残響ユートピア35







  フィールドには音と熱気があふれていた。仲間と掛け合う声。足音。緊迫感。ハチマキを奪おうという熱気。心音。爆破音――爆破音?
 注意深くフィールドの音を聴き分けていた奏は、聞き慣れた音が聞こえて首を傾げた。爆破音が聞こえること自体は想定内だが、問題はその位置だ。そっと複製腕の隙間から音のした方を見る。
 
「調子乗ってんじゃねえぞクソが!」
 
 音の主はやはり爆豪だ。彼は騎馬を置き去りにして爆破を利用して空中移動をしている。爆豪の狙いは同じく宙に飛んでいる緑谷の騎馬だ。爆豪とは違い、騎馬と離れずに全員で空中を移動している。緑谷と麗日の装備を見て、サポート科のアイテムが緑谷たちの空中移動を可能にしているのだろうと悟る。サポートアイテムと麗日さんの個性で機動力は最高。それに加えて――
 
「常闇くんっ!」

 緑谷に向けられた爆豪の爆破を、ダークシャドウが闇を大きく広げで遮る。爆豪も突然現れた黒い影に驚いたように目を眇めた。クラスメイトの個性を把握していないのなら当然、常闇の個性も知らないのだろう。
 常闇踏影――"個性"、黒影。影のようなモンスターをその身に宿している。意思を持ち伸縮もするダークシャドウの情報は少ないが、普段の訓練などを見ている限り優秀で強い個性だ。
 出久を騎手に、左翼を麗日さん。右翼をサポート科の人。先頭を常闇くん……1000万を保持する上で必要な防御力。意外なメンツで強力な組み合わせだ。やるね。
 爆豪の肩に白いテープが貼り付く。瀬呂のだ。テープを巻き取り、爆豪を回収していく。

『おおおおお!?騎馬から離れたぞ!?いいのかアレ!?』
「テクニカルなのでオッケー!地面に足ついてたら駄目だったけど!」

 ははん、なるほど。騎馬が崩れてもアウトにはならない。地面に足がつかなければ騎馬から離れてもセーフ。自由な競技だ。まあこんなの雄英だけだろうけど。

『やはり狙われまくる一位と猛追をしかけるA組の面々共に実力者揃い!』

 マイクの持ち上げっぷりに、奏は苦く笑う。評価してもらえるのは嬉しいが、適切なものでなければそれはただ重苦しい。
 障子の複製腕の防御の隙間から、サッとフィールドに目を走らせる。緑谷たちはフィールドのライン際に降りたらしい。そろそろ時間は半分くらいか……?出久たちとやる前に、もう少しポイントを稼いでおきたいな。
 ポイントを得るための騎馬を見繕っていると、不意に耳に馴染む声が聞こえた。

「単純なんだよ、A組」

 今の声。声のした方に視線を向ける。そこにはやはり騎手を努める物間の姿と爆豪たちの姿があった。

『七分経過した現在のランクを見てみよう!』

 マイクの口上に、観客たちの視線がモニターに向くのがわかった。すぐに『あら!?』とマイクの焦るような声が響く。

『ちょっと待てよコレ……!A組、緑谷以外パッとしてねえ……ってか爆豪あれ……!?』

 マイクの反応でわかる。自分たちも含めてA組はポイントが低い。恐らくはほとんどの騎馬が緑谷狙いだからだ。爆豪については、恐らく。
 寧人、勝己から獲ったのか。
 
「んだてめェコラ返せ殺すぞ!!」
「やられた!」

 口が悪い。びっくりするくらい悪い。奏は爆豪の言葉に眉を顰めながら周囲の警戒を怠らない。それでも物間と爆豪の会話が気になって、声を拾う。
 物間の落ち着いた、それでいてどこか抑揚には芝居がかった声が恐らくは意図を持って爆豪を煽る。
 B組はどうやらクラスぐるみで、長期スパンの作戦に出たらしい。予選で極端に数を減らすとは考えにくいことから敢えて目立たない程度の順位を狙って、後ろからライバルになる者たちの個性や性格を観察していたという。
 ああなるほど、悪くない策だな、それ。僕らは体育祭前から目立ってたし……自然と注目が上がってたから、A組が上位を占めると思われているこの場で番狂せを起こせば観客の印象を奪える。寧人らしいし、リスクが低くていいな。凄くいいと思う。けど、

