Dear. 蝶屋敷のお手伝いさん兼隠は嫌われている?

※ネームレス




「私って、竈門くんに嫌われてるのかな……」

 そう尋ねると突然、ブッと飲んでいたお茶を吹き出して咳き込んでしまった友人の背中を撫でる。
 私、何か変なこと言った!?

 私と先程名前を出した竈門くん、そして今話している友人こと我妻善逸くんは鬼殺隊の同期である。他にも同期には猪頭を被った嘴平くんや、にこにこ笑っているばかりで何を考えているか分からないけれど、可愛いから問題無し!な栗花落さん。藤襲山では恐ろしかったけれど、最近では会うと顔を真っ赤にしてくる玄弥くんがいる。思春期かな??まあ、それは今は置いておいて。
 同期とは言え、藤襲山で鬼に対して萎縮してしまった私は胡蝶さまの善意で、此処、蝶屋敷のお手伝いさんとして働かせて頂いている。隠として駆り出されることもあるけど。
 今では特にアオイちゃんと仲良しで、休憩時間なんかはよく一緒に過ごしているんだけど、今日は相談したいことがあったため、善逸くんの時間を少しだけもらった。
 声をかけた時にとても嫌そうな声を出された事実なんてなかった。絶対になかった。なかったことにする。だって、アオイちゃんたちから今でも善逸くんは女好きだって聞いてたもの……!

「な、なんでそう思ったの……?」

 呼吸を整えた善逸くんが恐る恐る尋ねてくる。
 善逸くんたちは那田蜘蛛山で色々あったらしく、負傷して蝶屋敷へやって来たのだが、今は怪我も治り、機能回復訓練を終え、全集中の呼吸・常中を使えるようになるために特訓中らしい。
 胡蝶さまが上手いことやる気を出させた善逸くんはなかなか休息を取らないため、休ませるついでにどうせならとこうして捕まえてみたわけだ。
 竈門くんと仲の良い善逸くんなら何か知っているかもしれないし、藤襲山では短い間とはいえ、行動を共にした仲だからね!聞きやすいよ!そして君がいなければ私は死んでいた!助けてくれてありがとう!

「うーん……だってさぁ……」

 私は数日前のことを思い出しながら、善逸くんにゆっくり話し始めた。





 あれはまだ、竈門くんたちが蝶屋敷へ訪れたばかりの頃。
 傷口からばい菌が入り、高熱で魘される隊士も少なくはない。そのためというのもあり、蝶屋敷にいる人間は必ず毎朝体温検査を行うことになっている。そしてそれを記録する仕事を任されているのが私なのだ。
 その日は同期の子が三人いると聞いていたため、怪我をした彼らからすれば不謹慎ではあるが、わくわくしていた。
 玄弥くんは蝶屋敷へ定期検査をしに来るので大怪我をしていないことを知っているし、栗花落さんはこの屋敷で暮らしているから、その三人の内に入ることはない。
 とすると、私の同期は五人しかいないので、必然的に善逸くんがいることが分かっていた。
 同期が五人いると聞いてはいるものの、最終選別が終わった時には私以外に四人しかいなかった気がするんだよね……。気のせい?
 善逸くんはちょっと……あれはちょっとか……?と、とにかく!気持ちが悪いところはあるけれども、やる時はやる男。とても愉快でおもしろい友人だ。会うのが楽しみになってしまうのも当然のことだろう。
 扉をコンコンコンと叩き、返事を貰ってから、失礼しますと患者三人の部屋へ入る。

「え、あ、最終選別のときの!?」
「久しぶりだね、善逸くん!」
「うわああああ!!また会えてとっても嬉しいよ!こうしてまた会えるだなんて運命だこれは!結婚して!」
「何言ってんだこいつ」
「冷たい!」

 流石は上げた株をバネに恥を晒す男。未だにそれは変わらずか。
 ぎゃーぎゃー騒ぐ善逸くんを無視して、残りの二人に挨拶する。ところで、その猪頭はなに?ツッコんじゃダメなやつ?

