残響ユートピア32
スタート、という合図で一斉に駆け出したはいいものの、奏は思うように進めずおしくらまんじゅう状態になっていた。よく考えれば人数に対してゲートが狭すぎるんだからそりゃそうか。そんでもってつまり、このゲートこそがまさに最初の狭き門ってわけだ。
前方からパキパキ、と細やかに氷の音がする。雄英に入学して何度か聴いた音だ。
奏は足元だけで個性を使用する。地面を這うように前方から伸びてきた氷結は、奏の周りだけが粉砕されて凍りつかない。
「ってぇー!なんだ凍った!動けん!」
「さみー!」
「んのヤロォオオ!」
地面と一緒に凍らされて動けなくなった生徒を避けながら、奏は走る。ゲートを抜けるとごった返していた道が少し開けた。前方を走る轟のツートンカラーの髪がよく目立つ。やっぱこれ轟くんか。ミッドナイト先生がなにしてもいい、とは言ってたけど開始早々これとは、容赦がないね。
走る奏のすぐ近くで爆破音が響いた。これはきっと勝己だな。
「甘いわ轟さん!」
「そう上手くいかせねえよ半分野郎!」
A組のメンバーが、それぞれ轟の氷結を躱して前に出る。まあ僕らクラスメイトなら考えられる手だもんね。来るってわかってればタイミング見計らって飛ぶだけでこの程度の氷結なら躱せるし。でも僕ら以外も結構避けてるな。
奏の氷結回避は、避けるという行動ではない。超音波の出力と範囲を調整して迫る氷を振動で砕くものだ。ゆえに避けて進むという生徒よりも手間や迷いが少なく、あっという間に上位へ踊り出る。
『さあいきなり障害物だ!まずは手始め……第一関門!ロボ・インフェルノ!』
マイクの声が響く。どうやら実況解説のような役を担っているらしい。好きだもんねこういうの盛り上げるの。直線だった道が開けて、そこには見覚えのあるロボたちが道を塞いでいた。見上げるほどに高く、威圧感のある装甲。
「入試んときの0ポイント敵じゃねえか!」
「マジか!ヒーロー科あんなんと戦ったの!?」
「多過ぎて倒れねえ!」
入試のときの仮想敵。0ポイントの巨大敵から小型の敵まで揃い踏みだ。あのときは会場に一機だった巨大仮想敵が今は十数機いる。なるほど、こいつら越えなきゃ先に進めないわけだ。
「一般入試用の仮想敵ってやつか」
「どこからお金出てくるのかしら……」
あ、そうか轟くんと八百万さんは推薦入学だから仮想敵と戦ってないのか。
ちらりと横目で轟を見る。彼は姿勢を低くして右手を地面に着いた。轟の周りだけ、温度が下がるのがわかる。轟は右手を地面から上へ、振り上げるような動作を見せると冷気が奏の方にまで流れてきた。地面を伝い、巨大ロボの足場から一瞬で全身が氷漬けになる。おお、凄い。
奏は感心しつつも、自分も進まなきゃか、と駆け出して襲いかかってくる小型敵の動きを個性で止めていく。
「ニンゲン!カクゴ!」
「なんだか懐かしくなっちゃうね」
数機が同時に迫ってくる。奏は強く両手を打ち鳴らした。超音波の振動を当てて、ロボットを内部から破壊する。
そのまま足を止めずに轟が止めたロボの近くにいる巨大敵の足元へ。
入試のときはポイント稼ぎが前提だったから厄介だったけど……この状況では排除、あるいは回避が優先。一撃は重いけどこの距離なら一撃を繰り出そうとする間に距離を詰められる。
「こんだけでっかいと出力がなあ……疲れるから嫌なんだけど」
奏は目の前にある巨大ロボの足。鉄の塊に触れる。
鉄そのものの装甲は壊せないけど、機械の繋ぎ目を狙えば内側の繊細な機械の部分は壊せる。機械類ってどっかの接触悪くなるだけで動かなくなるもんね。
鉄に触れた右手から、強く超音波を放つ。すぐにバチン!となにかがぶつ切りになるような音が聴こえた。直後にロボの動きがガクンと止まる。止まってくれればその隙にここは越えられるしね。
直線で走っていると、視界の端に轟がいた。凍らせて止めたロボの隙間を抜けて走っていく。
「あいつらが止めたぞ!あの隙間だ!通れる!」
轟とが通った道を見て、後ろにいた生徒たちがこれ幸いと走り出した。あ、やめた方がいい気がする。後ろから追ってくる気配に気付いたのか、轟は走りながら肩越しに振り返った。
「やめとけ、不安定な体勢んときに凍らせたから……」
氷漬けにされた仮想敵が軋む音がする。轟が通り抜けた直後に、そのロボはゆっくりと傾く。奏が止めたロボにぶつかり、二機ともども、けたたましい音を立てて倒れた。
『A組轟!音波が止めたロボも巻き込んで攻略と妨害を一度に!こいつぁシヴィー!』
