Dear. 加筆修正版!あの日の夜は明るかった

「好きなんだ、俺と付き合ってください」

 放課後。所属する吹奏楽部の練習が終わり、友人と帰ろうとしていたところを野球部の二年生だと言う先輩に呼び止められた。
 友人には先に帰ってもらい、付いて行った先で告白をされたのだ。こんなことは人生で初めてだった。
 すぐには返事が出来ず黙り込む私に先輩は「ゆっくり考えてほしい」と言い残して走り去り、未だ続く野球部の練習を再開した。
 日が暮れ、帰路に立つ。私の頬は赤くなっていることだろう。悩み、きっと眉間には皺を寄せている。
 家に着いた後も晩ご飯が喉を通らず、母を心配させてしまった。
 本来ならば悩むまでもなく、断ってしまうべきなのだ。それなのに今日に限って即答出来なかったのは、私の好きな人が原因なわけで。

「はああ……」

 家のベッドに寝転がり枕に顔を埋め、盛大に溜息を吐いた。
 私の好きな人、国都英一郎くん。人望が厚くて、努力家で、優しい。良いところが沢山ある人。小学校も中学校も同じで、高校も彼を追いかけて帝徳高校へ入学してしまった。
 私のこの恋は所謂一目惚れというやつで、国都くんのことを知れば知るほど好きになっていった。
 中学からずっと吹奏楽部なのも合理的に国都くんの所属する野球部の応援に行けて、しかも彼の邪魔にはならないから。たまたま調理実習で同じ班になったときは死ぬ程料理の練習をした。帝徳に通うために勉強にも手を抜かなかった。私の努力は全て国都くんに捧げるために行ってきたのだ。
 けれど、そんな国都くんの一番はあくまで野球。自分も男の子であれば野球仲間くらいになれたはずだが、私は女子。彼女の座を狙う?まさか。国都くんにとっての野球以上の存在になれるわけがない。そう思わされるほどに国都くんは野球に対してストイックだ。
 以前からよく「野球をしている国都くんが好きなの!だから、二番目でも良いから……」と告白されているようだが、誠実な彼がそれでオーケーを出すはずもなく。
 だから、国都くんの彼女には誰もなれない。
 私も中学時代には既に諦めている。それでも、応援するのは人の勝手だからと言い聞かせ、未練がましく追いかけてきた。
 その追いかけた先。つまりは高校に入学してすぐの頃。国都くんが今度は高校の先輩に告白されたらしい。その先輩は人を見る目があるとは思うが、ミーハー心であるのなら一昨日来やがれである。国都英一郎という存在を愛してから告白しろ。
 思春期なので、そういった人の恋愛話はすぐに噂されてしまうのだが、中学までの国都くんの返事は「今は野球のことしか考えられない」といったもの。なのに今回に限っては違ったのだ。正確にはもう一言追加されていた。

「それに、好きな人がいるので」

 ──誰だ!?
 騒がれたものである。何なら他の高校に進学した中学時代の友人たちからも連絡が来て、誰が相手なのか聞かれまくった。通知が鳴り止まなかったのはこれが人生初である。
 国都くんが好きになった人。そんなの、この世で一番心根の美しい子に決まっている。あの国都くんが好きになった子なのだから。
 でも、辛かった。野球に集中したいという理由になら納得が出来たけれど、好きな人がいるだなんて知りたくなかった。苦しい。もしその子と付き合ってしまったら?十年は立ち直れる自信が無い。
 それでも、この長きに渡る恋心が私を律した。国都くんが誰かを好きになったのは素敵なこと。国都くんがその子と付き合えたのなら、更に素晴らしい。国都くんの幸せは私の幸せ。──それはそれとしてやっぱり耐えられない!
 枕をベッドにぶん投げた。
 こうして、本当の意味で失恋してしまった私は生気を失われた。ただの国都くんファンとして天寿を全うするつもりではあるけれど、国都くんが誰かの彼氏になるのが辛い。十キロくらいなら余裕で痩せられそうだ。
 小学校時代、中学校時代、そして高校の仲の良い友達にそれぞれ慰めの会を開かれ、ついに私は少しだけ吹っ切れたのである。そんな時に先輩から告白されたものだから、困ってしまった。
 国都くんを忘れるために付き合う?そんなの、先輩の恋心を利用するみたいで申し訳ない。私ももし同じ理由で国都くんと付き合えたら……普通に嬉しいけど、国都くんはそんなことしない!解釈違いも甚だしい!
 翌日。沈んだ気分で登校し、いつも通りの学校生活を送った。ただ一つ違ったのは部活終わりの帰り際。

