▼ なんてこった


※ お相手は轟くんですが、ほとんど心操くんと喋ってます
すまっしゅ!に出てきたモブポジションの女の子が夢主ですので、念のため注意




「そう、あれは入学してまだ間もない頃。 学校内にマスコミが侵入してきたときのお話。 セキュリティ3が突破されたため、生徒達は速やかに避難してくださいとの放送が入ったの。 でもあまりにみんなが迅速に動くから、ぎゅうぎゅうに押されてしまった。 そのとき! 私の近くにいた男の子が体制を崩してこちらに倒れ込んできた! 私の横は壁だったから、壁ドンみたいな形になったんだけどね…。 そのとき彼から暖かいような冷たいような不思議な感覚を与えられて、それを忘れることは出来なかったの。 それで気になって彼が誰かを調べてみたら、なんとヒーロー科の推薦入学者にしてNo.2ヒーロー、エンデヴァーの息子ではないか! しばらく校内でスト…ごほんごほん……お姿を拝見させて頂いていたところ、こう、胸がドキドキして…。 すっかりその轟焦凍くんの虜になっちゃったの!!」
「ここ食堂だから静かにして。 あとその話、十回は聞いた」

 真顔のまま食事を取りつつ、しっかりと返事をしてあげる心操人使はナマエとは同じクラスの友人という関係である。わりと仲良の良い方であり、入学当初からヒーロー科に転入してやると宣言した心操を馬鹿にしたりなどせず、頑張って!と応援してくれたナマエへの好感度は高い。男女関の友情はここに存在した。
 だがしかし、なぜこんな恋バナを聞いてやらなければならないのだろうか。そういうのは普通、同性とするものでは?と心操は思う。その轟と自分が仲が良いのならばまだ分かるが、話したことすらない。体育祭前の宣戦布告は聞かれていたかもしれないが、あれは一方的なものだった。しかも、と心操はナマエの後ろの席に目を向ける。
 ――あの赤と白のツートンカラーの髪は轟焦凍本人だよな。
 そう、実は轟少年はナマエのすぐ後ろの席に座っていたのだ。その両隣には緑谷と飯田(だったはず)がいる。緑谷がこっちに振り向くと、焦った表情を浮かべながら人差し指を立てて口元に持っていく。内緒にして、とのことらしい。まあ、面倒なことになりそうだから黙っててやろう。そんなことを心操が考えている間にもナマエはペラペラ喋り続ける。轟のどこがカッコいいのか、職場体験で怪我したときは心配してしまったけれど、戻ってきたときには何だか顔がスッキリしていて安心した。等など。こいつ、いつ轟を見てたんだ…?
 話のたねである轟本人はちらりとナマエの姿をたまに覗く。そのときの表情がまあ、驚くほどにゆるゆるしているので…。両片想いか面倒くさいな。心操はゲッソリした。

「でねでね! そのときの轟くんが…ってどうしたの? 顔色が悪いよ?」
「別に……」

 両片想いなんて事実知りたくなかった。だいたい轟、お前こいつにストーキングされてるぞ?一応校内だけで収まってるみたいだけど、これから先どうなるか分からないぞ?なのになんで照れてるんだよ、訳分からない…。
 理解が追いつかなかった。だが何だか急に自分のことではないからとどうでも良くなってしまう。きっと心が楽になってきたことだろう。これ以上轟についての話など聞いていられないし、こちらから仕掛けてみるか。と口を開く。

「そんなに好きなら告白すればいいだろ」

 その一言にナマエはきょとんとした表情を浮かべて首を傾げる。どうして告白することになるのかが分からないとでも言いたげだ。
 飯田と緑谷が完全にこっちに振り向き、ナマエをじっと見つめる。二人とも気になってしまうらしい。
 変な間が空いてしまったが、ナマエが話を切り出した。

「いやいやいや、何言ってるの?轟くんみたいな高貴なお方に私が釣り合うとでも?」

 なんで少しキレてるんだお前は。
 ナマエはランチラッシュ先生お手製のオムライスの最後の一口をぱくりと食べると、付き合うとか付き合わないとかそういう次元の好きじゃないの!と熱く語ってくる。曰く、家庭事情が複雑みたいだけど、彼には幸せになって欲しい。そして彼を幸せになんて私のような貧民に出来るわけがないから、是非ともヒーロー科A組の皆さんには頑張って頂きたいと。語るだけ語って食器を片付けに行ってしまったナマエを見て、家庭事情が複雑とかどこでそんな情報仕入れたんだとか、心操には沢山言いたいことがあった。けれどその前にやらなければならないことがある。
 轟、と名前を呼んだ。

「その…悪かった……」
「いや、別に…」

 余計なことを言わなければ良かったと心操は後悔した。元々優しい性格をしている彼はショックを受けている轟を見て、心を痛めてしまったのだ。緑谷と飯田があわあわと轟に声を掛けるが、特に反応はない。かと思えば、急に立ち上がってボソッと呟いた。

「脈がないわけじゃ、ないんだよな」

 え、と思わず声を漏らす。お皿の乗ったトレーを持ち、去っていく轟。あの目は完全に捕食者の目をしていた。
 なんだか休み時間なのにまったく休めていないな。遠い目をした心操を気遣ってくれたのは緑谷と飯田だった。この三人の間に変な友情が生まれてしまったのは言うまでもない。



title by 炭酸水
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