「はじめまして!では実はないんだけど……。みんなと同じ時期に最終選別を受けていた者です。今は此処でお手伝いをさせてもらったり、隠として活動しているよ」

 そう言って名乗るが、返事がないので首を傾げる。善逸くんも不思議に思ったのか、たんじろう?と声をかけていた。
 赤みがかった髪と瞳の子はたんじろうくん、か。漢字が分からん。
 そのたんじろうくんはハッとしたのか、ごめん!とアワアワし出す。それに今度は善逸くんが首を傾げた。そして何かに気付いたかのようにニヤニヤし始める。
 なんだ、どうした。

「こっちが竈門炭治郎ね。で、こっちの猪頭が嘴平伊之助」
「かまどくんとはしびらくんね!よろしく!」
「ヨワクテゴメンネ」
「!?」

 やめてくれ!!弱くてごめんねは私に効く!!鬼殺隊士になるために努力してきたのに、結局鬼が恐くて戦えなくなった腰抜けには効く!!師匠申し訳ございませんでした申し訳ございません……。無理して基礎を教えて頂いたのに、結局師匠の言う通り私には出来ませんでした申し訳ございません申し訳ございません……!
 任務の度に傷を増やしていく師匠を思い出しながら心の中でひたすらに謝っていると、明らかに様子が可笑しい私にかまどくんが優しく声をかけてくれる。

「あ、えっと……大丈夫か?」
「ヒッ、アッ、大丈夫です」
「ヨワクテゴメンネ」
「本当にヨワクテゴメンナサイ……」
「大丈夫じゃないね!?」

 まさかの善逸くんに宥められて心を落ち着かせることに。
 師匠のことは一旦忘れましょう。そう、忘れるんだ。あ、でもこの後玄弥くんのところにお薬を届けるんだよね。厳密に言うと悲鳴嶼さん宛になんだけど……。忘れよう!!師匠のことは忘れよう!!玄弥くんは師匠よりも穏やか!!大丈夫!!
 気を取り直して、三人に体温を測ってもらうように頼み、持ってきたマス目の書かれた紙に三人の名前を記入した。漢字を尋ねた時に嘴平くんが服を脱ごうとしたのには驚いたけどね!
 その後、今日の日付と一人一人の体温を書き加え、とりあえず頼まれた仕事は終了。
 取り乱したことを謝り、またねと部屋を出ようとすると竈門くんに引き止められる。そのあまりにもソワソワした様子にどうしたのか心配になってしまう。体調を崩してしまったのかもしれない。

「そ、その……俺……!」
「うん?」
「君にひ、ひとめ……!」

 うーん、声が小さくて聞こえないな。怪我のせいで大きな声が出せない可能性もあるよね。痛み止めの効果が切れてしまったのかも。
 彼の声をちゃんと聞くため、ずいっと彼に顔を近付け、口元に耳を寄せる。
 すると、ひゅっと息を飲んだ音が聞こえた。

「な、なななな何でもない!!」

 善逸くんにも負けない大声に驚き、すかさず距離を取った。耳が痛い!
 もしかして竈門くんも私と同じで情緒不安定なのか?え、なになに、自分が情緒不安定である自覚があったのかって?うるせぇ!あるわ!師匠関連のことになると駄目なんだよ、私は!
 竈門くんに関しては怪我をしたりして動けない人は気が滅入ることも多いし、情緒が安定しないのも仕方の無いことだ。とはいえ、これは絶対に何かある反応だ。

「本当に?」
「ほ……本当だ……!」
「うん!?」

 念のために言いたいことがないか確認してみると、竈門くんの返事はなんとも形容し難い表情と共にであった。
 説明が難しいが、唇を噛み、目玉を上を向いている。なんと言うか、ギギギと効果音が流れそうだ。なんだこの顔。
 今まで見たことの無い表情……というか、人間ってそんな顔出来たんだね!?びっくりだよ!
 驚き過ぎて固まってしまい、そのままじっと竈門くんを見つめていると、あの表情のまま頬を赤くして顔を逸らされる。
 よく分からないけど、そんな顔をしてまで否定しなくても……。

「そ、そうなの。じゃあ、また明日この時間によろしく……」





 別日。
 よく分からないが、あの何とも形容し難い顔を何度も竈門くんにされる件について。
 言いたいことがあるなら言ってよ……!ちゃんと聞くからさ!!最近じゃあの顔も恐怖の対象になってきたから!!何度も見て慣れるどころか、日に日に恐ろしくなってきてない!?
 竈門くんにはあれからよく話しかけられるのだが、いつも最後にはあの顔をされて逃げられる。一体何なの竈門くん……!揶揄われているのか!?