え〜、僕は妨害するつもりなかったんだけど……嫌だな変なとこで恨みでも買ってたら。
眉を顰めながらも走り続けると道が少し狭くなる。轟と距離はあるが横並びの状態で、奏は口を開く。
「容赦がないね。他科の生徒もいるのに」
「関係ねえだろ、クラスは」
奏も轟も前を向いたまま一言ずつ交わした。どちらも速度は落とさない。まあヒーロー科編入を狙ってる生徒もいるだろうからクラスは関係ないって言われたらそうなんだけどさ。僕らは実践訓練を日常的に受けてるわけだし、なんの訓練も受けてない一般生徒にあれは危険すぎる気がするんだけど。
『A組切島!潰されてたー!』
ああ、切島くん潰されたのか……なんかごめん……けどまあ君でよかったよ。硬化なら無傷で済むだろうし。マイクの実況を聞きながら、奏は心の中で切島に手を合わせる。ほんとごめん。僕のせいじゃないけども。
『A組爆豪!下が駄目なら頭上かよー!クレバー!』
次に聞こえたのは幼馴染みの名前だ。ああ、なるほど。勝己なら爆破で空中移動ができるもんな。さすがだね。
実況と音で後方の様子を掴みつつ、奏は道の先が階段になっていることに気付いた。しかも相当高いとこまで登らされるらしい。横並びに走っていた轟は階段に差し掛かったところで足から氷を連ねて登っていく。うわ、いいな。
索敵、隠密、破壊力には長ける奏の個性だが、機動力だけはどうにもならない。地道に階段を駆け上がった先にある障害物に、思わず「うわ」と苦い声をこぼした。
眼前に道は続いていなかった。代わりに飛び石のように足場が点々と、様々な面積で用意されている。足場と足場を繋ぐのはロープだけだ。
綱渡りしろってか?軽業師じゃないんだぞ。下を覗いて見ると一応ネットが張られていた。さらにその下にはクッションも敷かれていて、万が一のときの準備はあるらしい。
見ると轟はすでに綱渡りを始めていた。度胸凄いな。とは言え奏もここで足を止めるわけにはいかない。後ろからはすでに足音が響いている。
「高所恐怖症じゃなくてよかった」
奏はそれだけ呟くと、さっさとロープを渡り出した。絵面は不安要素しかないが、いざ足を乗せて見るとしっかりとした作りのロープで、ピンと張られているおかげが予想よりも揺れが少ない。下を見ないように、両腕を広げてバランスを取りながら進む。
ロープを渡り、足場から足場へ。それを繰り返していくと、あと一回の綱渡りでこの障害物は越えられる、というところで、爆破音が頭上から聞こえることに気付いた。爆豪がロープを使わずに爆破で空中移動をしている。奏に追いつき、そして抜いた。
やっぱこういうところで差がつくな。轟くんももう綱渡り終わったみたいだし。僕も急ぐか。
一位は以前轟のまま、しかし二位に爆豪が繰り上がり、奏は三位となった。最後の綱渡りが終わる頃に後ろの方から「さあ見てできるだけデカい企業ー!!」というよくわからない叫び声が聞こえてきたが、奏は気にせず走り出した。
地面を走れるって素晴らしいな、と思っているとマイクの実況が響いた。
『さあ先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねえから安心せずに突き進め!』
そう言われてみるとミッドナイト先生も通過人数は言ってなかったな。けどこの障害物競走を第一種目って言ってたから……多分もう何回か振り落としがある。う〜ん三、四十人くらいかなあ。
轟と爆豪の背中を追う。二人はまだ追いつける距離にいる。次の障害物によっては追い越しも可能のはずだ。
『そして早くも最終関門!かくしてその実態は――……』
そう思った頃に、タイミングよく轟が最後の障害物に辿り着いたらしいと、実況で悟る。さて最後はなんだと奏も耳を傾けた。
『一面地雷原!怒りのアフガンだ!』
マイクの声はいたって楽しそうで、奏はなんだって?と思わず宙を見た。やることがいちいち大きいな、雄英は。
『地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!目と脚酷使しろ!ちなみに地雷!威力は大したことねえが音と見た目は派手だから失禁必死だぜ!』
奏も地雷原ゾーンに突入した。なるほど確かによく見れば土の盛り上がりでどこに埋まっているのかは検討がつく。
「けどまあ、僕にはあんまり関係ないね」
サッと一瞬だけ地雷原に目を向けて、奏はすぐに走り出した。地中に向けて超音波を放つ。そうすることによって目を使わずともどこに地雷原が埋まっているのかがわかる。この程度の広さならば数秒で端から端まで探知可能だ。
