「俺と付き合って、クダサイ……」
放課後の校舎裏。授業が終わり、部活動が始まるまでのほんの僅かな時間。
近くには校舎の影で隠れているつもりのクラスメイトたち。そして目の前には耳まで真っ赤にさせた同級生――潔世一くん。
潔くんはサッカー部のエース格とも言われていて、その人柄から人気が高く、彼に恋する女の子は少なくない。そんな彼から告白を受けるのは実のところ驚きではなかった。
授業で何かあれば周りから潔くんと組まされ、彼と特に仲の良い友人である多田ちゃんには試合の見学に誘われ、女友達には「潔くんのことどう思う?」と週に一回は聞かれる。潔くんが私に気があることなんて、気が付かない方が無理があったのだ。本人は極めて普通に接してきてくれていたので、周りが悪いだけなのだが。
ごめんね、潔くん。私は潔くんのことが好きだけれど、それは友達としてなのだ。だから本来、その告白は断らなければならない。けれど今この状況で、「なんで断ったの!?」と悪役にされることが分かりきっているのにそれでも断ることなんて、小心者の私には出来ないのだ。
「……うん、よろしくお願いします」
感極まった友人たちが抱きついてくる。潔くんも部活仲間に肩を抱かれ、嬉しそうに笑っていた。
潔くんに対しては罪悪感しかないが、これも私の平穏な学校生活のため。一度付き合えば周りも納得してくれるから、いつか穏便にお別れしようね。
保身に走った私、本当に最低だ。
◇
あんな感じで始まったお付き合いだが、潔くんの人柄もあって良い関係を築けている。
潔くん本人は周りに付き合い始めたことをわざと言い触らしたりもしなかったし、サッカーと本気で向き合う彼と帰宅部の私では一緒に帰ることもない。月に一度のデートと、週の半分程のお昼の時間を共有しているが、周りの揶揄いの声には何度か苛ついたものの、潔くん本人から嫌な思いをさせられたことは一度もなかった。
私の好き嫌いを把握して、好きな物は分け、嫌いな物は食べてくれるし、人混みが苦手なことに即座に気が付いてくれたのか、なるべく人の数が少ない場所へデートに誘ってくれる。
付き合って早半年。未だに手を繋ぐだけで頬を染める潔くんにキュンとしていないと言ったら嘘になる。けれど悲しきかな、私の好みはカワイイ系ではなくワイルド系。潔くんのオススメで観たサッカー動画から知った選手の中で挙げるのならば、アダム・ブレイク選手とかラヴィーニョ選手とか。顔が好みだ。
潔くんの仕草や表情から私のことが好きなのだと分かる度、何だか申し訳なくなってしまう。付き合い始めた理由が理由だからだ。
私はもう、潔くんのことが恋愛的な意味で好きなのだと思う。自分を特別扱いしてくれる男の子なんて、好きにならない方が難しい。その分、私も彼に同じだけの気持ちを返したいと思う。でもそれって、とても虫のいい話ではないだろうか。だって私は元々、周りの空気を読んでお付き合いを始めただけで、潔くんの心を弄んでいるようなものだ。
「どうしたの?元気ない?」
「……ううん。ちょっと考え事。元気ないのは潔くんの方でしょ」
「あー……」
今日行われた、高校サッカーの埼玉県大会決勝。一難高校は惜しくも敗北を喫した。
一人で帰りたいだろうと別々に会場を後にしたが、どうしても気になってしまって彼の家の近くの河川敷で待ち伏せしていたのだ。まさか、彼が泣くところを見ることになるなんて思わなかったけれど。
「潔くん、上手く言えないけど他の子たちとちょっと違うよね」
「それって変わってるってこと……?」
「え!?そんなつもりで言ったんじゃないけど……あ、でも、変わってるのかも」
負けたことを悔しがっているのはみんな同じなのだが、潔くんの悔しがり方は他のサッカー部員たちとは少し違っている気がする。
悔しい、もあるが後悔もあるような。心のどこかで今のチームでは負けてしまうことも納得しているかのような。
「一難のサッカー部の人たちとはもっと違うものを見ている感じがする」
「違うもの?」
「深堀はしないで!こう、なんていうの?フィーリングだから詳しくは言えない!」
「……ははっ、どうしよっかなー」
「潔くん!」
「冗談だって」
弱い力で抗議を示すために肩を叩く。
ずっと難しい顔をしていた潔くんがやっと笑ってくれた。嬉しい。
「私、潔くんの夢、応援してるからね!」
「ありがとう」
日本代表のエースストライカーになって、W杯を優勝する。
潔くん本人は阿呆みたいって言うけれど、全然そんなことはない。むしろ、大きな夢を持っているのはとても凄いことで、その夢に向かって一直線に努力する潔くんは彼自身が思っている数十倍は立派なのだ。
自己評価が意外と低く、それでも夢を諦めない潔くんがカッコイイ。
だから応援すると宣言した。したけれど、その後音信不通になるとは思わないだろう、普通。
◇
「え、彼女にすら連絡して来ないの?」
「ヤバ、そんなヤツだったの?」
「別れちゃいなよ」
それが私たちをくっ付けようと画策してきた人たちの言うことか?と何度言おうとして口を閉ざしたか。
「彼氏ヤバイね!?日本代表と試合するんでしょ!?」
「めっちゃカッコイイじゃん!」
やっぱり言ってやれば良かったな。今からでも言ってやろうか。
心の中ではイキれても、実際は小心者。笑って流すことしか出来ない。
月単位で連絡が取れなかった相手だ。潔くんに限って不誠実なことをするわけがないが、これを機に別れようと考えている可能性は拭いきれない。
