Dear. 1

 前世、私は鬼だった。
 なんて一言でも言ってしまえば、世の人間は私を精神異常者であると蔑むのであろう。ああ、憐れむ人間もいるのかな。どちらにせよ、良い反応はされない。そういう前世物のお話が好きな人は喜ぶのだろうけれど、ただの興味本位であるのならウザいだけ。ただでさえ私は無個性なのに、これは大変だ!なんて思ってもいないことを心の中で呟いてみる。
 個性とは!性格的なものの話ではなく、この世界では超常能力のことを言う。なんか日本じゃないどこかの国で発光する赤ん坊が生まれたのが始まりでどうちゃらこうちゃら。詳しくは知らない。
 だって今の私は親から虐待を受けている学校帰りに誘拐された、ただの七歳児だもの。あれ、でももう誘拐されてから一年は経ったっけ?だとしたら八歳だけど覚えてないなぁ。
 前世も今世も親から嫌われているとか、運が悪いにもほどがある。慣れているからいいけどさ。それに今生は前世の罪のせいでもあるだろうし。多くの人間を喰らった鬼は私です。他にもそんな鬼は沢山いたけど。まあ、罪を償えってことなら多少は我慢しますよ。
 簡単に今までの人生と……鬼生?を振り返ってみると、まずは前世。幼い頃から両親に虐待を受けていて、丁度今ぐらいの年頃に村の生贄にされそうになったところを逃走。鬼の頭領である無惨様に鬼にして頂き、無惨様の部下の中でNo.2の実力を誇る童磨さんのところで教育を受ける。その数年後に鬼を連れた鬼狩りの少年と出会い、善悪について教えてもらう。彼の優しさに感化されつつも、無惨様を裏切れない私は鬼の弱点の一つである日の光を浴びることで、自害をしたのだった。〜第一部完〜
 そして地獄で罪を償っていたら鬼仲間複数人と出会い、最後に無惨様と再会して自害の件を許してもらったと思ったら赤ん坊になっていた。つまりは転生した。しかもまた親が最低な糞野郎だった。暴力暴言当たり前。家のことはお前が全部やれ。救いのないシンデレラかよ。いや、シンデレラって柄でもないけどさ。でも私、せめて身綺麗でいたいのになぁ。
 それでも前世の経験と知恵を活かして、心の狭い両親を憐れみながら生活していたら誘拐された。人体実験をしていたみたいで、良い人材が欲しかったんだってさ。笑えねぇな。ただし私は無個性だったので、誘拐した人達も私を使えないものを見るような目をしながら、殴る蹴るのストレスの捌け口にしていた。個性持ちしか実験には使えないんだとよ。下調べしとけよばーか!まあ、今の私は鬼でもなければ個性持ちでもないので、抵抗なんて出来ないんだけどね。
 ――そう思ってたんだけどなぁ。

