残響ユートピア30






「うおぉぉ……」

 教室の扉の前、廊下の方を向いてリュックを背負った麗日が呻くような声を漏らす。その声に鞄を肩にかけた奏と緑谷、飯田、その他のクラスメイトたちも揃って扉の外に目をやった。

「なにごとだぁ!?」

 体育祭のことを告げられたその日の放課後、麗日の驚愕に満ちた声が響き渡った。
 開いた扉から見えるのは人、人、人。廊下の外は他クラスの生徒で埋め尽くされている。それこそ教室から出られないほどに。なんだこりゃ。僕らなんかしたっけ?
 
「出れねーじゃん。なにしに来たんだよ」
「敵情視察だろザコ」

 帰ろうとしていた峰田を追い抜きざまに余計な一言を加える爆豪に、奏は「こら」と注意するが聞く気はないらしい。突然謂れもない罵倒を吐かれた峰田はブルブルと震えながら爆豪の背中を指差して緑谷の方に顔を向けている。

「あれがニュートラルなの」
「ごめんね口が悪くて……」

 背を屈める緑谷と峰田を挟むようにして隣にしゃがんだ。恨めしげな目で爆豪を睨んでいるが、その視線にも気付かない爆豪はただ前だけを見ている。

「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてえんだろ」

 峰田の隣にしゃがんだまま、奏は爆豪の背を見上げる。彼の言葉に、奏はなるほどと相槌を打った。
 パッと見た感じ、ヒーロー科以外の生徒もいるっぽいな。全員が全員、視察って雰囲気でもない。敵の襲撃を耐え抜いたってのはそれなりに話が広まっているらしいから、ただの興味本位もいるんだろうけど。でも視察って、他科って体育祭にそこまで旨みがあるようには思えないけど。
 そんな風に奏が考えていると、爆豪が教室の前に集まった生徒たちを一瞥して一言を放つ。

「意味ねえからどけ、モブ共」
「知らない人のこと取り敢えずモブって言うのやめなよ!!」
「もっと言ってやって飯田くん」

 なんてこと言うんだこの馬鹿、ほんと馬鹿。
 ため息を吐きながら頭を抱える。ザワリと、A組外の生徒たちの空気が変わる。あ、よくない音だ。嫌だな。
 興味が主だった音の中に、雑音が混じる。この音は敵意を孕んでいる。誰に。きっと僕らに。

「どんなもんかと見に来たが、随分偉そうだなあ」
 
 集まった生徒たちの中から、はっきりとこちらに向けた声がした。
  
「ヒーロー科に在籍するやつはみんなこんななのかい?」
「ああ!?」
 
 それは酷い誤解だ。奏は緑谷たちと一緒になって首を横に振る。
 人だかりを押し退けて、一人の生徒が爆豪の前に立った。少し癖のある紫色の髪を上に流して、額を出しているせいか、うっすらと隈のある目に視線が行く。制服のデザインが奏たちとは少し異なる彼は、普通科の生徒のようだ。
  
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなあ」
 
 あ、そういう言い方ちょっと好きじゃない。
 幻滅するというのは、こちらに多少なりとも理想や期待をしているからだ。まだプロでもない、同い年で、同じ学舎で学ぶ同じ立場の者に幻滅すると言われても、はあそうですかと言うしかないし、彼の声音からするに、幻滅するという言葉はこちらを傷付けたくて言っているだけの可能性が高い。まあ今回は勝己が悪いのでなにも言わないけど。

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ、結構いるんだ。知ってた?」

 彼はどこか気怠げな雰囲気で首裏に手を当てる。口調はゆったりとしているが、爆豪を見る目は鋭い熱があるように見えた。

「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって」

 その一言にピンとくる。ああー、なるほどそういうこと。はいはい。敵上視察に来る理由はそういうこと。他科に対して旨みはないと思っていたけど、元々ヒーロー科志望だった生徒からすれば、体育祭はまたとないチャンスなわけだ。道理で敵対視する音が漏れてるわけだ。
 普通科の彼は「その逆もまた然りらしいよ」と低く言った。視界の端で緑谷が反応したのがわかる。つまりヒーロー科生徒は体育祭の結果次第では他科行きってこと。まあ除籍処分を身近に感じた僕らは今更な内容だ。

