残響ユートピア41
パラパラとまばらに拍手が鳴る。そこに自分の拍手も重ねながら、奏はステージ上を見下ろした。対戦した二人はそれぞれ出口に向かって歩いている。
心操の個性は、客席にいたプロヒーローからは大きな支持を得られたようだった。聴こえてきた会話からそれがわかる。
応答させれば相手を操れる。対敵にはかなり有効だと見込まれたのだろう。
「んじゃ、俺もそろそろ行こうかね」
後ろから聞こえた声に、奏はふっとつられるように顔を向けた。瀬呂が伸びをしながら立っている。その仕草はどこか芝居掛かっているように見えた。緊張を解そうとしているようにも、緊張などしていないと周囲に見せるようでもあった。
「そっか、次、お前と轟か」
「控え室行ってなくてよかったの?」
辺りを見回すと轟はすでにいない。もう控え室に向かったのだろう。もしかしたら緑谷と心操の試合は観ていなかったのかもしれない。
「戦うかもしれない相手は見ときたかったからな〜」
「勝てば出久とだね」
「そーね、勝てれば」
瀬呂が奏を見下ろして、どこか含みがあるように目を細めて笑った。相手は轟だ。現時点でクラス最強と言っても過言ではない。だからと言って瀬呂が負けるとは思っていない。個性に相性というのは必ずあって、それを踏まえて立ち回ることが重要なのだ。
相性の悪い相手なら負けても仕方ないなんて思考を、ここにいる者は持ち合わせていない。
階段を上がっていく瀬呂を見送ると、麗日が上半身を前に倒して飯田の影から顔を出した。
「音波くんは瀬呂くんたちの次だよね?控え室行かなくて大丈夫?」
「う〜ん、次の試合は見ておきたいから、ギリギリまでいようかな」
椅子に深く座り直し、背もたれに寄りかかる。レクリエーションのときも思ったけど、こういうときって性格が出るよなあ。直前にバタつきたくはないが、できるだけ情報は得ておきたい。別に体育祭で得た情報が役立つのは今日だけじゃない。明日も明後日も、雄英にいる以上、ずっとここにいる彼らと競っていくのだから。そう、これからも競い合う場は続いていくのに。
奏はなんとなく腕を組み、首を傾げる。
「どうした音波くん」
「いや……出久を怒るべきか褒めるべきか悩んでる」
「だから親かよ」
後ろから飛んでくる峰田の呆れ混じりの言葉を一旦流す。正直なところで言えば褒めたくはない。自壊しなければ勝てないなんて考え方は早々に矯正したい。
悩んでいると、麗日が顔を出していつもと同じ笑顔で明るく言った。
「まずはおめでとうとお疲れ様やない?」
その言葉に、奏はパチリと大きく瞬きをする。隣で飯田もウンウンと頷いていた。奏は目から鱗が落ちたような気持ちで麗日の顔をジッと見つめる。
「なるほど……?その発想はなかったな……」
「祝いと労いは大事だな!」
二人の言う通りかもしれない。まずは一回戦の突破を祝福して健闘を讃えるべきなのかもしれない。
おめでとう、お疲れ様。口の中で唱えるそれは、確かに今幼馴染みに向けるのにふさわしい言葉のように思えた。けれど唱えた言葉に、心がささくれ立つのを感じる。その言葉だけじゃ足りないと、胸の奥が叫ぶ。
「あっ、デクくん戻って来た!」
麗日が腕を大きく振って、「おーい」と緑谷を呼ぶ。声に気付いた緑谷は笑って、応えるように片手を挙げた。その指先には包帯が巻かれている。それに気付くと自然と眉間にしわが寄った。
緑谷が隣の席に着いて早々に小言が飛び出しそうなのをグッと堪えた。いけない。祝いと労いだ。
緑谷の方に顔を向けると、キン、と高い音が鳴った。放送席のスピーカーだ。
『お待たせしました!続きましては〜……こいつらだ!』
マイクの言葉に、視線をステージに向ける。そこに立つのは二人のクラスメイト。
『優秀!優秀なのに拭いきれぬその地味さはなんだ!ヒーロー科、瀬呂範太!』
紹介ひどいな。
『対!二位、一位と強すぎるよ君!同じくヒーロー科、轟焦凍!』
簡単な二人の紹介を終えると、すぐに試合開始のスタートが切られた。合図直後、仕掛けたのは瀬呂だった。すぐさま両肘からテープを射出し、轟の身体を拘束する。おお、早業。
そのまま右肘のテープは切り取り、左肘のテープを巻き取りながら腕を引く勢いで轟を場外へ追い出そうとする。
『場外狙いの早業!この選択はコレ最善じゃねえか!?正直やっちまえ瀬呂ー!』
マイクの口上が一層会場を盛り上げる。確かに瀬呂くんの選択は最善かもな。拘束力と機動力、テープトラップが瀬呂くんの強みだと思うけど、この障害物もなにもないひらけたステージ上じゃテープを生かした機動力もトラップも制限される。考える隙を与えない速攻、うん、強いと思う。
俯瞰して見るステージは、色々な情報が入ってきて、整理もしやすい。だから瀬呂の選択を最善だと思う。それと同時にこうも思う。なにもしない轟が不気味だと。焦りも抵抗もしない轟が、瀬呂に顔を向ける。その色の違う両の目が放つ光は鈍く、奏は息を呑んだ。
「悪いな」
そう言うのが聴こえた。ほとんど同時にあの氷が生成されるときの音も。音から察する、今まで見てきた氷結とは威力が桁違いだと。
「っ、出久!」
「え?ぐえっ」
咄嗟の判断だった。前のめりになって試合に齧り付いていた緑谷の前に腕を出して、そのまま背もたれに押しつけるように力を加える。
直後、一回の瞬きの間に、目の前まで氷結が差し迫っていた。
スタジアムの開いた天井から突き出すほどの氷塊。急激に辺りの温度が下がる。まじかよ。ここまでの氷結を一瞬で?
