残響ユートピア42






 響く歓声が、ステージ上にすべて注がれているのがわかる。それを煽るようにプレゼント・マイクが声高らかに言う。

『瞬殺!』

 ステージには亀裂が入り、中央あたりでコンクリートの塊が盛り上がっている。そのステージ上で立っているのは一人だけ。もう一人は大の字になってすやすやと眠っている。立っているのは奏、眠っているのは上鳴だ。

『敢えてもう一度言おう!瞬、殺!』

 ミッドナイトは眠る上鳴に近付き、真上から寝顔を見下ろして静かに首を横に振った。そうしてさっと奏の方を手で示す。

「上鳴くん行動不能!音波くん二回戦進出!」

 ピシャンと鞭を打ち鳴らしながら正式に勝敗を告げると、歓声がさらに沸いた。その歓声に興味もなさそうに、奏は軽く会釈だけするとステージをあとにしていく。

『ミイラマン解説オーケー?』
『誰がミイラマンだ……まあ、今のは音波が上手かったな』

 小型のロボが二機ステージに上がり、担架に上鳴を乗せて運んでいく。次の試合までの時間を繋ぐように実況席にいるマイクと相澤が言葉を交わす。

『初手で上鳴からの攻撃が来ると見越して、防御に徹した。試合開始と同時に足から超音波を出してステージの地面を踏み抜いて隆起させ、上鳴の電撃を防いだ』

 試合開始の合図とほとんど同時に奏は地面を踏み抜いた。隆起したコンクリートは奏にとって盾となり、上鳴の電撃を遮る。

『防がれたことに上鳴が動揺した隙に催眠音波を放って眠らせた。一瞬でも判断を迷えば上鳴が勝ってたかもな』
『ナイス解説!そんじゃ、ステージの修復まで次の試合はお預けだ!頼むぜセメントス!』

 マイクの言葉に応えるように、ステージの傍らに立ったセメントスが実況席の方に向けて親指を立てた。待ち時間に、観客席ではプロヒーローたちが先ほどの試合の内容について感想を漏らしていた。

「あの子いいな……!」
「冷静沈着。個性の相性差も考えて動けるのは強いよ」
「ああいう冷静なのが一人いると現場がしまるもんな。サイドキックに欲しいな」
「個性もいいな!強い!」
「上鳴もよかったけど焦ってぶっぱだったからなあ……」

 奏の評価は上々だ。障害物競走で上位に入り、騎馬戦では五位だったものの観る者に強い印象を与えていたのは間違いない。そしてこの一対一で競うトーナメントで、その実力が十二分に発揮されている。
 相性差を覆す冷静な判断と思考力、そしてそれを迷わず実行する胆力。
 かなちゃんが凄いことなんて小さい頃から知ってるけど。知ってるけど、やっぱり凄い……!
 ノートを走るペンが止まらない。緑谷の黒い瞳は憧れと興奮の入り混じった感情でキラキラと輝いている。踏み抜いた場所以外に亀裂が入っていないということは、個性の出力箇所は調整できるということだ。恐らく足だけから超音波を放出した。細かく砕くのではなく、盾にできるように大きく割ったことから、割れ方も計算に入れている。その上で超音波の出力を調整している。そこから瞬時に切り替え、指を鳴らして催眠音波を放った。技巧に優れた戦略に、緑谷は自身の鼓動が速くなるのを感じていた。
 


△▼△



 堪えていたあくびを漏らしながら、奏は控え室に続く廊下を歩いていた。
 無事に初戦を勝ち上がり、先ほどの試合内容を頭で反芻しながら、誰もいない廊下を進む。
 上鳴くんは、放電するまでに少しタメを作る。初めての戦闘訓練での様子や、騎馬戦から考えて、多分だけど対人用に出力調整が難しいんだ。でも自分の攻撃力にはそれなりの自信を感じる。騎馬戦で成功したから余計だろう。攻撃さえできれば動きを止められると思ってる可能性が高い。だから初手で攻撃を仕掛けてくると踏んだ。予想通りでよかったな。でもこれ同じクラスで手の内がある程度読めるからできたわけだし、個性の相性差を埋める、覆すって簡単じゃない。できること増やさないと。
 思い返す試合内容、勝ち進んだものの課題は多い。表情こそ動かないものの、奏は普段から思考を動かすタイプだ。むしろ普段は意図的に考えないようにしていることの方が多い。例えば幼馴染みの拗れた関係だとか、考えても仕方のないことに直面したときには特に。
 次の試合は飯田くんとサポート科の人とだったな。勝った方が次の相手だ。
 観戦席まで戻って、A組の区画まで行くとすぐにクラスメイトたちが気付いて祝いと労いの言葉をくれた。

