参
その日、私は冨岡義勇と再会した。
涙をいっぱいに溜めていたあの瞳は鋭くなり、背は伸び、体格も大人の男へと変わっている。
柱ともあろう男が何故、鬼を庇ったりなどしたのか。
嗚呼、頭が痛い。見極めて来てくれだなんて、耀哉も人が悪い。
まあ、そんな大事なことを任せられる相手なんて、私しかいないと分かってはいるのだけれど。
「とりあえず、当時のことを義勇の口から教えてね」
「御意」
水柱の屋敷にて、彼は語る。
数日前のことだ。とある山に住む一家が惨殺された。その生き残りが、件の少年と少女である。
義勇がその二人を初めて見たのは少女が少年を襲っている姿だった。そのため、義勇は少女の頸を切ろうとした。それは偏に少女が鬼と化していたからだ。
少年は言った。少女は自分の妹であると。何でもするから妹を助けてほしい、見逃してほしいと。
しかし、そんな訳にはいかない。そう言って、鬼と化した家族に喰われる人間が何人もいるのだから。
そうして、少年は実力行使に出た。これは義勇が発破をかけたからでもあるのだが、それにしたって肝が座った少年である。
結果を言えば、義勇を多少驚かす策は使えたものの、勿論勝てるはずもなく。
だが、ここからが一大事だった。
少女は兄を気絶させた義勇に対して、敵対心を抱いたのだ。鬼と化した妹が、兄を守ろうとした。
その時、少女は怪我を負っていたし、何より鬼となって直ぐのはず。であれば、極度の飢餓状態。なのに兄を喰わず、守ろうとした。
だから義勇は己の育手の元に少年達を向かわせたのだと。
「うん、うん……」
正直に言うと、疲れた。義勇、君はそんなにも言葉の足りない子だったの?
何とか脳内でこういう事であろうと補足をし、それでも分からなければ尋ね、漸く纏まった内容。
よく頑張った、私。出されたお茶を飲み干した。
「私はその少年たちに会ったことがないから、鬼殺隊士としては殺しておくべきだったとしか言いようがないよ」
兄を庇おうが、鬼は鬼だ。例外はない。
たまたま理性が残っていて、あの時だけ守れたのかもしれないだろう。絶対はない。だからこそ、殺しておくべきなのだと思うが、柱ともなった男が判断したことだし。
自分で会って話をすることが出来れば手っ取り早いのだけれど、鬼の少女は眠ったまま目を覚まさないと聞くし。
「鬼の少女が目覚めるまでは私も黙認しておくよ」
「……有難うございます」
「ただ、分かっていると思うけど、」
「覚悟の上です」
もしもの事があれば。きっと義勇は腹を切らなければならない。それが分かっているなら、とりあえずはいいや。
耀哉も詳しくは何も言ってこない辺り、きっと少年と少女に何かあるのだろう。
息を吐き、義勇の頭に手を伸ばす。
「あまり無理はしないように」
掌に金平糖を握らせる。
義勇はきっと、錆兎のことに対してふっ切れてはいない。彼の代わりに強くなろうとしている節がある。
案外繊細な子なようだし、余計な口出しはしないでおこう。
けれど、ほら、泣き虫な彼を知っているから、甘やかしてあげたいと思ってしまうのは許してほしい。
◇
今日は最終選別が行われる日。
鬼の少女の兄が修行をしていた狭霧山を下っていく姿を確認し、元水柱である鱗滝左近次の住む家へとお邪魔する。
自身の修行時代、多くの柱の元を転々としていたが、それは左近次さんも例外ではない。
文を出していたので私が来ることは知っており、既にお茶が入れられていた。
左近次さんが編んだであろう筵の上に座り、鬼の少女を見つめる。
「既に知っているとは思うが、竈門炭治郎の妹、禰豆子だ」
「禰豆子……」
もうずっと眠ったままの少女。
義勇が彼女らを庇ってから一年程が過ぎた。それでも何かが変わるわけじゃない。
「年は十四」
若い。本来ならば花の盛りの頃だろうに。
その頃には私も鬼殺に身を捧げていたため、人のことは言えないのだが、それとはまた違った虚しさ。
彼女の側に寄り、ゆっくりとその頬を撫でた。
冷たいけれど生きている。こんなにも長く眠っているのは鬼になることを避けているからだろう。
必死なのだ。必死で、人で在ろうとしている。
「暫くの私の任は竈門炭治郎、及び竈門禰豆子を監視することです」
耀哉は彼等に希望を見出している。けれどそれとは別として、もしものことを危惧しているのだ。
その時にはすぐに私が対処出来るように。竈門禰豆子が完全な鬼となる前に首を落とさなければならない。
それは本来、竈門炭治郎がしなければならないことだ。しかし、偶に見ていただけでも分かる、人より何倍も優しい少年にそんなことが出来るのか。
もし耀哉が鬼になって人を喰らおうとして。私はそれを止められても、首を落とすことは出来るのか。
難しい話だ。
命には責任を持たなければならない。特に今回、竈門禰豆子の命には三人の命がかかっているのだから。
竈門禰豆子が人を喰らえば、三人の命も落ちる。
「不測の事態に陥れば、私は容赦なく彼女の命を奪うでしょう。左近次さんや義勇、炭治郎を庇うことは出来ない」
「それで良いのだ」
天狗のお面の先、真剣な瞳に射抜かれる。
「ところで、だが」
かと思えば、左近次さんは窓の先を見る。続く道は藤重山だろうか。
「炭治郎は無事に帰って……いや、何でもない」
どうやら左近次さんは弟子を愛しているらしい。
ふ、と緊張が緩んだ。
「大丈夫ですよ。彼には生きる執着だってある」
あの少年は妹を置いて行ったりはしない。義勇と同じできっと帰ってくるさ。だから、そんなに心配しなくても良い。
なんて、大丈夫だと分かっていても不安になるものだ。
私がそうであったように。
まあ、私の場合は任務で弟子よりも大きな怪我を負ってしまったのだけれど。
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