重い瞼をゆっくりと開く。すると、徐々に見覚えのある天井が目に映った。
 顔を横に向けると襖が大きく開かれており、日の光を浴びた美しい花々が咲き誇る庭が見える。
 此処は産屋敷邸か。なんでここにいるんだっけ?
 記憶を遡る。
 無一郎を最終選別へ送り出して、杏寿郎と沢山話をした。次の任務へ向かう途中にヤシロが――。
 全てを思い出す。ハッとして勢いよく起き上がると、頭にピリリとした痛みが走った。
 この体の不調は数日間眠っていたためだろう。一体どのくらい目が覚めなかったんだ?
 手足は動く。息苦しさを感じない辺り、内臓も既に完治していそうだ。となると、誰かいないか探しに行くのが一番かな。
 立ち上がろうと上半身を起き上がらせていると、部屋の外からドタバタと足音が聞こえてくる。
 その音はどんどん近付いてきて、この部屋の前まで来ると、襖がパンッと勢いよく開いた。

「……師範」

 真っ黒な長い髪をたなびかせ、預けたはずの短刀をぐっと握りしめたまま、フラフラとこちらへやって来る。
 咄嗟に私は腕を広げた。

「おいで、むいちろう」

 嗄れ、呂律すら回っていない声だった。それでも無一郎は私の腕へと飛び込んでくる。
 無一郎はぽろぽろと涙を零していた。
 泣かせてしまってごめんね、無一郎。お出迎えも出来なかったね。きっと悪い意味で驚かせてしまったよね。おかえりなさい。よく、無事に帰ってきてくれたね。私のために泣いてくれてありがとう。
 色々な思いを込めながら、抱き締め返して頭を撫でてあげる。
 無一郎を追いかけて来たであろう様子の輝利哉が私の姿を見て目を見開くと、彼にしては珍しく走ってどこかへ行ってしまった。きっとみんなを呼びに行ってくれたのだろう。

「しはん、師範……」
「うん」

 どれだけ日が経ったのかは分からないが、その間無一郎は私のことを覚えていてくれた。これ程嬉しいことは無い。
 また別の足音が近付く。

「お義姉様」

 ほっとした表情で頬を緩ませたあまねが部屋を覗く。心配をかけたね、と手招きをした。
 あまねは薬湯を持って来てくれていて、それで喉を潤わせた。苦いけれど、それ以上に体は水分を欲していて、楽に飲み干すが出来た。
 試しに少しだけ声を出してみたが、まだ大きな声は出せない。嗄れは大分治ったようだ。

「ありがとう、あまね。しんぱいをかけてごめんね」
「いいえ、ご無事で何よりです。耀哉様は現在、柱合会議の最中にございます。……霞柱様」

 ぷいっとあまねから顔を逸らす無一郎。
 霞柱、とは一体。

「はしらになったの?」
「はい。それも刀を取って二ヶ月の頃に」
「……すごい、ね。むいちろう」

 あまねの言葉を聞いて、あまりの出世の早さに驚く。確かに才はあったけれど、こんなにも早く柱になるだなんて。
 ただ、新たに柱を襲名した人が現れたということは、私の知っている柱の内の誰かが戦える状況ではなくなってしまったということだろう。手放しに喜ぶことは出来ない。
 無一郎の両頬に手を添えて、こちらに顔を無理矢理向かす。
 どうして察することが出来たのかは分からないが、私が目覚めたことに気付き、会議を抜け出して来てしまったのだろう。気持ちは嬉しいが、人様に迷惑を掛けるのは間違っている。
 目で訴えてみると、不満そうにこくりと頷かれた。良い子だ。
 最後にもう一度ぎゅっと抱きしめてあげると、何も言わずに部屋を出て行った。私の手に短刀をしっかりと握らせて。
 ああ、短刀の下緒が解けてしまっている。それで何か予感がしたのだろうか。人から預けられたり貰ったものに異変があると、不思議な予感がしてしまうものだ。
 誰もこの場にいないことを確認してから、あまねの頭も撫でてあげた。
 ふわり、ふわり。眠気が襲ってくる。欠伸をすると、あまねは私が寝転がるのを手伝ってくれた。
 うん、また後でお話ししようね。だから今はおやすみなさい。





