残響ユートピア33
予選通過は上位四十三名だと明かされた。取り敢えずA組は全員予選突破。B組もだ。残り二人はサポート科と普通科から一人ずつ。あ、あの大胆不敵な人だ。言うだけあって通過したんだな。
予選敗退した者は一度各クラスに振り分けられた観客席に戻っていく。ミッドナイト曰く、予選敗退者にもまだ見せ場は残されているらしい。敗者復活とかあるのか?
「次からいよいよ本戦よ!ここからは取材陣も白熱してくるよ!気張りなさい!」
ステージ上のミッドナイトの後ろに、再びモニターが投影される。そしてまた音楽が流れ始めた。
「さ〜て第二種目よ!私はもう知ってるけど〜……なにかしら!?言ってるそばから、コレよ!!」
音楽に合わせて映し出された「騎馬戦」の文字。おお、なんか体育祭っぽい。あ、でも待って。
「騎馬戦……!俺駄目なやつだ……」
「奇遇だね上鳴くん。僕も駄目なやつ」
「個人競技じゃないけどどうやるのかしら」
蛙吹が口元に人差し指を当てて首を傾げる。確かに勝敗システムは気になるけど、こういうチーム戦、どっちかって言うと不利だな。上鳴くんも同じ理由だろうな。
突然の団体種目に、第一種目を勝ち上がった生徒たちがざわつく。
「参加者は二〜四人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが……先ほどの結果に従い各自にポイントが振り当てられること!」
奏は指先を顎に当ててなるほど、と目を細めた。つまり、騎馬を組んだチームの合計点が自分たちの持ち点。そして他の騎馬から得点……ハチマキを奪い合うわけだ。
「入試みてえなポイント稼ぎ方式か、わかりやすいぜ」
「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくると!」
「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うね!」
一種目終わりでまだ興奮しているのか、クラスメイトたちの抑えきれていない声量で紡がれた言葉はミッドナイトにも聞こえたらしい。説明を遮られた苛立ちを表すようにピシャンとまた鞭を鳴らす。そしてやけくそ混じりに話を続けた。
「ええそうよ!与えられるポイントは下から5ずつ!四十三位が5ポイント!四十二位が10ポイント……といった具合よ」
ミッドナイトの説明を聞いて、奏も他の生徒たちも指折り自分のポイントを計算する。奏は四位。ポイントは200だ。なるほどこれ、騎馬組む相手のポイントも大事になるな。誰が何位通過でポイントをいくつ持ってるのか、個性の相性。騎馬組むにも色々考えさせられるな。
奏の考えていることは、きっとみんな考える。駆け引きが始まる緊張感とざわめきが波紋のように広がったとき、ミッドナイトは楽しそうな声色で高らかに告げた。
「そして一位に与えられるポイントは、1000万!」
その一言に、奏を含む人間が一斉に緑谷を見た。当の緑谷だけが固まったまま、冷や汗を流して「1000万?」と確かめるように裏返した声で呟く。
「上位のやつほど狙われちゃう――……下剋上サバイバルよ!」
この場にいる全員の目が、一度に緑谷に向く。その目はみんなギラついていて、獲物を狙う獣のようだった。
1000万。障害物競走の地雷のときもそうだけど……随分とエンターテイメントするな。順位をひっくり返すチャンスっていうのがあると会場が沸くもんな。おまけに他科の選手にもチャンスが出てくる。色々考えられてるね。
ミッドナイトは騎馬戦の詳しい説明を始めた。自然と視線は壇場のミッドナイトへ向く。
制限時間は十五分。個々に振り分けられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイントが表示されたハチマキを装着して時間内でハチマキを奪い合い、最終的な保持ポイントの上位四チームが勝ち上がる。
説明の内容を聞く限りでは普通の騎馬戦っぽいな。そんな風に
思った奏の思考を嘲るように、ミッドナイトは笑みを深くした。
「そして重要なのはハチマキを取られても、また騎馬が崩れても、アウトにはならないってところ!」
生徒たちのざわめきが一層強くなる。
「てことは……」
「四十三名からなる十から十二の騎馬がずっとフィールドにいるわけか……」
「シンド☆」
八百万、砂糖、青山の言葉を聞きながら、なるほどそれはなかなかにキツそうだと息を吐く。十五分間の中でハチマキを奪い合う。
「最初の騎馬のポイントも大事になるね」
「一旦ポイント取られて身軽になっちゃうのもアリだよね」
「それは全体のポイントの分かれ方見ないと判断しかねるわ、三奈ちゃん」
芦戸、蛙吹とそんなやり取りをしながら、奏は口元を手で覆う。さてさて、これ本当に困ったぞ。なにせ僕の個性は、基本的に共闘に向いてない。
「個性発動アリの残虐ファイト!でも……あくまで騎馬戦!悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード!一発退場とします!」
そこはスポーツマンシップに則るんだな。まあ雄英生の潰し合いなんて全国放送できないもんな。ヒーローらしくもないし。
それぞれに考え出す生徒たちの注目を集めるように、ミッドナイトが大きく半円を描くように鞭を振る。
「それじゃこれより十五分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」
十五分?短いな。チームを組む交渉をして作戦会議も含めるとなると相当短時間だぞ。これだから雄英は……
他の生徒たちも十五分という短さに焦りが出たのか、周囲の人間と相談しつつも動き出した。
さて、僕も決めなきゃいけないわけだけど……どうしたもんか。僕の個性に影響を受けない人か、僕の個性を活かせる人と組みたいもんだけど。というかこれ、出久は大丈夫か?