「さすがにこれは予想外だよね」

 少しでも優遇してもらえるように媚びを売っていたら、「特別だ」と言われて変態ジジイに真っ赤な血を注射器で体内に接種させられました。直後、体に走る激痛。あまりの痛みに暴走する私にジジイも驚いたらしい。焦った声が聞こえてきた。ええ、なんだと思って刺してきたのよ。
 けれど、私はこの痛みに覚えがあった。
 とてもとても大切な記憶。愛おしい思い出。これは無惨様の血を頂いた直後に走る痛み。
 つまりこれは無惨様の血!なんであるのかは知らないけど!神様はまた私を救ってくださった!
 痛みが収まると、落ち着いてきた私にジジイが近付く。心配している様子だが、背中の撫で方がいやらしい。
 うん、もう我慢する必要ないよね!
 腕をブスリとジジイの心臓に刺す。あ、やば、ジジイの血で汚れてしまった。汚い汚い。
 炭治郎くんは理由無く生命を殺めるのはいけないことだって言ってたけど、これは正当防衛ってやつでもあるし、何よりヒーローが来ないなら私が人体実験仲間を救わなきゃじゃない?それに鬼殺隊は悪鬼滅殺を掲げていたし、鬼じゃなくてもこの人は悪人。なら殺していいはず……だよね?だってここには警察も来てくれないし、こうするしかなかったじゃん?え、大丈夫かな。その辺、正直よく分からないんだよなぁ。だって童磨さんは喰べることが救いになるんだよって言いながら、サクッとやってたし。周りの鬼たちがあれだったからなぁ。
 まあ、やってしまったものは仕方ないよね!
 鬼の中でも特殊であった私は基本的に人を喰らわない。元々童磨さんの言っていたことを信じて、死を望む人間ばかりを喰べていたし。ちょっとずれてるなぁって言われたけど、幼い頃の私はよく分かってなかった。今なら分かるよ。童磨さんは勝手に信者の方々の願いを勘違いして喰らっていたけど、私はちゃんと死にたいと自ら口にしていた子を吸収していたんだよね。つまり童磨さんはやばいやつだったってこと。当時味方で良かったね!
 無地の真っ白なワンピースを血で濡らしたまま、何も無い廊下を裸足でペタペタ歩く。良い子にしてたから、他の子に比べたらマシなご飯もくれたし、綺麗な洋服も、お風呂にも入らせてくれたんだよ。すごいよね!演技だって気付かれなかったの!鬼になって一生モノの傷も治ってしまったし、身体も軽い!最高!
 固く閉ざされた扉を蹴飛ばし、中にいる研究者を軽く脅して無惨様の血について尋ねる。しかし誰も何も知らないらしく、仕方が無いので同じものを用意してくれとお願いすると、すぐに持ってきてくれた。あれ、もしかして良い人たちなのかな?迅速な仕事は大切よ。無惨様もそれを望んでいたし。
 試しにゴクリと飲んでみるけど、何の異変も起こらない。そりゃそうだ。良い匂いも何もしなかったものね。不思議。どうしてあれだけ無惨様の血だったのかな?地獄からの差し入れ?わーい、有難く頂戴しますね!
 用無しだし、悪い人ならもうさようならしちゃいたいんだけど……。もしかしたら良い人なのかもしれないから、見逃してあげることにした。そしたら、背後から銃を打ったり個性で攻撃してくるんだもの。酷いよね!悪い人だ!さようなら!
 血鬼術で悪い人間とおさらば。良い仕事をしたぜ。
 前世で出会った優しい炭治郎くんのことを思い出しながら、彼を真似て実験を受けていた子どもたちを助けに行く。地下の牢屋にいるのよね。ぺたぺたぺたぺた。到着!
 檻を壊し、微笑みながら助けに来たよ!と伝えたのに怯えるばかり。檻を壊す音にびっくりしちゃったのかな?それは悪いことをしてしまった。

「もうやだ、やだ、いたいくらいならしにたいよぉ……!」
「え、えー……それは困った。人を殺しちゃいけないんだって、炭治郎くんに習ったからなぁ」

 無惨様の言うことにたまに間違いはあるけど、炭治郎くんの言うことには間違いはないんだよ!知ってた?いや待てよ、この子たちは炭治郎くんを知らないじゃん。
 うーんと悩んでいると、別の子たちが私に助けを求める。その声には応じたいんだけど、喰べちゃっても良いのかな?

「えっとね、本当は駄目なんだよ。でもね、そこまでみんなが言うんだったら、喰べてあげてもいいよ!」
「え……?」
「私はね、人を喰べると強くなれるから!それが救いになるのなら、ウィンウィンだよね!合意があるなら、きっと救っても良いはずだもの!」

 ちょいちょいと手招くと、何人かの子が近寄ってくる。
 うんうん、そうだよね。辛かったよね、痛かったよね。分かるよ。私も被害者だもの。ぎゅっと抱き締めて吸収していく。ヒッと驚いて息を呑む子もいれば、涙を流しながらお礼を言う子もいた。
 地獄があったんだから、きっと天国も存在するよ。もうゆっくりとお休み。
 救いを求める子どもたちを全員救けると、みんなが待ちに待ったヒーローがここまでやって来た。ヒーローは遅れてやってくるって本当だったんだ!
 残った子たちが一人一人救出されていく。一人だけ小綺麗な私を怪しむ視線はあったけれど、子どもだからか幾分か優しかった。ワンピースも血で濡れてるものね!返り血だけど!
 何があったのかを比較的冷静な私に尋ねてくるヒーロー。人体実験について、知っている範囲で事細かく伝えた。悪人は裁かれるべきだよね!
 何人か犯人が死んでいた件についてや子どもの数が少ないことを聞かれたけど、知りませんで通した。子どもの数については人体実験に耐えられずに死んだ子が複数いたはずだとは伝えて。私が救った子がいることは内緒!ねー?と牢屋にいた子どもに笑いかけると、ビクリと肩を震わせた。なんでやねん。
 ところでこれは後日談なんだけど、私は無事に今世の両親の元に警察の手で返されたんだけどさ、その瞬間は謝ったり泣いたりと騒いでたくせに、家に帰った瞬間に殴られちゃった。なんで死んでないんだよ!だってさ。どうもこの人たちは私のことを悪い人に売っていたみたい。
 殺すのはよくないから、とりあえず虐待で警察に訴えたらすぐに捕まっちゃった。人体実験についての情報もゲロったらしいよ。
 その後の私は親戚の家でそれなりの暮らしをさせてもらった。いつか恩返しが出来たらいいなぁ。私に優しくしてくれる人は少ないから!大切にしないとね!
 今の私?一人暮らしを始めて、今日から雄英高校に通うところ!





