残響ユートピア40







『ヘイガイズ!アァユゥレディ!?』

 マイクの声に、客席が一層湧き立つ。体育祭レクリエーション、全競技を終え終了したフィールドの中央にはセメントスの個性で施工されたステージがある。

『色々やってきましたが!結局これだぜガチンコ勝負!』

 ステージは二段構えで迫り上がっており、四隅からマイクの口上に合わせて火が噴き出す。会場を盛り上げる演出にも余念がないなと、奏は感心と呆れ半分で息を吐いた。

「始まるね」
「うん。音波、着替え間に合ってよかったね」
「いや本当にそう……来年は尾白くんが着てね」
「え!?」

 生徒用に用意された観客席はクラスごとに固まっており、奏は尾白とA組に用意された区画へ向かう。通路を歩いていると、こちらに気付いた飯田と麗日が自分たちの場所を知らせるように手を挙げた。奏もひらりと片手を挙げてそれに応える。

「席取ってあるぞ!」
「ありがとう」

 通路階段を降りる奏に、飯田が隣を指差すので、ありがたくそこに腰を降ろす。尾白は奏のすぐ後ろの席に着いた。
 
「聞いたぞ音波くん!応援団をやっていたそうだな!クラスのために……立派だ!」
「いや、そんな大層なもんじゃないよ」
「それに比べて俺は……!自分のためにオレンジジュースをありったけ飲んで……!」

 飯田は俯き、「委員長として情けない……!」と嘆く。眉間にしわを寄せ下唇を噛み締め、影を落としたその表情は反省と悔しさが混ざり合って凄いことになっている。
 飯田の思っているような応援を努めた覚えはない。ただそれらしい格好をして、観戦していただけだ。飯田の想像と真実があまりにも違いすぎていて、奏は胃のあたりが痛くなりそうだった。
 胃が痛くなりそうだ、とは思ったものの、その要因は飯田の思い込みだけではない。これから始まるトーナメントの初戦も要因のひとつだ。
 
『頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!』

 マイクの言葉に耳を傾ける。わかるよな、と問われた言葉に対して、奏は心の内で静かにわかるよ、と返した。戦いの場でなくても、結局最後は一人でどうにかするしかない。どうにかできなければいけない。そうだね、わかるよ。
 けれどそれを他人に、大事な人間に求めるのは少し痛い。胸の奥が押し潰されるような痛みがある。
 自分のことは自分一人でどうにかしたいと思う。けれど大事な人の大事なときに、一緒にどうにかしたいと思う。矛盾しているなと、奏は眼下のステージに目を落とした。マイクの口上が続く中で、二人の選手が入場する。

『一回戦!成績の割になんだその顔!ヒーロー科、緑谷出久!』
 
 おい、その顔とはなんだ。その顔とは。失礼だぞ。奏は思わず実況席の方を睨むが、マイクスタンドを掴んで揚々と言葉を歌うように並べていく実況者は楽しそうだ。そしてステージに立つ幼馴染みは実際、ここまで好成績を収めているわりにはどうにも自信がなさげな表情だった。

『対!ごめんまだ目立つ活躍なし!普通科、心操人使!』

 緑谷と向かい合い立つのは、体育祭開催前から奏たちに大きなインパクトを残した彼だ。どことなくダウナーな雰囲気を纏っている。こちらも自信ありげな表情はないが、落ち着いた印象がある。
 奏はマイクの口上に少しばかり眉を寄せた。目立った活躍がない、のにここまで勝ち残っていることが怖い。
 
『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする、あとは"参った"とか言われても勝ちのガチンコだ!』

 なにもないステージの上だけでどれだけ自分の実力を相手に押し付け、他者に存在をアピールできるか。シンプルゆえに実力がはっきりとわかりやすい仕組みだ。

『ケガ上等!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!道徳倫理は一旦捨ておけ!だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!アウト!ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!』

