Dear. 01

 調子に乗っていた罰が当たったのだろう。
 勉強も運動も平凡。なのに授業をサボるのは世間体を考えると出来なくて、優等生にも不良にもなりきれない半端者。
 そんな私が気が付いたら色素の薄い可愛らしい女の子に成っていて、しかも吃驚する程運動神経も良くなっているんだから笑うしかない。
 人間、一つでも変わることが出来れば自信がつくもので。
 二度目の学校生活は心の底から大好きなダチに注意されるまでよくサボったし、通っても授業中は眠ってばかり。給食目的で行ってるだなんて巫山戯ていたけれど、あれ、本当は嘘。ダチ――ケンチンと妹のエマが自分の面倒を見に来てくれるのが嬉しかっただけ。もっと言えば、私の世話をする二人が夫婦みたいに見えて、幸せだったんだ。まあ、エマは私のせいで死んじゃったんだけどさ。
 何時だって私のせいなのだ。
 シンイチローが死んだのも、場地が死んだのも、エマが死んだのも、イザナが死んだのも。全部私のせい。

「ね、救いようがないでしょ?」

 だからせめて、これ以上私の大切な仲間が死んでしまわないように離れたんだ。
 タケミっち言ってたよね?とある未来では私以外みんな死んじゃうんだって。何なら私が殺してしまうんだって。
 でもね、もう大丈夫。今日でおしまい。後は私一人が死んでしまえば全て解決。平和になる。
 三途は私に心酔しているし、申し訳ない気持ちも勿論あるんだけどね。ココとかはまあ、アイツらはもしもの時に備えているだろう。
 拳銃で撃たれ、這い蹲るタケミっちに「さよなら」と言い残して屋上へ向かった。
 思い出すのは武蔵神社で見た景色。集会の記憶。楽しくて仕方がなかったあの頃。
 ふわり、飛び降りる。落ちれば全てが終われるのに。泣き虫のヒーローは諦めてはくれなかった。
 自分だって死にそうなのに這い蹲りながらも移動して、壊れたガラスの先から私の腕を握ったのだ。

「助けて……タケミっち……!」

 重力に従い、落ちる二人の身体。目を閉じ動かないヒーローと私の手は繋がれていた。
 せめてこれ以上傷つくことがないようにとタケミっちを抱きしめる。
 暖かいな。何年振りかに安心して目を閉じて、そのまま――。





 で、なんでこうなるかな。
 気が付いたら約十三年前の七月四日にタイムリープしていた。
 持ち物もなく身元の分からない私が他人の血で濡れており、意識が無いため救急車で病院へ運ばれたらしい。大きな怪我もなくすぐに目覚めたが、栄養失調と明らかな睡眠不足で暫くは入院することになった。お金って税金とかから出るのかな。
 タケミっちから聞くタイムリープと私のタイムリープにはちょっとした誤差があり、私は自分の名前を「名前」とだけ名乗った。佐野万次郎は東京卍會の総長として名乗っていたものだったので、本名はそっちである。
 真一郎の下で男っぽい名前なら「次郎」が自然。「万」は日本一の不良になるのであればと、仲間が百でも千でもなく、万を超えるように願掛けしたもの。場地と考えた名前だから、ちょっと馬鹿っぽいのはご愛嬌ってやつ。
 目が死んでしまっているからか、大人たちは深く私に入り込んでこない。ただ一人、私のために救急車を呼んだという爺さんが、退院したら家に来ないかと尋ねてきたので断った。
 仏頂面だけど、毎日病室に訪ねてくれるし、お見舞いには私が好きだって言ったどら焼きやたい焼きも持ってきてくれる。食事をあまり取ろうとしない私を叱ってくれた優しい人だ。
 そういう人には近付かない。私がいたらきっと不幸になる。私はもう、綺麗な人間じゃない。
 人に言えないようなことばかりして、お天道様の下を歩くことすら許されないはずなのだ。
 だからもう、放っておいてよ。爺さん。