「あ、あとついでに君、有名人だよね?"ヘドロ事件"の被害者!今度参考に聞かせてよ。年に一度敵に襲われる気持ちってのをさ」

 相っ変わらず口が悪いな……勝己も大概だけど、違うベクトルであいつも口悪いんだよな。嫌味と皮肉が効きすぎてる。
 奏は薄闇の中で誰に向けるわけでもなく苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
 奏は物間寧人のことがよくわかっている。いいやつだ。ちょっと口が悪くて腹黒いところもあるけれど、基本的には善人に分類される人間だ。志を持ってヒーローを目指す人間だ。ここまでの作戦も、己だけではなくクラスを巻き込んでいるあたり、B組全体のことを考えてなのだろう。自分の内側に入れた相手には心を砕ける人間だ。
 対して爆豪勝己は。
 彼のことも奏はよくわかっている。こちらも誤解されやすい、いいやつ……善人の定義によるが、まあ悪人ではない、と奏は思っている。百人に一人……二人くらいは、善人だと思ってくれるはずだ。口が悪く、自分主義で、協調性がない。自分に誰より厳しくて、妥協を許さない。他の誰のためでもない己の夢を己の力で叶えようとする人間だ。
 だから奏はわかっている。

「切島……予定変更だ」

 低い、地獄の底から聞こえてくるかのような低い声だった。見えないのに表情まで手に取るようにわかってしまう。

「デクの前に、こいつら全員殺そう……!!」

 売られた喧嘩は買うのが、爆豪勝己だ。
 予想通りの答えに、思わず笑う。ああまったく口が悪い。口が悪くて、今が体育祭の真っ只中で、多くの観客に見られているのにいつもとなにも変わらない爆豪に、ただ笑う。
 寧人と勝己、どっちが勝つのか見たいけど、どうやらそれどころでもないな。

「障子くん!後ろから来てる!」

 背後から迫る気配に気付いて奏が声を上げる。峰田が振り向き、複製腕の隙間を覗いた。

「B組のやつらが来てる!なんかツル?みてえの伸ばしてるぞ!」
「障子ちゃんの死角から襲うつもりだったのね」

 障子くん複製した目で常に背後を見張ってくれているけどどうしたって範囲は限られるもんな。音で気付けてよかった。
 
「どうする!交戦するか!?」
「障子くん、後ろだけちょっと複製腕開ける?」
「ああ!」

 障子が峰田の覗いていた隙間を、器用に腕を離して広げる。急に視界が開けたことと、壁となっていた複製腕がなくなったことで転がり落ちそうだった峰田の体操着の襟を掴んだ。
 背後から峰田の言っていた通りB組が追ってくる。騎手は例の大胆不敵な人だ。
 騎馬の右翼を担っている一人の女子生徒が、棘の生えたツルのような髪をこちらに向けて伸ばしていた。

「気付かれた!?追うぞ!」
「ああ、やはりこんな穢らわしいポイントの奪い方はよしなさいという神からの啓示なのでしょうか」

 B組……個性もほとんどわからないし、あのツルみたいな髪を自在に操れるなら手数は向こうの方が上。やりあうにはちょっと厄介なチームだな。

「音波!横からも来ている!」

 障子の声に、奏は視線を巡らせる。確かに横からもB組の騎馬が迫っていた。こちらは二人で一組の騎馬だ。

「二組同時かよぉ!」
「ケロ、もしかして狙われてたのかしら……」

 頭を抱えて叫ぶ峰田に、冷静な蛙吹、奏は眉間にしわを寄せた。
 三つ巴になれば、二組ともまず自分たちのハチマキを狙うだろう。先ほどの物間のクラスぐるみの作戦を聞いた限りでは、A組の自分たちがいる中でB組通しで潰し合う可能性はまずない。二組同時に相手にするのはキツすぎる。

「仕方ないな……峰田くん、梅雨ちゃん。ちょっと場所変わって。ごめん障子くん、少し動く!そのまま走り続けて!」

 障子は疲れも感じさせない声で「了解」と短く返した。本当に頼りになる。奏は峰田と蛙吹と位置を代わり、体の向きを変えて迫る二組の騎馬の方を向いた。

「二人とも僕より前には出ないでね。障子くん、スピード落として、複製腕開いて」
「いいのか?ハチマキを奪われやすくなるぞ」
「大丈夫」

 奏は両腕をまっすぐに伸ばしてイメージする。扇状に音を広げるように。障子の腕が開く。二組の騎馬との距離が少し縮まり、ツルがいくつもこちらに伸びてくる。あれに絡まれたら終わりだろうな。
 けどそうはならないように、奏はまっすぐに伸ばした腕を開き、強く手を叩き鳴らした。
 パンッ、と鳴ったその音は、奏の個性の影響を受けて大きく膨らんだ風船が破裂するような、あるいは銃声のような、空気を震わせ強く鳴る。
 その音が、響いた瞬間と同時、あるはい数秒速く、奏たちに迫っていた騎馬の動きが止まった。

