耀哉の私室へ向かう途中、ひなきとにちかと出会い、裸足であることにギョッとされて腕を引かれた。二人は慌て過ぎたのか、自分たちの足袋を履かせてくれようとしたのだが、勿論大きさが合うはずもなく。
 思わず声を上げて笑ってしまうと、二人は恥ずかしそうに俯いてしまった。それがまた何とも可愛らしく、ぎゅっと抱きしめてしまう。するともう癖なのか、遠慮なく抱きしめ返してくれた。
 結局足袋はあまねの物を借りることになったのだが、何を勘違いしたのか「やんちゃなところもあるのですね」とあまねに言われてしまい、何とも言い難い気持ちになる。別にやんちゃをした訳では無いのに。
 ひなきとにちかに囲まれて耀哉の元へ出向くと、耀哉はお茶菓子を用意して待っていてくれた。

「姉さん、待たせてごめんね」
「こちらこそ」

 耀哉の元へ行くまでに少し時間が掛かってしまってごめんね。
 大事な話をするからと姪っ子たちを退室させ、耀哉と向かい合って座る。
 気を紛らわすために置かれた碁盤で碁を打ちながら、話を進めていく。

「……体に不調は?」
「ないよ」

 任務にも復帰したけれど、あれから一度も痣が浮かんだこともない。
 それは果たして良いことなのか。それとも、悪いことなのか。
 鬼殺隊のこれからを思えば、きっと悪いことなのだと思うけれど。
 手馴れたように、パチンと音を立てて次の一手を打つ。私と耀哉の碁は自然とお互い早打ちになりがちだ。

「大丈夫だよ、耀哉」

 早死するであろうその運命を悲観したのも確かだ。だからって、戦うことを止めようとは一度も思わなかった。
 大丈夫は言い過ぎかもしれない。まだそこまで自分の気持ちに整理がついてないけれど、何れは笑顔で大丈夫だと言える日が来ると確信しているから。
 だから、お姉ちゃん振らせて。耀哉の前では弱いところは見せないって決めてるの。だって貴方は姉であろうが、俯いてしまった人を庇護しようと思ってしまうでしょう?そうなってしまったら、耀哉は縋り付く相手を失ってしまう。
 父親だもの。子どもたちには甘えられない。
 男の子だもの。愛する人に全ての弱音を吐くのは難しい。
 愛する人に言えない悩みも姉になら話せるかもしれない。姉には言えない悩みも愛する人になら話せるかもしれない。
 あまねも私もちゃんと知っている。だからこそ、二人で耀哉の負担を減らせるようにと努力しているつもりだ。
 碁を打つ手が止まり、静かに涙する耀哉の背を撫でる。
 あまねの前でも泣けるようになれば、もっと肩の荷を下ろすことが出来るのに難しいのだろう。
 そう思う反面、弟は自分の前でだけこんな姿を見せてくれるのだと、優越感を感じてしまう私は穢い人間だ。





「うむ、どこも穢くなどないな!」

 翌月。弟が自分にだけ見せてくれる表情が嬉しいのだと、痣や耀哉が泣いてしまったことを伏せて杏寿郎へと話してみると、自信を持ってそう言われた。
 今日は杏寿郎との合同任務である。
 十二鬼月がいる可能性があるとして、柱一名と甲の私が任命されたのだ。
 煉獄家での修練時、同じ呼吸を使う者同士として、連携の練習もした。それを実践で使ってみたいとポツリと零したことを、耀哉はしっかりと覚えていたらしい。泣いていたから、適当な話を色々して気を紛らわそうとしたのだけど、全て覚えていたりするのかな、あの子。
 産屋敷邸から命を受け、今は任地へ向かう真っ只中である。
 行方不明や亡くなった隊士たちの鴉の情報で、鬼の居場所は山中であると判明している。故に日が暮れるまでにその山へ到着しなければならないのだが、余裕があるため話しながら駆けていた。

「千寿郎はしっかり者でな、歳の近い友人たちの間では頼りになる男らしい!」
「うん、杏寿郎の弟だものね。分かる」
「そ、そうだろうか?ああ、いや、今はそうではなく!」

 千寿郎はきっと、杏寿郎の背中を見て育っている。だから、人の手を引いてあげることの出来る子に育っていても可笑しくはない。
 対して槇寿郎さんは反面教師。千寿郎はこのままだと、酒を嫌う男になってしまいそうだ。
 呑んだくれになるよりかはずっと良いか。
 嬉しそうに頬を掻いた杏寿郎は慌てて訂正をする。

「そんな千寿郎も、俺が任務から帰ると抱きついて甘えてくることがある!俺はそれがめっぽう愛おしくてな!この役は誰にも譲りたくないと思うが、これは穢いことだろうか?」
「そんなことはないよ」
「うむ!つまりはそういうことだ!」

 成程と頷く。杏寿郎は私を納得させるのが上手い。
 日が暮れ始める頃には山の麓が近くまで見え、そこには既に数人の隊士と隠が集まっていた。
 被衣を深く被り直し、足を止める。
 どうやら、昨日此方へ向かった隊士らしい。怪我をしており、隠が手当を行っていた。
 杏寿郎が隠に山へ近くに住む人たちを入れないように警備を行うように伝え、軽傷の隊士に彼らを守るように指示する。また、鬼と対峙したであろう彼らからある程度の情報を貰う。
 そうして此方を振り向いた杏寿郎と頷き合い、山を駆け登る。
 隊士曰く、山頂に鬼が根城としている朽ちた家があり、そこを中心として血鬼術を広げているらしい。
 草木が揺れる音がし、刀を抜く。
 飛び出てきた、恐らく兎を模したであろう真っ黒な化け物を一閃。
 直ぐに消える辺り、私や杏寿郎からすれば大したことはないらしい。が、油断はならない。隊士たちが言うには山頂に近づく程、この血鬼術はより強くなっていくようだ。
 速度を落とさずに進み、血鬼術を切り裂く。
 兎や烏、熊を模した化け物を作る血鬼術。人であった頃は猟師だったのだろうか。
 山頂まで辿り着くと、小さな朽ちた家がぽつんと建っており、その前に成人した男が怒りを露わにして待っていた。
 荒い息。ポタリと垂れる涎。

「肉、肉……人間の肉!」

 瞳には下弦の参と記されている。
 興奮状態にあるようだ。鬼舞辻の情報を吐かせることは不可能と判断し、戦闘態勢に入る。
 飛び出す化け物の数は尋常じゃないが、だからと言って此方が負けることはない。
 言葉にするでもなく、一人が隙を作って鬼の頸を落とすと決め、一旦距離をとる。
 惑うことなく襲いかかってくる血鬼術に向かって刃を振るった。

「炎の呼吸肆ノ型、盛炎のうねり」

 広範囲への攻撃。
 新たに打ってもらった刀は改良を加えられ、以前よりも扱いやすくなっている。
 続けて頸を狙うはったりとして壱ノ型を使い、意識が私へと逸れたところで、杏寿郎が鬼の背後へと回る。
 鬼が気づいた頃にはもう遅い。
 呼吸を使うまでもなく、鬼の頸は容易く切り落とされた。
 残りの血鬼術も消え、鬼の気配は近くに感じない。太陽も登り始めた。

「とりあえず、家の中を見ようか」
「そうだな!」

 先程までの鬼と相対する鋭い目付きはなくなり、にこにこと笑う杏寿郎。
 それに笑い返し、遺体や遺品が残っていないかを二人で探すことにした。

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