残響ユートピア34
フィールドには十二組の騎馬が並び立っている。空気がひりついているのを肌で感じる。観客の熱気が、それを一層強くする。
緊張はない、心音はいつも通り。けれどその一音一音がよく響く。
『さぁ上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!!』
マイクの口上が始まって、いよいよ雄英体育祭第二種目、騎馬戦が始まる。奏は靴を脱いで、障子の背に乗る。峰田、蛙吹も続いて、複製腕が閉じていく。日差しが遮られて、奏たちだけが薄い影に守られる。
「大丈夫?障子くん、キツくない?」
「ああ」
「音波ちゃん、ハチマキを」
「ありがとう梅雨ちゃん」
蛙吹から受け取ったハチマキを額に巻こうとして、アイマスクをつけていることを思い出した。奏はハッとして、蛙吹と峰田の方を見る。
「……これ、上からいっていいと思う?」
「外せよぉ!」
「駄目か……」
峰田に怒られたので、奏は渋々アイマスクを外してズボンのポケットにしまい、代わりにポイントの書かれたハチマキを巻いた。マジックテープで止めるようになっているので巻きやすく奪いやすい。奪ったハチマキは首に巻くように言われている。
首元が絞まるの嫌だけど、まあこのハチマキなら大分緩く巻けそうだ。そんなことを思いながら、複製腕の隙間から外を見た。視界は狭いが、音が拾えれば十分だ。
奏は隙間から幼馴染みたちの騎馬が見えることに気付く。勝己は切島くん、瀬呂くん、芦戸さんか……出久は、麗日さん、常闇くん、と……?誰だ?知らない女子。サポート科の人だ。
意外な組み合わせだなと、奏は片眉を上げる。常闇くんと組むことも意外だ。
『よぉーし組み終わったな!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!いくぜ!残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』
マイクが選手たちを煽るように言葉を連ねる。奏は聞こえてくるカウントの隙間を縫うように、口を開いた。
「障子くん、梅雨ちゃん、峰田くん。よろしく頼むよ」
「ああ」
「っしゃあ!」
「ケロ!」
それぞれから頼もしい返事が返ってきて、奏は口元が綻ぶ。マイクが大きく息を吸うのが、ノイズ混じりに聞こえた。障子が態勢を整えるのを揺れで感じた。始まる。いよいよ、始まる。
『スタート!!』
高々と告げられた合図とともに、すぐさまバタバタと重なる足音が聞こえた。どれも同じ方向に向かっている。足音に迷いはない。つまり狙いは一択。出久のとこだな。
「実質それの争奪戦だ!」
「はっはっ!緑谷くんいっただくよー!」
声はB組のと葉隠だ。他の騎馬も様子を窺いながらも動き出してる。半数の意識は緑谷のチームに向いているようだ。よしよし、思った通りの展開だ。奏は内心ほくそ笑みつつも、それを表には一切出さず、いつもの平坦な声音で告げた。
「よし、じゃあ三人とも、話した通りに」
奏がそう言うと、三人が頷くのがわかった。チーム決めの時間内に交わした会話を頭の中で整理する。この種目で勝ち上がるための策を。
▲▽▲
「しかし、音波は緑谷と組むとばかり思っていたが……」
十五分のチーム決めの中で、障子が複製腕に生成した口を奏の方に向ける。その言葉を受けて、奏はパチリと大きく瞬きをした。峰田は障子を見上げながら「なー」と同意を示して頷き、蛙吹も口元に人差し指を当てながら頷いた。
「え〜っと……?」
「1000万なんて持ってたらチーム組むやついねえだろ」
「そうじゃなくても音波ちゃんは緑谷ちゃんと組むと思ってたわ」
「だから声かけんの迷ったんだよな〜」
三人から語られる言葉に、奏はぽかりと薄く開いた口を閉じることを忘れる。
「……僕、誰にも声かけられなかったから……結構ショックだったんだけど……勝己にすら声がかかるのにって……そういうことか……」
「障害物競走四位で200ポイントを保持するあなたに声をかければ1000万の緑谷ちゃんもついてくると思ったんでしょうね」
「まあおかげでオイラたちと組めたからいいじゃねえか!」
峰田がポンと奏の腰のあたりを叩いた。「そうだね」と頷いて、取り敢えず悩みが晴れてよかったと安堵する。本当によかった。ほんとに。クラスメイトからの信頼がまったくないのかと思った。
奏は咳払いをひとつして、改めて三人を見る。ここからは真面目に作戦会議だ。他のチームもほとんどできあがり、固まって作戦会議に入っている。奏たちも同様にそれぞれが顔つきを変えて作戦会議を始めた。