「おー!音波!お疲れ!」
「おつー!」
「瞬殺だったな」

 階段を降りつつ、笑みとともに返事をする。不意に熱心に視線を送ってくる友人たちに気付いた。蛙吹、障子、峰田だ。障子はこくりと頷き、蛙吹は微笑み、峰田は力強く小さな手でサムズアップして見せた。それぞれ反応は違えど、向けてくれている想いは同じものなのだろう。奏は笑って3人に向けてピースサインを返す。

「かなちゃん!お疲れさま!おめでとう!」
「出久」
「上鳴くんの初手を読んで防御に徹するのはさすがとしか言いようがなかったしステージを壊すような超音波から催眠音波への切り替えは巧みで見ていて無駄がまったくなくて凄かったよ!」
「凄い喋る……」

 一息に試合の感想を伝えられて、奏は首の裏を掻いた。緑谷の丸い瞳はなにを反射させているのか不思議なくらいに瑞々しく輝いている。それは光を浴びる朝露の輝きに似ていた。その輝きが、余すことなく自分に向けられている。それがわかる。自分がためらった労いも賞賛も、惜しみなく渡してくれる。
 その輝く黒々とした瞳を見下ろしながら、思う。
 考えてもないだろうな、心操くんに負けそうになったお前を見て安心したなんて。お前が勝ち上がったことを、素直に喜べていないなんて。
 喉の奥につかえた感情を呑み下し、奏は薄く笑って、そして言えずにいた言葉をゆっくりと、噛み締めるように紡いだ。

「……出久も、初戦突破おめでとう」

 奏の言葉に、緑谷はパァッとさらに瞳の奥を輝かせ、頬を緩める。そうして大きく頷くと「ありがとう!」と笑った。その笑顔が眩しくて、奏はそっと視線を外しながら隣に座る。

「次は飯田くんだね」
「ああ、サポート科の人が相手だっけ。確か二人と騎馬戦組んでた……」

 この試合で勝ち進んだ方が次の奏の対戦相手だ。サポート科は自身の開発したアイテム装備を許されてる。そこがどう戦いに影響するかが大きな鍵だ。

「サポート科の人……えっと」
「発目さん!」
「発目さん。彼女どんな人?」

 視線を緑谷と麗日に投げると、急に二人の動きがぎこちなくなった。二人は視線を宙に投げ、言葉に迷いつつもそれぞれ「あけすけな人」「妙な人」と答えた。二人からこんな評価を受けるなんてどんな人なんだ。
 奏が興味を抱き始めたとき、マイクの声が響いた。奏の壊したステージの修復が終わり、いよいよ飯田の試合が始まるらしい。

『ザ・中堅って感じ!?ヒーロー科、飯田天哉!対!サポートアイテムでフル装備!サポート科、発目明!』

 ステージに出てきた二人を見て、奏はおや、と眉を上げた。クラスメイト達やプロヒーロー達も気付いたのだろう、ざわざわと空気が揺れる。

「発目さん……はわかるとして、飯田くんもサポートアイテムフル装備じゃない?」
「だね……どうしたんだろう」

 奏が指差す先で、飯田は背に何か装置を背負い、両脚にも個性を補助するような装備を身につけている。ヒーロー科体育祭でのサポートアイテム着用は原則禁止だ。規則に厳しい飯田がそれを把握していないとは思えない。

「ヒーロー科の人間は原則そういうの禁止よ?ないと支障をきたす場合は事前に申請を」
「は!忘れておりました!青山くんもベルトを装着していたので良いものと……!」
「彼は申請しています!」

 飯田くんはよく声が通るなあ。個性を使わないでも聞こえる。飯田は何かを決心したような顔つきでステージに立っている。握られた拳と眉間のしわが決意の深さを表しているように見えた。

