託されたのだ。けれど見方を変えれば、もしもプロヒーローが間に合わなければ、奏たちがみんな殺されていたら、生き残ったのが飯田だけだったかもしれないという可能性も確かにあった。きっと飯田くんは、自分だけが救かる可能性を上げる行為が自分で許せないんだな。そういう真面目なところを好ましいと思う。自分だけの利益に喜べない飯田くんが、僕は好きだ。でもそれで悩ませるのはやっぱり違う。
「飯田くんの言うこともまあ……わからなくはないけど」
奏は首を捻りながら言葉を探していく。足元にはいくつもの花びらが落ちている。それを一つずつ拾うような気持ちで、言葉を選ぶ。
「でも僕らはそんな風に思ってないし……実際、飯田くんが駆けてくれてなかったら事態はもっと深刻だっただろうし。それに」
落とした視線を、飯田に向ける。
「戻って来てくれただろ」
奏と目の合った飯田が、ハッとしたように表情を変えた。
「先生に事態を知らせてくれた時点で、飯田くんは飯田くんのやるべきことを終えたのに、先生たち連れて、戻って来てくれたじゃん」
本来であれば、状況を伝え、助けを求めれば飯田の役目は終わったはずだ。戻ってくる必要はなかったはずだ。守る者を連れて行くのは教師側からしてもリスキーだっただろう。守り切れるという自信があったからかもしれないが、それでも、飯田はそのまま学校に残るべきだったはずだ。その方が全体の生存率は上がる。
それなのに戻ってきた。敵がいるとわかっている危険な場所に。
自分たちがいたから。
「君はちゃんとA組の委員長だよ」
奏が笑うと、麗日も笑顔で何度もブンブンと頭を縦に振る。飯田は下唇を噛んで、眉を寄せた。先ほどとは違うなにかを堪える表情に、奏も麗日もただ笑う。
「だからありがとう、委員長」
「っ……いや、俺は……委員長として、当然のことをしたまでだ!」
胸を張って、ビッといつものように風を切りながら揃えた指先をロボのように振り下ろす。その姿に安心して、奏は麗日と目を合わせた。
弱い風が吹いて、足元の花びらが転がるように流されていく。その様子を眺めていると、足音が一つ。
パッと奏が下駄箱の方を見るのと、「あれ!?」という声が聞こえたのは同時だった。
下駄箱の前に、目を丸めた緑谷が立っている。
「出久」
「デクくん!」
「緑谷くん!」
「かなちゃん……!麗日さんに飯田くんも……!」
緑谷は驚いた様子で「なんで……?」と小さくこぼす。なんでもなにもあるか馬鹿。
「よかった!治してもらえたんだね!」
「両足骨折と聞いたぞ!ほんとに君はよく怪我をする!」
「ええ……!?三人ともそれで待っててくれたの……!?」
話しながら慌てて靴に履き替える緑谷は、ほんのりと頬を赤く染める。しかし駆け寄った麗日と飯田の後ろに立つ奏と目が合った瞬間に、朱の差した顔がサッと青くなった。その変化に気付いた麗日と飯田が揃って首を傾げる。
「出久」
「ヒェ、かなちゃん……あのあのあの、これはその」
腕で顔を覆うように両肘を前に出す緑谷の名前を低く呼ぶ。奏はギラリと目を光らせた。彼の額にかかったアイマスクに描かれた普段はコミカルでシュールなイラストの目も、今だけはつり上がっているように見える。
「お前というやつは……!危ないまねはするなって言っておいたよな!?」
「はいっ!」
語気を鋭くする奏に、緑谷は気をつけの姿勢で頷いた。こんな風に声を張る奏を見たことのない飯田と麗日は、その迫力にビクリと体を震わせる。
「わかってんならなんであの場で飛び出した!?」
「う、あれはその、つい思わず……」
うろうろと視線をさまよわせる緑谷に、奏が迫る。緑谷が怯えにも似た色を纏って表情を歪めた。飯田と麗日は呆気に取られたまま二人を見る。
「僕らが合流したときも……!勝己がいなきゃどうなってたかわかんないだぞ!」
「はい、それはその、重々承知してます……」
しおしおと体を縮めて項垂れる緑谷に奏は息荒く諭す。奏の言葉に、視界の端で飯田が「爆豪くんが緑谷くんを救けたのか!?」と驚くのが聞こえた。それに緑谷が反応して苦く笑う。
「いや、かっちゃんには僕を救ける気はなかったと思うよ」
「あいつがそんなことするわけないよ。たまたまそこに出久がいただけでさ」
本当にたまたまだった。爆豪はワープゲートを狙っていただけで、結果として緑谷が救けられた。それだけだ。そうでなくても爆豪が緑谷を救けるということはないだろうなと、奏は悲しくもそう思う。そしてその悲しさよりも、今は燃えるような感情が緑谷に向く。
「突っ込んでどうする気だった?いまだに個性の制御をできないお前が……」
「あっ!そう!それなんだよかなちゃん!」
説教の真っ最中だというのに、突然緑谷がパッと顔を上げて表情を明るくした。そしてやや興奮気味に話し出す。
「USJでさ、一回できたんだ!個性の調整!」
緑谷は声に喜びを滲ませて話す。曰く、USJで敵に向けた攻撃が腕の骨を折ることなくきまったらしい。緑谷はオールマイトのフォロワーゆえか、攻撃の際に彼を意識した言葉を放つ。戦闘訓練でも『デトロイトスマッシュ』と口にしていた。これはオールマイトの技だ。
「あのときは確かに上手くスマッシュできたんだ!なんで急にできたんだろう……」
「……個性の調整が、でき始めてきたのは嬉しいことだけど」
軽く握った手を口元に当て、いつものように考え出す緑谷を見ながら、奏は一度フーと深く息を吐く。吐き切る。肺の中を空にする勢いで。そこから再びギンッ、と目をつり上げて緑谷の頭を右手で鷲掴みにした。モサモサの髪が柔らかい。
「両足折ってんだろーがっ!反省しろ!」
「アダダダダ!ごめんなさい反省します!」
バスケットボールを片手で掴むように緑谷の頭を鷲掴みにする。掴まれた痛みに緑谷が声を上げると横で飯田と麗日がおろおろし始めた。
「まあまあ、デクくん無事やったんやし!」
「落ち着け音波くん!」
二人に宥められ、奏は口をへの字にしながらも緑谷の頭から手を離した。離すと麗日と飯田があからさまにほっとするので、冷静さを取り戻した奏は悪かったなと思う。
「音波くん意外と怒るんだねえ」
「いや……あれは怒るというより叱ると言う方が正しいのでは……?」
「かなちゃんは怒らせちゃ駄目な人なんだほんとは……」
三人が小声で話し出すがそれは奏には全部筒抜けだ。三人が揃っている姿を見て、今日の非現実的な出来事の中で覚えた不安や、芽生えた恐怖が一瞬遠退く。
それでも確かに、今日起きたことはすべて確かに自分の身に起きた現実なのだと、風に舞い上がる花びらが告げていた。
28:非日常の終わり、あるいは
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