残響ユートピア06






 四十、と心の中で呟く。
 戦っていると時間の経過が感覚で掴みづらい。でも恐らくもう試験も後半戦だ。あたりには動かなくなった仮想敵がいくつも転がっている。そこら中で受験者と仮想敵が交戦中だ。試験とはいえ、あんまりいい光景ではない。
 奏は頭の隅でそんなことを考えながら移動する。戦いながらわかってきたことがある。一つは仮想敵はポイントごとに強度が違う。当然といえばそうだが、ポイントが高いほど壊しにくい。ただ動きはその分遅いので捉えやすい。
 もう一つは恐らく仮想敵は試験中に補充はされない。後半戦になればなるほど敵は減る。ポイントの奪い合いが苛烈になっていく。
 合格ライン、判定基準がわかってない以上はひたすらポイントを稼ぐしかないか。

「ニンゲン発見!」
「カカレ!カカレ!」
「おっと……」

 市街地を模した車道を走っていると、交差点のところで仮想敵に囲まれた。ポイントはニ、三、ニ。

「合計七ポイントか。そっちから来てくれて助かるな」

 正面と左右から、仮想敵がほぼ同時に襲いかかってくる。二ポイントの二体が、やはり動きが速い。それを見極め、奏は左右からの攻撃を躱す。仮想敵同士が互いを攻撃し合うような形になったところで、両手でそれぞれ二ポイントの仮想敵に触れた。個性で行動不能に追い込み、背後で機械が壊れる音を聞きながら、正面の三ポイントの懐に潜り込み、両手で触れる。すぐに動きが鈍くなり、ショートしたのか回線の焼けるような音が聞こえていた。
 自分の今の得点は周囲と比べてどのくらいなんだろう。低いのか高いのか。ポイント数だけが合否を決めるのか。自分の中で出せる判断材料が少ない。けれど動きを止める余裕がないのは事実。奏が再び足を踏み出した瞬間に、なにか大きなものが起動する音を聴いた。

「……?」

 思わず足を止めて音の出所を探る。背後、数十メートル。後ろを振り返る。奏は今車道の真ん中に立っていて、左右には無人の店が軒を連ね、高層ビルが空に向かって伸びている。青空を反射させるビルの窓が音をたてて割れた。青空が割れたようにガラスの破片が降り注ぐ。一拍遅れて受験者たちの悲鳴と叫び声が上がった。
 ビルの後ろから現れたのは、ビルよりもさらに大きなロボットだった。三本指の装甲の厚い手が、ビルを掴み窓を割る。けたたましい破壊音が鳴り響いた。

「これが0ポイント……!?」
「やべええ!なんだあれ!」
「嘘だろ、あんなやつの攻撃くらったら死ぬだろ!」

 受験者たちが一様に仮想敵を見上げて思い思いの感想を口にする。なんだあれ、随分なギミックじゃん。奏の額には汗が流れて、けれど口角が勝手に上がる。
 ギミックが大きく腕を振り上げた。街を飲み込むように影ができる。あ、これまずいやつ。そう思うのと同時に腕が振り下ろされる。奏が立っていた場所とはズレて降ろされた腕が、建物を押しつぶし街を破壊する。衝撃波で家の屋根や看板、行動不能になった仮想敵の剥がれ落ちた装甲が飛んでくる。
 マイクの言葉を思い出す。お邪魔虫。そんな可愛いものではない気がするが、あれに挑んだところで得点にはならない。逃げつつポイントを稼ぐのが賢明だ。残りの仮想敵の位置を探りながらギミックとは距離を取ろうと、奏は方向を変える。ギミックの攻撃範囲から出るのが優先だ。
 他の受験者たちも互いを押しのけ合いながらギミックから逃げていく。当然の反応。脅威を前にして、生物としての正しい反応。奏もそれに倣おうと足を踏み出す。

