参
杏寿郎と予定を合わせ、やっと今日から彼のお世話になることが決まった。
手土産として杏寿郎が好きだと言っていたさつまいもで作ったクッキーを持ってきたのだが、喜んでくれるだろうかとソワソワしてしまう。無一郎は美味しそうに食べてくれていたことだし、不味くはないと思うのだけれど。
弟さんと新しく出来たと言う継子さんの分も用意し、それぞれ袋を分けている。一応、元炎柱である槇寿郎さんの分もあるのだが、貰ってくれるかな。捨てられたら少し悲しいけれど、今日は屋敷にいないと聞いているし、最終的にこのクッキーがどうなるかは分からない。
槇寿郎さんは私の師匠の一人だ。私の修行時代、彼はまだ柱であった。そのため様々な教えを乞うていたのだけれど、槇寿郎さんは特別だ。何せ私に合う呼吸は炎の呼吸。一番長く、深くお世話になった。だからあの槇寿郎さんが奥様を亡くして腑抜けになってしまっただなんて、今でも信じられない。
とか何とか言いながら、杏寿郎と語り合うまでは私も周りが見えていなかったから、槇寿郎さんのことも頭から抜け落ちていたのだけれど。記憶の中の槇寿郎さんと杏寿郎はあんなにもそっくりなのに。
目の前のことしか見えていなかった。それを変えてくれたのが杏寿郎で、その杏寿郎は槇寿郎さんの息子。煉獄家には頭が上がらない。
煉獄家の屋敷の前まで来ると、明らかに杏寿郎の弟だと分かる見目をした男の子が掃き掃除をしていた。こちらに気が付くと、深々と頭を下げられる。緊張しているのか動きがカクカクしているのが可愛らしい。
「は、はじめまして!煉獄千寿郎と申します!」
「はい、初めまして。本日はお世話になります」
「いえ!お会い出来て光栄です!今、兄上を呼んで参りますね。中でお待ちください」
小さいのにしっかりしている。きっと兄の姿をよく見て育っているのだろう。所作まで似ている。
中へと案内されてお茶を飲みながらゆっくりと待っていると、すぐに杏寿郎がやって来る。その後ろにはモジモジしている、不思議な髪色の少女が立っていた。
同じように私も立ち上がり、杏寿郎に話しかける。
「久しぶりだね、杏寿郎」
「ああ、久しいな!……被衣はいいのか?」
にこにこしている杏寿郎に釣られて、一緒に笑ってしまう。
最近では被衣を被ることは少なくなった。任務中はあの上弦の鬼に鬼舞辻無惨と似ていると言われてしまったので、何かがあった時の為の切り札として被ってはいるが、普段は全く。
被衣は耀哉に似た顔を隠すためだと言い聞かせていたけれど、実際には己の劣等感を隠すための物だった。耀哉に似た顔。けれど中身は耀哉の方がずっと美しくて。
「……うん、もう大丈夫なんだ」
でも、杏寿郎は比べず、私を見てくれる。
だから必要なくなってしまったの。
「そうか!」
「うん、そうなの」
杏寿郎といる空間は暖かくて大好きだ。杏寿郎はお日様みたいだから。
お互いに敬語も遣わず、彼のような人と友人になれたことを誇りに思う。
◇
――きゃー!なんて素敵なの!
間近で繰り広げられる男女の甘い一時。なのにいやらしさが一切無く、お互いが愛おしくて仕方が無いという瞳をしている。
もしかして私ったら、お邪魔だったかしら!?
甘露寺蜜璃は煉獄杏寿郎の継子であり、つい最近鬼殺隊に入隊した癸の隊士である。
彼女自身、師範からよく話を聞く、キノエに会うのを楽しみにしていた。だってあの厳しくも優しい師範が柔らかく目を細め、思い出を噛み締めるかのように語ってくれるんですもの!きゅんきゅんしちゃうわ!
実際にお会いしてみたら、凛としているのに笑った顔は可愛らしくて素敵!
二人はとてもお似合いなのに、師範からお付き合いしているという話は一度も聞いたことがない。
不思議だけれど、きっと後もう一押しなのよ!
邪魔者なのかもしれないと思いながらも、この胸の高鳴りには敵わず、蜜璃は静かに、ただし心の中では大はしゃぎしながら頬を染めて二人を見つめた。
「ところで杏寿郎、彼女が?」
「うむ!そうだ!俺の継子の甘露寺蜜璃と言う!……甘露寺?」
「ひゃっ!?は、はい!」
うっとりしていると、話を突然振られてしまった。気付くのが遅くなって変な声を出してしまったわ、恥ずかしい……!
けれど、キノエさんは微笑んでいるだけ。
とても雰囲気のある人。まるで、人の上に立つのがさも当然であるかのような態度なのに全然嫌味じゃない。
「か、甘露寺蜜璃です!キノエさんの話は師範から聞いています!」
「そうでしたか。私も杏寿郎から色々聞いています」
キノエさんは真っ黒な髪をしていて、私に比べたら小柄で、所作もとても綺麗。やっぱり男の人はこんな女性を好きになるのよね。
だって、沢山の隊士から慕われる師範だって、キノエさんを愛しているんだもの。
それに比べて私の髪はこんな色だし、周りの女の子たちより体は大きいし、力は男の人よりも強い。
鬼殺隊ではその力が役に立つって色んな人が教えてくれたわ。でも、やっぱり、
「かわいい」
「……え?」
キノエさんがくすくす笑っている。師範も何故だか誇らしげだ。
「だろう?甘露寺は表情が豊かで愛想も良い!」
「うん、手紙に書かれていた通りだった」
よしよしと頭を撫でられる。でも何故か嫌な気はしなかったし、むしろ嬉しくて。
胸がきゅんきゅんしてしまう。
「百面相。おもしろいね」
穏やかな眼差し。
長女である私はそんな風に可愛がられることになれていない。だからちょっとだけ気恥しいのだけど、それ以上にきゅんきゅんしちゃう。
でも師範!一体私のことをどう手紙に書いていたのか後で聞かせてもらいますから……!
胸の内に湧き上がっていた嫌な感情は、いつの間にか吹き飛んでいた。
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