「こ、こんにちは!」
「ヒェッ、あ、竈門くん!」
 
 噂をすれば影あり。洗濯物を庭で干していると、竈門くんがやって来た。
 手伝うよと有無を言わさず、ひょいっと洗濯物の入った籠を奪われる。それを取り返そうとするが、ひらりと躱されてしまった。こいつ、やりおる……!

「えっと、ありがとうね」
「このくらい構わないよ」

 照れたようにはにかむ竈門くんはどっからどう見ても圧倒的太陽属性のはずなんだけどね……?いつものあの顔は本当になんなんだ?
 洗濯物を干し終わり、お礼にお茶とお菓子をお出しして縁側に座る。
 日を浴びる竈門くんからは石鹸の香りがした。髪も少しだけ濡れているし、きっと機能回復訓練を行った後に体を洗ったのだろう。疲れているはずなのに人を手伝ってくれるなんて、優しい人だなぁ。

「機能回復訓練はどう?やっぱり大変?」
「ああ……」

 遠い目をしながら肯定される。
 なるほど、これはギタンギタンのケチョンケチョンにされているってことですね。分かります。

「栗花落さんには常中が使えないと絶対に勝てないしね……」

 まあ、常中が使えたところで私の勝率は三割なんですけどね!
 私は常中が出来るようになるまで、最終選別へは行かせてもらえなかったんだよなぁ。師匠ったら心配性なんだから。
 うんうん、懐かしい。でもほら、常中が出来たところで恐ろしいものは恐ろしいから!腑抜けの腰抜けは私です!!申し訳なさと育ててくれた恩で師匠には頭が上がらない。
 ほけほけとお茶を啜っていると、竈門くんがこてりと首を傾げた。

「常中ってなんだ?」
「あれ、知らない?」
「うん」

 あー、なるほど。知らなかったのね。そりゃあ、なかなか勝てないわけですわ。
 とはいえ、常中の説明は出来ても、教えることは私には出来ないからなぁ。
 師匠は頭に血が上りやすい人だから、深くは教えてもらえなかった。だから、師匠との打ち合いの時に身体で覚えたんだよね。早く覚えないと師匠に殺されると思ったからさ。
 師匠は私が女だからと言って、手加減をしてきたことはなかった。甘っちょろい課題を出すこともなかった。そういうところは素敵だよね。
 のんびりと竈門くんにそう話すと、きゅっと眉間に皺を寄せられる。見るからに不機嫌ですという顔だ。
 竈門くんは立ち上がり、私の目の前に立つ。
 名前を呼ばれたので返事をすると、言いづらそうに続きを喋り出した。

「その……すき、なのか?その師匠のこと」
「うん?そりゃあね。厳しいし顔も恐いけど、本当はとても優しい人だから」
「そう、なのか」

 俯く竈門くん。しかしすぐに顔を上げ、むんっとした表情で私の手を取る。
 あ、私の手よりもずっと大きい。思っていたよりもゴツゴツしていて、彼の今までの努力が目に浮かぶようだった。

「お、俺……!実は最終選別の時から君のことが気になっていて……!」
「うん?あれ、どこかで話したっけ?」
「話してはいないんだが!ただ、その、とても暖かな匂いが……」

 だんだんと小さくなっていく言葉に何と言ったのかを尋ねるが、またいつもの何でもないで誤魔化される。
 一対一で話すのが苦手なのかな?すぐに顔を赤くさせるし、きっとそうなのだろう。もしくは玄弥くんみたいに女性と話すのが苦手だったりとか。
 私はまた誤魔化されることにして、そっかとだけ返事をする。