ちらりと横目で緑谷の方を見ると、彼は予想通り一人でいた。緑谷を中心に人が寄りつかない。みんな緑谷を避けるように歩いている。
まあこうなるか……1000万なんて格好の的。組めばほぼ全員から狙われるだろうし、逃げるよりも終盤に奪う方が戦法として理に適ってるもんな。しかも出久は障害物競走で個性もまともに見せてないし……他のクラスの人からじゃどんな個性かもわかってないし、組みづらいだろうな。
じゃあ勝己は、と奏は反対側に目を向ける。爆豪の方にはA組の生徒が集まっているようだった。轟も同様だ。
「俺と組め!」
「えー、爆豪、私と組も!?」
おお、人気じゃん勝己。やるね。
幼馴染みが周囲から求められている姿に、思わず口元に笑みが浮かぶ。緩く唇が弧を描いたり矢先、爆豪は集まるクラスメイトたちに向かって言う。
「てめェらの個性知らねえ!なんだ!?」
「B組ならまだしも!周り見てねーんだな!」
勝己〜〜……!お前クラスメイトの個性くらい把握しとけよ。いつでも知る機会あっただろうが。もう入学して一ヶ月は経つんだぞ……!?
奏が呆れて頭を抱えていると、後ろから「かなちゃん!」と一人しか呼ばない愛称で呼ばれた。振り返ると緑谷と麗日が立っている。
「おやおふたりさん」
「ちょっといいかな!?あと飯田くんも!」
「ん?」
緑谷、麗日、飯田と円になるように顔を寄せ合うと、緑谷が真剣な顔つきで話し出した。
「実はこのメンバーで組めないかなと思って……!」
「ほお」
「飯田くんを先頭に僕、麗日さんで馬を作る!そんで麗日さんの個性で僕と飯田くんを軽くすれば機動性は抜群!かなちゃんに騎手をやってもらえれば音で全方位死角なし!逃げ切りを可能にする策はこんくらいしか……!」
緑谷の大きな目がまっすぐに奏たちを見る。緑谷の作戦は悪くないと思った。奏の個性ならば緑谷の言う通り、どこからでも接近してくる騎馬に気付ける。騎手ならば相手の騎馬と接近すれば近距離で超音波をぶつけることも可能だ。そうすれば周りは巻き込まない。悪くない。悪くないけど。
なんでだろう。あんまり乗り気になれないな。
自分でもよくわからない。ただなんでだか緑谷の話に乗ろうという気が湧かない。悪くない策なのに。飯田、麗日と組むことに抵抗もないのに。普段ならいいよと即決できるはずだ。それどころかきっと自分から声をかける。
薄いモヤが胸を覆い、思考を閉ざす。なんて返事をするか迷っていると、隣の飯田が先に動いた。彼はスッと背筋を正す。
「……さすがだ、緑谷くん……だがすまない。断る」
その一言は重く、けれど抗いようのない決意を感じた。奏は目を見開いて、飯田の横顔を見上げる。飯田は右手でメガネを押さえながら、低く落ち着いた声で言う。
「入試のときから……君には負けてばかり。素晴らしい友人だが、だからこそ……君について行くだけでは未熟者のままだ」
飯田くん……
飯田が断るのは正直に言えば意外で、けれどこうして理由を聞けば飯田らしいとも思ってしまう。飯田はくるりと背を向けて歩き出す。遠のく背中に迷いはなく、声もはっきりとしていた。
「君をライバルとして見るのは爆豪くんや轟くんだけじゃない」
飯田が向かう先には、轟、上鳴、八百万が立っている。どうやら緑谷に誘われる前に彼らにも声をかけられていたようだ。
声に迷いはなく、強い決意のようなものが聴こえた。飯田の大きな背中が離れることに寂しがあり、けれどそういう選択ができる彼に尊敬すらする。
「俺は君に、挑戦する!」
飯田が断る理由に、1000万を背負う負荷は入っていない。彼自身の矜持と、掲げるもののための選択。相変わらずかっこいいね、飯田くん。
奏は自嘲するように一度薄く笑い、その笑みを消して、緑谷たちから一歩退いた。