先頭であればあるほど不利になる。追いつくならここしかない。奏は速度を上げて、轟と爆豪に迫る。そしてそれは爆豪も同じ考えなのだろう。空中移動で地雷は関係ない。爆破の間隔を狭くして、轟に並んだ。
「てめえ宣戦布告する相手を間違えてんじゃねえよ!」
爆豪の声が奏には聴き取れた。きっと奏より後ろにいる者では地雷の音や、目の前に必死でそれどころではないだろう。地雷の位置を把握した奏には、つまるところ余裕があった。精神的に。
爆豪が轟を追い越すと、そうはさせまいと轟が爆豪の腕を掴む。
『ここで先頭が変わったー!喜べマスメディア!お前ら好みの展開だああ!』
マイクの実況がきっと客席を大いに盛り上げていることだろう。これからその渦の中に戻るのかと思うと少し嫌だった。嫌だなと思っているうちに、轟と爆豪に追いつき、そして抜いた。
『おいおいおい!二人が引っ張り合ってる間に音波が抜いたぁ!盛り上がってきたぜえー!』
できれば二人が足引っ張り合ってる間にしれっと抜いてしれっと差をつけたかった。そんな奏の思いも虚しく、マイクの実況を聞いて、轟と爆豪がバッと奏の方に顔を向けた。
「奏ぇ!てめえなにしれっと抜いとんだゴラァ!」
「うわ最悪……いいよ二人で引っ張り合ってくれてて」
轟と爆豪が互いを邪魔し合うのをやめて、先を行こうと加速する。折角トップに出たんだから、どうせならこのままゴールしたい。向かってくる爆豪と轟の方に目を向けて、奏は右足が地面に着く瞬間にパチンと強く指を鳴らす。
「悪いね」
奏が言った言葉が二人に届いたかわからない。なぜなら奏が指を鳴らした直後に、二人の前に埋まっていた地雷が爆破した。
『なんだあ!?爆豪、轟の前で地雷が爆発!?なにした!?』
『音波だな……地雷に向けて超音波を当てたんだろう。超音波でイカれた拍子に地雷が作動したんだ』
目の前で起きた爆発に、二人は一瞬怯んで足を止める。その隙に奏は距離を稼ごうと走る。上手く作動するかイチがバチかだったけど上手くいってラッキー。でもまああの二人じゃ大した時間稼ぎにもなんないだろうな。
地雷原にも終わりが見えた頃、左腕を後ろから掴まれた。振り返れば轟が腕を掴んでいて、その眼光は鋭い。
パキ、と掴まれたところが薄く氷を張る。ほとんど反射で手を振り払い、氷を超音波で割る。直で凍らせないくるとかほんとに容赦ないじゃん。
『後続もスパートかけてきた!だが引っ張り合いながらも……先頭三人がリードかあ!?』
轟と爆豪に迫られて、さすがにこの二人を同時に相手するのはキツイ。もう一度地雷を作動させようかと構えたときだった。
後方で、今までの比にはならないほどの大爆発が起きたのは。
「っ、いった」
爆音に耳を塞ぎ顔を顰める。耳を劈くような音に脳が揺れるような気がした。爆風がここまで届く。熱い風が髪を攫い頬を撫でた。爆発の光が目に痛い。なんだあの爆発!地雷何個踏めばあんなになるんだよ!
『後方で大爆発!?なんだあの威力!?偶然か故意か――」
光の中に浮かぶシルエット。目を見開く。
『A組緑谷!爆風で猛追ーー!?』
出久。
迫る緑谷はなにか板状のものに伏せるように乗っていて、爆発の風圧を利用して飛んでくる。
偶然か故意か?偶然なわけがない!あいつはああいうことを狙ってやる!
『っつーか……!!』
マイクの驚きで満ちた声が聞こえる。それを聞いてる余裕もなかった。爆風が奏の体を押して、気付いたときには緑谷が上空を飛んでいたから。
『抜いたあああああーーー!!』
抜かれた、と気付いたときにはすでに緑谷の背中を追って駆け出していた。爆豪が爆破を起こして緑谷を追う。轟も自身が進む先に氷を敷いた。
「デクぁ!!俺の前を行くんじゃねえ!!」
「後ろ気にしてる場合じゃねえ……!」
「やってくれるな出久……!」
硝煙の匂いも気にならない。目の前に追わねばいけない背中があって、奏は大きく腕を振る。
『元、先頭の三人、足の引っ張り合いをやめ緑谷を追う!共通の敵が現れれば人は争いをやめる!争いはなくならないがな!』
『なに言ってんだお前』
ふわりと、緑谷の体が板から浮くのがわかった。失速のタイミング。この距離ならまだ追いつける。追い越せる。
奏、爆豪、轟が横並びに走る。緑谷に追いついた。あの爆風で着地なんて早々上手くできるもんじゃない、着地した先にだって地雷はある!下手すりゃ連鎖的に地雷を踏む。その隙に完全に追い越せる!