「口と目が別のことを言ってんだよ、糞ガキ。老い先短ぇジジイだぞこっちは。ンなもん気にせんわ」

 仏頂面の小太り爺さんの手は記憶にあるジイちゃんの手よりもぷよぷよしていて、なのにタケミっちを思い出すくらいに暖かかった。

「悪いことをしたならその分良い行いをしろ。先ずは俺の家の掃除を手伝え。朝のゴミ捨てと買い物、風呂掃除、洗濯、皿洗いをしろ」
「……えー。やだぁ」
「黙れ糞ガキ。その代わり三食きっちり食わせてやる」
「おやつは?デザートは?」
「お前の出来次第だな」

 斯くして、面倒な手続きをほぼ爺さんが行い、一緒に住むことになった。
 あんなに働かせてやると言っていた爺さんはゴミ捨ても洗濯もお皿洗いも一人でこなしてしまう。
 風呂掃除の仕事だけは何とか死守し、買い物は二人で行くように。
 そして退院してすぐに訪れる、八月三日。この世界のタケミっちはタイムリープをしているのだろうか。





 時間は入院期間に遡る。
 まずは私のタイムリープとタケミっちのタイムリープの違いについて。まあ、あくまでタケミっちから聞いたことのある部分との比較だ。
 タケミっちはトリガーとなる人物と握手をすることで、十二年前の同じ日にタイムリープをすることが出来た。だが私のリープ先は十三年前であるし、そもそも同じ日付ですらなかった。
 そして肉体。十二年前の自分の身体に大人の自分の魂が入り込むわけだが、私はどうも違うようだった。これが佐野姓を名乗ることが出来なかった大きな理由である。
 私の肉体は間違いなく中学三年生の頃のものだ。その頃には成長期が終わっていたため微々たる差ではあるが、身長が低くなっていたし、首にあったはずの入墨もなくなっている。染めていた銀髪もピンクゴールドに戻っていたし、肩に着く程の長さまで伸びていた。
 その中学三年生の肉体のはずが、栄養失調で目の下の隈も消えていない。
 タケミっちの血と思われる物で濡れてはいるが、あの時の全身真っ黒な服を着ていたのだと警察から聞いている。そしてその服は今の私に対して、少し大きめのサイズだったのだとか。
 事件性があるため、実は何度か女性警官とも話をさせられているのだが、黙りを決め込んだ。
 何より。自分で言うのも何だが、私はあの佐野万次郎だ。もし行方不明にでもなれば、渋谷中がざわめくだろうし、東卍メンバーが捜しているはずだろう。喧嘩をして病院に運ばれているのかもしれない、なんて当時の私たちにとっては一番に思い付く内容。なのに誰も私を捜しには来ない。
 私は私なのに、でも、もしかしたらこの世界に於いては私は"佐野万次郎"ではないのではないか。佐野万次郎は別に存在するのではないか。
 突飛なことだが、現状が既に有り得ないことばかり。なら有り得てしまうのかもしれない。
 居ても立ってもいられなくなってしまった私は腕に刺された点滴を抜き、夜中にひっそりと病院を抜け出した。
 これでも犯罪組織のボスだったので、侵入も脱出もそれなりに得意だ。組織が大きくなってからは自分でやることはなくなったが、勘が覚えている。
 病院自体が渋谷にあるので、情報収集は容易い。親切な爺さんが院内の店で買いたい物があれば買えと渡してくれた五千円札があるので、とりあえずパーカーでも買って病院服を隠してしまおうと思っていた矢先、丁度良いことに不良に絡まれる。
 綺麗に回し蹴りをお見舞し数人を地に這い蹲らせ、一人に金を渡してフード付きのパーカーを買わさせた。お釣りを受け取り、パーカーを被った私はフードで顔を隠しつつ、二度と馬鹿な真似をしないように言い聞かせる。

「佐野万次郎って知ってる?」
「は、はい?」
「東京卍會は?」
「む、無敵のマイキーですか?そりゃあ、渋谷じゃ有名ですし……」
「ふぅん。で、変わった話とかは?」
「え、いや、俺は何も知りません!オイ!オマエらは!?」

 誰も何も知らないと。
 とりあえず、佐野万次郎がこの世界にはちゃんと存在していることが分かっただけでも進歩だ。東京卍會も結成されているようだし、武蔵神社に向かってみるのが一番手っ取り早いか?

