あれから炭治郎は無事に最終選別に合格し、正式に鬼殺隊へと入隊が叶った。
 禰豆子も彼が帰宅する頃には目を覚まし、再会を果たしたのだと左近次さんから手紙で伝えられている。
 刀や隊服を受け取ったとの連絡を受け、彼の初任務からは遠くから監視した。
 初任務。少女ばかりを喰らう鬼。十六歳の少女に異様な執着を見せる、どこからどう見ても変態な鬼であった。人格は一つながら三つの体を持ち、血鬼術であろう自身が作り出した沼の中を自由に行き来出来る。初任務としては難易度の高い相手ではあるが、禰豆子の協力もあって撃破。耀哉もこれを狙っていたのだろう。
 助けた男から酷い言葉を投げられてもいたが、炭治郎は彼の気持ちを慮るだけであった。
 彼らに大きな怪我もなく安心しながら、次の任地である浅草へ共に向かう――ことは出来ない。私にも他の任務があるのだ。
 大きな敵を任されることはないため、さっさと終わらせてまた監視に戻る。が、浅草にあるはずの彼らの気配が余りにも薄い。血鬼術かとひっそり夜の浅草を見回る。
 すると、何処からか悲鳴が聞こえる。次いで濃い血の匂い。急いでその場に向かう。
 到着したのは街灯のない裏路地。目を開いたまま驚いた顔をした者に、高い場所から落とされたであろう者、そして原型の残さない何か。全て死体だ。
 そんな中、怯えることも無く立っているあの男こそ、鬼であろう。
 ドクン、ドクン。心臓が波打つ。
 強い鬼だ。癸に任せるような相手ではない。つまりはこれは竈門炭治郎が任された鬼とはまた別の鬼。
 洋風の格好をした、白い帽子を被った男。
 上弦の鬼と出会ったときのように、否、それ以上に心臓が昂る。
 此奴を逃がしてはならない、と。
 男が振り向いた。
 耀哉にそっくりなその美貌。しかし優しさの欠片もないその瞳は真っ赤で、滴る血のようだった。

「鬼舞辻、無惨……!」

 我が一族の宿敵。鬼の首魁。
 無意識に抜刀し、その頸を狙っていた。しかしそう簡単なはずもなく、受け止められてしまう。
 刀を軸に両足で無惨を蹴り、相手が刀から手を離した隙に横に回転。刃が胸元を掠る。

「童磨が言っていた女か」

 童磨。上弦の弐。以前相対した鬼だ。
 近くで鳥が羽ばたく音が聞こえる。ヤシロが報告へ向かったのであろう。それに無惨が意識を割く様子はない。
 視界の邪魔にならないように被衣を脱ぎ、端へと投げる。ちらりとそちらを無惨が見た瞬間に特攻。だがそれも避けられる。
 一筋縄ではいかない相手だ。
 姿を見た瞬間にカッと上ってしまった血が落ち着いていくのを感じる。
 童磨との戦いより私は強くなった。けれど上弦の鬼は一人で勝てるような相手ではなく、その上を行くであろう無惨にだって敵わないだろう。
 努力を重ねれば一人でも勝てたのならば、歴代の柱達は殺されていない。とっくの昔に鬼殺隊が鬼を滅していたはずなのだから。
 結ばれた髪が風に揺れる。

「一体何者だ」
「答える必要が有るとでも?」

 自分と私の顔が他人にしては似過ぎていると無惨も思ったのだろう。
 理由は簡単。同じ血筋だから。そして男同士である耀哉の方がこの男と瓜二つだ。
 嗚呼、腹が立つ。この男はお綺麗な顔をしたままだ。私たちの一族の呪いはこの男のせいだというのに。耀哉はどんどん弱っていくのに。
 ガリッと奥歯を噛み締め、意識的に力を抜いた。力み過ぎは太刀筋がぶれる。
 ほんの一瞬。瞬きをした隙に無惨が目の前に移動し、距離を取ろうとするが腰に腕を回されて顎を掴まれる。腕ごと冷たい体に包み込まれた。
 お互いの瞳にお互いが映る。