「ミョウジさん!少しだけ時間、良いかい……?」

 校門を出ようとしたところで、国都くんに呼び止められたことである。
 いつも一緒に帰っている友人のことを忘れ、上擦った声で「もちろん!」と即答した。
 ウインクをして私の背中を押してくれた彼氏持ちの友人は最高の親友だ。
 その親友と別れ、国都くんに連れて行かれたのは野球部のトレーニングルーム裏。そんな場所に二人きり。胸の高鳴りが止まらない。

「突然ごめんね」

 申し訳なさそうな顔をする国都くんに全く持って気にしていないから大丈夫だと伝えると、安心した表情を浮かべた。
 むしろ国都くんに呼ばれるとか、我々の業界ではご褒美です。同じクラスにいる、野球部所属の過激な国都くんファンには明日自慢してやろう。
 こんな私だが、小中高とこれでも国都くんとは長い付き合いなのだ。突然でなければ、普段通りに国都くんと会話くらい出来る。
 視線を逸らし、聞き辛そうに尋ねられた。

「野球部の先輩に告白されたって聞いたんだけど……」
「え、ああ、うん。知ってるんだ?」
「部内でちょっと騒がれていてね。それで、その」

 ちらりとこちらに視線を送られる。

「付き合うのかい?」

 国都くんが相手なのだ。正直に答える他ない。
 悩んでいることを伝えると、俯かれてしまった。国都くんにしては珍しく、何かを言い淀んでいる様子だ。
 そんな反応をされてしまったら、心配になってしまう。いつもはもっと言いたいことをハッキリと言う人なのだ。
 失恋してしまったけれど、そう簡単に十年近くの恋心を忘れられやしない。仮に恋をしていなくても、様子のおかしい国都くんを放っておける人はこの学校には存在しないだろう。
 この間の都立との練習試合で何かあったのだろうか。確かに練習試合前は楽しみで仕方が無いといった雰囲気だったのに、終わってみれば元気がなくなってしまっていた気がする。今年は同じクラスになれなかったので、廊下ですれ違ったときや練習を見て感じたものだけれど。

「ミョウジさん」

 私が考え込んでいる間に国都くんは顔を上げた。その表情は強ばっていて、頬も、耳も、ほんのりと色付いている。

「悩むくらいなら、僕と付き合ってほしい」
「……へ」
「どうしても僕は野球を優先してしまうから、告白なんてしない方が良いと思っていたけど」

 時が止まったかのような錯覚。理解が追いつかない。
 国都くんが、え?なに?どういうこと?

「誰かに取られてしまうのは嫌だったんだ」

 目と目が合う。国都くんのゴツゴツとした手で頬に触れられた。目を逸らすなと言われているみたいだ。
 間近で、真摯にもう一度。

「僕の彼女になってくれ」

 国都くんのお願いを断れるはずもなければ、断る理由もない。
 回らない頭でただ、彼の言葉に応える。
 すると国都くんの頬がみるみる緩み、そのまま優しく抱きしめられてしまった。あ、汗をかいているはずなのに良い匂いがする!?
 もう暗いからと監督に一言入れ、国都くんは私を家まで送ってくれた。ちらりと見えた監督が嬉し泣きをしていたのはきっと気のせいだろう。でも、何か近いものを感じるんだよね、あの監督。
 気が付けば自然と手を繋がれ、家まで送り届けられた。学校から徒歩十五分程の場所に住んでいるのだが、家に着くまでの間に何を話していたのか全く覚えていない。
 名残惜しそうになかなか手を離してくれなかったので、こちらから手を離した。
 私だって名残惜しいけれど……!
 立ち止まったままの国都くんの体をくるりと学校方面へ向かせ、手を伸ばして背中を叩く。

「送ってくれてありがとう!練習頑張って!終わったら早く休まないと駄目だよ!」

 国都くんにもしもの事があってはいけない。休めるときに休んでもらわなければ。

「またね、ナマエちゃん」

 心底幸せそうな小さな返事。私のことを名前で呼び、最後に指先にキスを落としてから国都くんは走って帰って行った。
 すってーん!と倒れて数秒気絶したのは仕方のないことだろう。

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