「ウェェ……イ」

 踏み出す、はずだった。後方から聞こえてきたか細い呻き声のようなそれを聴きとってしまわなければ。
 振り返る。その先に仮想敵の残骸と、一人の受験者が見える。金髪に黒いメッシュが特徴的だった。
 彼はギミックに背を向けたまま、ふらふらと歩いている。大丈夫か、あれ。
 そんな感想を抱きながら眉を顰める。ほとんどの受験者たちがこの場を離れていく。自分もそうするべきだ。けれど。
 ギミックが一歩、機械的な動きでその巨躯を動かした。たった一歩の振動で地面にヒビが入り、奏がいる辺りにまで振動が響く。
 振動で建物が揺れた。未だ「ウェイウェイ」と謎の言葉を繰り返している受験者の真上、道路標識に亀裂が入るのが見えた。

「あっ……!上!避けろ!」
「ウェ?」

 思わず声を張る。金髪の受験者はその場に止まったまま顔を上に向けた。同時に亀裂が深くなっていく。

「っ……!」

 進行方向を百八十度変え、奏は反射的に走り出す。軋む音、亀裂の広がる音。地面を強く蹴って、金髪の彼に手を伸ばすのと同時に道路標識が落下した。

「ウェ!?」
「っ……!」

 落下してくる標識の影を潜り抜けて、金髪受験者の胸ぐらと背中を掴んで引っ張る。背後ですぐに、標識が落ちてひしゃげる音がした。二人揃って地面に伏せる格好になり、奏はすぐに体を起こした。ギミックに動きがあれば次はそちらから逃げなければいけない。

「怪我は!?」
「ウェイ!」
「ないなら立って!ここを離れなきゃ駄目だ!」

 腕を掴んで無理やりに立たせる。足をもつれさせながらも金髪の受験者は奏に従って走り出す。

「ターゲット捕捉!」
「今ガ好機ダ!シトメロ!」

 前方から二機、仮想敵が現れて道を塞ぐ。よりにもよって移動速度の速いタイプの奴らだ。

「チッ……ロボにしては好戦的すぎるだ、ろっと!」

 パンッ、両手を叩くと響いた音に合わせて仮想敵が行動を止める。これで合計……ああもう、わかんなくなってきた。
 思考が増えてままならない。思わず舌打ちが溢れる。まだここはギミックの攻撃範囲内だ。いや、演習場のほとんどがそうだ。けどせめてもう少し視界の開ける場所に出たい。ここじゃ死角が多い。あのギミック相手じゃ隠れても意味がない。せめて動きは把握できるだけの視界を。
 さっきの金髪の彼は無事か?背後を肩越しに見れば仮想敵と応戦している。なぜかずっと両手でサムズアップしているが、戦えてはいるらしい。大丈夫そうだと安堵した。
 ギミックの体の向き、進行方向を考えて、垂直に逃げる。背を見せてはダメだ。横に逃げて距離を取る。取りながら、仮想敵を倒していく。
 ギミックが再び腕を振り上げるのが視界に入った。直撃する位置ではない。衝撃波が来ることは予想できる。

「調子ニノルナ!」
「ニンゲン投降セヨ!」
「まだ意外と残ってるもんだな」

 残機の数は相当少なくなったと思うが、それなりに探せば出てくるものだった。けど今はタイミングが悪い。囲まれる前に倒してギミックの動きに備えないと。

「悪いけど、速攻で――」

 構えて、仮想敵を見据えた。そのとき。

『終!了〜!!』
「――あ?」

 演習場に響いた声はプレゼント・マイクのもので間違いないだろう。試験終了の合図だ。マイクの声を聞くと、仮想敵たちは「命拾イシタナ」「撤収!」と捨て台詞を吐いて引っ込んでいった。
 緊迫していた演習場の空気が緩むのを感じる。仮想敵たちが引き上げて、残ったのは受験者たちだけだ。
 結局どのくらいポイント稼げたかな……五十くらいはいったか……?まあこれが高いのか低いのかもわかんないけど。
 もうどうしようもないポイントのことを考えても仕方がない。奏はすぐに思考を切り替えた。幼馴染たちはどうだっただろうか。勝己は心配しなくても大丈夫だと思うけど、出久は、どうだったかなこの試験。