「悪いね出久、僕もパス」
「え……!?」
飯田の方を見ていた緑谷が、飯田に断られた動揺を背負ったまま、奏の方を向く。
普段なら力になりたいと思う。チームを組むことすら難しい緑谷に手を差し伸べたいと思う。けど今はその気持ちが湧かない。飯田を見て、この決断をするなんて自分も調子がいいなと呆れる。けど気持ちに嘘はない。
「お前の策は悪くないけど……」
障害物競走で、自分は緑谷に負けた。
そもそも緑谷と勝負事をした記憶がほとんどない。トランプやじゃんけんとは違う、互いに目的があった上で、勝敗が出るような遊びをしたことがない。奏はもともと勝ち負けに拘りがない。だから緑谷だけではなく、誰かと勝負して負ける、という経験がないに等しい。負けた、という結果だけが残って、そこに感情は湧かなかった。けど確かにさっき、自分は負けた。
負けたから緑谷と組まないわけじゃない。そんな腹いせのようなことはしない。ただ、ただ。
『僕も本気で、獲りにいく!』
『この体育祭で、俺はてめえに勝つ』
『俺は君に、挑戦する!』
どの言葉も本気だった。懸ける想いが、奏とは違う。でもだからこそ、自分の力で挑まなきゃいけない。
負けた。緑谷に、あのときは間違いなく、緑谷が奏を上回った。
出久は本気で獲りにいくと言った。勝己も僕に勝つと言った。なら僕は僕で、二人を迎え撃つ覚悟を持たなきゃいけない。
「僕は僕で、この体育祭に臨む」
「……!」
「だから誘いには乗れない。悪いね」
そう伝えると、緑谷はグッと唇を引き結んで、なにも言わずにコクンと深く頷いた。後ろでは麗日が心配そうな顔で二人を見ている。
緑谷たちに背を向けて、奏は自分と組んでくれる人を探す。
意思の疎通がしやすいのは出久と勝己だったけど……勝己はもうチーム決めたっぽいな。そもそもあんな宣戦布告をされたのに組めるとは思ってない。飯田くんは轟くんのところ。というか……二人にはいっぱい声かかってたのに僕は誰にもかけられなかったな。これでも四位なんだけど……持ち点200ポイントなんだけど……勝己にはかかったのにちょっとショック……
奏が密かに落ち込んでいると、「困ってるようだな音波ぃ……」と背後から妙な声をかけられた。なんだ?と思って振り返ると、仁王立ちした峰田がニヒルな笑みを浮かべて奏を見上げている。
「峰田くん……」
「ふっふっふ……入れてやってもいいぜ!オイラたちのチームによお!」
ビッ、と立てた親指を自分の方に向けて峰田が胸を張る。峰田の後ろには障子と蛙吹が立っていた。
「障子くん、梅雨ちゃん……意外な組み合わせだね」
「峰田から提案された作戦がなかなか良くてな」
「ええ、だから峰田ちゃんでも組むことにしたの」
「でもってなんだよ!オイラでもってよぉ!」
蛙吹の言葉に峰田が吠える。「作戦って?」と尋ねると、峰田は再びニヤリと笑い、奏を手招きした。奏は峰田のそばに寄ってしゃがみ込む。そこに蛙吹と障子も加わって、緑谷四人で円を作るようにしゃがんで顔を近付ける。
「オイラは騎馬にはなれねえ!でも障子の巨体と複製腕なら!オイラをすっぽり覆える!」
「なるほど……峰田くんを騎手にして防御力特化の騎馬チームってわけだ」
「それだけじゃねえぞ!障子の腕を開けば複製腕でハチマキを取り放題よ!」
「でも私たちだけじゃポイント数はそんなに高くならないわ」
「そこで音波よ!障害物競走四位のお前とオイラたちのポイントを足せば合計で620!他の騎馬に引けを取らねえ!」
なるほど。悪くない話だ。奏は顎に手を添えて考える。ほとんどの人がチームを組み終えてる中で、この三人に誘ってもらえたのは大きいな……それに峰田くんの作戦は悪くない。僕が騎馬の先頭になれば超音波で他の騎馬ともやり合える。
奏は峰田の悪い笑みに、微笑みを返す。