「じゃあこっからは真面目な話で……1000万、僕は捨てた方がいいと思ってる」
奏がそう切り出すと、峰田は「はあ!?」と目を剥き、障子と蛙吹も表情こそ変えないものの驚いてはいるようだった。
「なに言ってんだ音波!1000万獲りゃ確実に通過できるんだぞ!?」
「そうだね。でも逆に言えば1000万のメリットはそれだけだよ」
峰田の言葉に頷いてから、奏は淡々と言葉を並べる。
「1000万のメリットはそれを保持さえしていれば必ずこの騎馬戦を突破できること。デメリットは十から十二組ほどの騎馬の半数は1000万を狙ってくるだろうってこと」
奏の言葉に、峰田の表情が曇るのがわかった。実際に出揃った騎馬のどれほどが1000万を狙うかはわからない。最初から度外視する騎馬も出てくるだろう。少なく見積もっての半数だ。
「1000万を狙う。逆に言えば1000万を獲った瞬間に標的が変わる。多数が敵になるなら逃げることにしか意識を割けなくなるだろうし、ここで勝ち上がるなら1000万は捨てて堅実に他の騎馬からポイントを奪うべきだと思う」
なにも1000万を獲ることだけが勝ち上がる術じゃない。大勢が狙いにいくたった一つのハチマキより、多くのハチマキを奪う方が堅実的だし、このチームならそれができる。
峰田はグッと唇を噛んで黙り、眉を下げる。なにか言いたげな表情だ。
「でも、でもよお……」
「音波の言うことはわかる」
峰田の言葉を継ぐように、障子が頷いてから言う。彼の声は落ち着き払っていたが、普段聴くものよりも熱を帯びていた。彼もまた冷静に、淡々と言葉を紡いだ。軽く握った手の、親指を自身の胸に当てる。
「だが、それでも俺は1000万を獲りにいきたい」
その言葉に、蛙吹も峰田も、もちろん奏も驚きに表情を変えて障子を見た。
三人の視線を受けても障子は変わらぬ声音と表情で言葉を続ける。
「音波の言うことはわかる。1000万を狙うことのリスクの大きさも。けれどそれでも、1000万……緑谷に挑み、一位を狙いにいきたい」
「障子ちゃん……」
障子と、正面から視線を交えた。正直に言えば意外だ。奏の思う障子目蔵は、冷静で、確率の高い方を選ぶと思っていた。1000万の衝撃に目が眩んでいるだけで、そのリスクをきちんと言葉にすれば自分の意見に賛同して貰えると、傲慢にもそう思っていた。
「っ……!オイラ……オイラも、1000万が欲しい!」
不意に、峰田が声を大きくする。奏は咄嗟に個性を使った。作戦の中身を他のチームには知られたくない。峰田はそれさえも気にしていないのか、あるいは気にする余裕がないのか、ぎゅっと両手を握り込んで、眉間には皺が寄っている。表情は険しく、視線は地面に向けられていた。
「この騎馬戦が終われば、次は多分最終種目だろ……!?雄英体育祭じゃ毎年最後は勝ち上がったやつらがサシでやりあう……正直、オイラじゃ勝ち上がれたとしても、一対一のバトルじゃ結果を残せるかわかんねえ……!」
峰田の個性は攻撃には不向きだ。特に正面からの戦いでは余計に。本人も自覚があるのだろう。彼の叫びは痛みとなって奏に響く。
峰田は勢いよく顔を上げる。その目には薄らと涙が溜まっていた。
「だったらここで!緑谷から1000万獲って!目立ちてえ!そうすりゃ女子にもモテるかもだろ!?」
「台無しね」
「峰田くん……」
最後の一言で蛙吹は表情を変えずに、峰田を映す目の温度だけを下げた。奏も残念な気持ちになる。彼の源にはモテるという単語がマストらしい。ここまでくるといっそ清々しいな。
けど峰田くんの考え方は頭になかったな。目立って活躍すればプロの目に留まる。それがチャンスに繋がる。確かに雄英体育祭の最終種目は形式は様々だけど例年一対一。そこまで勝ち上がること。そしてそこからさらに勝ち進むこと。より強い印象を与えることが必要だ。一対一の成績が振るわなくても、ここで目立てばチャンスにはなるもんな。
「私もいいかしら」
「梅雨ちゃん、もちろん」
律儀に挙手をする蛙吹に、奏は微笑んで頷く。蛙吹は挙げた右手の人差し指を唇の傍に当てて話し出す。癖なのかな。
「私も音波ちゃんの考え方はとてもいいと思うわ。でもごめんなさい。私も1000万を獲りにいきたい」
これもやはり奏からすれば意外な意見で、パチリと瞬く。蛙吹も大きな瞳でゆっくりと瞬きをして、奏を見た。黒々とした瞳の奥に、自分が映る。
