※夢主の個性が強い
これは自惚れでも何でもなくただの事実なのだが、私は可愛い。
幼い頃から「かわいい」やら「お人形さんみたい」と褒められて育った私は、これが親族からの言葉であれば自意識過剰で終わっていたのだろうが、友人やそのご両親、すれ違う人々からも褒めそやされて来たため、私は自分の可愛さに気が付いてしまった。
それこそ小学生の頃は私の天下で、顔面に見合う中身の女を目指した私にはよく人が集まった。
私が鬼ごっこではなくかくれんぼをしたければそちらになったし、クラス委員長を務めればクラス対抗戦では全て勝利。班活動だって評価はうなぎ登りだった。
優秀な成績を残してきたし、運動は努力に見合った結果が出ているとは言い難いけれど、それでも平均以下が平均程度には出来るようになった。困っている人がいたらすぐに助けるし、自分の中の理想の人物になる!と心に決めて努力し続けている。
スキンケアだって早いうちから始めた。正直化粧水やら乳液やらは面倒くさいけれど、私の可愛さを維持するためならば屁でもない。
そんな私が敗北を一目で認めてしまった男がいる。
その男の名は糸師冴。サッカー一筋の言葉足らずデリカシー無さ男である。
出会いは本当にたまたまで、人の多いスーパーの中でぶつかってしまっただけだ。
女が羨む長いまつ毛。程よく筋肉の着いたしなやかな肉体。儚い雰囲気のわりによく見れば足が太く、何かスポーツに打ち込んでいることがすぐに分かる。すらりと伸びた指先は細く、全体的に完成された美である。
「……すみません」
「きれい」
「は?」
「こら!ちゃんと謝りなさい!」
思わず口走り、謝罪をしなかった私は母に叱られた。
私も糸師くんも母親の買い物――という名の家の買い物――に一緒に訪れていたのだが、どうやら私たちの親は買い物をする時間帯が被るらしい。何度も同じような時間に顔を合わせれば、自然と親子揃って話すようになった。特に糸師くんと私が小学校は別でも同い年であることが大きな切っ掛けとなったのだろう。
出会ったあの日。恐ろしいことにあの男は未だ成長期を迎えていなかったのである。成長の余地あり。なんだあの男、意味分かんないくらいに美しい。
しかし糸師冴は自身の美しさにはちっとも興味がなく、サッカーしか見えていない男だった。
サッカー好きの中で彼は有名人で、糸師冴の名前をインターネットで検索すればいくつかの記事が出てくるし、私の知る彼は何時だってサッカーボールを持ち歩いていた。
「ちょっ……!?肌赤い!スキンケアは!?」
「スキンケア?」
「は?してないでそれなの?羨ましい……じゃなくて!痛くないの?」
「ヒリヒリする」
「化粧水塗りたくれ!!」
一応日焼け止めは塗っていたらしいが、それでも長時間外にいれば日焼けはする。特に糸師くんは肌が白いため、焼けるというよりは赤くなりやすいようだった。
興味無いとばかりにスルーされたため、メンズ用の化粧水を調べ、次にスーパーに行った際に糸師ママに直談判。息子の肌を気にしていたらしく、簡単にカゴの中に入れてくれた。
ちなみにその後は化粧水を塗るのと塗らないのとでは肌の調子が全然違うことを知り、サッカーに集中するためにもある程度のスキンケアはしてくれるようになったので、私の大勝利である。あの美しさは国宝級。保たねば。でも私よりその美貌で視線を集めなくて結構なんで。私の方が美人でいたい。既に負けている?そんな事実は知らん。
「く、くち、くちびる……!」
「あ?」
「ガサガサになってる!リップは!?」
「男は普通しねぇだろ」
「んなもん関係ねぇ!!」
ある時は買ったばかりのリップクリームを押し付け。
「指の潤いが足りてない!?」
「ちょっとザラザラしてるだけだろ」
「ハンドクリーム使え!!」
またある時はスーパーの外に連れ出し、お気に入りのクリームをマッサージしながら馴染ませてやり。
「糸師くん、そろそろ乳液にも手を出さない……?」
「メリットは?」
「化粧水と合わせて使うことで、潤いを持続させます!」
「考えておく」
「考えておくだけじゃダメに決まってんだろ、買ってきたから使って!」
糸師冴の美を絶対に維持してやるというよく分からない使命感が私を突き動かした。
ただのお節介なので求めてはいないが、お礼も何も言ってこない可愛げのない、けれど美しいこの男には弟がいる。糸師凛くん。かわいいかわいい後輩くんである。あの男、弟がいることを海外に渡るまで隠していやがった。というか、私が凛くんの存在を知ったのだって私が中学三年生になってからだ。
あの糸師冴の弟が入学してきた。
最高学年になったその日に噂が立っており、数日後の昼休みにクラスメイトと覗きに行ったのだ。
まさか向こうから話しかけてくるとは思ってもみなかったが。
何故かは分からないが、私に兄を盗られたと思っていた凛くんに初めは警戒されていたが、今では仲良しな先輩後輩で連絡先も交換している。糸師冴の連絡先?知らないけど?