「いいね峰田くん。乗ったよ」
「よっしゃあ!取るぞ1000万!!」
「ケロ!」
「じゃあこのまま作戦会議だな」
障子の発案に頷いて、奏たちはそのまま互いのビジョンを擦り合わせる。
「え、梅雨ちゃんも障子くんの上に乗るの?」
「ええ、そのつもりよ」
「凄いね障子くん。じゃあ騎馬は僕らで……と言っても、二人が障子くんの背に乗るなら障子くんと前後で手を繋ぐくらいになっちゃうけど……」
けれど障子の複製腕と上手く騎馬を作れば騎手の峰田をガードしたまま、蛙吹の舌や障子の腕でもハチマキは奪えるはずだ。奏が障子の方を見ると、障子の複製腕の先に生成された口が奏の方を向いた。
「いや、音波、お前も背中に乗れ」
「ん?」
「そうすればお前を騎手にできる。峰田でも構わないが……いざというときの攻撃力を考えればお前がいいと俺は思う」
障子のガードを解いて、ハチマキを奪い合うときになるとしたら、確かに峰田よりは自分の方がフィジカル的にも妥当かもしれない。
「いやでも、いくら障子くんでも僕ら三人乗せて移動するのは大変すぎない?僕一応平均よりは体重あるんだけど」
「問題ない。乗ってみろ」
「えええ」
障子が背を向けて屈むので、峰田、蛙吹と目を合わせる。二人が背中に乗っても、確かに自分一人乗せるくらいの余裕はありそうだ。奏は「失礼します……」と声をかけてそろそろと乗り込んでみる。安定感が凄いな。
障子は前屈みの体勢のまま立ち上がり、両の複製腕で奏たちを閉じ込めるようにそっと閉じた。いや凄すぎない?
「おお……」
「さすがね障子ちゃん」
「オイラの作戦だぞ!」
複製腕を合わせた隙間から外の様子が見えるが、奏は音を聞けば位置関係も把握できる。峰田と蛙吹は「ここからもぎもぎ投げられるな」「私の舌もいけるわね」などと話し合っていた。
「複製腕で目を生成すれば背後にも目を向けられる。音波の個性があればさらに安心だ」
そう言いながら、障子はゆっくりと膝をついて、閉じた複製腕を開いていく。奏から降りて、蛙吹、峰田も地面に降り立つ。立ち上がった障子は奏たちの方を向いて、改めて言った。
「俺は音波が騎手がいいと思う。二人はどうだ?」
「私は賛成よ」
「ぐぬぬ……作戦を考えたのがオイラだってことだけは忘れるなよ!?」
決まりだ、と言いたげに障子が奏を見た。騎馬になるつもりでいた奏は、この流れに戸惑ったが確かに障子の言うことには一理ある。けど突然のことに気持ちが追いつかない部分があるのが正直なところだ。そんな戸惑いを見抜いたのか、障子はマスク越しに話し出した。
「騎手はハチマキを奪うだけじゃなく、全体を見て指揮を取るのも役割りの一つだろう」
「ん、まあそうだね」
「……USJで見せた、お前の判断力と視野の広さを俺は信頼している」
その言葉に、奏は動きを止める。障子はただまっすぐに奏を見ていた。顎から鼻まで覆うマスクに、長めの前髪。障子は表情豊かなタイプではなく、見える部分が少ないせいもあって感情を読みづらい。けれど自分は聴き分けられる。たとえば背中に手を添えるような、たとえば気遣うように扉をノックするような、柔らかくも芯のある音。それが自分に向けられている。
こんな音を聴かされたらもう、腹を括るしかない。
「……わかった。やるよ」
「頼む」
頷けば、障子は短く返した。体育祭という、個人で競い合う中で行われるチーム戦。活躍すればプロの目にも留まる。そんな中で自分を信じて要を託してくれた障子たちに、奏の内でなにかが灯る。
障子が騎馬、奏が騎手、蛙吹と峰田でサポート。このチームで、騎馬戦に臨む。
33:天下分け目の交渉時間
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