「君は、その師匠のことがす、すきなのかもしれないが!お、俺は君のことが……す、す、す……!」

 グッと掴まれた手に力を込められる。
 いや、ちょっと待ってくれ。いたい!痛いです!痛いよ竈門くん!大事な話をしようとしているのかもしれないけど、これは耐えられないよ!あ、折れる!骨が折れる!
 離してくれとの意思表示で、空いていた右手で竈門くんの手に触れる。すると、ピクリと竈門くんの体が跳ねた。それでも離してくれそうにはなかったので、両指を一本ずつ離させていく。力は既に抜けていたので、簡単に指は外れた。

「ごめん、ちょっと痛かったから」

 黙り込んでしまった竈門くんの顔に視線を戻すと、彼はそっぽを向いてしまっていた。それでもちゃんと悪かったと謝ってくれるところが竈門くんの良いところである。
 やっぱり玄弥くんみたいに思春期なのかな?玄弥くんもちょっと肩がぶつかっただけなのにそっぽ向いたりするしね。思春期は仕方の無いことだし、思春期が終わるまでは竈門くんにも無闇に触れないように気を付けよう!
 小さくぶつぶつと呟いている竈門くんを待っていると、やっと落ち着いたのかこちらへ振り返る。顔はまだ赤いままだ。

「お、俺は!君のことが!す、す……!」
「す?」

 と、また竈門くんは下唇を噛んで目玉を上に向ける謎の表情を浮かべる。

「す、すごく良くしてくれて感謝しているから!師匠とのこと!応援させてくれ!」

 厳密に言えば、その表情になったのは応援させてくれ!の辺りである。
 途端、頭を抱えてしゃがみ込む竈門くん。本当に情緒不安定だね!?
 けど、師匠とのことを応援してくれるのは素直に嬉しい。早く仲直りしたいと私自身思ってはいるのだ。また一緒にお萩を食べたりしたい。けれど、私は腰抜けの腑抜けだから。師匠は柱で、一般隊士よりもずっと忙しいはずだったのに、我儘を言って稽古をつけてもらって。それがこのザマだ。師匠の名に傷を付けた。
 最終選別から帰ってきた後、本人の前で泣きながら謝った。折角ここまで育ててくれたのにと。
 そうか、と師匠は珍しく頭を撫でてくれたけれど、きっと内心では糞ガキとでも罵っていたはずだ。よく言われてたし。
 だから、背中を押してくれる人が出来たのはとても嬉しい。

「ありがとう!」

 私はきっとこの時、竈門くんと過ごしてきた中で一番の笑顔を見せたはずだ。
 竈門くんの正面にしゃがみ、感謝の言葉を伝えた。

「ああ……。任せてくれ」

 竈門くんのあの表情はその日別れるまでずっと続いた。





「まあ、こんな感じでよく変な顔されるんだよね。竈門くんがとても優しい人なのは知ってるし、嘘をつかれたことは無いと思うんだけど……」

 でも、あんな顔を会う度にされたら少し傷付いてしまうと言うか。だって、他の人にはしないんでしょ?アオイちゃんたちから聞いたよ。嫌いは言い過ぎかもしれないけど、でも絶対に何かあるよね。
 た、炭治郎ぉ……。少しだけ間が空いた後、情けない声が響いた。勿論、声の主は善逸くんだ。

 我妻善逸は全てを理解していた。竈門炭治郎の恋心も、二人の間にあるちょっとした勘違いも。だが、それを教えてやる義理はない。
 ――だって、もしも俺より先に炭治郎に恋人が出来たりしたら許せないからな!
 我妻善逸は今は静観する。そう、今は、だ。
 泣きたくなるくらい優しい音がする友人に幸せになってもらいたい。その気持ちがあるからこそ、その内手を貸してやるつもりだ。

「俺には炭治郎が考えていることの全部が分かるわけじゃないからさ、本人に聞いてみるのが一番良いと思うよ」

 本人に聞いたところで、今までと同じ反応をされると思うけど。
 俺が炭治郎を手伝うのは、禰豆子ちゃんとのお付き合いを許してくれてからの話だからな!

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