 ステージの傍に、セメントスが自らの個性で生成した椅子に座る。つまりミッドナイトが主審で、副審をセメントスがということなのだろう。説明にあったような"クソな場合"には彼らが止めに入る。
 まあそんな場合ないと思いたいけどね。出場するのはほとんどヒーロー科だし。
 そう内心で思いながらも、奏はちらりと爆豪の方を見た。もし、万が一、クソみたいな場合を起こしそうな可能性が一番高いのはきっとあいつだろうなと思いながら。
 そしてまた視線をステージに落とす。ああ〜出久緊張が顔に出てるなあ。大丈夫かな、こっちまで落ち着かなくなってきた。

「音波くん、なんか予選のときより緊張しとらん?」
「おめえ緊張とかしねえって自分で言ってたろ」

 飯田の向こうから顔を出した麗日と、後方に座っている峰田にそう言われて、奏は緑谷の方を見たまま返す。

「自分のことはね。でも昔から出久の大舞台には心拍数が意図せず上がるんだ……」
「親か」
「僕が手助けできるならいいけど、個人の実力を試す場じゃそういうわけにもいかないし……」
「だから親かって」
「見守るのも大事だぞ音波くん!」

 飯田に言われて、そうだねと頷く。わかってはいるんだけどね。
 客席の歓声は一層沸き上がり。少し耳が痛い。けれど歓声に隠れるように、心操が緑谷になにかを話しかけるのがわかった。
 どんな歓声の渦にいようが、奏はステージ上の二人の会話が聴き取れる。心操の声は低く、どこか熱を帯びた暗さがあった。

「わかるかい緑谷出久。これは心の強さを問われる戦い。強く思う将来があるなら、なりふり構ってちゃ駄目なんだ……」

 心操の声を掻き消すように、『そんじゃ早速始めよか!』とマイクが声を上げた。歓声は衰えず、熱は上がっていく。
 
「あの猿はプライドがどうとか言ってたけど」
『レディィィイイ!』

 聴こえた言葉に眉を顰める。いや、これは彼の戦法だとわかっている。けれど聴いていて気持ちのいいものではない。緑谷も表情を変えるのがわかった。
『スタート!』と試合開始の合図が響く。それの裏で交わされる会話。

「チャンスをドブに捨てるなんて馬鹿だと思わないか?」
「――!」

 試合が始まった。緑谷が怒りに染めた表情で、心操へ向かう。あ、ちょっと待てまずい。

「なんてこと言うんだ!」

 奏には確かにその声が聴こえた。緑谷の怒りに満ちた声。クラスメイトを貶されて黙っていられなかったのだ。その気持ちはわかるし、そうやって動けるところを奏は好いている。尊敬している。けれどそのままビタ、と動かなくなる緑谷を見て、やってしまったと唇を結んだ。

「ああ緑谷折角忠告したってのに!」

 後ろで尾白が頭を抱えて嘆く。クラスメイトたちも訝しげにステージ上を見詰めている。
 緑谷は心操に詰めようと足を前に出した状態から少しも動かない。
 これが尾白くんが言ってたやつか……

『オイオイどうした!大事な緒戦だ盛り上げてくれよ!?緑谷、開始早々――完全停止!?』

 実況席が試合を煽る。緑谷はピクリとも動かない。目は遠く、空虚を見つめるようで、口は薄く開いたままだが、その隙間から言葉が漏れることもなさそうだった。

『アホ面でビクともしねえ!心操の個性か!?ぜんっっっっぜん目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえやつなのか!?』

 まだ心操は一歩も動いていない。緑谷だってなにもしていない。けれど主導権を握っているのは心操だとこの場の誰もが理解している。
 
「デクくん……!?」
「どうしたんだ緑谷くん!」
「尾白くんの言ってた通りだね。応答がスイッチなんだ」

 奏がステージに目を落としたまま言うと、後ろで尾白が腰を浮かして身体を前に倒してくる。飯田と麗日も奏の方を見た。

「スイッチ?なんのことだ?」
「あいつの問いかけに返事をすると多分操られる。騎馬戦のときもそうだった。でもそれは緑谷に伝えてあったのに……!」
「デクくんなんか喋ってたよね?あれで?」

