Dear. 左様なら

※『さようなら』の竜胆視点。梵天軸。




 小さい頃は泣き虫で、少し成長してからは気の抜けた笑みを浮かべるヤツ。バカでかわいい、オレのナマエ。
 人の腕の中で警戒することもなく、すやすやと健やかな寝息を立てる彼女の頬に口付けた。
 兄貴には趣味が悪いと言われるけれど、コイツは絶対に良い女に成長する。そういう予感がした。
 初めて出会ったあの日。迷子だったコイツが不安そうに怯えながらオレの服の裾を掴み、期待の眼差しを向けた瞬間、雷が落ちたかのような衝撃に身を包まれた。
 気持ち悪い言い方をするのであれば、運命を感じたのだ。
 コイツはオレのモノ。絶対に手放してはいけない。
 だからこそ、真綿に包み込むかのように丁寧に接してきた。
 恐がらせないように喧嘩の痕跡は消し、優しい近所のお兄さんを演じてきたつもりだ。とは言っても、大人になって思えば隠しきれてはいなかったのだが。
 ナマエが一度オレから離れようとしてきたこともあったが、素直な良い子チャンである彼女は俺の言うこと全てが正しいと思っている。だからこそ、上手く誘導して引き止めることが出来た。
 ビッチになんてさせるわけがないだろう。オレがオマエを他の男に渡すとでも?

「可愛そうになァ」

 初めはナマエに嫌悪感を抱いていた兄貴も数年経てば可愛く見えてきたらしく、歪んだ笑みを浮かべた。
 余計なことを言わないでくれよ、兄貴。
 オレらみたいな悪いヤツに懐いて、心を許して、パーソナルスペースの狭いナマエは確かに可哀想で可愛いが。気付かれたら逃げられてしまうだろう?
 ナマエを腕の中へ閉じ込め、いつものように耳朶を擽った。
 優しくしたいのも本音だが、生憎、一生モノの消えない傷を作ってやりたい衝動も持ち合わせている。一番手近なものがピアスのため、ナマエの耳を弄るのが癖になってしまった。
 ちっちゃいなァ。まだ子どもだもんな。
 早く大人になってくれ、ナマエ。大人になったら、オレのモノって印をあげるからな。





 傷害致死罪で少年院行きが決まってしまった。
 後悔も反省もしていないが、ナマエのことが気掛かりだった。
 アイツの親は元々オレたち兄弟を警戒していたため、これを機に何処か遠くへ連れて行かれてしまうのではないだろうかと気が気ではない。

「竜胆、ドンマイ」

 笑うなよ、兄貴。こっちは本気で焦っているんだ。
 嗚呼、でも、兄貴が笑っている。ならばきっと大丈夫なのだろう。





 六本木の街へと帰って来てから、ナマエから手紙が届く。やはり両親に引き離されてしまったらしい。
 手紙にアイツの住所は書かれていないが、消印で大体の行動範囲は予測出来た。
 ただ一つ気に入らないことがあるとするのならば、手紙には一言も「会いたい」と書かれていないことだろうか。
 その当時、オレもまだ子どもだった。だからこそ認めたくはないが拗ねてしまい、アイツから「会いたい」と伝えられるまで迎えには行かなかったのだ。
 それが大きな間違いだった。
 二度目の少年院から出てきた矢先、ナマエからの音沙汰は無くなってしまった。
 腹が立つ。
 あんなにも優しくしてやったオレを見捨てたナマエにも、変な意地を張ったバカなオレにもだ。





 カッコ悪いと思いながらもウダウダとし、それなりの長い時間が経った。
 どんな女に色仕掛けをかけられても心は動かず、遊ぶだけ遊んで捨て、溜息を吐く。
 手放すつもりだった。それに嘘偽りはない。
 実際、アイツが六本木に存在する梵天の会社と取引をしに来るまでは今何をしているのかさえ知らなかったのだから。
 何をするにも金が必要なため、梵天には表向きに存在する会社が幾つかある。態々そこにナマエが足を踏み入れる確率なんて零に近いはずだったのに、アイツはやって来たのだ。
 ちらりと遠目から見られるだけでその時は良かった。
 アイツが昔みたいに気の抜けた笑みを浮かべているのを見て安心し、梵天のような薄暗い世界に関わらせるのは止めておこうと、なけなしの良心に従ったつもりだ。
 ナマエに彼氏が出来るまでは。

「おねーさん、一人?」

 なんて、デートのお誘いの連絡をしたのはオレなのだから、待ち合わせ場所に一人でいるのは当たり前だ。
 気に入らない。気に食わない。オレを忘れて他の男と一緒になる?そんなことは許されない。
 ナマエと交際を始めた男を仕事という名目で呼び出し、散々に痛め付けてから殺した。
 オレはオレが思っていた以上に嫉妬深く、面倒な男だったらしい。
 手放しはしたが、ナマエがオレ以外と幸せになるのは心底嫌で仕方がなかった。
 その胸を渦巻く怒りも嫌悪もナマエの顔を見れば一瞬で消えてしまったが。
 あのガキが成長し、大人の女性となった。あどけなさを残したまま、自分好みの女性に。
 触れたい、優しくしたい、もう一度腕の中に閉じ込めて、幸せに笑っていてほしい。
 危険な目には合わせないから。絶対にオレが守るから。
 柄にもないことを思いながら、十年以上ぶりに彼女に触れた。
 オマエのことは何でも知っていたい。だから自分で調べたし、部下に調べさせもした。
 ここまで来れば気持ちが悪い?そんなものは知っている。その上でやっているのだ。

「迎えに来た」

 車の助手席に座るナマエを見て幸せに浸る。
 今は少し怯えているけれど、すぐに肩の力を抜けるはずだ。オレの傍が一番居心地が良い。そうだろう?オマエが頼るのは何時だってオレだけだったもんな?
 久し振りの再会で緊張しているだけだ。昔の距離感を思い出せば、またオマエから擦り寄ってくる。
 ナマエの耳朶を擽りながら、自身も昔の記憶を掘り起こす。

「ナマエももう大人だもんな。ピアス穴開けようぜ」

 未だ閉じられたままのそこに今度こそオレのモノという証を贈ろう。
 刺青はさすがに痛みで泣いてしまうから我慢しよう。どこまでならコイツは泣かずに耐えられるのだろうか。
 もう手放さない、離す気はない。

「愛してる、ナマエ」

 こんなクサい言葉、ナマエにしか言わないし、言えないからな。ちゃんと覚えておけよ。

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