「申し訳ありません!だがしかし!彼女のスポーツマンシップに心打たれたのです!」

 飯田は声高々に熱く語る。

「彼女はサポート科でありながら、ここまで来た以上対等だと思うし対等に戦いたいと、俺にアイテムを渡してきたのです!この気概を!俺は!」

 一度言葉を切って、飯田は息を吸い、より強く拳を握り、一際声を大きくした告げた。

「無下に扱ってはならぬと思ったのです!」

 飯田の言葉を聞いて、奏は感心したように頷きながら眠そうな眼を大きく開いて瞬きをする。

「へえ、立派だ。二人から聞いてた印象とはだいぶ違うけど」
「いや……うん……?えええ……?」

 奏が視線を流すと、緑谷は信じられないように眉を寄せている。
 そんでもってそれを尊重する飯田くんも飯田くんで立派だよ。僕なら渡されたアイテムを疑っちゃうね。
 奏はステージに立つ眩い友人を見て、自嘲するように口角を歪めた。
 飯田の言葉を聞いたミッドナイトはなぜか嬉しそうに「青くっさ!」の一言で飯田のアイテム装備を許可した。
 いいんだ……さすが雄英としか言いようがないな……
 それぞれにサポートアイテムを装備した飯田と発目が、改めて向かい合う。サポートアイテムありの試合はこれが初。一体どんな試合になるのか。奏は神経を澄ませてステージ上に目を落とす。
 この試合の勝者が次の奏の対戦相手だ。もしも発目が勝ち上がるならどんなサポートアイテムを持っているのか情報が欲しい。
 奏が腕を組むのと同時にスタートの合図が切られた。合図とともにエンジン音が鳴り響き、飯田が発目に向かっていく。
 やっぱり飯田くんは先制を狙うよな。個性を活かすためにも相手に準備をさせないスピード勝負。
 対して発目はどう出るのか、と意識を向けると、彼女はなぜか笑っていた。

『素晴らしい加速じゃないですか飯田くん!』
『は?』
「マイク?」
「んん?」

 会場に響いた声に、奏は首を傾げる。奏だけじゃない。緑谷も麗日も、実況席にいる相澤とマイク、そして戦っている飯田でさえもが事態に違和感を抱いていた。

『普段よりも足が軽く上がりませんか!?それもそのハズ!そのレッグパーツが着用者の動きをフォローしているのです!』

 向かいくる飯田を、発目は自身が身につけたサポートアイテムで軽やかに回避する。そのアイテムの解説付きで。
 奏はポカンと口を薄く開いてその様子を見ていたが、段々とおかしく見えてきて、思わず笑いがこぼれた。

「あっはは、彼女マイク持ち込んでるよ……!ははは!」
「笑うとこかな!?」

 腹を抱えて笑う奏に、緑谷がつっこむ。奏が笑っている間にも発目の解説は続いている。
 飯田くんは優しいからな。女の子、しかも他科相手に乱暴はしないだろうから元から場外狙いだろうけどあれはやりづらいだろうな。でもまあさすがに怒ってるぽいな。当然か。

「発目さんが対等に戦いたいなんて言うなんてとは思ったけど……」
「ははは、二人の評価の方が正しかったわけだ」

 奏が二人に目を向けると、緑谷は発目の奇行にやや引きながらもノートにペンを走らせていた。その奥で麗日はどこか不安げな表情をしていのに気付き、奏は笑みを引っ込める。
 サポートアイテムの解説付きの鬼ごっこは10分ほど続き、最後は満足した発目が自ら場外へと出た。

「もう思い残すことはありません!」
「騙したなあああ!!」

 晴れやかに、清々しく汗を拭う発目に向かって飯田が叫ぶ。発目は笑ったまま悪びれもなく「すみません」と口にして続けた。

「あなた利用させてもらいました」
「嫌いだぁあ君ーー!」

 飯田くんにあそこまで言わせるとは凄いな発目さん……けどまあ、これで次の対戦相手は決まりだ。
 背もたれに寄りかかり、体勢を変える奏の隣では、緑谷が口元に手を当ててドン引いた表情で発目を見ている。

「きっと飯田くん真面目すぎるたから、耳障りのいいこと言って乗せたんだ……あけすけなだけじゃない。目的のためなら手段選ばない人だ」
「はは、いいじゃん。実際合理的だよ。彼女のやり方」