「ガッ……!」
「んだこれ、痺れ……!」

 騎手の二人が騎馬の先頭に持たれるように倒れ込み、先頭の騎馬をしていた生徒もガクンと膝を着く。

「なんだなにした!?そういうことするなら先に言えよ音波ぃ!」
「ごめんて、それより今のうちに距離取ろう」
「ついでにハチマキ貰っておきましょ」
「後方の騎馬にはかかりが弱い。あのツルの子は髪だけなら動かせる可能性があるから避けて」
「わかったわ」

 蛙吹は舌を伸ばして、二人で組んでいた騎馬からハチマキを奪う。何度見てもその早業には目を見張るものがある。

「ooh no!」
「やられたぜぇ……!」
「峰田くん、しばらく動けないと思うけど念のため……」
「わかってらぁ!」

 もぎっては生えてくる紫色の球状の頭髪を迫ってきた騎馬の足元に峰田が投げる。何人かにくっついたのでもう下手には動けないだろう。その隙に距離を取る。

「梅雨ちゃんハチマキありがとう。さすがだね」
「それはあなたもよ音波ちゃん」
「障子くんと峰田くんも、対応ありがとう」

 微笑む奏に、峰田は血走った目で奏を見上げた。その形相に、一瞬怯む。

「さっきのなんだよお!ああいうのできるなら言っとけよ!」
「ご、ごめん……」

 圧に押し負けた奏は反射的に謝罪の言葉を口にした。鼻息の荒い峰田に、弁明するように奏は苦く口角を上げる。

「超音波を当てて麻痺させたんだ。加減したし、多分長くは効かないと思う」
「鯱みたいね」

 周りを巻き込む可能性のある技だ。奏の個性は出力箇所を選べる。先ほどのは手のひらを叩いた音を操作して振動数を上げた。
 奏は蛙吹から受け取ったハチマキを首に巻く。これで二本目。最初の持ち点に加算して現在の保持ポイントは815。ちらりとモニターに目をやる。現在の順位は四位。予選通過可能な順位だ。
 残り時間ももう半分くらいか……?もう少し点数稼いでおきたいとこだけど。
 音でフィールド全体は把握している。けれど障子に複製腕を開いてもらっている間に目でも全体を捉える。ごった返すフィールドで、一際目立つツートンの髪。正面には緑谷。

「動き出したか……轟くんたちに1000万奪われたら獲りづらくなるな……」
「今まで緑谷を狙っていなかった騎馬も動き出したな」
「まあ同じこと考えるチームも出てくるよね」
「1000万獲りゃあ一発逆転の大勝利!そろそろ行こうぜ音波!」

 峰田がグッと握りしめた両手を顔の高さで掲げる。蛙吹の大きな目が奏を見ている。障子は奏の指示に意識を向けているとわかる。黙る奏の判断を煽るように、フィールドに響くのは実況の声。

『さあ残り時間半分を切ったぞ!B組隆盛の中果たして――……』

 あちこちから聞こえる足音、怒号にも似た声、観客の熱気。額を流れる汗が目に入って沁みた。乱暴に目元を拭う。

『1000万ポイントは誰に頭を垂れるのか!!』

 その言葉を聞いたとき、反射的に僕だ、と思った。
 奏は意識的に深く細く息を吐く。見据える先にいるのは1000万を持った緑谷。向かい合う轟。爆豪と物間も対峙したまま。
 勝己と寧人がやり合ってくれるのは正直ラッキーだったな。残り七分。奪うなら、轟くんよりも格段に出久の方が奪いやすい。
 轟くんに獲られる前に獲りにいく。

「障子くん、梅雨ちゃん、峰田くん」
「!」
「獲りにいこうか、1000万」

 奏の言葉に、三人が息を呑み、目を見張る。峰田が緊張感のある顔つきで「っしゃああ!」と吼えた。蛙吹と障子は冷静に、けれど強く「了解」と返してくる。
 奏は首に巻きつけた、今まで奪ったハチマキを軽く握る。
 1000万、獲って最終種目に進む。

「行こう」



35:その数字を冠する者は


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