Dear. 似た者同士の星の行方

※梵天軸を想像していましたが、闇堕ち時空であればどれでも当て嵌ります





「ねえ、別れよっか」
「……は?」

 微笑み、彼氏であるマイキーくんに告げる。
 夕方。いつものようにのんびりと過ごし、土手に寝転がったマイキーくんの隣に腰掛け、頭を撫でてあげながらのことだった。

「なん、で、突然」
「んー、突然じゃないんだな、これが」

 ずっと考えていたことだ。
 起き上がって目を見開いたマイキーくんを見遣り、スクールバッグを持って立ち上がる。
 彼が告白してくれたあの日も夕日が綺麗だったなと思い出しながら、涙を堪えて別れの挨拶を。
 大好きだよ、マイキーくん。でもだからこそ、私たちは別れた方が良い。背負うものは少ない方が楽なのだから。





 彼に好きだと告げられたのは中学二年生の夏。
 小学校も同じだったマイキーくんに「ずっと好き」と夕焼けと同じくらい真っ赤にした顔で伝えられ、ドクリと胸が高鳴った。
 けれど私はそういう目でマイキーくんを見たことはなかった。所謂不良で、今では暴走族の総長である彼だが、小学校から一緒であれば皆、佐野万次郎は恐いだけの人ではないと知っている。恐怖心はなかったけれど、住む世界が違うだとか、カリスマ性のある彼は雲の上の存在だと思っていた。
 誠実にお断りをしたのだが、「なら今からそういう目で見て」と頬を撫でられ、私はたったの三ヶ月で陥落した。本気のマイキーくんには敵わなかったのである。まさに無敵のマイキーだ。
 そして季節は巡り、再度訪れた冬に別れを告げた。共に過ごす二回目のクリスマスが訪れることはない。
 私とマイキーくんが別れたことはドラケンくんとエマちゃんにはメールで伝えてある。しかも事後報告ではなく事前通知だ。
 鬼のように来ていた二人からの着信を全て無視し、別れた後に「さよならしたよ」ともう一度連絡して携帯の電源を落とした。
 二人はマイキーくんの保護者みたいなものだから、メンタルケアを頼むためにもちゃんと報告しなければならない。マイキーくんが私のことを大好きでいてくれているのは知っている。自惚れでなければ、今頃ショックを受けているだろう。
 酷いことをしている自覚はある。本当にこれで良いのかと私も沢山悩んだ。でもきっと、これが正しい。
 こうでもしなければ、私はマイキーくんを守れない。守らせてもらえない。
 悔しいな。私が彼より強ければ良かったのに。





 好きなもの、嫌いなもの、誕生日。家族のこと。自分のことを語るマイキーくんは肝心なことを教えてくれない。
 お兄さんが亡くなっていることは教えてくれた。でも、マイキーくんにお友達に殺されてしまったことは教えてくれなかった。
 幼馴染がいることは教えてくれた。でも、その彼がハロウィンに亡くなっただなんて教えてはくれなかった。
 いつもそうだ。マイキーくんは私を頼ってくれない。

「オレのせいで危険な目に合わせちゃうかもしれないけど、絶対に守るから」

 真剣な眼差しをしていた彼は格好良くてその日は浮かれていたけれど、時間が経つに連れて悲しくなってしまった。
 守るために隠し事をする。たまには必要なことかもしれないけれど、どうして大事なことまで隠してしまうの。私に支えさせてくれないの。
 ――私が弱いからだよね。
 背中はきっとドラケンくんたちに預けているのだろう。そこまでは望まない。
 けれど喧嘩から離れた場所でくらい、私に凭れ掛かってくれても良いのに。
 ぐるぐると考え続け、気が付いてしまったのだ。
 マイキーくんには守りたいものが沢山ある。それは妹のエマちゃんだったり、彼のおじいさまだったり、ドラケンくんたち東卍の仲間たちであったり。でも彼女たちはマイキーくんの心を守り、背中を預けられる存在だ。
 私は違う。彼の腕の中で守られるだけ。暖々と平和を享受するだけの怠け者。マイキーくんの一体何になれるのか。彼女という免罪符で彼の苦しみを知らぬ存ぜぬでは赦されないだろう。
 私はマイキーくんの中で、苦しみを分かち合える存在にはなれなかった。
 それでも私はマイキーくんが大好きだから。何かしらの方法で彼を守りたくて、これ以上彼の負担にならないためにただの同級生に戻ったのだ。
 今は悲しんでくれているかもしれないけれど、私たちはまだ中学生だ。人生ははまだまだ続く。
 乗り越え、もっと素敵な包容力のある女性にマイキーくんは出会えるはずだ。彼の心を軽くしてくれる、強い女性に。
 私は強くはなれない。なれたとしてもマイキーくんの中では一生、弱くて守ってやらなければ傷付いて死んでしまうような存在だと思われ続けていくのだろう。
 愛しているよ、マイキーくん。幸せになってね。負担の減った彼の肩の荷が降り、また屈託の無い笑顔を見せてくれることを願っている。