「アリガト。じゃあね」

 もう用はないので、不良共とは別れる。あー、たい焼きも買って来させるべきだったかも。無性に餡子が食べたい。
 新宿寄りのこの場所から武蔵神社へ行くとして、約一時間程。今から向かっても到着した頃には解散しているだろう。特に私は気分屋なので、仮に別の佐野万次郎が存在していたとして、解散後はバイクを流していたり眠いから帰ったりと自由にしていたため、無駄足を踏む可能性が高い。そのまま屯っていろよ私。
 今度はもう少し早く抜け出すかと踵を返す。
 収穫はあった。一歩前進だ。
 子どもが一人で夜中に歩くのは警察に補導される的な意味で危険なので、路地裏等の人の少ない道をなるべく通る。絡んでくるチンピラに負ける程弱くはなく、渋谷は自分の庭のようなものなので、大体の道は覚えていた。
 そうやって人通りが少なく、新宿に近い道を歩いていたからだろう。女を襲う男連中と出会してしまったのは。

「何やってんの?」
「あ"?テメっ、」

 返事を聞く気はない。女の子の身体を触っていた男を蹴飛ばし、周囲を確認する。
 にしても、「何やってんの?」か。特大ブーメランだな。私も何やってたんだか。
 女の子は襲われてしまって無事とはお世辞にも言えないが、顔や身体に傷はなく、胸糞悪いが不幸中の幸いだろう。
 腕を後ろ手に縛られ、パンツ一丁にされているヤツは女の子の彼氏か家族か。コイツも私と同じで、大切な人を守れなかったのだろう。
 男の横にいた、呆然として口からポロリと煙草を落としたヤツも蹴飛ばし、女の子を男の子の隣まで抱き上げて運んだ。

「そこでジッとしてて。動いたら責任持てない」

 残り三人。下手に仲間を呼ばれる前に蹴散らし、近くに投げ捨てられていた二人の服を拾う。
 先に女の子に服を渡してから男の子の腕に巻かれたガムテープを雑に剥がし、彼にも服を渡す。
 服を渡したのは良いが、所々破かれていて、このまま家まで歩かせるのは気が引けるので、とりあえず先程買ったばかりのパーカーを女の子に着せ、公衆電話から警察を呼んだ。

「二人は渋谷住み?」
「え?は、はい」
「そ。ならすぐに東卍頼りな。警察がいない間に親兄弟狙われてもおかしくないし」
「ヒッ……!」

 クズ共が追って来ないとも限らないので、ギリギリまで二人の傍にいることにした。電話ボックスに背中を預け、男の方に忠告をする。
 特に話すこともないため黙っていたが、ずっと身体を震わせて泣いていた女の子が私に話しかけてきた。
 ボーッと街灯に群がる蛾を見ていた視線をそちらへ向ける。

「おねえさん、は、病人なの?」
「……あー、まあ?一応?」
「なのに強いんだね。私は、全然、弱くって」

 強い、ねぇ。
 私の病院服の袖を掴んでいた女の子の手をやんわりと拒絶し、視線をまた元に戻した。

「強いだけじゃ、何の意味もない」
「え?」
「強くても守れないし、守れても虚しい」

 それに女の子を襲ったアイツらを散々馬鹿にしていたけれど、本当は人のことを言えないのだ。

「わたしは、アイツらと同類」

 下っ端共がやっていたことを黙認していたのだから、私も加害者側だ。
 黒い衝動に屈した私も社会のゴミ。どうしようもないヤツに成り下がった。
 ねえ、たすけてよ、タケミっち。たすけてくれるんじゃ、なかったの。
 サイレンの音が聞こえてくる。私は警察に見つかる前にその場を去り、病室へと戻って行った。
 この行いがキーポイントとなるとも知らずに。





