▼ 貴様の言葉は信用ならぬ


 隣のクラスに所属している物間寧人くんはとても難儀な性格をしている。A組がUSJ(ウソの災害や事故ルーム)で入学早々、ヴィランに襲われたことで世間に注目されたことが気に入らなかったようで、こちらを目の敵にしているのだ。とは言っても元からひねくれ者だということを知っているので、幼馴染の私としては少し嫌味のレパートリーが増えた程度にしか思っていないのだけれど。

 物心ついた時から寧人くんは身近な存在だった。親同士の仲が良く、家も近い。お互いの家でお泊まり会だとか、ご飯をご馳走になることなんてザラにあった。まるで少女漫画にでも出てくるような関係性。けれど寧人くんは小さい頃から素直ではなかったので、私は彼に突き放されてばかりだ。幼稚園児の頃は「いいかげんにひとりであそべるようになったら?ぼくがいないとなにもできないの?」、小学校低学年の頃は「こんなもんだいもできないの?ばか…じゃなくて、あたまのできがわるいんだね」。高学年に上がってからは「幼馴染だからって付き纏わないでくれる?」ということを遠まわしに何度も言われた。けれど私は知っている。寧人は何か不安に駆られたときや相手を心配しているとき。そういうときに限って、私に罵声を浴びせるのだ。これは親に対しても同じらしく、とても分かりやすい性格をしていると寧人ママはほんの少し恐い顔をして笑っていた。

 では一つずつ解説して行こう。「いいかげんにひとりであそべるようになったら?ぼくがいないとなにもできないの?」は「僕以外の友達も作った方がナマエのためになるから、自分で頑張ってきなよ」であり、「こんなもんだいもできないの?ばか…じゃなくて、あたまのできがわるいんだね」は「今この問題ができないとこれから先大変だよ」なのだ。今では私の方が頭が良いし、補習を受けることになってしまうような寧人くんから言われたことだから、他人に話しても信じてもらえないけれど。
 馬鹿と言ったあとに言い直したのは、素直に物を伝えようとして失敗しただけ。実は可愛いヤツなのだ。高学年に上がってからの言葉は周りの子たちが色恋沙汰に煩くなったから。一緒にいたらからかわれるから距離を置こう、という意味である。まあ、そんなのは嫌だから、ガンガン絡みに行ったけれど。寧人くんも満更でもなかったはずだ。

「あれ、そこにいるのはかの有名な一年A組の生徒じゃないか!」
「…寧人くん」
「優秀なA組が僕たちB組に何の用なの?」

 名前くらいちゃんと呼んでよ、もう。
 今日は先生の都合で午前と午後の授業が入れ替えになり、お昼休みが終わるとA組は英語の授業を行う。お昼を百ちゃんと美味しく食堂で頂いてから教室に戻る途中、廊下でプレゼント・マイクと出会った。どうやらB組に教材を忘れてしまったらしく、取りに行ってほしいとのこと。しかし百ちゃんは別の先生に頼まれ事をされていたらしく、こうして私だけでB組に訪れたわけだ。
 寧人くんはとても輝かしい顔で嫌味を言ってくるが、表情からして私と会えたのが嬉しいのだと思う。クラスが違うだけで以前よりも会う回数が減ったことを寧人くんは気にしていて、代わりにメールが送られてくる回数が増えた。寧人くんはメールでは素直なので、直球で自分の思いを伝えてくる。酷いことを言ったという自覚があるとメールで必ず謝ってくるし、何より使ってるスタンプがかわいい。なにあのウサギのスタンプ。ギャップか。

 ネチネチネチネチと何かを言っている寧人くんを無視して、B組のクラス委員長である一佳ちゃんに話しかける。一佳ちゃんはとてもカッコいい女の子で、まさに姉御!と呼びたくなるような子だ。一つに結んだ髪を揺らし、ドアまでやって来てくれた。

