参
彼の言ういつも通りの私とは素の自分のことなのだろうか。
考えてみるが分からない。しかし思い出してみると、杏寿郎の前での自分は随分と気が緩んでいたような気がする。
いつからだろうか。何度も何度も会い、毎回同じ挨拶と質問を繰り返される。それがだんだん面倒くさくなってきてしまった辺りからだろうか。それとも、何度も会って話すうちに絆されてしまった?
視線を彷徨わせる。
「そう!それです!」
それって何ですか。
ぎゅっと私の両手を掴み、小さい子に語りかけるようにゆったりと話す。
「無理に話題を作ろうとしたり、感情を押し殺してまで微笑まなくて結構!私は貴女にお話ししたいことが沢山ありますから、会話が尽きることは一生ありません!それに私が貴女を笑わせますので!無理はしないで頂きたい!」
直球だった。その澄んだ瞳を見てしまえば、これっぽちも嘘を吐いていないと分かってしまう。
でも、でもだ。私はその無理をしなくてはならない立場なのだ。
「それは、だめ。それはいけないの」
「何故です?」
「私は……男子では無いから、当主にはなれない。けれど、それでも産屋敷家の人間で、多くの隊士たちの上に立たなければならない。そんな人間が、本当はこんな中身が弱々しいやつだって知られたら……」
ハッとして口を抑える。言ってしまった。ずっと隠していようと思っていたのに。
ぽたり。何かが溢れ落ちた。それを拭い、何も無かった振りをする。
この馬鹿。自分から産屋敷の人間だって言ってどうするの。今まで隠してきた意味がないじゃない!ていうかそこじゃない!何で心の内を杏寿郎に話してしまっているの。
泣いて強くなれるなら、産屋敷の人間として相応しくなれるのなら、私はとっくの昔に強くなっているはずなんだ。泣いて、泣いて、強くなっていたはずだ。今の私を見れば分かるだろう。ちっとも強くなんてなれていない。
だからね、泣いたって何も変わらないの。
詰まっていた息を吐く。激昴してしまったことを謝り、また微笑もうとした。けれど、それは叶わない。理由は簡単だ。
杏寿郎が見たこともないくらい、嬉しそうな表情を浮かべていたから。
ああ、なんだよ、もう。意味が分からない。人の苦しむ顔を見て愉悦を感じているの?なんて、杏寿郎がそんな人間では無いことを知っていながら思う。
「キノエ殿がご自身の話をされたことは一度もなかったので、嬉しいです!やっと貴女のことを貴女の口から聞くことが出来ました!」
「そんな、ことは……」
「いえ、御家族のことは話されても、ご自身については自ら語られたことはありません!」
そうだったかもしれない。私と言う人間は酷くチグハグだから。
多くの人は徐々に自我が生まれて来て、そこから知識を蓄える。けれど私は違っていて、元々あった認識を何度も訂正していた。
誰の命よりも耀哉の命を優先すること。最悪、他の人間は切り捨てなさい。
鬼を狩りなさい。鬼を絶滅させない限り、鬼狩り以外の道に私たちは進めない。
鬼が存在する限りはやりたいこともやれないんだ。間違った常識は上塗りして、無理矢理正しいと習ったものに直した。何度も、何度も。でも結局、私の中に前世の記憶は残っていて、ずっとその記憶に蓋をしていただけだった。
どんなに上っ面を重ねても、有名な油絵のように美しくはなれない。本当の私は何も持ち合わせていない、空っぽな人間だ。
私は私に存在意義を見出せない。
産屋敷には輝哉がいれば事足りる。跡継ぎだって既にいて、もしものことがあっても何も問題は無い。
輝哉やあまねたちが私を愛してくれていて、必要としてくれているのは分かっている。けれど、だからと言って、私が本当にこの世に必要な存在だとは思えない。
産屋敷には輝哉と輝利哉がいれば良いし、二人を支える家族もいる。輝哉を支えるのは私じゃなくてもいい。
そう考えたら、後私に残っているのは産屋敷の血縁であるということだけ。産屋敷の人間だから、私を愛してくれているだけなのではないだろうか。
じゃあ、産屋敷の人間じゃなかったら?ずっと閉じ込めていた本当の私は、前世の私はどうなってしまうの?