 八月に入った。
 爺さんの家は広いが古く、まさかのエアコンが設置されていなかった。そのため、扇風機の前を陣取ってアイスを食べる他ない。
 この家、タケミっちの家に行く途中によく見かけたんだよなぁ。

「女だろうが、身体を冷やし過ぎるな!」
「でも暑いもん」
「……そうだな。もう俺一人じゃねぇからな。エアコン買うか」
「お!賛成!」

 爺さんは元々エアコンが苦手だったらしく、昔からこの家に住んでいることもあって必要としたことがなかったらしい。暑さに強いタイプなのだと。
 その爺さんも私には甘々で、口煩い時もあるが私の考えに一理あると知ると同調してくれる。

「エアコンが嫌いなのは変わらねぇから、基本夜だけだぞ。設置する代わりにちゃんと勉強しろ」
「勉強きらい」
「学生だろ糞ガキ。本分を果たせ。そんでダチを作って外で遊んで来い」

 実はもう、中身はガキと呼ばれる年齢ではないんだよな。それに勉強嫌いは昔からである。
 今は八月なので夏休みの最中だが、それが空けると私は学校に通うことになる。中学に通うのは三度目。しかし二度目では給食中以外はほぼ眠っていたため、授業に着いて行ける自信が無い。
 そんな私に大量のテキストを手渡し、意外にも頭の良い爺さんは八月中に頭脳を中三レベルまで引き上げるつもりである。ちなみに今は休憩時間だ。
 今日は八月三日。武蔵祭りの日である。
 ケンチンが死んでしまうかもしれない日。タケミっちがいるからそんなことは起きないと思うけど、やっぱり心配だ。
 そういえば、タケミっちがタイムリープする前は何でケンチン死んじゃうんだっけ?
 キヨマサに刺されるから?でも私が知るケンチンも刺されはしたけど助かった。つまりどちらにせよ、ケンチンが刺されてしまうことには変わりない。じゃあ助かった時と助からなかった時の違いは?タケミっちがいたかどうかなのか?
 タケミっちは元々、中学の間はずっとキヨマサの奴隷だったんだって話をしていた。私とタケミっちの出会いはあの喧嘩賭博。ということは私が喧嘩賭博の存在に気が付いていなければ、タケミっちは未だ奴隷のまま。仮にそうだとしても、泣き虫のヒーローはきっとケンチンのために動いてくれるはずだ。
 ……ウン、あれ?キヨマサはケンチンを恨んで刺殺しようとするけど、それは喧嘩賭博を止めたのが原因じゃなかったっけ?ケンチンのせいで東卍を除名されたと勘違いして、逆恨みしての行動だったはず。じゃあ、タケミっちがずっと奴隷だった頃は何でケンチンが殺されたの?それって、ケンチンを狙う相手がキヨマサだけとは限らないってことではないのか。
 そもそもの話、この世界のタケミっちってタイムリープしているの?

「どうした。顔色が悪いぞ」

 爺さんに尋ねられる。
 私のタイムリープから約一月。その間にこの世界には私とは別に佐野万次郎が存在していることを知った。
 私じゃない佐野万次郎が結成した東京卍會があって、黒龍を倒したことで一躍有名になって。
 それしか知らないけれど、このくらいの情報ならそこら辺にいる不良に聞けばすぐに出てきた。
 もしも、ケンチンが死んでしまったら?この世界のケンチンは私の知っているケンチンではない。けれどケンチンは良いヤツで、若くして死んで良いようなヤツじゃない。
 大人になって、エマと結婚して、幸せになるべきヤツなんだ。

