▼ 彼女にいちばん似合う色


 はらり、はらり。桜の花びらが舞う。雄英高校の登校一日目を無事に終えた爆豪勝己は、学校帰りに近所の公園に寄っていた。ベンチにお前は社長かとツッコミたくなるほど豪快に座った彼はスマホを弄る。連絡用アプリを開いているようで、彼の画面のメッセージ欄には"いつもんとこ"とだけ。すぐに既読が付いて、相手から"了解しました爆豪様"と返ってくる。明らかに嫌そうな返しだが、爆豪は気にせず満足そうに口元を緩ませ、"急げ"と催促する。
 それから数分後。爆豪が呼び出した相手がやって来た。どうやら走ってきたようで、額からポタリポタリと汗を垂らしている。それが爆豪には目に毒で、思わず顔を逸らした。鞄からタオルを取り出し、顔面に投げつける。

「ぶっ…!? 投げることないじゃん!」
「あ? こっちはタオルを貸してやったんだろうが」
「タオルが必要になったのは爆豪が急かすからで…!」
「要らねぇなら返せ」

 バッとタオルを奪い取り、立ち上がって自分より下にある彼女――ミョウジナマエの顔を出来るだけ優しく拭く。傷を付けないように、優しく、優しく。
 ミョウジナマエは爆豪のもう一人の幼馴染だ。小さい頃は爆豪、緑谷、ナマエでよく遊んでいた。けれどいつからか緑谷とは爆豪は不仲になってしまった。原因は勿論爆豪にあるのだが、本人に自覚があるのかは定かではない。けれどナマエはどちらにも友好的だった。幼い頃は泣き虫でよく周りを困らせていたナマエに最後まで付き合ってくれていた爆豪と緑谷。爆豪がいくら暴君だからって、緑谷が無個性だからって、そんなことではナマエは二人を嫌いになどならなかった。それ以上に沢山の良いところを知っているから。この年になって彼女が当時のことを振り返ってみると、無個性ってだけで緑谷と距離を置こうかと少しでも考えていた私はどうかしていたと、とても緑谷に申し訳なくなるらしい。爆豪に関しては暴力的な面もあるため、嫌いになっててもおかしくはなかったな、とうんうん頷く。このことを本人に知られてしまえば、彼の個性で爆破されてしまうだろう。
 学校指定のスクールバッグからナマエは水筒を取り出し、中に入った水をゴクゴク飲んだ。色気はないはずなのに、飲み込む度に動く喉が爆豪にはどうも魅力的に見えた。なんか、エロいな。口には出さないが、こう、なんかきた。
 そう、何を隠そうこの爆豪勝己。ミョウジナマエに片思い中なのである。信じられないことに。本当に信じられないことに。

「急に呼び出してどうしたの?」
「別に用はねぇ」
「はあ!?」

 用はないけど、顔が見たかった。――そんな小っ恥ずかしいこと言えるかしね!!
 どうも彼女といると調子が狂う爆豪。それを決して顔には出さないのだから、器用と言うか何というか。
 雄英高校1年A組。それが爆豪が今日から所属するクラスだ。そしてそのA組では何故か、入学式には参加せず個性把握テストを行った。順位まで発表されたのだが、今はそんなことどうでもいい。ボール投げのときの緑谷が問題なのだ。緑谷は確かに無個性だったはずだった。なのに何故かあの場では個性を発動させていたのだ。勢い良く投げたボールの飛距離は705.3メートル。爆豪の記録を0.1メートル越えた。それも気に入らないが、何より気に入らないのは自分の個性を隠していたことだ。使えるんなら言えよクソが。イライラの絶頂に至った爆豪の頭には何故かナマエの顔が浮かんできた。すると無性に会いたくなってきて仕方が無くなってしまったのだ。だから呼び出した。
 ナマエは雄英高校には受験せず、その近くの私立高校へと進学した。雄英程ではないが、それなりに有名な高校であり人気も高い。何より校風が彼女にピッタリだった。制服はブレザーなのだが、これまたお洒落で全国の女子から好評。爆豪からもナマエに似合っていると心の中で大絶賛である。
 じっとナマエは爆豪の目を見詰めると、はあとため息を吐いた。そしてそのまま彼女は爆豪の頭を撫でる。これを中学の同級生に見られたらきっと、おまえが勇者だと持て囃されていたことだろう。

「なんかあったんでしょ? 分かるよ、幼馴染だもん」
「…うっせぇ」
「はいはい。 爆豪なら大丈夫だと思うけど、どうしてもって時には相談しに来てね。 いつでもいいよ、待ってる」
「んなこと一生ねぇよ」
「はいはい」

 頭は大人しく撫でられているのに、相談は絶対にしない。男のプライドというやつである。自分から慰めてくれなんてことは頼みたくないのだ。それをナマエは解っているのだろうか。
 今日は入学祝いで外食だから、そろそろ帰るね。そう言って爆豪の頭から彼女が手を離すと、ぶわっと少し強めの風が吹いた。驚いた声を漏らしつつも、ナマエは自分の髪を抑える。風が止むとまた、はらりはらりと花びらが散る。そしてびっくりしたね、と笑うナマエの髪には一枚の花弁が。
 ――なんか今、グワァって来やがった。
 思わず真顔になってしまった爆豪はとりあえずナマエの髪から花びらを取ってあげた。じゃあな、と一声かけるとバイバイと彼女が帰って行く。
 掌に乗った一枚の花びら。捨てるのは勿体ないような気がして、そのまま家に持ち帰った。その手先の器用さを存分に発揮して押し花を作ったのだが、それが母親にバレて大爆笑されることを今の爆豪はまだ知らない。
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