 奏は薄く笑みを湛えたまま、上機嫌で退場していく発目を見る。緑谷が不思議そうに自分の方を向くのがわかった。

「この体育祭、学校行事になぞらえたヒーロー科とヒーロー志望の他科への救済措置みたいなものだ」

 「ほら」と奏は視線を流した。宵色の瞳が映すのは教員たちのいる席の方だ。そこには飲み物を売る生徒の姿が見えた。経営科の生徒だ。

「基本的に経営科には体育祭のメリットがないんだよね。だからああやって売り子とか、経験値を養う場らしい。普通科の生徒もヒーロー科への編入希望がない子は大体やる気ないよ」

 奏の言葉に緑谷は思い当たることがあった。開会式からここまでの間で、なんとなく他科から……主に普通科からの当たりが強い。恐らくそれは選手宣誓をした爆豪のせいでもあるのだが。

「で、面白いのはサポート科の生徒だよね。自分の開発したアイテムなら使用可。彼らにとって体育祭は自分の作ったアイテムのデモンストレーションみたいなものだから」

 奏はピッ、と人差し指を立てて話を続ける。曰く、ヒーロー科の生徒が活躍してプロに見込まれるのと同じでサポート科の生徒は己の作品を企業に売り込むのが目的なのだ。

「それを踏まえると勝ちに行くのではなくより規模にの大きなデモンストレーションの場を作り出す方がサポート科からしたらよっぽど有意義だ。実際聴こえてきた感じだと発目さん随分注目されてるね」

 奏の視線がまた別の客席の方を向く。恐らくはアイテム開発を主とした企業の人間が座っている方を見ているのだろう。

「僕らと彼女らじゃこの体育祭における目的が違う。まあ、まさか対戦相手まで巻き込むとは思わなかったけど……」

 目的が違えば、手法も異なる。発目は確かにこの体育祭で己の目的を達成したのだろう。奏の言葉は緑谷の中で腑に落ちて、当たり前だけどそれぞれに夢の形があるのだと改めて認識させられた。
 そして奏が楽しそうに、どこか晴れやかな面持ちで笑う姿に、少しだけ発目に対して羨ましいという気持ちが湧く。
 奏は他人を評価するとき、こんなふうに笑う。晴れた日に洗濯したシーツが風にはためくさまを眺めているように。

「かなちゃんは……発目さんみたいな人が好きだよね」
「ん?」
「え!音波あーいう子がタイプなん!?」

 ポツリとこぼした言葉に強く反応を示したのは奏ではなく、今しがた戻ってきた上鳴だった。
 上鳴の姿を見るなり、奏は「上鳴くん」と声をかける。

「おかえり。目が覚めたんだね」
「おー!さっきな!おかげで爆睡だったぜ!次は負けねえからな!」
 
 にかりと、上鳴は人好きのする笑顔を見せて、奏は眉を下げて微笑んだ。けれどその人好きの笑顔は一瞬にしてやや下世話な笑みに変わる。上鳴は奏の逆隣に座り、腕を回して肩を組む。

「それよりなんだよ音波、ああいう子がタイプなのか?」
「なんの話?」
「とぼけんなって!今緑谷が言ってたろ?」
「あ、いやいやいや上鳴くん!それは違くて……!言葉のあやというかなんというか……!」

 緑谷が身振り手振りで必死に弁解すると、上鳴は「え〜、音波の恋バナ聞けると思ったのに」と残念そうに眉を下げて腕を解いた。そのまま最初に座っていた席に戻っていく。

「な、なんかごめんね……」
「いや別に、好みうんぬんは置いておいて。出久の言った通り発目さんみたいな人は好きだよ」

 奏はまったく気にしてないという様子で、いつものようにゆったりとした口調で話した。

「自分の実力を把握した上で、なりふり構わず、他人に振り回されず、夢に向かって突き進める人は」

 緩く細められた瞳が、ステージ上から一瞬だけ横に流れて、すぐに戻ってきた。流れた先を辿るとなにかにキレて切島につっかかっている爆豪がいる。
 きっと、かっちゃんもかなちゃんの中でそういう人なんだろうな。
 爆豪のように、発目のように、夢に突き進む人。奏がそういう人物を評価することは昔から知っている。そして恐らく自分はそこには含まれていないであろうことも、わかっていた。



42:君の中にいない僕


 

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