 私にとっての神様は無惨様だ。
 生まれた家は子を人とも思わない外道の両親しかおらず、幼い頃から家の仕事は全て私が担当していた。
 子どもだから出来ないは言い訳にしかならない。
 火の起こし方も知らなかった。料理の作り方だって、洗濯の仕方すら知らなかった。けれど出来なかったら殴られる。不味いものを出してもお皿を投げられる。何か一つでも出来ないことがあれば暴力を振るわれた。
 だからだろうか。自衛のために私は同い年の子どもよりもずっと大人びていた。それすらも周りの人間は気に食わなかったようだが。
 住んでいた村には古い悪習が残っていた。
 雨が長く降らないのは神の怒り。雨が続くのは、嵐が起こるのは神の怒り。悪い事は何でも神の怒り。怒りを鎮めるために若い女を花嫁として差し出せ。要は生贄ってやつだ。
 本当に馬鹿馬鹿しい。神なんて存在するわけがないだろう。そんなもの、人間の作り上げた幻想でしかない。じゃないと、私みたいなやつが報われないじゃないか。
 自分を守るために私は人当たりが良くなった。けれど、まあ、大人びた子どもなんて可愛くないわけで。ある時、生贄として私が選ばれてしまった。
 村の大人たちは何て言ったと思う?
 これで両親に暴力を振るわれることはないよ。安心して良い。神様はお優しいからね。きっと幸せになれるよ。
 頭が弱いのかコイツらは。馬鹿。馬鹿の集まり。暴力について知っていたなら、貴方たちが助けてくれたって良かったじゃないか。嫌いだ。みんな、嫌い。
 でも、そんな馬鹿に敵わない子どもの私が何よりもむかついて、一番嫌い。
 だから逃げ出した。村長の家の一室に監視付きで閉じ込められていたが、夜中になれば監視の人間も睡眠欲に負けてしまうことを知っていたから。
 物分りの良い幼子が逃げるとは思わなかったのだろう。簡単に村を出ていくことが出来た。
 生贄にされるよりも、野垂れ死にした方がマシだと思ったんだ。でも、そんな時に無惨様と出会った。
 無惨様は村の近くの山に住む一家を喰らっていた。子どもが逃げ出したのだろう。それを追いかけ、優に捕まえ、優雅に食す。
 恐ろしいのに美しかった。
 深淵のようなお方。赤はあのお方によく映える。
 体から力が抜け、膝をつく。そんな私を無惨様は見下していた。
 でも、それも仕方の無いことだと思う。神の花嫁になるからと身体を洗われ、綺麗な服を着させられてはいたが、身体中にまだ痣が残っていたし、包丁で切られて消えない傷もあった。
 だから、あんなに美しい人が汚物を見るような目で私を見ても、仕方ないことなのだ。
 食べたものは己の血肉となる。ろくに食事を与えられずに痩せ細っていた私は身をもって知っていた。
 それでも、私はあの人の、

「きれいに、なったら。わたしが、きれいになったら」

 ――わたしのこともたべてくれますか?
 初めて出会ったその瞬間、私は貴方の血となり肉となりたかったの。
 無惨様は目を見開くと、高笑いを上げた。気に入った、と私を抱き上げる。

「お前は私の手足となれ」

 冷たいけれど暖かい。こんなに優しく抱き上げられたことは一度もなかった。
 見上げた先にある真っ赤な瞳が甘く蕩けた。頭を撫でられる。
 きっと私を駒にするために優しくしてくれたのだろうけど、それでも私はよかった。偽りの優しさでも、確かに温もりは感じられたのだから。
 ベンッ。楽器の音が響き、気が付けば私は見知らぬ場所にいた。

BACK/TOP