 ここまで移動する間に、奏は尾白から心操の情報を聞いていた。騎馬戦の最中に記憶が抜けていた原因と考えられるもの、そして対策。それは緑谷にも伝えてあるらしい。
 尾白曰く、心操の問いかけに答えた直後から記憶が抜ける。ただし衝撃によって解ける可能性が高い。
 記憶のない尾白くんたちも騎馬戦では普通に動いているように見えた。つまり記憶を奪うような個性ではなく、身体を操る個性だと考えるのが妥当だ。尾白くんは他の騎馬にぶつかったら意識が戻ったって言ってた。でも一対一のこの状況じゃそんな外的要因は期待できない。強力な初見殺しだ。応答さえしなければ……

「まあ出久の性格上、あれは無視できなかったろうな……」
「音波くん、デクくんたちがなに話してたわかるの!?」
「そういう個性なもんでね」

 麗日と飯田、それから尾白の視線が刺さる。その視線に敢えて気付かないフリをしていると、尾白がズイ、と身を乗り出した。

「なにを言われたんだ緑谷は」
「いや〜……それはちょっと、プライバシー的なあれがアレするから……」

 奏は口元を苦く歪めながら、逃げるように視線を尾白のいない方に流す。流した先には飯田と麗日がいて、二人はなにも言わずともジッ、と圧のある視線を向けていた。
 奏は歪めた口を一度閉じてから、降参だと言うように肩をすくめながら両手を低く挙げた。

「……別に心操くんを庇うつもりはないけど、同じ個性で同じ状況なら、僕も同じようなことを言ったと思う」
「うん?なんの話?」
「僕の話で彼を判断して欲しくないって話」

 奏の言葉に、三人は一度表情を固める。三人が静かに頷くのを見て、奏は深く息を吐く。なんて伝えるべきか、特に尾白に。少し悩んだが、聴こえた通りに伝えるのがいいかと判断して、そのまま、聴こえた言葉の通りに再現した。麗日と飯田が少しだけ目を大きくして、その目だけを尾白の方に向けた。
 尾白はなにも言わず、大きな変化は見せなかった。けれどその瞳の奥は揺れていたし、逞しい尻尾が少し下がった。

「……そっか、俺のために……」

 目を伏せてそう呟く尾白が、自分のために、と言ってくれたことに少しほっとした。自分のせいで、と罪悪感を感じて欲しくなかった。
 尾白から心操の個性の話を聞いて、強力で難儀な個性だなと思った。つまり相手の口を開かせなければいけないし、人間にしか効果はないのだろう。そこが見えると、体育祭前からの彼の不敵な態度にも納得ができた。

「あの個性じゃ、あの入試は突破できないもんな」

 ぽつり、とこぼした言葉は三人にも聞こえなかったようだった。だから対人で戦える体育祭は彼にとっては大きなチャンスなのだろう。
 もしも奏が心操だったら、きっとこの場では同じ策に出る。相手を怒らせて口を開かせるのが一番勝率が高い。それをすぐに結論出せる自分に少しだけ嫌気がして、きっと彼もそうなんだろうなと思った。

「教えてもらった情報を無駄にしたことを注意するべきか、わかっててもなお怒ったことを褒めるべきか……悩ましいね」
「冷静だな音波くん!このままだと緑谷くんはまずいんじゃないか!?」
「まずいね。ほら」

 奏はクイ、と顎を上げてステージの方を示す。飯田たちが慌てて視線を向ける先では緑谷が心操に背を向けて歩き出していた。

『ああーー!緑谷!ジュージュン!』

 場外まで出るように指示をされたのだろう。緑谷は迷わぬ足取りでライン際の方まで一直線に歩いていく。
 ああなったらもうどうにもできない。出久はもう……
 脳裏に敗退、という言葉が浮かぶ。惜しむ自分と、安堵する自分がいた。
 ここまで勝ち上がってきたのにこんな負け方、本人は納得いかないだろうな。でも、強敵が揃うこのトーナメントで、お前が無傷で負けられることに僕は少しほっとしてるよ。
 緑谷の姿を見ながら、ごめんなと言葉にはせずにそう思う。いつかの北風が胸の隙間を吹き抜けた。