「びっ、くりした……!ありがとうかなちゃん……」
「ん、ギリだったね」
緑谷は顔を青くして、胸に手を当てていた。隣にはまったく同じ姿をした飯田がいる。すぐそばまで迫りきた氷塊の先は尖っている。あと数センチ緑谷が前に出ていたら、あと数秒奏が遅かったら、刺さっていたかもしれない氷。
いくら場外にされそうだったからって、ここまでする必要があったか?パフォーマンスにしたって過剰な攻撃だ。
奏は訝しむように、あるいは不快そうに眉を顰めた。眇めたその目をステージに落とす。そこにはかろうじて上半身は氷漬けにされなかった瀬呂が、轟を捕縛したときのポーズのまま立っている。轟は自身を拘束していたテープを凍らせて砕いたらしく、すでに自由の身となっていた。
ぴゅう、と吹いた風は一気に冷たくなり、頬を刺すようだった。
轟の氷結に巻き込まれて右半身が凍っているミッドナイトが、どうにか自由に動く左手を震えながら挙げて、宣誓する。
「瀬呂くん行動不能!」
まあそうだよな。あれで動くなんて無茶だ。寒いを通り越して痛そうだなアレ……
奏は眉根は寄せたまま、器用に眉尻を下げて瀬呂を見る。なんというか、不遇だ。観客たちも同じような感想を抱いたのか、自然と「どんまい」と次々に口にして、それは段々と大きくなっていく
「どーんまい!」
「どんまーい!」
どーんまい、どーんまいと謎のコールに会場が一体となる中で、轟が瀬呂に近付いて、左手を瀬呂の前に翳した。途端にステージの中央で蒸気が上がる。轟が左の個性で氷を溶かしているのだろう。
その後ろ姿が、やけに目についた。
蒸気に包まれる轟はどんな顔をしているのか奏にわかりはしない。どんな気持ちで、己が凍らせたものを己で溶かしているのか、考えても想像してもわからない。もっと深く轟に集中して彼の音を聴けば、今よりも少しはわかるのかもしれないけれど、奏はそうしなかった。
「轟くん、二回戦進出!」
互いに勝ち進めば、戦う相手だから。
▽▲▽
「どっちが勝つと思う?」
「アタシ音波ー!」
「いや〜、でも上鳴も十分あり得るよ」
瀬呂対轟の試合は轟の圧勝で幕を閉じた。巨大な氷塊を溶かしている間に奏は控え室へ向かい、A組の生徒たちは次の試合に各々の予想を飛ばす。
「個性の相性で言えば、上鳴さんが有利でしょうか」
「なんで?」
八百万が顎に手を添えながらこぼした言葉に耳郎が反応する。八百万はスラリとした指先を顎から離しながら視線を上げた。
「お二人とも遠距離攻撃が可能な発動型……そしてどちらも相手を一撃で行動不能にできる力があります」
「音波の催眠音波と」
「上鳴の放電か〜。あれマジで痛えぞ」
クラスメイトの反応に、八百万はこくりと頷く。自然とA組の生徒たちの視線は八百万に集まった。
「もし音波さんが超音波を放つのと、上鳴さんが放電をするのが同時だった場合、攻撃が先に届くのは上鳴さんの方ですわ」
八百万の言葉に、ポンと手を打ったのは砂糖だ。
「そっか!速度か!」
「音が伝わる速度よりも電気の流れる速度の方が速いですから」
「上鳴有利じゃん!!」
「本人が気付いてるかは怪しいけど」
八百万の見解に、クラスメイトたちは大きく反応する。たとえ奏の方が先に超音波を放ったとしても上鳴の電気の方が先に届く。その事実に。
個性の相性差、誰しもがきっとどこかでぶつかる壁だ。それを超えるには創意工夫が必要になる。
「音波くんどうするんだろ……ねえデクく」
「そりゃそうだよな。かなちゃんにだって相性の悪い相手はいるわけだ……同時に攻撃をしかければ上鳴くんの方が有利。初手を防げる策さえあればかなちゃんにもチャンスがあるはずなんだけど……!でもあのなにもないステージでどうやってそのチャンスを作り出すかが問題だ」
「凄い喋るね!?」
麗日が目を剥くと、緑谷はハッとして手で口を覆った。緑谷はどこから出したのかいつものヒーローノートを開いたまま膝に乗せて、前のめりで奏の試合に備えている。
「ご、ごめんつい……!」
「気合い入ってるねえ」