「たとえ騎馬戦だけの結果でも、1000万を獲れればトップに立てる。目の前にそれがあるなら獲りにいきたいわ」
彼女はいつもの猫背のまま、いつもと同じ圧のない、けど凛とした声を持って、はっきりと自分の思いを口にした。
考え方が甘かったかな。1000万のリスクは伝わったと思うけど……いや、違うか。リスクをわかった上で、三人は。
奏は少し考えて、目を伏せ、一度瞬く。
「……みんなの気持ちはわかったよ」
奏はその目に三人を映し、口元に薄く笑みを湛えた。
「じゃあ獲りに行こうか、1000万」
そう言うと、三人は揃って目を見開いた。即座に峰田が声を張る。
「はあー!?なんだよ!?いいのかよ!?」
「反対じゃないのか」
「いや、反対してたわけじゃないよ。あくまで僕の意見としては、ってだけでさ」
違う違う、と顔の前で手を横に振ると、峰田は納得がいかなそうな顔で奏を見上げている。顔からの圧が凄い。
「僕らチームを組んで戦うことになったんだよ。みんなで納得できる形で挑むのが一番いいと思う」
「それはそうだが……」
「だから1000万獲りにいこう。でも僕個人としてはやっぱりリスク高いと思うからさ……」
三人の意見は尊重したい。けれど自分の考えも悪くはないと思ってる。折衷案。奏の提案に、三人は顔を見合わせ、そして揃って頷いた。
▲▽▲
「くっそ取られた!取り返すぞ宍田!追え!」
「了解ですぞ!」
B組の二人だけで組まれた騎馬が、奪われたハチマキを取り返そうと追ってくるのがわかった。
「障子くん一瞬オープン!峰田くん!」
「わかってらあ!」
「開くぞ!」
障子の両腕が素早く開き、光が射す。開いたところで、追ってくる騎馬に向けて峰田が頭部から生えた丸い身のような個性をもぎ取っては相手に向かって投げる。足元にいくつも広げられたそれに、騎馬をやっている男子生徒が戸惑い足を止める。
「っ……!」
「触れればくっついて動けなくなんぞ!ざまあねえぜ!」
「ありがとう障子くん、閉じていいよ」
峰田の言葉が余計に彼らを悩ませ、完全に足が止まる。その隙に奏が声をかけると、障子は複製腕を閉じて、この場を離れていく。また薄暗闇に包まれると明暗の差に視界がくらりとして、思わず目を閉じた。
「音波ちゃん、ハチマキよ」
「ありがとう梅雨ちゃん、峰田くんと障子くんも」
蛙吹から奪ったハチマキを受け取り、首に緩く巻く。
「やっぱり障子くん一人だと思って狙ってくる騎馬がいたね」
「裏をかいてやったぜ!」
「ケロ!」
「障子くんの複製腕の隙間から梅雨ちゃんの舌で距離を取りつつハチマキを奪って、峰田くんのもぎもぎで足止め。即席だけど上手くいったね」
「その作戦を考えたのはお前だ」
障子の言葉に、ありがとうと頷く。騎馬戦というこのフィールドの中で、三人の個性の組み合わせはとてもいい。
峰田実――"個性"、もぎもぎ。濃い葡萄色をした丸い身のような頭髪はなににでもくっつき、もいだそばから新たな頭髪が生える。粘着度はその日の体調で変わるが、峰田自身にはくっつかずに跳ねる。
蛙吹梅雨――"個性"、蛙。蛙のような身体能力を持つ。壁に張り付き、舌を伸ばし、跳躍する。身のこなしの軽さが強みだ。他にも胃を取り出したり毒性の粘液を分泌もできるらしい。
障子目蔵――"個性"、複製腕。肩から生えた二対の触手に身体の器官を複製できる。耳や目を複製することで諜報や索敵に、手を複製すれば攻撃力が上がる。
B組の騎馬に狙われたが、障子の複製腕に覆われて防御力は最高、さらに蛙吹の舌で不意打ちにハチマキを奪い、峰田の個性で追撃を防ぐ。
「いいね、この調子で後半までポイント稼いでこう」
1000万を獲るか捨てるかで、奏と三人の意見は割れた。だから奏は提案した。同じ方向を向いて、意思を揃えて勝利に向かうための折衷案を。
「前半は他の騎馬からポイントを稼いで……」
「後半で1000万を狙いに行く」
1000万を奪うのなら後半の方がリスクが低い。逃げ切りの可能性を高めて、奪われたとしてもチャンスを失わないように前半にポイントを稼いでおく。この奏の策には、三人も納得して頷いた。三人の1000万を狙いたいという意思を尊重しつつ、自分の考えも譲らない折衷案。
勝利を狙いに行く。勝敗に拘らない奏にとっては、あまり覚えのない感覚。その事実が胸の底で疼く。自然と上がる口角。響くいくつもの足音が、奏の心臓を急かすようだった。
34:それぞれのこだわり
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