「ごめん、爺さん」
「あ?」
「ちょっと出かけてくる!朝になる前には帰るから!」
「あ"あ"!?」

 もう日が暮れている。急いで神社に向かわなければ。
 足には自信があるんだ。きっと間に合う。

「この糞ガキ!これ持ってけ!怪我はすんなよ!」

 投げられたのは折り畳み傘。にわか雨の予報はあったものの今の天気は晴れ。ああ、でも、喧嘩していた時は雨が降っていたような記憶がある。

「アリガト、爺さん!約束はできないけど気をつける!」





 走っていると思い出す。確かあの日もそうだった。
 ケンチンと分断させられて、急いでバイクを走らせていた。
 その時はちっとも気にならなかったけど、ケンチンが無事だと分かってから家に帰ったら、ギアチェンジで出来た怪我にやっと気が付いて。あれ、めちゃくちゃ痛かったな。
 この世界の佐野万次郎もきっと同じことをしている。
 ポツリ、ポツリ。雨が降り始めた。本格的に時間が無い。
 折り畳み傘なんて使ってしまっては全力で走れないから、びしょ濡れになることに関しては帰ってから爺さんに叱られることだろう。爺さん、あれで過保護だからなあ。
 ペチャペチャと濡れたアスファルトを蹴る音。突然の雨に帰宅する人々を掻き分け、武蔵神社へ向かう。
 愛美愛主と真正面からやり合ったのは二回。一回目は東卍のアジトの一つで。二回目は武蔵神社の駐車場。しかもその駐車場は人があまり使用しない方のものだ。
 辿り着いた頃には半間と佐野万次郎が闘っていた。
 甚平を着た、男の子の私。私より少し体格が良くて、でもピンクゴールドの髪も喧嘩の仕方も間違いなく私自身だった。まるで鏡を見ているかのような錯覚を覚える。
 佐野万次郎を気にしている場合ではないと気持ちを切り替え、ケンチンの姿を探す。
 嗚呼、三ツ谷がいる。側には八戒がいて。行方知れずになったムーチョがいる。スマイリー、アングリー。そうか、この頃の三途は髪が長かったっけ。千冬もいて――場地が生きてる。
 グッと涙を堪えて辺りを見回すが、ケンチンの姿はない。代わりにバイクのライトに照らされて、雨が混ざった赤い水溜まりを発見した。タケミっちか誰かが連れ出してくれたのだろうか。
 目元を擦り、鼻を啜ってもう一度走る。ケンチンが運ばれた先の病院が何処にあったのかは覚えているし、救急車を呼んだのであればお祭りであっても人通りが少ない場所を選んで連れて行っているはず。
 頭を回し、ケンチンのいる場所に検討をつける。兎に角必至に足を動かした。
 暫く進むと壱番隊のタケミっちの友人……ということはこの頃は東卍のメンバーではないのか?その辺はどうでも良いとして、タケミっちの友人四人が東卍の特攻服を着た奴らにボコボコにされていた。
 近くで力無く座り込んでいるのはタケミっちとケンチンだ。生きてる、良かった。
 金の辮髪。顬に龍の入墨。懐かしい姿がそこにはあった。
 守らないと。そう思った時には既に身体は動いていた。

「な、なんだ!?」

 決着はあっという間だ。そりゃそうだ。こんなヤツら、ケンチンだって刺されてなければ余裕で勝てていたもの。卑怯で、最低なヤツら。そう相手を蔑んでやりたいのに、私も人殺しだから出来るはずもない。
 最後に一発回し蹴りを喰らわせれば、全員が地に伏した。手馴れたものである。
 折り畳み傘を差して、ケンチンの方へ傾ける。ソロリと寄ってきた赤髪の男の子にそのまま傘を預け、着ていた半袖パーカーをケンチンの肩にかける。気休め程度だが、無いよりマシだろう。中にはタンクトップを着ているので私は問題ない。