校内で出会ったら頭を下げてくれるし、手を振れば振り返してくれる。私の知っている糸師冴の使っていた化粧品の話をしただけで懐いてくれたのはちょっと心配だが、キラキラ笑顔が眩しい。凛くんも数年後には兄に負けない美しさを手に入れるのだろう。どうなっているんだ、糸師家の遺伝子。
中学に上がってからは母と買い物に行く回数も減り、その後無事に高校へ進学した私は帰宅部ではあるものの委員会に所属し、今日は特別帰るのが遅くなってしまった。
珍しく雪まで降り始め、気分は最悪の状態で折りたたみ傘を差し、重い足取りで家へと向かう。
「……あ」
特徴的な赤い髪。ツンと澄ました顔でキャリーバッグを転がすジャージの男。何よりあのムカつく程長い下まつ毛はあいつしか有り得ない。
「糸師くん」
「あ?お前……」
「は?声帯まで神様が味方してんの?」
「また意味わかんねぇこと言ってんのか」
四年ぶりに再会した彼の声は聞き覚えのないものに変わっており、大人へと近付いていた。
なんだあの声?男性にしては少し高めの耳障りが良すぎるテノール。神に愛されすぎていないかこの男。
少し痩せたように見えるが、サッカーに関しては妥協をしない男なのできっと問題はない程度なのだろう。
この表情がちっとも変わらない感じが懐かしい。
「傘は?」
「ない」
「貸すから、コンビニ寄ろ?」
「お前が濡れるだろ」
「糸師くんが風邪引く方が大変じゃん」
日本サッカーの未来を担う若者と呼ばれていることを知っているのだ。友達でもあるので、見過ごすことは出来ない。
傘の中に糸師くんが入るように傾けると、ため息をついて受け取ってくれた。かと思えば肩を掴まれ、小さな折りたたみ傘の中に二人で入る体勢になる。
「キャリーバッグ、私が引くよ」
「ん」
当たり前だが、糸師くんの方が身長が高いため、必然的に傘は彼が持つことになる。二人の間で傘を持ちながらキャリーバッグを引くのは大変なため、私が引き受けることにしたのだ。
持ち手の長さを変え、スクールバッグをキャリーバッグの上に乗っけて引っ張る。中に入っている教科書が濡れないことを祈りながらまた歩き始めた。
お互い肩が濡れてしまっているがあまり気にしない。
しれっと歩幅を合わせてくれている辺り、本当は人のことをよく見て気を遣えるタイプなのだろう。
「スペインだっけ?どう?」
「……別に」
「絶対別にってことないじゃん」
分かりにくいようで、付き合いが長いと分かりやすい男なので、絶対に何かがあったとケラケラ笑う。
「世界一のミッドフィルダーになることにした」
「へぇ」
「興味無さそうだな」
「いや、サッカー詳しくないから。ミッドフィルダーってあれだよね、真ん中辺りにポジショニングしてるやつ」
「間違ってはない」
「やった!安っぽい言葉しかかけられないけど、頑張ってね」
「はなから期待してない」
「それはそれで腹立つ」
再会した時には既にコンビニの看板が見える位置にいたため、すぐに辿り着いた。
折りたたみ傘を返してもらい、鞄に入れっぱなしにしているビニール袋に入れ、暖かな店内に入り、ホッと息を吐く。
糸師くんの買い物が終わるまで待ち、すぐにまた外に出る。預かっていたキャリーバッグとスクールバッグを奪われ、代わりに缶に入ったココアを渡される。
「傘の礼だ。家まで送る」
「ありがとう。でも、送ってまでくれなくて大丈夫だよ」
「七時過ぎてるんだから送られておけ」