「しかし緑谷くんと音波くんは幼馴染みなのだから、彼の個性を見るのは珍しくもないだろう?」
飯田の言葉に、緑谷は曖昧に笑いながら奏のことをまとめてあるページに目を落とす。
「う〜ん……でもかなちゃんは普段はあんまり個性を使わないから……」
緑谷の言葉に、麗日と飯田は意外そうに表情を薄くした。緑谷はまだ空白のあるノートを寂しげに撫でながら続ける。その手つきは埃を払うようでも、なにかを探すようでもあった。
「普段の生活の中じゃまず使うところ見ないし……見たくてねだったこともあったけど、公共の場での個性の使用は禁止されてるからって」
「それは音波くんが正しいな!」
「ブレないね飯田くん!それはそうだけど小さい頃の話でしょ?そんときからしっかりしてたんだねえ音波くん」
「爆豪なんて普通にぶっ放すもんな」
「聞こえてんだよクソ髪ゴラァ!!」
話に混じった切島の言葉を聞き逃さなかった爆豪が目をつり上げて声を荒らげる。彼もまた上半身を倒してこれから始まる試合に意識を向けているようだった。
公共の場での個性使用は禁止されている。それは当たり前のことだけど当たり前ゆえに軽んじられている面がある。公園で遊ぶ子供たちは大なり小なりその個性を使って遊んでしまうものだし、道行く人も他人に迷惑をかけないようなものならみんな素知らぬ顔で個性を使う。
けれど奏は幼い頃からそれをしなかった。周りの子が普通に個性を使う中で、奏は律儀にルールを守っていた。
「ガキの頃にヒーローごっこ流行ったけど、普通に個性使って遊んでたもんなあ」
「やったやった!」
「うん、周りの子もみんなそんな感じだったよ」
当時は緑谷も、奏は真面目なんだなとしか思わなかった。けれど成長するにつれ、奏を知るにつれ、違う考え方も浮かぶようになった。
もしかしてかなちゃんは、僕に気を遣ってくれてたのかな。
無個性の自分に対して気を遣って個性をひけらかすようなことをしなかったのかもしれない。見たいと自分がねだっても、思うところがあったのかもしれない。
「だから僕も正直、かなちゃんの個性の使い方をそこまで知らないんだ。競い合うってなるとなおさら」
「そっかぁ」
麗日の相槌を聞きながら、緑谷はステージに目を落とし、そして笑った。選手が入場して、そこに奏が立っている。
「あの個性をどうやって活かすのか……!凄く、楽しみなんだ」
その笑顔には期待と、興奮と、そして幼馴染みをより知りたいと言う欲求が滲み出ていた。
「あっ、もちろん上鳴くんもだよ!?」
「うんっ、わかっとる!」
『ステージを渇かして次の対決!』
ハッとして弁解するように早口になる緑谷に麗日は笑う。二人の会話を切ったのはマイク言葉だ。落ち着いていた会場が再び沸き上がる。奏と相見えるのは上鳴だ。
「あの二人なにかと縁があるよね」
「最初の戦闘訓練では同じチームだったよな」
「入試は同じ会場だったって聞いたよ」
「で、席は前後で体育祭トーナメント初戦の相手か」
クラスメイト同士の対決はみんな気になるのだろう。会話は続くが視線はステージから動かない。けれど緑谷の視界の端で飯田が静かに立ち上がるのがわかった。
「では俺は控え室に向かうとしよう」
「あっ、そうか。飯田くん次だよね」
「ああ。音波くんたちの試合が見れないのは残念だが、準備を怠りたくはないからな」
俺の分まで見ておいてくれ、と言う飯田に、緑谷は麗日とともに大きく頷いた。飯田を見送り、再び視線はステージに。
『いっつも眠そうだがその実力はいかに!ヒーロー科A組!音波奏!対!同じくヒーロー科A組!スパーキングキリングボーイ上鳴電気!』
自然と緑谷の手に力が入る。どれだけ長く一緒にいても知らないことはあって、きっと知らなかったと思い知らされることもある。この体育祭は、もしかしてまだ気付いてもいない奏の一面を知る機会かもしれないと、緑谷はペンを握り締めた。
41:戦いは続く
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