「マイキーか……?」
「っ!?」
「や、なわけねぇか……マイキーは女じゃねぇし……悪ぃな、ありがとう」

 辛いはずなのにニカッと笑いながらお礼を伝えてくれるケンチン。きゅうっと胸が締め付けられる。
 ケンチン、私の親友。大人っぽくて、誰よりも綺麗な心を持っていた。好き勝手暴れていた私に色々教えてくれたのはケンチンだ。シンイチローが亡くなってからは特にそういう大事なことを教えてくれる人がいなかったから。
 お礼を言いたいのは私の方なんだ。喧嘩と仲直りを繰り返して、何だかんだでいつも私の面倒を見てくれて。
 私、東卍のみんなが大好き。特に結成メンバーは私が遠慮なく甘えられる人たちだし、他のヤツらもこんな私を慕ってくれた。
 大好きだから守りたい。あの時の場地も同じだったんだよね。私も場地も馬鹿だから、どこかで失敗して、最後には悔いの残る終わり方になってしまう。
 本当はさ、誰も殺したりしたくなかった。私はあくまで、シンイチローみたいになりたかっただけ。でも私のせいでみんなが不幸になるなら、私だけで地獄を歩むよ。行き着いた先があれで、大事にしたかった仲間の一人を撃ち殺してしまったけれど。他のヤツらはきっと、真っ当な道を歩めたはずだ。

「あー……そうだな、そうだ。タケミっち」
「は、はい!」
「オレにもしものことがあったら、マイキーを頼む」

 タケミっちに頼むのもおかしな話だけど、とケンチンは続けた。

「我儘で暴君で、どうしようもないヤツだけどさ、オレたちの憧れなんだよ。一人で全部抱え込んじまうヤツだから、何もオレ達には話してくれねぇのは少し腹立つけどさ、マイキーはテッペンで笑ってるのが一番似合うんだ」

 ああ、クソ。やめてよ、ケンチン。今私の前にいるケンチンは私の知るケンチンではない。私が小学生の時に出会った彼ではないのだ。そうは分かっていても、胸が震えた。

「マイキーが一人で何かしようとした時って、大体悪い結果ばかり残すんだよ。だから、誰かが一緒にいてやんねぇと」
「ドラケンくん……」
「頼むよ、タケミっち。マイキーが気に入ったタケミっちになら任せられる。側にいてやってくれ」
「もちろんです!でも、ドラケンくんにも一緒にいてもらわないと困ります!いなくちゃダメです!」

 救急車のサイレンが聞こえてくる。駆け寄って来たのはヒナちゃんとエマだ。
 エマ。私の妹。エマも生きている。私のせいで殺されてしまったエマ。女の子なんだから!って注意をしながらも、私のことを否定してはこなかった可愛い妹。私なんかよりもずっとしっかり者だった。
 俯くと重力に倣って涙が零れ落ちた。雨が降っているから、きっと誰にも気づかれていないだろう。
 ハッ、といつの間にか体に入っていた力を抜いた。

「コレ、オマエが返してよ」
「お、オレ……!?」

 パーカーと折り畳み傘を指差し、タケミっちに話しかける。
 この世界のみんなは私の知る彼等ではない。けれど、同じ人なのだ。パラレルワールドに存在する私の大事な仲間。家族。
 正しく守れるのなら、私はみんなを守りたいと思う。
 恨んでしまう程に嫉妬してしまう自信はあるけれど、この世界の佐野万次郎がもし幸せになれたのならば。今度こそ私は真の意味で大切な人を傷付けないで済んだってことだから。
 私にだって幸せな未来を作れるんだって、ちょっとだけ自分を好きになれるはずだ。
 私の知っているタケミっちが私を助けようと頑張ってくれている最中なのであれば、私はこっちのタケミっちと協力しよう。私がタケミっちと一緒にヒナちゃんも守るよ。
 救急車が来る前にこの場を立ち去ろう。でも、その前に。

「大丈夫だよ」

 泣きそうな妹の頭を撫で、励ますくらいはしていこう。

「……マイキー?」

 大きな瞳をまん丸にして私を見たエマは呟いた。
 なんでエマもケンチンも分かっちゃうのかな。
 結っている髪が少し落ちてきてしまっていたので、それを耳にかけてあげる。最後に頭をポンっと叩き、走り去る。
 堪えていた涙腺が今度こそ決壊した。
 目を晴らし、雨に濡れて帰ってきた私を爺さんは叱らず、脱衣所まで手を引く。お風呂に入り、上がってからはすぐに眠りについた。
 翌日には高熱を出して魘されたのは仕方のないことだろう。

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