誰にも言えない秘密の話。
柴八戒には好きな人がいる。
初めて出会ったのは姉、柚葉が中学に入学して一月程経った頃。友達だと言って家に連れて来たのだ。
サバサバしていて面倒見の良い姉だが、彼女には面倒を見られているのが印象的だった。
ポップコーンを食べていた姉が髪が邪魔だから結んでほしいと頼んでいたのだ。普段であれば何でも自分でやってしまう姉が甘える相手。不思議な人だと気になってしまった。
好きになった大きなきっかけとなったのは兄、大樹に物怖じしない態度だった。
「お邪魔しています。柚葉ちゃんの友人のミョウジです」
オレに対する態度と変わらずに兄と接し、にこにことしていた。
ちゃんとしている人間に対して、兄は酷い態度を取らない。
礼儀正しくしていたミョウジさんは比較的和やかに大樹と話し、その日はそのまま帰って行った。
「良いヤツだろ、ナマエ」
姉が自慢げに語り、オレはそれに頷いた。
本当に良い人だ。タカちゃんみたいに優しくて、面倒見も良い。いつもフリーズして何も喋れないオレに愛想を尽かさず、メアドを交換してくれた。直で話せないのなら、メールなら大丈夫ではないかと気遣ってくれたのだ。
他にも手土産のセンスも良いし、家に遊びに来たときは仲間に入れてくれようと声をかけてくれる。メールの返信は必ずその日の内にしてくれるし、誕生日にはプレゼントもくれた。
そういう一つ一つの積み重ねがあり、ふと好きだなぁと心の中で呟いてしまったのが恋を自覚した瞬間だった。
けれどオレは情けないヤツで。
男のくせに姉の柚葉に庇われ、外では自分が姉を守っていると嘘をつくような男だ。
そんな男はミョウジさんに相応しくない。でも、それでも、
「おはよう、八戒くん」
好きだって、片思いをするくらいなら許されるはずだ。
◇
そもそもの話、オレは女の人に話しかけられるとフリーズしてしまうため、実はミョウジさんとちゃんとした会話をしたことがない。
ミョウジさんの紡ぐ言葉を聞き逃したくないため、必至で話を聞いているが、声を出せたことはないのだ。
それなのにミョウジさんは会えば必ず少しだけでも会話をしようとしてくれるし、学校ですれ違えば手を振ってくれる。こんな俺を見捨てないでくれていた。
胸がキュンと高鳴る。優しい。好きだ。ちゃんとお話しできなくてごめんなさい。
◇
クリスマス。黒龍――兄との対立。
タケミっちのお陰でオレも柚葉も大樹を殺害することなく、タカちゃんたちの力を借りて俺たちは大樹の元から解き放たれた。
弱いところも情けないところも知られ、それでも仲間だと言ってくれた人たち。カッコ悪くても良いらしい。
怪我は痛くとも息がしやすく、清々しい気分だった。
タカちゃんたちと夜間でも空いている病院へ向かってから柚葉と家へ帰ると、玄関前に誰かの姿が見えた。
膝を抱えて蹲っている。
黒龍の残党かと警戒しながら近付いた。
「……柚葉?八戒くん?」
「え、ナマエ!?」
「柚葉!八戒くん!」
ガバリと勢い良く抱き着いてきたのはミョウジさんだった。
突然のことでまたフリーズしてしまったが、ミョウジさんは涙声で何度も「よかった」と繰り返しており、背中に回っていた手は腕へと移り、力強く掴まれていた。もう片方の腕は柚葉に回されている。
絶対に離さないという強い意志を感じた。
「なんで泣いてんの!?てか、こんな時間にどうして……」
「だって最近、柚葉変だったから!すごく恐かったから、何かするつもりなんじゃないかって心配で!八戒くんもメールで様子おかしかったし!」
クリスマスまで指折り数えていたから、気になってコッソリ家を出てきたのだと彼女は言う。