だから、少しでも必要とされたかった。誰かに貴女でなければならないのだと言われたかった。その理由は何だって構わない。
そう言われたいがために隊士になったんだ。
ごめんね、輝哉。きっと輝哉のことも沢山傷付けたよね。だって輝哉は私の考えていることが分かっているもの。でも、理解は出来ないから、何て馬鹿なことを考えているんだと怒鳴りつけたかったはずだよね。それなのに輝哉は全てを受け入れて、私のしたいようにさせてくれている。ありがとう、輝哉。ごめんなさい。
杏寿郎の手が私の目元に伸びる。驚く程に優しい手つきだった。
「キノエ殿、二人でいるときだけは鬼殺隊の人間だということを忘れましょう!」
突然何を言っているのだろう。
私たちには鬼殺隊士としての誇りがあるだろう。それを一時であろうと、忘れろと言うのか。
釣り上がる私の目付きとは逆に、彼の猫のような瞳が和らぐ。
「私は元々、貴女が産屋敷家の人間だとは知りませんでした。それでも貴女の心に寄り添いたいと、そう思っていたのです。そして、それは今でも変わらない」
怒りが私を支配したはずなのに。
どうしてだろう。貴方から目を逸らすことが出来ない。
「家など関係ありません!少なくとも私は気にしない!けれどキノエ殿がどうしても気にしてしまうのであれば、これはもう、鬼殺隊のことを忘れてしまう他ないでしょう!」
産屋敷である貴女を忘れて過ごすにはこれが一番手っ取り早い!日が昇っている時間くらい、休んでも良いのです!
杏寿郎の言葉に、ついに私は声を上げて泣き出してしまった。
どうしてそんなに私の欲しい言葉をくれるの。やだやだ、やめてよ。張り詰めていた糸が切れてしまう。切れてしまったら私は耀哉のようになれなくなってしまう。私は耀哉の姉で、産屋敷家の人間なのに。
流石に大声を上げて泣かれてしまうことは、杏寿郎からしても予想外だったらしい。
見ていて笑えてしまう程に慌てて、意を決したのかぎゅっと抱きしめてくれる。
「私を見てくれるの?」
「気が付けば目が勝手に追っています!」
「産屋敷は関係ない?」
「知りませんでしたから!驚きはしましたが、だからと言って何かが変わるわけでもありません!」
「私、弱虫なのに?」
「泣きたいときはいつでも胸を貸します!」
力強く抱きしめ返す。
少しだけ齟齬がある気がしなくもないけど、もういいや。そんなの。だって、杏寿郎の目が伝えてくれる。変わらず私を大切に思ってくれているんだって。
顔を杏寿郎の胸に押し付ける。早速だけれど、貸してもらうことにした。
「私は!素のキノエ殿も魅力的だと思いますので!だから、その!」
「ふふ、うん。もう大丈夫」
暖かい。何より心が温まる。
杏寿郎の言葉は全て本心だ。でないと、こうも心に響かないだろう。
「杏寿郎、ありがとう」
そうだよね。初めから私と杏寿郎はただの鬼殺隊士同士だった。産屋敷の人間と一般隊士ではない。それなのに笑いかけてくれて、上司として私を慕ってくれていたんだよね。
今の私はきっととても不細工だけど、この世に生まれてきてから一番良い笑顔をしているのだと思う。ボロボロに泣いているから、とても不恰好なのだろうけど。
「私とお友達になってくれますか?」
実はずっとお友達が欲しかったんだ。
より一層強く抱きしめてくれたのが、彼からの返事なのだろう。
あーあ、折角用意して頂いたご飯が冷めちゃったな。冷めていても杏寿郎はうまい!ってぺろりと平らげてしまうんだろうけど!
この温もりを忘れないように、今は目一杯に感じた。
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