傘を差し直し、先を行く糸師くんの後を追う。小走りで追い付き、横に並んだ。今度は別々の傘に入っているため、お互いの距離が少しだけ遠くなる。
あそこのお店が潰れて、新しいお店が出来た。母が糸師くんの出た試合を追っている。中学を卒業して高校ではこんな生活を送っている。糸師くんはどう?なんて、四年というブランクを感じさせないほど穏やかに会話をしているとすぐに自宅の前に到着してしまった。
「色々とありがとうね!じゃあ、また」
「お前、」
「うん?」
一瞬。時が止まったかのような錯覚に陥った。
「綺麗になったな」
ふわっと、今まで動かなかった糸師くんの表情が動いた。
糸師くんと出会って数年経つが、笑う姿を見るのは両手で数えられる程度。それだけ彼の表情筋が仕事をすることは少ない。それが今この瞬間、私を褒めるために動いた。
顔が熱くなるのを感じる。
「綺麗」なんて言葉はそれなりに言われ慣れているはずだ。それなのに胸の内に湧き上がる感情は歓喜。
美しい人に褒められたという事実に心を震わせる。
「あ、たり前じゃん。だってちゃんと頑張ってるし」
「そうだな」
「そうだなって」
「口先だけじゃねぇんだろ」
「そうなんだけど!調子狂う……!突然何なの!」
真冬で寒いはずなのにこんなにも熱い。
伸ばされた指先が頬に触れ、衝動的に距離を取った。
「猫か?」
「人だけど!?」
「体温も高いな。顔も赤いし、熱があるんじゃねーか?」
「誰のせいだと……!」
街灯に照らされ、私の顔がちゃんと見えてしまっているらしい。こういう時は知らん振りしてくれた方が私は嬉しいのに。
海外にいたからなのか、昔よりパーソナルスペースが狭くなっている。簡単に触れてくるから、意識しているこちらが馬鹿みたいだ。
「ん」
「ん?」
「スマホ出せ」
Pコートのポケットから取り出すと奪われ、そのままロックを解除して操作される。
何でロックの番号を知っているんだというツッコミはスルー。確かに私の好きな数字や誕生日を並べただけの簡単なものだが、だからって一発で当てられるものなのだろうか。
「なんで凛の連絡先があるんだ?」
「え、聞いたりしてない?凛くんとは結構仲良しなんだけど」
「名前呼び……」
後輩の前で見栄を張り気味の私は手を抜くことなく勉強も続けている。そうして成績を維持していたからなのか、中学卒業後も主に英語に関して、凛くんから質問のメールが届いているのだ。頼りにされるのは素直に嬉しいので、なるべく早くに返信するように心掛けている。
それ以上は何も聞かず、糸師くんは黙ってまたスマホを弄る。すぐにやりたいことが終わったのか、ポケットにスマホを押し込まれた。
「帰って荷物整理したら土産渡す」
「え、そんな気が利くやつだったっけ?」
「いらないんだな、分かった」
「冗談!もらえるものはもらいたいです!」
「なら連絡する」
踵を返し、糸師くんは自分の家へ向かった。直接「またね」なんて言わないのが彼らしい。
勝手に弄られたスマホを操作すると、連絡アプリに糸師冴の名前が追加されていた。返事が返ってくることは期待していないが、「おかえり」のスタンプを送信した。
トーク画面から一つ前の画面に戻すと、ちょっとした違和感を覚える。
「凛くんとのトーク消されてる……」
何がしたいんだ、あの男は。
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