涙を拭おうと指を伸ばすと、触れた頬が驚く程に冷たい。一体何時からここで待っていたのだろうか。寒空の中、防寒対策はしているとはいえこのままでは風邪を引いてしまう。
よく見れば、唇の色は真っ青だった。
「ミョウジさん風邪引いちゃうから!早く家に上がって!」
「……え?」
焦って彼女の手を取れば、やはりこちらも冷え切ってしまっていた。
そのままミョウジさんを引っ張り、家の鍵を開けて部屋へと上げる。リビングの暖房をつけ、ソファに座らせてブランケットをかけてあげた。
こういう時、柚葉はホットミルクを入れてくれていたことを思い出し、マグカップに移した牛乳を電子レンジで温める。それをミョウジさんに手渡して、マグカップを包む彼女の両手の上を更に自分の手で包み込んだ。
摩ってあげていると、じんわりと暖かくなっていく。
身長差があるため、床に膝を着いていたオレは良かった、と顔を上げて微笑むと、ミョウジさんの顔が真っ赤なことに気が付く。
「熱出ちゃった!?どうしよう……!あっ、親御さんに連絡!」
「ま、まって、大丈夫だから!そうじゃないの!」
テーブルの上にマグカップを置いたミョウジさんが、あわあわと固定電話を取ろうとする俺の腕を掴んで止めた。
「ただ、その、八戒くんとお話しできて嬉しいな……なんて」
ふにゃりと笑うミョウジさんは可愛いが、その一言でオレはまたフリーズした。
しかし、すぐに立ち直る。
もしかして、このタイミングでミョウジさんに慣れてきたのだろうか。そうであるのならば、こんなに嬉しいことはない。
だってオレはミョウジさんと話したいことが沢山あるのだから。
「え、えっと、ミョウジさん」
「はい」
「名前で、呼んでもいい……ですか……?」
「もちろん!」
とろん、と蕩けるような笑み。
後は何を話したら良いのだろう。沢山話したいことがあるせいで、順番に悩んでしまう。
ぐるぐる頭の中を回転させ、会話を途切れさせまいと出した声は言葉にすらなっていない。
「大丈夫だよ、八戒くん。ゆっくりでいいよ」
嗚呼、本当に優しい人だ。
きゅんと胸が締め付けられる。
オレに向けてくれる耳障りの良い声も暖かな瞳も、全部が、
「すき……」
「すっ……!?」
――オレ、今口に出しちゃった……!?
「あ、いや、ちがっ、ちがくない!でも、あの」
わたわたと手を動かし、どう伝えたら良いものかと考えるが答えは出ない。
伝えるつもりはなかった。確かに今日、自分は変われたのだと実感は湧いているが、それでもナマエさんと釣り合うかどうかは話が別だ。
こんなに素敵な人をオレが独り占めして良いはずがない。もっとお似合いな、それこそタカちゃんみたいな人と付き合った方がナマエさんも幸せになれるはずなのだ。
チクリと胸が痛むのを無視し、何とか弁明しようと口を動かす。
「わ、私も」
「へ?」
「私も八戒くんがすき、だから……」
右手を掴まれ、指と指を絡められる。
ドクン、と心臓が音を立てた。
「両想い、だね」
林檎のように頬を染め、蜂蜜のように甘い視線を向けられた。
神様、こんなことあっても良いのですか。
神の前で血を流すような喧嘩をしたオレが思わず尋ねてしまうくらいには夢見心地で、怪我の痛みはどこかへ飛んで行ってしまっていた。
おまけ
「柚葉〜!気を遣わせてごめん!」
「別に良いよ。普通に自分の部屋に戻っただけだしさ。その代わりってのも変な話だけど、八戒のことよろしくね」
「うん!」
「ところでさ」
「なに?」
「いつから八戒のこと好きだったの?」
「……一目惚れ、だったり」
「……マジ?」
「マジ!」
「さすが親友!見る目あるな!」
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