「敵上視察?少なくとも俺は」

 向けられる目には確かに敵意が潜んでいて、それでいて強い決意も感じる。けれど声のせいか不穏に聞こえた。

「調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー、宣戦布告しに来たつもり」

 その言葉に、奏はしばし言葉を失う。
 凄い大胆不敵な人来た……ていうか僕ら嫌われてる……?

「調子に乗ってるつもりはないけどね」
「音波……お前これ以上爆豪に余計なこと言わせんなよ……保護者だろ……?」
「いや幼馴染みだよ?」

 横で震える峰田が低くした声で囁いた。ちらりと爆豪の背中を見るが、掴みかかったりするような様子はないから大丈夫のはずだ。峰田の隣にしゃがんでいた奏はよっこらせと立ち上がる。ちょうどそのタイミングで、人だかりの中から腕を挙げて存在を主張する生徒がいた。

「隣のB組のモンだけどよぅ!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!エラく調子づいちゃってんなオイ!」

 B組。まだ交流はないがヒーロー科だ。彼もまた爆豪の態度が気に入らなかったのだろう。非難を交えた声を飛ばす。

「本番で恥ずかしいことんなっぞ!」

 また不敵な人来たよ……と言うかそれはお互い様では?と奏は首を傾げる。自分たちはヒーロー科だ。学科編入に影響を及ぼすような体育祭という場なら否応なく、ヒーロー科である以上、好成績は納めなければいけない。毎年各学年ごとに全学科ごった煮の予選が行われるはずだが、ヒーロー科ならばそれは突破して当然だし、本戦でも同じだ。
 ヒーロー科ならば、調子に乗っていようがいまいが、みっともない姿を見せれば恥になる。
 ていうかそもそもさあ、僕らはこの間の襲撃の被害者なわけで、敵上視察だかなんだか知らないけど、ヒーローになりたいなら被害者への配慮くらいしろよ。僕が一般人で、事件に遭った後に、ヒーロー志望の人間に事件に遭ってどうでした?とか聞かれたらぶん殴りたくなるけどね。
 そっとため息をついて、奏は爆豪がこの事態をどう収めるのかその背中を見守る。クラスメイトたちも同様に、爆豪の次のアクションを待っている。
 しかし当の爆豪本人はケロリとした様子で、なにか弁解をするでもなく、態度を変えるわけでもなく、さっさと帰ろうと教室の出入り口を塞ぐ生徒たちを掻き分けようとする。そんな爆豪に待ったをかけたのは切島だ。

「待てコラどうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじやねえか!」

 切島が声を荒らげると、爆豪は肩越しに教室内を振り返る。そしていつものように不機嫌な、けれど落ち着いた声で言った。

「……関係ねえよ」
「はあーー!?」
「いや関係なくはないだろ……お前の態度が悪いよあれは」

 奏が嗜めるように言うと、麗日と飯田が大きく何度も頷いた。爆豪は奏の方を見ないまま、前を向く。そして先ほどと同じ落ち着いた、けれど硬さのある声でさらに言う。

「上に上がりゃ、関係ねえ」

 爆豪の言葉に、教室内が一瞬静かになる。奏もわずかに目を見開いた。偉そうに見える態度も、調子に乗っていると思われた勘違いも、全部体育祭の結果で示せば問題ない。関係ない。今のこの悪評をひっくり返す最適の場所が迫っている。
 
「く……シンプルで男らしいじゃねえか!」
「上か……一理ある」
「言うね」
「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」
「いやほんとにそう……」

