壱
寝過ごした。
自分が思っているより何倍も疲れていたらしい。
日の出から三時間後程に眠ったはずだというのに、外はもう真っ暗だ。半日程眠っていたのだろうか。
浅草の外れにある藤の花の家紋の家。朗らかなおじいさまに「よくお眠りになられていましたね」と微笑まれてしまって羞恥心が込み上げる。
その後美味しい夕飯を沢山食べ、また優しい瞳を向けられてしまってむず痒い。両親との離別が早かったせいか、そういう目を向けられることに慣れていないのだ。
数日後。幾つかの任務を終えた私は昼頃にその場を発ち、産屋敷邸へと向かった。
「あら、キノエさん!」
「しのぶ!それに義勇も」
玄関先でたまたましのぶと義勇に鉢合わせる。しのぶはにこにこ笑いながら私の手を取り、義勇は静かに頭を下げるのみ。
「ごめんなさい。これから任務なんです」
「そうなんだ。引き止めてしまってごめんね。二人に毘沙門天の加護がありますように……ご武運を」
柱を二人も向かわせるのなら、敵は十二鬼月の可能性が高いのだろう。
毘沙門天。武神。彼らの武運長久を願って。
道を開けると二人は隠に目隠しをされ、そのまま運ばれて行く。元々この家の人間である私は屋敷の場所を知っているが、他は柱であろうと位置を把握はさせてはいないのだ。
これも昔、隊士の中でも実力者であった男が鬼側へ寝返り、私たちの先祖である当時のご当主さまを殺されているからなのだが。
私も私で後をつけられていないかを警戒し、日の出ている時間帯。天候も晴れの場合でのみ此処へとやって来るようにしている。
靴を脱ぎ屋敷へと上がると、近くの部屋でくいなとかなたが遊んでいたらしい。私に気付き、勢いよく抱き着いてきたのでそれを受け止める。
「おかえりなさいませ!」
「うん、ただいま」
「私がご案内します!」
「では私はお茶のご用意を……!」
くいなが私の手を引き、かなたは一度離れて別室へ。
くいなの話を聞きながら耀哉の部屋へと向かうと、耀哉が微笑みながら手招きをする。
一礼したくいなが耳に唇を寄せる。
「後でまた、私たちとお話ししてくださいね」
それに頷くと、嬉しそうに退出する。
「おかえりなさい、姉さん」
「ただいま」
「義勇としのぶには会ったかな?二人には那田蜘蛛山へ向かってもらったんだ。先に炭治郎たちに任務を授けていた場所でね」
それはまた、炭治郎は血の濃い鬼との遭遇率が異常に高いような。
彼は暫くは療養をしていたはずだが、その傷を負わせた鬼は元下弦の鬼だったとの報告があったと聞いている。
大変な相手であるのに、何故か炭治郎は必ず生き残る気がしてしまうのが不思議だ。
だからこそ耀哉も目を付け、特別扱いしているのだけれど。
「浅草でのこと、改めて報告させてもらいます」
さて、ここからは一隊士として、お館様へご報告の時間だ。
◇
かなたが運んで来てくれたお茶を飲みながら、私からの報告と炭治郎からの報告から、無惨は人に紛れて生活を送っているとの判断をした。
無惨を自分の旦那、そして父親だと思っている女性と子どもの存在。私の聞いた仕事という言葉。
しかし、今までの無惨の在り方からして、自分以外の生き物は好きではないはずなのだが、一体何をしているのだろうか。
目的があるから人に紛れる。その目的は?
鬼殺隊の動向が知りたい?知りたいのならば部下に任せておけば良いだろう。今まで本気で鬼殺隊を全滅させようとしたことはないはずなのに、本人が動く必要性はない。それに探られているのなら、こちらとて普段から警戒している。気付かないはずがない。何のための鴉だと思っているのだか。
「何かを探している可能性が高いね」
「それが無難でしょうか。しかし、無惨本人が動く程の探し物。そんなものは一つしか浮かばないのですが……」
「そうだね。陽の光を克服するための何かだろう」
そんな恐ろしい物、存在して堪るものか!
けれどそれならば、全てに納得が出来てしまうのだ。
「無惨が求めているのはその陽の光を克服するための何か。そして、陽の光を克服出来る鬼」
「その何方かを喰らい、自分が太陽を克服する」
気持ちの悪いやつだ。そこまでして生きたいものなのか、私には分からない。
自分が自由に生きるために周りの人間を脅かすだなんて、人として破綻している。ああ、いや、そもそも人ではなく鬼だったか。
また琵琶の音についても軽く纏める。
琵琶を鳴らすことで瞬間移動をさせる血鬼術を持つ鬼がいるのは間違いないだろう。
便利な血鬼術であることから、敵の本拠地から移動することは少ないと思われるが、無惨は兎も角として、他の鬼の居場所まで把握しているものなのだろうか。
そもそも移動させるのは好きな所へ?それとも自分がいる場所へ他の者を引き付ける?それは居場所を知らない相手でも可能なのか、そうではないのか。
分からないが、他者を別の場所へ移動させられる能力であることに関しては確定だ。
「これ以上は話していても何も進まないね。もう一つ、浅草の鬼について聞きたいのだけれど……」
「勿論です」
あの後個人的に浅草で聞いて回っていたのだが、彼女たちは医者を名乗っていたらしい。優しい人たちだとの評判の反面、お年寄りや子どもは少し警戒気味だった。鬼だからであろう。お年寄りや子どもは鋭いのだ。
今までも何度か鬼がいる可能性のある場所へ下級隊士が見回りに行ったことがあるのだが、既にその場を発った後であったり、見付からないことが複数回。あくまで噂であり、人が殺されたこともなく捜査は打ち切りとなっていたのだが、正体は彼女たちだったのかもしれない。
女性の名前は珠世、男性の名前は愈史郎。彼女等ならば、協力が仰げるかもしれない。
「竈門禰豆子隊士のように無惨から逃れられた鬼がいても可笑しくはありません。彼女たちが無惨側の鬼と敵対している姿も私が見ております」
鬼と協力するだなんて、今までは考えたこともなかったけれど。今ならば有りなのだ。
耀哉は一つ頷くと、一羽の鴉を呼んで命じる。
あの鴉は鎹鴉の中でも中心的な存在で、彼の指示であれば鎹鴉は皆言う事を聞くのだ。
二人の鬼の特徴を伝え、所在地を明らかにし、こちらの意志を伝える。
他の鬼と関わらずに穏やかに過ごしたいだけである場合は説得が必要なのだが、耀哉はこの機会を逃すつもりはないのであろう。
目の見えない耀哉が外を見つめている。
「不思議なんだ。炭治郎が鬼に関わってから、良い方向に進んでいる気がしてならない」
手を伸ばした先。強い風が吹き、耀哉の手に一枚の花弁が落ちる。
それをぎゅっと握りしめると、血色の悪くなった頬を赤らめた。
「悲願を果たせる日が近い」
それは年相応で、何時もより少しだけ子どもらしい笑みだった。
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