「はいお疲れ様〜」

 前方から聞こえてきた朗らかだが落ち着きのある声に、奏は顔を上げた。

「お疲れ様、はいはいお疲れ様〜。ハリボーお食べ」

 そこには高齢の女性ヒーロがいた。妙齢ヒロイン、リカバリーガールだ。雄英勤務の看護教諭。注射器を模した簪で髪を纏め、同じく注射器を模した杖をついて歩いている。小柄で、白衣の裾を引き摺るようにして歩いてくる。

「はいはいハリボーだよ、ハリボーをお食べ」
「あ、はあ、どうも……」

 カラフルなお菓子を受験者に配り歩きながら、リカバリーガールは受験者の中に怪我人がいないかを確認しているようだった。奏は手の中のカラフルなグミを一粒口に入れる。硬さが特徴のグミは、疲れた体に甘さが染み渡る。

「おやアンタ、怪我してるね」

 一人の受験者の前でリカバリーガールは足を止めた。腕が四本生えている受験者の腕には確かに血が滲んでいる。

「はいはいちゃちゃっといくよ。チユ〜〜!!」
「ぎゃっ」

 リカバリーガールが唇を伸ばし、怪我をした受験者に口付ける。四本腕の彼は短い悲鳴を上げて固まった。なかなか凄い絵面に、周囲にいた者はみんは目を向ける。しかしリカバリーガールが口付けると、みるみる腕の傷が塞がって、あっという間に怪我が治った。
 リカバリーガール、"個性“――治癒力の超活性化。彼女が口付けた相手の治癒力を活性化させ、怪我の治りを早める。治癒系の個性は希少ゆえに、様々な場面で重宝される個性だ。雄英がこんな無茶な試験を設けられるのも彼女の存在が大きいのだろう。

「はいはい他に怪我した子は?」
「すげー……、ほんとに治ってる……」
「はいハリボーお食べ。怪我のない子は戻っていいよ」

 リカバリーガールと、壊れた仮想敵の後始末に来たのであろう雄英ヒーローたちに促され、大した怪我のない者はゾロゾロと講堂の方へ戻っていく。奏もそれに倣った。戻る途中、ヒーローたちの会話が聞き取れた。

「今年は怪我人が少なくてよかったな」
「いや、隣の演習場やばいって、バキバキに骨折れた子いたらしいぞ」
「ああ、リカバリーガールが治癒したって言う……」
「でもあのギミックを……」

 聞こえた会話はそんなもので、奏の意識からすぐに流れていった。



 実技試験、筆記試験、全日程を終え、雄英高校ヒーロー科の一般受験は滞りなく終わった。
 帰りはさすがに混雑するため、緑谷とも爆豪とも顔を合わせることなく、奏は帰路についた。
 合否通知はおよそ一週間後に郵送で送られてくるという。二人には試験お疲れ様という内容のメールを送ったが、どちらからも返信はなかった。爆豪から返信がないのはいつものことだが、緑谷が返信しないのは珍しい。けれどそのことについて奏は言及しなかった。
 実技試験を実際に受けてわかった。無個性で通用するような試験ではない。個性持ちでさえ苦戦を強いられるような試験だった。この身を持って体験して、わかってしまったから、奏からは試験の出来栄えについて触れることなく日々を過ごした。緑谷もなにも言わなかった。そうして緩やかに過ぎていく一週間は、いつもより長く感じた。
 一週間後、夕方郵便受けを除くと、音波奏宛の郵便物が届いていた。封筒には雄英高校の校章が捺されている。
 合否通知。手に取ったそこまで大きくない封筒が急に重たく感じられた。部屋に戻って、封を切る。中に入っていたのはいくつかの書類と、小型の投影機。丸く掌に収まるそれを手に乗せると、勝手に起動した。上部が白く光を放って、なにもない空中に四角く映像が映し出された。奏はそれをそっと机の上に置き、部屋の電灯を消した。
 画面に映し出されたのは、派手な背景と服を着た小動物だった。右目に傷がある、白い毛の動物だ。ねずみのようにも、熊のようにも見える。画面越しにもわかる、あつらえられた上等な服を着て、妙に人間らしい表情で、彼はひょいと片手を挙げた。柔らかそうな肉球が愛らしい。