 切島が震えながら感じ入ったように賛同し、それに常闇と砂糖も続く。上鳴が意を唱えるので奏はそれに並んだ。いやほんとに。勝己の言ってることは間違ってないかもしれないけどあの態度はアウトだぞ。戦う前から敵を増やしてどうする。でもまあ……実力で敵意も不満も捩じ伏せる、って考え方は嫌いじゃないね。とはいえクラスを巻き込むなよ。
 奏は呆れたため息をこぼして、緑谷たちに断ってから、一人さっさと帰っていく爆豪の背中を追った。



△▼△



「勝己!」

 駅の改札前でようやく爆豪に追いついた。爆豪は名前を呼ばれ嫌そうに振り返ったが、呼んだのが奏だとわかると足を止めることなく改札を通った。この野郎。
 奏も鞄から定期を取り出して、改札にかざして通る。早足で歩いて爆豪の隣に並んだ。

「ンだよ、うぜーな」
「お前な、不特定多数に喧嘩を売るなよ」

 歩きながらそう話すと、爆豪が煩わしそうに顔をこちらに向けた。相変わらず態度が悪い。

「あ?」
「必要以上に敵を作るなよって」
「は、モブなんか敵になんねえわ」
「あのな……そういう話じゃなくて」

 鼻で笑う爆豪に、奏は自分の言いたいことが伝わっていないのだと落胆して肩を落とす。駅のホームには雄英の生徒もちらほらいて、奏は爆豪との会話が周囲に聞こえて反感を買わないように個性を使う。

「お前はただでさえその言動と態度のせいで敵を作りやすいんだから、ちょっとは気をつけろよ」
「返り討ちにしたるわ」
「だーから、作らない努力をしろっての!」

 こいつほんとに話聞いてるか?ただでさえヒーローは人気商売なところがあるから、将来プロになったとき雄英生時代の爆豪勝己はこんなクソ煮込み野郎でした、なんてリークされる可能性もある。そういう根は今のうちに摘んでおくべきだ。

「別に愛想振り撒けって言ってるんじゃないんだからさあ」
「したくねえことは嘘でもしねえんだよ俺は」
「そんなの知ってるよ……でももうちょっとやりようがあるだろ……」

 ヒーローは、ヒーローらしくあるべきだと大衆に求められる。強くて、清廉な、正義の味方。求められる姿と違うヒーローにはすぐに野次が飛ばされる。本人の努力も貢献も意思も、大衆には関係がない。ただ自分たちを守ってくれる存在は清らかであるべきだと一方的にこちらに押し付けてくる。それが正しいものだと言うように。
 そういうものに、爆豪の道を遮って欲しくない。

「……僕はお前の将来が心配だよ……」
「オールマイトを超えて高額納税者リストに載ってやるから心配いらねーわ」
「いや……うう〜ん」

 そうじゃないんだよあ。と奏は今日だけで何度吐いたかわからないため息をまた落とした。



△▼△



 体育祭まで一週間を切った。桜の木は薄紅色の花から透けるような新緑をその枝に携えて、通学路のあちこちで鯉が空を泳ぐのを見るようになった。風に靡く鯉のぼりを見上げるのが奏は案外好きなので、見つけるたびに心が躍る。
 例のちょっとした騒動から、食堂など他科の揃う場所では時折視線が痛い。こういうとき耳がいいと厄介だなと、個性が発現してから何度目かの感想を抱く。
 まあ……他科はそんなに絡むことはないだろうからまだいいけど。でも将来的に考えるとこういうの後々響く気がするなあ。でもそれよりもB組はね。同じヒーロー科だし、交流だって今後あるだろうからあんまり揉めたくないんだよなあ……
 そんなことを考えながら階段を登りきったところで、ちょうど廊下を歩いていた生徒とばっちりと目が合った。

「あ」

 お互いに小さく口を開いて、言葉を漏らす。同じ雄英の制服に、よく知る碧眼。

「寧人!」
「奏」

 奏は自然と笑みがこぼれて、廊下を強く蹴って一歩を踏み出す。そばに寄って向かい合うと、窓から差し込む日差しできらめく金髪が少し眩しかった。透き通るような碧眼はくっきりとした二重で、少し垂れた目が柔らかな雰囲気を作る。均整の取れた甘い顔立ちは彼の立ち振る舞いを一層際立てる。