「どうした?」
「プレゼント・マイク先生が教材を忘れていってない? 取ってくるように言われてて…」
「ああ! うん、あるある! けど結構重いぞ?取ってくる」
「まじか。 ありがとう!」

 一佳ちゃんが個性で手を大きくして持ってきてくれた教材は籠に入っていて、それを両手で受け取る。ズンっと腕に負担がかかり、体がふらりと揺れた。それを寧人くんが優しく受け止めてくれる。ありがとう、とお礼を伝えると私の腕から教材を奪い取った。

「こんなに軽いのにふらつくなんて、力がないんだね。 怪力なのもゴリラみたいで女の子だとは思えないけど、弱すぎても…ねえ?」
「物間!」
「一佳ちゃん落ち着いて落ち着いて。 寧人くんは心配してくれてるだけだから」
「…そうなのか?」
「そうそう」
「自分の都合の良いようにしか解釈できないなんて、素晴らしい頭をしているんだね」

 だから一言多いんだって。折角私がフォローしたにも関わらず、また余計なことを言った寧人くんに一佳ちゃんが手刀を入れた。ちゃっかり教材はもう片方の手でキャッチしている。膝を付いた寧人くんは小さく唸っていた。うん、一佳ちゃんには頭が上がらない人が多いのはこれが原因か。
 何とか立ち上がった寧人くんは一佳ちゃんから教材を受け取り、無言で歩き出した。これ以上一佳ちゃんの前で余計なことを喋るのは止めたようだ。一声かけてから寧人くんの後を追い掛けて廊下へ出る。私に気を使ってか、ゆっくりと歩いている寧人くんはやっぱり優しい。

「寧人くん、首大丈夫?」
「別に」
「荷物重くない?」
「平気だよ」

 二人になると急に口数が少なくなるのもいつもの事だ。相手を傷付けないために無口になる。そうだと分かっていても、やっぱりたくさん喋って欲しいと思ってしまう私はおかしいのだろうか。
 歩幅が違うこともちゃんと理解して歩いてくれる寧人くん。私的には爆豪くんよりは紳士的だと…ちょっと失礼だから、これ以上はやめておこう。考えていたことがバレて、喧嘩を売られるのは勘弁してほしい。
 隣のクラスということもあり、すぐに辿り着いた。寧人くんを教室に招き入れて、教壇に荷物を置いてもらう。クラスには体育祭で爆豪チームだった人達と上鳴、透ちゃんに耳郎ちゃんがいた。みんなの姿を確認した寧人くんがいつもの嫌らしい笑みを浮かべる。

「やあ、ゆう」
「はいはい、寧人くん黙ろうねー?」

 両手を寧人くんの口元へ押し付ける。折角荷物を運んでくれたことで、A組の人たちからの好感度が上がりそうだったのに、下げようとしてどうする。それにしても唇ぷるぷるだな。ふにふにと数回押してみる。私よりも綺麗なんじゃ…ちょっと傷付いた。
 手を離して背中をぐいぐいと押すも、寧人くんは動かない。まるで固まってしまっているかのようだ。黙らされたことで私に対して文句を言ってくるとばかり思っていたのに。

「寧人くん?」
「……」
「どうしたの?」
「…男の」
「うん?」
「男の唇に気安く触れるな! このバカ!」

 ゴツンッ、とお互いの額をぶつけて寧人くんは教室から出て行った。ちらりと見えた彼の耳は真っ赤に染っていて。
 ぶつかられた額がじんじんと痛む。

「え、え…なんなの……?」

 いつもは遠回しに何かを言ってくるのに、さっきのは直球だった。それは、それだけ余裕がなかったってことで。でも唇に触れるなってなに。幼馴染でしょ、私たち。
 私はそこまで鈍くない。ここで寧人くんの言った言葉の意味が分からないなんて思うやつではない。
 まじか、まじかよ。
 顔が真っ赤に染まっていくのが嫌でも分かった。これはもう、これからどうやって顔をあわせればいいの。
BACK / TOP