「……鬼にならないか」
「……は、っ?」

 思いもよらぬ言葉だった。理解が出来ない。
 頬に無惨の爪が刺さり、これは不味いと本能が察知する。

「お断りだ!」

 足を大きく振り翳す。
 しのぶと話し合って改良した、下駄に仕込んだ刀。それに気付き、無惨は距離を取るものの太腿辺りをまた掠る。

「惜しいな。その美貌、殺すには勿体無い」
「自分と似ている顔だから……とでも仰るつもりで?」

 無惨は口角を上げる。どうやらその通りらしい。
 くだらない。
 そう漏らすと、無惨は笑みを深くした。と思えば、途端に不機嫌そうな顔をする。

「時間だ」

 時間?何の?
 無惨は堂々と此方に背を向け、闇の中へと消えていく。
 深追いすべきではないことは分かっている。けれど、こうも簡単に背を向けられれば腹が立つもので。

「仕事がある。また会おう」
「待て!」

 ――ベベン!
 以前も聞いた琵琶の音が響く。この音が鳴ったということは周辺にはもういない可能性が高い。
 無惨の気配を感じなくなったところで、懐紙で刃を拭って鞘へと戻した。
 仕事か。気になるが、私も炭治郎を捜さなければ。無惨と遭遇し、殺されてしまった可能性も否めない。
 空を見上げれば、ヤシロが旋回している。右手を上げると飛び立ち、近くまで待機させていた隠を呼びに行く。ヤシロが隠の元へ向かったのを確認した、任地の近かった隊士が集まってきた。
 彼らに顔を見られぬ様に髪を解き、視線を一度も向けずに被衣を被る。
 隠が来るまで待機。その後は周囲を警戒するように指示を出し、炭治郎たちを捜しに立ち去った。





 浅草周辺を探っていると、二体の鬼の気配を感じた。下弦に近い強さを持っているのだろうか。
 鬼舞辻に近い。つまりは血を多く貰った鬼や単純に強い鬼は気配が強く感じられるのだが、これは血筋に寄るものだろう。本能的に何かを察知するのだ。
 気配を辿っていると建物が破壊されていく音と共に、更に三体の鬼の気配が増える。その内の一つは禰豆子だ。
 速度を上げ、木から木へと飛び移る。
 一定の距離を空けて監視していると、鬼と敵対する鬼を炭治郎が庇っているようだった。
 高い買い物だったけれど、彼らの監視のためだけに双眼鏡を購入しており、遠くからでも大体のことは見えている。
 敵は矢印と鞠の鬼。味方は姿……いや、気配を消すことの出来る鬼か?彼からは何故か鬼舞辻に近いものは感じられない。それどころか、全く別の鬼のような。
 もう一人の女性の鬼の血鬼術は未だ分からない。
 暫くすれば矢印の鬼は炭治郎に撃破され、鞠の鬼は自滅へと促された。
 味方の女性の鬼は血を香に見立て、嗅いだものを惑わす血鬼術のようだ。恐らくは初見殺し。近くにいた場合、すぐに対処出来ていたかは微妙なところだ。
 日の出を迎え、壊れかけの建物の中へ全員が入って行くのを確認し、太い木の枝に座り込む。
 痒くて顎の辺りを掻けば、血が固まっているのが分かる。
 無惨のことを思い出し、異様に腹が立った。それは勿論、不甲斐ない己にも。
 私はまだまだ弱い。強くならなければ。

「カァー!」

 ヤシロが肩に止まる。
 緊急報告出来るように持ち歩いていた鉛筆と紙で無惨の詳細については後日伝えること、そして鬼殺隊に協力してくれる可能性がある鬼の存在について記した。
 禰豆子という例外が現れた今、鬼殺隊には鬼と協力するという選択肢が増えている。

「忙しくさせてごめんね」
「ダイジョウブ!」

 喉元を撫でてやると喜びながら擦り寄り、手を止めればヤシロは羽ばたく。

「次ノ竈門炭治郎ノ任地ハ南南東!同期二人トノ合同任務!故ニ休息ヲ!繰リ返ス!休息ヲ!」

 何かあれば同期の子から話を聞くから問題ないということか。
 浅草周辺に無惨はいなくなっていることだろうし、浅草で休むことにしよう。

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