 すやすやと眠る呼吸音が聞こえる。幼い頃はよくこの音を聞いて、眠りについていた。
 前世を思い出し、苦しみ、悲しみ、心臓が嫌に大きな音を立てていたときだって、この音と温もりがあればぐっすりと眠ることが出来たのだ。
 パチリと目を開ける。
 部屋は暗く、縁側の襖は閉じられていた。もう夜になってしまったようだ。
 背中に感じるこの温もりは耀哉のものだろう。耀哉と二人きりだと思うと、途端に肩の力が抜けてしまう。
 もぞもぞと寝返ると、耀哉の布団が隣に敷かれ、そこで眠っているようだった。肩が出ているので、布団をかけ直してあげる。
 徐々に酷くなっていく呪いが痛ましい。あんなに綺麗な肌をしていたのに。呪いのせいだから仕方ないと、それで済ませたりなんかしたくない。それに随分と疲れた顔をしている。私が心配をかけてしまったこともあって、寝不足気味なのだろうか。
 耀哉を起こさないように布団から出て、丸窓を開けた。壁に背を預け、ゆっくりと座る。
 今宵は満月であった。
 あれから二月程経っているということは、カナエの葬儀は終わっているのだろう。
 助けられなかった命。それは助けられたかもしれない命だった。なんて、どんな時でもそうなのだけど。
 もっと自分が強ければ。もっと早くに助けに向かえていれば。
 もしものことを考えるなんて、私らしくないな。そんなに精神的に参ってしまっているのか。
 自分を嘲笑う。

「ねえ、さん……?」

 耀哉に呼ばれ、振り返った。

「こんばんは、耀哉」

 寝惚けているのだろう。のそのそと近付き、遠慮無しに抱き着いてくる耀哉の背中を撫でた。
 これは目が覚めたときに恥ずかしがるやつだな。うん、微笑ましい。可愛い。
 擦り寄り、心臓の音を確認したのだろう。生きている……とだけ呟き、耀哉はそのまま体重をかけてくる。また眠るつもりだ。
 このまま寝てしまうのは私としても困るので、布団で寝ようね、と優しく声をかけた。それに返事をし、耀哉は布団へと戻っていく。私の手を繋ぎながら。
 寝惚けているのでそこまでの力はないが、ぐいぐいと同じ布団に入れられた。
 ああ、何だか昔を思い出す。
 小さい頃はよく同じ布団で眠っていた。二人で寝たふりをして、みんなが寝静まった頃に邸内で肝試しをしたこともあった。楽しかったなぁ。

「おやすみなさい、耀哉」
「おやすみ……」

 ぼんやりとした瞳でじっと見つめられる。これはなかなか素直に甘えられない耀哉からの合図だ。
 子守唄を歌ってほしい。
 赤子の頃に母に歌ってもらった曲を紡ぐ。
 両親を亡くしてすぐの頃はよく歌ってあげたなぁ。こうすると耀哉、すぐに眠ってしまうんだもの。今だってほら、もう寝ちゃった。
 ふと、月明かりで襖の外に影が出来ていることに気付く。
 足音を立てずに近付くと、輝利哉がくうくうと寝息を立てて座っていた。耀哉を捜しに来たのだろうか。輝利哉もまだ子どもだものね。寂しくなってしまったのだろう。
 眠った顔が耀哉にそっくり。
 つんつんとまろい頬っぺたを突き、抱き上げて耀哉の隣に寝かせてあげる。そのすぐ横に私も転がり直した。
 とても、とても温かい。
 いつの間にか、また眠りについていた。

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