『やあ!まずは雄英高校ヒーロー科一般入試の受験、お疲れ様!』

 その小動物は饒舌に日本語を操った。これが、いやこの人が、雄英高校のトップ、根津校長……噂通りだな。
 世界でも例を見ない、動物に"個性"が発現し、人間としての地位を得てヒーロー育成に貢献する存在。その発言力は大きいと聞いている。
 そんな彼が画面の向こうから奏に語りかけてくる。

『一般入試の定員は知っていると思うが三十七名!今年はより多くの素晴らしいヒーローを育てるための新たな試みとして、プロトタイプではあるが例年よりも合格者枠を増やしているのさ!』

 例年なら一般入試の定員は三十六人。雄英ほどヒーロー育成機関として結果を出している場所はなく、それは少人数制だからという面もあるだろうが、逆に言えばこの個性社会の中で、雄英のキャパが増えれば将来的に偉大なヒーローが多く輩出されることに繋がる。今年度は人数を増やすことで問題が生じないかのテスト期間ということなのだろう。それでも増えた枠は一名分だが。

『筆記試験、実技試験の結果を見たのさ。実技試験は判定基準をはっきりさせなかったが、あの試験で見ていたのはヒーローとしての基礎能力!それを仮想敵を倒したポイントとして数値化したのさ!』

 校長の説明に、奏は大方予想通りだなと口元に手を当てた。あの試験は単純な構造ゆえに、受験者の素地を計りやすい仕組みになっていたのだろう。

『ただし!見ていたのはそれだけではないのさ!』

 校長が声を張る。奏は手を口元から離して顔を上げた。

『敵ポイントと同時に見ていたのは救助活動ポイント!審査制のね!』
「救助活動……?」
『ヒーローとは本来人を救けるのが仕事!そしてその仕事は敵を倒すことだけじゃない。戦闘力だってもちろん大事だことだが……人を救ける精神もまた、大事なヒーローとしての基礎なのさ』

 校長は両手を背中の後ろに当てて、目を伏せ、深く頷く。超常が当たり前になった世界で、脅威を捩じ伏せる光景を何度も目にしてきた。だからこそそこにばかり目を向けてしまうが、校長の言うことは尤もだった。彼の言葉に納得したとき、幼馴染の姿が頭に浮かんだ。記憶の中の幼い緑谷出久が思い出された。

『音波奏くん!』

 不意に名前を呼ばれて、ドキリと心臓が跳ねた。画面の向こうの校長と目が合った。つぶらな黒々とした瞳が、まるで奏を映しているようだった。

『先の実技試験!君の結果は敵ポイント四十四!そして救助活動ポイント二十二!あの多くの受験者の中で、君の成績は総合二位!つまり……』

 校長が、にこりと笑った。柔和な笑みだ。そして告げる。

『――合格さ!おいで音波くん。雄英が』

 パッと、再度片手を上げる。丸い肉球は薄桃色で、触れたらどんな感触なのだろうかとどうでもいいことを考えた。
 電灯の消えた薄暗い部屋の中で、四角く浮かび上がる映像が白く発光している。その映像の中央に、白い小動物が立っていて、彼は奏の方へ手を差し伸べた。

『ここが、君のヒーローアカデミアさ!』


06:スタートライン
 


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