「わかんないだろうけど……」

 心操の声だ。強い思いの乗った声だ。

「こんな個性でも、夢見ちゃうんだよ。さぁ、負けてくれ」

 その声は強くて、でも絡みつくなにかから逃げられない中から絞り出したようにも聴こえた。
 あと一歩。あと一歩踏み出して、あの白線を越えたら出久の――……
 
 バキ、と嫌な音がしたのはその瞬間だった。すぐに緑谷を中心に突風が吹く、心操の薄紫の髪が激しく揺れる。突如起こった異変に、奏は眉を顰めた。

『――これは……!』

 砂埃が舞う中で、緑谷が肩を上下に揺らして大きく息を吸う。嘘だろ、あいつ、まさか。

『緑谷!!とどまったぁ!?』

 足はラインを踏んでいない。まだ場外じゃない。負けてない。なんで……!いや、違う、あの音。雄英に入学してからもう何回も聞いた……骨の折れる音。
 奏は緑谷の左手を見る。赤黒く変色した2本の指。洗脳は衝撃で解ける。個性を暴発させて洗脳を解いたのか……!?

「すげえ……無茶を……!」

 尾白の僅かに震えた声。興奮の混じった声。緑谷を評価する声。その声に胸の奥がざわついた。ざわついたことから目を背ける。気付かないふりをすればなかったことになる。奏は目の前の試合に意識を集中させた。

「なんで……体の自由はきかないはずだ。なにしたんだ!」

 心操が声を張る。そこには確かな動揺がある。さすがに出久ももう応えたりしないだろうな。でも本当にどうやって洗脳を……個性の暴発、あくまで洗脳するのは身体であって思考は奪えないのか?いやでもそしたら尾白くんの話と食い違う。出久と尾白くんたちで洗脳のかかり方が違った……?

「〜〜っ……!指動かすだけでそんな威力か!羨ましいよ!」

 頬を引きつらせて、歪んだ笑みを見せながら心操が叫ぶ。緑谷が折れた指を押さえながらジリジリと心操と距離を詰めていく。心操が一歩下がった。

「俺はこんな個性のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ」

 段々と心操の笑顔が薄くなっていく。自分を卑下して、自棄になったような言葉に焦りが見えた。口を開かせるための煽り。でも奏にはわかってしまう。あれは心操の本心だ。

「誂え向きの個性に生まれて!望む場所に行けるやつらにはよ!」

 ああ彼の叫びは、出久にはよく響くだろうな。
 奏はそっと、噛み締めるように目を閉じる。心操の叫びはきっと、いつかの緑谷も考えたことのはずだったから。個性が人の将来を決めてしまう。夢を奪ってしまう。けどその個性が人に夢を見せる。
 緑谷がもう笑っていない心操と組み合う。心操から一発食らい、それでも応答はしない。

「ぁああ!」
「押し出す気か?ふざけたことを……!」

 折れた指を庇いながらも、正面から心操を場外へ押し出そうとする緑谷の体を、心操が躱わす。二人の位置が入れ替わった。

「お前が出ろよ!」
「んぬあぁあああああ!」

 心操に顔を掴まれて、意味のない叫び声を上げながら、緑谷は心操のその腕を掴んだ。ここまでの流れの意味を読んで、思わず声が漏れる。

「あ」
「ん」

 爆豪の声と、奏の声が重なった。指の折れた手で腕を掴み、片手で胸ぐらを掴み身体を捻る。緑谷の背負い投げが綺麗に決まると、投げられた心操の足がラインを超えた。それを見逃さなかったミッドナイトがすぐに告げる。

「心操くん場外!緑谷くん、二回戦進出!」

 二人の挑戦者が、今確かに勝者と敗者になった。



40:心の叫び

 

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