夜。泊まって行けば良いと杏寿郎に誘われ断ろうとしたが、千寿郎のキラキラとした瞳に負けて泊まらせてもらうことになった。
 男女が二人きりというわけでもないので、多分、恐らく、問題はない……はず。
 昔から耀哉に、そして今は甥っ子や姪っ子たちを寝かし付けるときの子守唄を布団に入った千寿郎に歌ってあげると、くうくうと寝息を立てて眠ってしまった。
 頭を撫でれば唇を綻ばせて寝返るので、布団を掛け直してあげる。

「キノエ殿」

 普段からは想像も出来ない小さな声で呼ばれ、酒瓶を見せられる。
 晩酌をしようとのことらしい。
 それに頷き、縁側まで移動した。

「キノエ殿は普段どうやって酒を?」
「お湯か水で割って飲んでるよ」
「ならば持ってこよう!」
「あ、じゃあ、お水で……」

 今からお湯を沸かしてもらうのは悪い気がするので、お水を貰った。
 酒とつまみを二人の間に置き、ゆっくりと嗜む。
 杏寿郎が任地での自分へのお土産として買ったらしいお酒は少し強めで、水で割って飲むくらいが丁度良い。
 杏寿郎も同じように水で割っていた。
 翌日に任務があることも多く、お酒をこうして二人で飲むのは初めての経験だ。
 杏寿郎を見ると、どちらかと言えばお酒には強い方らしい。ぐいっと飲み干し、もう一杯注ごうとしていたので、こちらから注いであげた。

「かたじけない!」

 頬が少し上気している。
 何だか可愛らしいかもしれない。
 対して私は本当にゆっくりと飲んでおり、一杯目すらそんなに減ってはいない。
 そんな私に杏寿郎はもっとと勧めることなく、好きなように飲ませてくれるので気が楽だ。
 これがたまに任される、資金援助の相手との飲みの席であるとしこたま飲まされるから苦手だ。まあ、中身を途中で水に変えて、相手にだけ酒を飲ませて酔っ払せてしまえば、二度目を誘われることはそうそうなかったが。
 因みにそういう会談には昔は耀哉が向かっていたが、目が見えなくなってからは引退した信頼出来る元隊士や隠が行ってくれている。
 相手から産屋敷家の人間と話がしたいと言われない限り、私やあまねが向かうことはない。

「明日の会議について何か知っているのだろう?」
「……どうしてそう思うの?」
「煉獄家が此処にあるのだから、此処周辺での任務は大方俺に任される!ならば、たまたま千寿郎と会ったのは産屋敷邸から帰る途中だったからと考えるのが妥当だ!お館様と何か大事な話をした帰りだったのだろう?」

 その通りである。
 そもそも、産屋敷邸帰りは自宅だろうが任務があろうが、不思議とこの辺りで千寿郎と遭遇する確率が高い。千寿郎曰く、態と私と一度偶然出会った時間帯に出掛けるようにしているらしいのだが、とても可愛い子である。

「うん、まあ……明日になれば分かるよ」
「珍しく濁すのだな?」
「こればかりはね。でも、私も耀哉も好機であると考えているよ」

 酒を煽る。

「最初は理解出来ないかもしれない。納得もいかないと思う。でも、私たちを信じてほしい。……そうとしか言えないかな」

 杏寿郎が眉間に皺を寄せる。どういう内容であるか予想も出来ないのだろう。
 まあ、今まで例外なく殺してきた鬼を殺すな。あの子は味方だと主張されるだなんて、そんなこと浮かぶわけがない。

「それだけじゃなく、琵琶の鬼についての話とかもされると思う。長くなるよ。きっと夜まで続く」
「そんなにか!む、なら酒はもう少し控えるか……」

 少し残念そうに、これで最後とお互いに酒を注ぐ。
 今日は満天の星空。確かに酒を飲むにはもってこいの日だから、控えなければならないのは残念だ。
 酒とつまみを退かし、杏寿郎が人の太ももの上に頭を乗せて寝っ転がる。

「酔ってる?」
「かもしれん!」

 ほろ酔い加減で機嫌が良さそうだ。にこにこと笑いながら人の頬を撫でてくる。
 擽ったいと腕を掴むと、また笑う。

「もう寝た方が良いね。布団に行きなさい」
「んー……もう少し」
「駄目だよ。涼しいから、このまま寝ては風邪を引いてしまう」
「……涼しくなければ、このまま寝ても良かったのか?」
「一時間くらいなら。長いのは足が痺れるから駄目」
「そうか!」

