▼ ここからはノーカットでお送りします


 B組のクラス委員長である拳藤一佳には幼馴染がいる。名をミョウジナマエと言った。雄英高校の普通科に在籍している。拳藤がしっかり者の姉御肌であるのに対し、彼女はとても気弱で、人の顔色を伺うのが常。しかしそれにはちゃんとした理由があった。彼女が生まれつき持っていた個性である。
 彼女の個性はボイスカラー。聞こえてきた声に色が見えるというものだ。元々共感覚というものが世の中には存在していたため、それが強化されたようなものだろう。彼女曰く、声に乗せられた感情がふわりと現れるらしい。本人ではないので詳しくは分からないが、楽しければオレンジ色、悲しければ水色と言ったように彼女は判別しているようだ。しかも色は場合によって細かく違うようで、今でも彼女の知らない感情の色が存在するらしい。ちなみに自分の声の色は何故か見えたことがないのだとか。
 そんな個性を持っていたからこそ、人の感情に敏感になってしまったのだ。直接言われずとも、相手が嫌だ!と思えばそれが声の色で分かってしまっているから。だからこそ、裏表のない性格をした拳藤に懐いているのかもしれない。

 彼女は拳藤に会いにB組へやって来ることがある。B組は多少A組の生徒達とは仲が悪い節があるが、他の人とは普通に接することができる。むしろナマエに向かって「また来たのか!」と鉄哲や茨はよくお菓子をあげている。優しい。だがしかし、B組のあの存在を忘れてはいけない。嫌味、煽りの達人と言っても過言ではない彼、物間寧人のことを。
 良く言えば正直者とも言えるが、彼が人を煽るときはとても生き生きとしている。なんと言っても、瞳が輝いているのだ。まあ、嫌いな相手に対しての場合のみだが。だがそんな彼が、ナマエの性格を気に入るだろうか?答えは否である。
 物間としては煽りに煽って、それに言い返してくれればそれで良かった。それなのにナマエは言い返すことはしなかった。代わりにこう言ったのだ。

「うん、そうだよね…ごめんね」

 肯定するなよ。酷いことを言ったのはこっちなのに、なんでそっちが謝るんだ。全く持っておもしろくない。
 物間はこれ以上何を言ってもつまらないと、彼女に話しかけるのをやめた。それに困惑したのは、あろう事かナマエであった。
 煽りを続けることで、彼の気分は晴れてきていたはずなのに。こちらの反応がおもしろいという感情も声には混ざっていたはずなのに。なんであんなに冷たい目をされてしまったのだろう。拳藤に相談したが、お互いに悪いところがあるから自分で考えろと言われてしまう始末。ナマエはその日の夜、なかなか寝付くことが出来なかった。

 それから数日。B組の午後の授業は1対1の戦闘訓練であった。物間の個性はコピーであり、人に触れることで触れた人間の個性を発動出来る。今回物間は男気一筋な少年、鉄哲徹鐵のスティールをコピーしたのだが、それはつまり対戦相手も鉄哲だということ。使用制限である五分を経過したところで、鉄哲のスティールした指で引っ掻かれてしまった。避け切れなかったことに対して舌打ちをしたところで、二人の訓練は終わる。

「物間、わりぃ!」
「訓練だし別にいいよ。避け切れなかった僕が悪いんだし」

 とは言ったものの、傷口が空気に当たってヒリヒリする。血もなかなか止まらないので、リカバリガールのいる保健室へ向かうよう、今回の授業担当であり、B組のクラス担任であるブラドキング先生に背中を押された。それに素直に返事をし、物間は鉄哲に一声かけてから保健室へと歩き出した。



△▽△▽



 辿り着いたのは良いものの、保健室にリカバリーガールはいなかった。その代わりに何故かあの子がいる。拳藤の幼馴染、ナマエのことだ。
 たどたどしい説明をちゃんと聞いてみると、どうやら少し席を外しているだけらしい。ならば勝手に止血をして教室へ戻ってしまおう。だが、勝手に保健室の物を使ってもいいのだろうか。

「あの、わたし保健委員だし…。手当てする、よ」
「別に自分でできるから」
「で、でも!絆創膏の場所、とか、分からない…よね?」

 素っ気ない態度の物間にナマエは精一杯歩み寄った。元来物間は優しい性格をしている。体育祭の障害物競走の作戦だって、皆のことを考えてのものだった。そんな彼が一生懸命な彼女を邪険にするはずがない。「じゃあお願い」そっぽを向いて呟く。その言葉に優しさが含まれていることに気付いたナマエは瞳を輝かせてうん!と頷いた。
 物間を椅子に座らせ、垂れてしまっている血を拭い、傷口に消毒を塗る。そして絆創膏を傷を刺激しないように丁寧に貼った。他に怪我はないかとナマエが尋ねると、ないよと一言返される。それだけなのにナマエは充分満足していた。声の色が冷たくないと。

「手当が終わるの遅すぎ。ノロマ」
「ご、ごめん…」
「でも…ありがとう」

 珍しく素直にお礼を伝える物間。ここにB組のクラスメイトがいたら、「明日は槍が降る」「体調悪いのか?」なんて失礼な言葉をかけてくるのだろう。しかし今ここにはB組の生徒はいない。いるのはナマエのみだ。
 ナマエは物間からの「ありがとう」たったそれだけで、もう前のことはどうでも良くなってしまっていた。冷たい視線を送られはしたが、今のありがとうはなんかすごく…好きだ。ふわふわしている。ふにゃり、なんて言葉が合う笑顔を思わず浮かべてしまうくらいには。

「…どういたしまして」

 返事は返ってこなかった。物間が顔を背け、保健室を出ていってしまったからだ。ナマエは先程手当をする際に出した物を仕舞いながら、仲良くなれそうだなぁと呟いたのだった。

 そして物間なのだが、先程見せたナマエの笑顔を見てから様子が可笑しくなっていた。キュンと来たのだ、キュンと。暫く廊下を歩いて人通りの無いところへ辿り着くと、コンっと壁に額をくっ付けた。

「なんだよ…今の」

 はあ…と大きく溜め息を吐く。物間の顔は真っ赤に染まっていた。
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