いつか穏便にお別れを。なんて最初に考えていたのは私なので、未練がましく縋り付くことはしないつもりではあるが、想像しただけで既に気分が落ち込む。
そうなったら一ファンとして、画面越しに応援し続けよう。
『俺が日本をU-20W杯で優勝させます』
「はわ……」
はわ……。
潔くんが強気になっている。
アディショナルタイム一分。PK戦無しの引き分けありの試合。同点の今、ここで決めなければ勝てないといういざこの瞬間。ただ一人ゴール前に走っていた潔くんがシュートを決め、ブルーロックがU-20日本代表に勝利した。
サッカーに詳しくない人までを熱くさせたこの試合は日本サッカーの歴史に刻まれたことだろう。
最初から最後まで自分でゴールを決めに行く潔くんの姿を初めて目にした。
ああ、潔くんは世界一のストライカーになるために変わったのだ。もう、ゴール前で人にパスを出すようなことはそうそうないのだろう。
何があったのかは知らない。けれど今の潔くんはエゴイストになった。その事実だけでもうお腹がいっぱいだ。
「カッコいい……」
どうしてこんな人が一度でも私を好きになってくれたのか、疑問でしかない。
画面に映る潔くんの姿を思い出し、ポヤポヤと過ごして数日。遂に『会いたい』と潔くんから連絡が届いた。
◇
潔くんとの再会。初めて掛けられた言葉は「ごめんなさい!」だった。
何とブルーロックプロジェクトでは携帯を没収されており、友人はどころか家族にも連絡することが出来なかったのだとか。
「だから、嫌いになったとか別れたいとかそういうのじゃ絶対にないから!」
「あ、頭上げて!?大丈夫だから……!」
あの河川敷で深々と謝罪される。恐る恐る顔を上げた潔くんの眉はへにょっと下がっており、テレビでのインタビューの時と同一人物であるとは一切思えない。
こうして顔を合わせた瞬間に不安だった気持ちは全て吹き飛んだ。
「本当にごめん」
「いいから!それより、潔くん」
「うん」
「試合、おめでとう。すごくカッコよかった」
「……見てくれてたんだ」
恥ずかしくなってお互い顔を逸らす。
久しぶりに会った潔くんの優しさは変わっていないけれど、ガタイは良くなっていた。身長は変わっていないけれど、体の厚みが増したように見える。大人の男に近付いたみたいだ。
人がほとんど通らない階段に座り、膝を抱える。
「あの、さ」
「何?」
「俺、夢叶えるよ。そのためにブルーロックプロジェクトに参加し続ける。だからまた、連絡が取れなくなっちゃうかもしれない」
「うん」
「無理を言ってるのは分かってるんだけど、あー……と、……うん、えっと……やっぱりやめた!」
何を?とこちらが尋ねる前に潔くんは立ち上がり、何歩か下の段から再度頭を下げる。
「ごめん!」
「え、だから大丈夫だよ!頭上げて……!」
「そっちじゃなくて、俺、ちょっとズルしたんだ」
澄んだ青い瞳に射抜かれる。
「告白したとき、あの状況なら絶対に断られないって分かってたんだ」
「……え、」
「空気をすごく読む人だって知ってたから。人のことをよく見ていて、困っている人がいたらすぐに助けに入れる。そんなところに惹かれたんだ。なのに、それを利用した。……幻滅した、よね?」
「幻滅っていうか、え?ぁ、狙ってやった……?」
こくり、頷かれる。
私が後のことを考えて、人がいる場所では断ることが出来ないと知っていたのか。
「わざと人を集めたわけじゃないよ!ただ、多田ちゃんたちが告白するところを見守っててくれるって言ってたからさ。隠れるの下手だろうし、多田ちゃんたちがいるって気付いてくれたらワンチャンあると思って……」
逃げないで、とでも言うかのように腕を掴まれた。
混乱して回らない頭の中、潔くんは続けた。
「狡くて、ごめん。でも誰にも取られたくなくって」
「そ、んなこと言ったら、私もごめんなさい。本当はあの時、断らなきゃいけなかったのに」
「それは!振られてたらしばらく立ち直れなかっただろうし、謝らないでほしい……」
気まずい空気が流れ、川に石を投げ入れて遊ぶ子どもたちの声がハッキリと聞こえてきた。
突然、何の前触れも無く、しゃがんだ潔くんに両手を包まれる。驚いて視線を合わせてしまい、そのまま逸らせなくなる。
それだけ真剣な眼差しだった。
「ズルいことをしてまで付き合いたくて、今も別れたくない。俺は何よりサッカーを優先しちゃうけど、でも、ずっと傍にいてほしい。すごく虫がいいけど、他の誰かに取られたくなんてないんだ」
プロポーズにも似た告白にハッ、と息が漏れる。力が抜けて、きっと変な顔になってしまっていることだろう。
「サッカーが一番でいいの。二番目は……家族で、チームメイトとかもいるだろうし、私は三番目とか四番目とかでいい。もっと下でも。だけどね、女の子って括りの中では潔くんの一番がいい。私の男の子って括りの中での一番が潔くんであるみたいに」
潔くんに包まれていた手を離させ、そのまま彼の首の後ろに腕を回す。
ぎゅうって隙間を埋めて、熱くて仕方がない顔を見られないように隠した。ふわりと香る潔くんの家の柔軟剤の香りに何故か安心感を覚える。
「私も、とても虫がいいけど、潔くんが誰かに取られちゃうのはいや。別れたくないよ」
「……うん。じゃあ、ずっと一緒にいよう」
潔くんの腕が背中に回される。
ドクン、ドクンと高鳴る心臓の音だけでも十分なくらいに心が満たされた。
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