 突然嬉しそうに起き上がり、私の肩に手を置く。
 大きな手だなぁ、なんて思っていたら、何時もは結んでいる杏寿郎の髪が肌に触れる。長髪で、しかも下ろしていても似合う人なんて数少ないのに杏寿郎には似合っているな。
 杏寿郎の手が額を滑り、私の前髪を上げてしまう。そうして、そこに顔を近付けて――、

「おやすみ」

 熱が触れた。

「……酔っ払いめ」

 その声はとっくに部屋へと戻った杏寿郎には聞こえているはずもなかった。
 嗚呼、暑い、熱い。





 そして朝は訪れる。
 一足先に産屋敷邸へと向かった私は会議中に使われる部屋の隣に身を潜めていた。
 徐々に集まる柱達。目を覚ました炭治郎。禰豆子――鬼への批判。

「信じてほしいとは言われたが……。裁判の必要などないだろう!鬼を庇うなど明らかな隊律違反!我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!」
「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ。……で?煉獄。誰にンなこと言われたんだ?」
「秘密だ!」
「おい!」

 そこは秘密にしてくれるんだね、杏寿郎。
 その後も炭治郎たちは柱たちに好き勝手言われ、しのぶの一言で彼も自分の思いを伝えることが出来た。
 しかしそんなことは信じられない。何せ、誰もが鬼に大切な人を殺されているのだから。一部は興味が無かったり、擁護派でもあるのだが。

「オイオイ。何だか面白いことになってるなァ」

 一番最後に現れた柱。実弥だ。
 襖を少し開けて覗いてみると、どうやら禰豆子が入っている箱を隠から奪ったらしい。
 柱の中でも特に鬼に対する憎しみが強い子だ。絶対に何かをやらかすとは思っていたが、暫く様子を見ていれば箱を刀で刺してしまった。
 腕を縛られていても炭治郎は妹のために動く。義勇の横槍があったとはいえ、実弥の頭に頭突きを食らわせた。それに笑ってしまう女の子が一人。
 止めに入るかと動こうとした時、近くから足音が聞こえてくる。ハッとしてその行動を改めた。

「お館様のお成りです」

 耀哉が到着した。
 頭を下げることのなかった炭治郎の頭を押さえつけ、実弥が挨拶を述べる。その時の炭治郎の顔が面白く、小さく笑い声を上げてしまった。すぐに止めたので柱や炭治郎には気付かれなかったようだが、耀哉には気が付かれていそうだ。

「炭治郎と禰豆子のことは私たちが容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」

 そうは言っても認める者は少ない。耀哉は次の手に出る。
 鱗滝左近次からの手紙だ。
 禰豆子が人を襲えば、炭治郎だけではない。義勇も左近次さんも腹を切る覚悟でいる。
 これには一同もその覚悟は認めざるを得ないが、それでも生かすことを認めることは出来ないと尚反対する。
 人を襲わないという保証が出来ない。証明も出来ない。それすらも耀哉は認めた上で、「人を襲うということもまた証明はできない」のだとハッキリと言い返す。
 耀哉はその雰囲気からは想像も出来ないくらいに頑固だ。一度決めたらやり通す男らしい一面を持っている。そんな耀哉に口で勝てるわけがない。
 否定するのならば否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない。
 その言葉に今度こそ誰も何も言えなくなる。

「姉さん。姉さんから見た炭治郎たちの話もしてほしい。こちらへ来て」

 呼ばれ、襖を今度こそ開けた。視線が耀哉から私に移る。
 全員、私の知り合いだ。家族だ。だから私も好き勝手言わせてもらおう。

「こんにちは。階級甲。名前は……とりあえず、キノエって呼んでほしい」
「私の双子の姉。柱候補の一人だ。炭治郎の監視をしてもらっていた時期があるから、その時の話をしてもらおうと思って待機してもらっていたんだ」

 驚いた顔をする人もいれば、そんな気がしていたと納得する者もいる。
 それら一切を無視し、私は語る。

「竈門炭治郎、及び妹の禰豆子は炭治郎の発言通り、人のために鬼と戦うことが出来、その姿は私がこの目で確と見ました。禰豆子が人を喰おうとすれば、その頸を落とし、自身も腹を切る覚悟が炭治郎にはある。故に私も彼らを支持します」

 耀哉が頷く。

「ありがとう、姉さん」

 駒として使ってごめんね。そんな心の声が聞こえた気がしたが、耀哉はそんなこと気にしなくて良いのだ。
 耀哉は耀哉が好きなようにやればいい。それがきっと、最良の未来に繋がるのだから。

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