▼ 奪われるために手放したんじゃない


 だって、そんなの可笑しいじゃない。なんであの子が幸せになれないのよ。なんで、どうして、そうなってしまうの。
 私はただ、あなたのことを守りたかっただけなのに。

 聖杯戦争で復讐者である私が呼ばれるなんて、イレギュラー中のイレギュラーだった。私を呼び出した女――所謂マスターってやつは目が飛び出るんじゃないかって思うくらいに驚いていて、馬鹿みたいな顔を晒していた。でもその顔が何だかおもしろくって、少しだけ笑ってしまったことを覚えている。
 あの子は馬鹿っていうか阿呆っていうか、根性があるっていうか。どんなに突き放しても離れては行かなかった。
 マスターはサーヴァントの力が無ければ戦えないから。そう言ってしまえばそれまでだけど、何かが違う気がする。

「大丈夫だよ、アヴェンジャー」

 私の顔を覗き込んで、耳通りの良い、けれど少し震えた声で安心させてくれるあの子。きゅっと両手で掴まれた私の手。それを振り払い、カツカツと音を立ててあの子から離れる。ぬくもりはずっと残っていた。

 イレギュラーなマスターにイレギュラーなサーヴァント。そんなのものは集中して狙われるには十分な理由で。ルーラーの私が生き残っていたサーヴァントを引き連れて私たちに襲い掛かる。

「大丈夫だよ、アヴェンジャー」

 ――だってアヴェンジャーは強いもの。
 ええ、ええ、そうね。私は強い。誰にも負けない。震えた声で、それでも微笑むあの子に強く頷いた。
 私は負けない。

 次々に己の武器を振るってくる敵を去なす。そんな私を少し離れたところから隠れて見守るマスター。隠れていたってただの人間だから、サーヴァントには位置を確認されているのだろうけれど。念のためだ。
 私がイレギュラーな存在なばかりに、近くにいないとパスが通らない。マスターが近くにいないと全力で戦えないのだ。それが、いけなかった。

 セイバーとランサーを同時に相手をしていると、遠くから弓矢が飛んできた。これは私には当たらない。だとすれば狙いはマスターだ。助けに行こうにも邪魔が入って出来ない。
 大声で彼女の名を叫ぶと、ハッとして間一髪で避ける。ホッとしたのも束の間。それは敵の予想の範疇だったのだ。

 よろけたマスターの足場にはキャスターの術が仕掛けられていた。途端、マスターの体に大きな衝撃が走る。激しい痛みが彼女を覆った。
 悲鳴を上げて倒れたマスターは今にも死んでしまいそうだ。駆け寄りたいのに駆け寄れない。邪魔だ、邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔。渾身の一撃でランサーの心臓を一突し、隙が出来たところで彼女に寄った。名前はもう、目を開かなかった。

「名前……? 名前っ、名前!」
「だい、じょぶだよ、アヴェン……ジャー」

 それはこの戦いが始まる前に彼女が言った言葉と同じだった。

「令、呪を持って、命じる……あなた、が、後悔しない、たたか、いを」

 ――一画。
 胸が暖かさに包まれた。

「重ねて令呪を、もっ、てめ……じる……ほう、ぐを、開帳……」

 ――二画。
 私は旗を掲げる。

「さらに、かさねて……めいじ、る……わらって、ジャ、ンヌ」

 ――三画。
 私は、嗤う。笑う。こんなクソみたいな終わり、絶対に信じない。あなたが幸せになれない未来なんて、いらない。

 あの子は優しいの。強がりなの。本当は弱虫なのよ。世界が恐くて恐くて、堪らないの。でも、生きようとしていた。私が顕れてからも、決して八つ当たりもせず、泣き言も言わず。アンタたちの主より、よっぽど心の綺麗な人だったのよ。この私にこんなことを言わすのだから、相当よ。
 私が認めたこの子を殺した、アンタたちを許したりはしない。

「――吼え立てよ、我が憤怒」

 頬に零れた熱は知らないふりをした。




 私のサーヴァントはイレギュラーで、その存在自体が可笑しなものだった。
 彼女は復讐者というクラスで、また裁定者として同じ人間が顕現されているらしい。とは言え、細部は違うそうだ。
 真名をジャンヌ・ダルク。オルレアンの乙女。アヴェンジャーとして召喚された彼女は人々を怨んでいるらしい。けれどそれも仕方の無いことだと思う。彼女の軌跡を辿れば、納得してしまう自分がいた。

 彼女はそこら辺にいるチンピラのように(とは言っても気品も持ち合わせているけど)、恐ろしそうに見えて、意外と可愛らしい人だった。
 現代の洋服に興味を持っているのが見て分かるのにそれを隠そうとしたり、私が困っているとチラチラと視線を寄越していた。それで声を掛けると、嫌そうな態度を取りながらも、ちゃんと返事をしてくれるのだ。とても優しい人。
 手を伸ばせば何だかんだで握ってくれるし、決して私を見捨てたりはしない。私みたいな魔術がちょっと使えるだけの人間なんて、脅せばすぐに令呪を使って貴女を自由に出来たのに。……自由に出来たのにしなかった私もいけなかった。
 きっとこれは、貴方の優しさに甘えた罰。

 深い森の中。街の人々に被害が出ないようにとお互いが思い、決戦はこの場で行われた。
 ルーラーは確かにアヴェンジャーによく似ていたけれど、私からすれば別人だ。私のジャンヌ・ダルクは貴女一人。

 アヴェンジャーは強かったけれど、敵が多すぎた。私にもっと才があれば結果は変わっていたのかもしれない。けれど現実は違う。
 アーチャーの弓矢を避けた先、そこにはキャスターの術式が仕掛けられていた。気づいた時には遅く、術が発動し、私の体には電撃が走った。痛くて痛くて痛くて仕方が無かったけれど、途中から感覚が麻痺したのか、何も感じない。体の感覚がなくなって、世界が暗転した。

「名前……? 名前っ、名前!」

 アヴェンジャーの声が聞こえた。ああ、返事をしなくては。
 喉が焼けたかのように痛みながらも、口癖を口にした。大丈夫だ、と。
 けれどきっと、私の命は長くはない。助かりはしない。やけに頭が冷静になって、死ぬ前に何が出来るのかを巡らせる。アヴェンジャーのためにするべきこと。手の甲に残った令呪。使わなきゃ、いけない。

 貴女が後悔しない戦いを。
 そのために宝具を開帳して。
 最後は私の我が儘。どうか笑って、ジャンヌ。私が貴女に服をプレゼントしたとき、意地を張りながらも、頬を薄らと染めて笑っていた。その顔が好きだから。

「――吼え立てよ、我が憤怒」

 けれど最期に瞼の裏に浮かんだのは、ジャンヌの泣いている姿だった。






温もりを知ったけれど、それを失ったマスターとサーヴァントのお話
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