「久し振り。隣のクラスでも意外と会わないもんだね」
「まあお互い忙しいからね。授業や体育祭の準備で」

 物間寧人は奏とは古い友人で、付き合いだけで言えば幼馴染みたちよりも長い。彼が雄英ヒーロー科に共に合格したことは連絡を取り合っていたので知っていたし、的連合襲撃事件の際には心配してメールを送ってくれていた。ただ顔を合わせる機会がないまま今日まで来てしまった。
 物間は顎に手を添えて、じろじろと奏の頭から爪先まで視線を走らせる。

「……敵に襲われたって聞いたけど、ふん、まあ元気そうだね」
「大丈夫だってメール返したろ」
「君の大丈夫はあんまり当てにならないだろ」
「嘘じゃん」

 言葉はどことなく皮肉を被っているが、心配してくれていることは音でわかる。奏はへらりと笑った。
 物間は顎に添えた手を腰に当て、笑みを作る。その笑みはどことなく挑発的だ。

「そういえば……聞いたよA組。随分と調子に乗ってるんだって?」
「ん?」

 物間の言葉に、奏は訝しげに眉を寄せる。もしかしてこの間の……そうだあの不敵な人、B組だったもんな。あの人から聞いたのか?
 物間は腕を組み、フンと鼻を鳴らして口元だけで笑みを作る。

「爆豪くん……だっけ?例の幼馴染みだろ?」
「そう。勝己ね」
「随分と傲慢な性格らしいじゃないか」
「いやまあ……それは、うん……?」

 なんと返していいのかわからずに首を捻る。まあ間違ってはいない。いないけど、最近の爆豪はそれだけじゃないと知っている。奏が言葉を探しているうちに、物間が会話を進めていく。

「会敵した事実には同情さえするけどね……けど、それで調子に乗っちゃうのはちょっとどうなんだい?」
「いやそれは誤解で」
「アハハ!精々調子に乗ってるがいいさ!だけど覚えてきおきなよ!迫る体育祭!目立つのは僕たちB組さ!」

 物間は腰を反り気味に顎を上げ、額に手をかざす。相変わらずどこか芝居がかった動きをするなと思いながら、物間の無駄によく通る声を黙って受け入れながら、奏は脱力して肩を落とした。
 
「寧人……お前相変わらずだね……」
「おやおや!?人のこと気にしてるなんて余裕ですかあ!?」
「お前ほんと……大丈夫か?クラスに友達いるか?」
「保護者面やめてくれるかなあ!?」

 黙ってれば綺麗な顔してるのに。こいつこういうところで損してるよなあ。
 整った顔立ちの無駄遣いに等しい。昔から一度決めつけると人の話を聞かなくなる面があるのだ。ほんとは凄くいいやつなんたけど。ただちょっと口が悪いだけで。ちょっと皮肉屋なだけで。諦め混じりのため息を吐く奏に、冷静さを失った物間は高笑いをしながらビシリと奏に人差し指を突き付ける。

「たとえ従兄弟だろうと手加減はしないさ。体育祭、楽しみにしてるよA組」

 それだけ言うと満足したのか、物間はこの場を離れていく。ツカツカと歩く彼の足音からは自信があふれていて、奏は困ったもんだと首を傾げた。
 寧人に出久と勝己を紹介したかったんだけど……そんな雰囲気じゃないな。というか……寧人と勝己、もしかしなくても相性悪いかも……?う〜ん……あいつらちょっと似たとこあるし、同族嫌悪かもしれない。しかし寧人のあの様子だと、B組の人たちに僕らの心情は凄く悪いのかもしれない。嫌だなあ、余計な敵作るの。
 差し迫る体育祭に波乱の予感を感じながら、奏は深く息を吐き出した。



30:迫る波乱



30




戻る TOP