 諦めきれないと話しかけてきたマイキーくんに本音を話し、そのまま有耶無耶になった後、私は大人になった。
 聞いた話によると、有耶無耶になってしまったのは妹のエマちゃんが亡くなってしまったり、東卍を解散したりと様々な出来事があったかららしい。
 エマちゃんとはマイキーくんとお付き合いを始めてから、少しだけ話すような仲だった。葬儀にまで赴けるような仲ではなかったため、ひっそりと一度お墓参りだけさせてもらっている。お兄さんである真一郎さんのお墓はマイキーくんに教えてもらったことがあり、エマちゃんのお骨は同じ場所に納まっている。
 仕事の都合で東京を離れている私は有給を取り、久しぶりに実家へ帰って来ていた。
 犯罪組織である梵天の動きが活発化と物騒なニュースが流れており、もう歳なのだからと両親に気をつけるように伝えれば、まだ若いわよ!と母に叱られてしまった。
 あれから高校、大学と進学した私はその過程で彼氏が出来たこともあったけれど、誰とも長く続くことはなかった。マイキーくんが忘れられなかったのだ。
 二十代も半ば。そろそろこの気持ちにケリをつけなければと夕方、あの土手にやって来た。
 自分から振ったくせに未練タラタラな私は、お付き合いを始めたのもこのくらいの時期だったなと感傷に浸る。
 マイキーくん、元気にしているかな。
 昔のように座り込み、空を見上げる。最近では何かと東京は危険なため、暗くなる前に帰れるように気合を入れて立ち上がった。
 思い出とももう、さようならだ。

「待って」

 男性にしては少し高めの、透き通った声。
 振り返る直前、背後から腕を回されて抱きしめられる。
 嫌悪感はなかった。なのに恐怖は湧いてきて、喉がひゅっと変な音を立てる。

「やっと会えた。一緒に帰ろう」

 奇しくもそれは私が彼に告白された翌日、校門の前で掛けられた言葉と同じだった。
 チクリ。何かが肌に刺さる。注射器から何かが投与されたらしい。
 そのまま意識は遠のき、暗転。





 目が覚めると、真っ暗な部屋で寝かされていた。
 徐々に目が慣れていき辺りを見回すと、自分が転がされているベッド以外にはクローゼットとサイドテーブルしか置かれていない。時計もなく時間が確認出来ないが、これ見よがしに天井付近には監視カメラが設置されていた。
 クラクラする頭で起き上がるが、それ以外に身体に違和感はない。
 ゆっくりとベッドから降り、ドアを開けようとするがガチャガチャと音を立てるのみで開かない。外から鍵をかけられているらしい。
 窓の外を覗いてみると、この部屋が随分高い位置にあることが一目で分かる。街を歩く人々が小人のように見え、窓から逃げ出すことは到底不可能だ。
 身体が怠く、一度ベッドに腰を下ろした。服のポケットを漁ってみるが、やはり自分の荷物は何もない。
 どうしようかと悩んでいると、ガチャリとドアが開き、外の電気の眩しさに目を細めた。

「ごめん。戻るのが遅くなった。電気付けるね」

 嗚呼、そうだ。私はこの懐かしい声に攫われたのだ。

「マイキー、くん」
「分かるの?」

 明かりが灯り、彼の姿を映し出す。
 ピンクゴールドの髪はホワイトに染められ、肩にも届かない長さまで切られていた。眼には一切の光はなく、不眠症を患ってしまったのか酷い隈だ。

「なんで、そんな」

 苦しそうなままなの?
 そう尋ねる前に押し倒され、また強く抱きしめられた。肩に顔を埋め、静かに呼吸をしている。

「エマが死んで、ナマエを守れる自信がなくなった」

 だから一緒にいられなくなったと彼は語る。

「ナマエもそうだ。オレのために悩んでくれていたのに全然頼ってくれなかった。別れるまで何も言ってくれなかった」

 それってオレが頼りなかったからだよなと自嘲し、額同士をくっ付け合う。マイキーくんの手は私の頬を撫で、徐々に下がって首を掴んだ。
 息が上手く出来ない。

「でも、もう大丈夫だ。敵はいるけど、誰も俺らには敵わない。オレはナマエを守れる」
「……マイキーくん」
「万次郎って呼んで」

 十年以上ぶりにキスが落とされる。
 あの頃は吃驚する程熱く感じたそれは今ではひんやりしていて、時の流れを感じた。

「会いたかった。ずっと、一番好きだ」

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