ならば轟と爆豪の二人をどうするかと考えたときだった。視界に四角く大きいものが入り込む。緑谷が乗っていた板。あ、これ、ロボの装甲だ。そう気付いたときにはカチカチカチ、と地中からいくつもの音が聞こえた。装甲が地面に着いている。そう思った次の瞬間には目の前に光と煙が上がっていて、また耳を突くような音に顔を歪めた。
轟と爆豪も同じようでら極至近距離で起きた爆発に、咄嗟に身を庇うように足を止める。
『緑谷!間髪入れず後続妨害!なんと地雷原即クリア!イレイザーヘッドお前のクラスすげえな!どういう教育してんだ!』
目の前で起きた爆発をモロに見たせいで目がチカチカする。それでも煙の向こうに緑谷の背中が見えた。失速のタイミングで装甲を地面に打ち付けて地雷を作動させた。やられた。僕が二人にやったのと同じようなことを……!
光のせいで目が眩み、連発で大きな音を聴いたせいか耳の奥がキンとする。平衡感覚が一時的に落ちている。走る速度が落ちたと自分でわかる。
地雷原を抜けて、もう残りは直線だ。スタジアム内に入って、フィールドに戻るまでの通路の直線。
『さあさあ序盤の展開から誰が予想できた!?今一番にスタジアムへ還ってきたその男――……』
実況の声が、遠くの方で籠っているように聞こえる。フィールドから差し込む光が見えた。そしてその光の中に消えていく背中。
『緑谷出久の存在を!!』
緑谷がフィールドに戻ってきた直後に、歓声が湧き起こる。その、自分に向けられたわけではない音の渦に飛び込んでいく。
ゆっくりと足を止める。心臓の動きが早い。呼吸が整わない。足を止めたことで、全身に疲労が押し寄せる。ああ疲れた。
客席の方をぐるりと見渡すと、みんな拍手をしたり歓声を上げている。これのほとんどがきっと緑谷に向けられたものだ。緑谷に向けられたものだけど、当の本人は薄らと目に涙を浮かべていて、あまり気になってはないらしい。まったく、らしいというかなんというか。
「また……くそっ……!くそがっ……!」
ふと聴こえた声の方を見ると、爆豪が息を整えながらも目をつり上げて歯を食いしばっていた。個人戦ではっきりとした順位がついた。爆豪にとってこれは完全なる敗北なのだろう。緑谷に対して、二度目の。
声をかけるか迷って、やめた。代わりに緑谷の方へ足を向ける。
「あ、音波くん!」
「麗日さん。お疲れ様」
「お疲れ様!音波くんも凄かったねえ!」
「この個性で遅れを取るとは……やはりまだまだだ僕……俺は……!」
「飯田くんしっかり」
呆然となにもない両手の平を見つめながらぼやく飯田の背中をポンと叩き、三人で緑谷の方へ向かう。麗日は「一位凄いね!悔しいよちくしょー!」と緑谷に声をかける。相手への賞賛と、悔しさを別にして伝えられるのが凄いな、麗日さんは。
「出久、お疲れ」
「かなちゃん、うん、お疲れ様」
「まったくお前は相変わらずぶっ飛んだことをするね」
「へへ……」
奏が呆れたように息を吐いて言うと、緑谷は頭を掻きながら目を逸らした。
緑谷が持っていたあの装甲。あれは序盤のロボの装甲だ。つまりあれを持ったまま、緑谷は走り、綱を渡り、走っていた。先の障害物に対して使えると見込んで、ロスになるとわかっていながら。
つまり、個性に頼らず勝ち上がろうとしていたとわかる。あの諸刃の剣の力を使わずに勝つことを考えた結果。うん、いい兆候だ。
奏は薄く笑い、まだ言えていないことを言う。
「一位おめでとう、出久」
「……!うん、ありがとう!」
第一種目、障害物競走。一位、緑谷出久。二位、轟焦凍。三位、爆豪勝己。四位、音波奏。
最後の緑谷の妨害がなければ三位に食い込んでいたかもしれないが、それはもう終わったこと。結果がすべてだ。
負けた、という感覚もなければ勝ったという感覚もない。いつもと同じ。喜びも特別なければ、悔しさも特別ない。ただ、緑谷が勝った、という印象だけは灼きつくように強く残った。
32:追って追われて
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