覚悟の手紙。炭治郎と禰豆子を監視していた私の意見。そこに更に加えられた、炭治郎と鬼舞辻の遭遇。炭治郎に追っ手を放った事実。
 反対していた杏寿郎と天元も取り敢えずは生かすことに納得し、話は纏まったかに思えた頃。
 人間はいい。けれど鬼は駄目だと実弥がまたも反論。
 彼の言葉が間違っていると言えないのが辛いところだ。
 証明する、と実弥は己の腕を切り、禰豆子の入る箱の上へと滴らす。
 なんてことをしているんだ!そう止める前に小芭内が彼に賛同してしまう。

「不死川、日なたでは駄目だ」

 実弥はしっかりと耀哉に一言申してから屋敷内に入り、もう一度箱に刃を突き立てる。
 止めようとした炭治郎は小芭内に押さえ付けられ、かくいう私も耀哉から目で合図される。
 もうとっくに見えなくなってしまった耀哉の瞳。それでも双子だからなのか、伝えたいことは全て分かってしまう。
 今は待ってほしい。
 耀哉がそう言うのであれば。
 何もしないことにするが、見ていられないので目を閉じて待つ。

「どうしたのかな?」

 騒がしくはあったが、禰豆子はあの特別な稀血である実弥の切れた腕を突き出されてもそっぽを向いたらしい。
 信じてはいたけれど、確証はなかった。
 ほっと息を吐いた。

「ではこれで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」

 証明されてしまったのなら、実弥も小芭内もこれ以上は何も言えない。何も出来ない。
 耀哉は炭治郎に、みんなに認めてもらうために十二鬼月を倒すように勧め、炭治郎も実弥も小芭内も平等に窘めた。
 炭治郎の話はこれでお仕舞いだ。彼は大怪我を負っているため、しのぶが屋敷で預かると発言をし、そのまま隠に蝶屋敷まで運ばせる。
 まだか、まだか。耀哉。まだ黙ってないと駄目?
 熱視線に耐えかねたのか、耀哉は笑って頷いた。
 私は私で待ってましたとばかりに実弥に近付き、軽く頭に手刀を入れる。

「自傷はよくないことです」
「は……?」
「ご兄弟が悲しむよ」
「俺に、弟はいねェ……」

 なんて分かりやすい。いや、今はそういうことにしておいてあげよう。
 持ち歩いている清潔な布で出血を止める。後でしのぶに縫ってもらうことになりそうだ。

「じゃあ、私が悲しいから二度としないで」
「……」
「返事」
「善処、します」
「……実弥は正直者だね」

 テキパキと簡易的な処置を終え、実弥の頭を撫でる。
 善処する、だなんて、いいえとほぼ同意義だ。
 根が真面目だから、嘘をつくのが苦手なのだろう。
 耀哉がまた我慢ならないとばかりに声を上げて笑う。それに罰が悪そうに、しかし驚いた様子で実弥は顔を逸らした。

「姉さんは変わらないね。……さて、では柱合会議を」
「ちょっと待ってください!!」

 屋敷の柱に抱き着いた炭治郎が、禰豆子を刺した分実弥に頭突きを仕返したいと駄々を捏ねる。隊立違反もきちんと気にしているが、頭突きならば許されると思っているらしい。同意がなければ許されません。
 ――ビシ、ビシ、ビシィ!
 三発。炭治郎の顔面に石が飛ばされる。

「お館様の話を遮ったら駄目だよ」

 犯人は不機嫌そうな無一郎だ。
 柱は問題児ばかりかとツッコミを入れたくなるのをぐっと堪える。
 無一郎の指示で今度こそ炭治郎たちは出て行き、耀哉は「珠代さんによろしく」と爆弾を投下した。
 炭治郎が鬼殺隊の一番偉い人が珠代さんを知っていたとでも連絡をしてくれれば、居場所を簡単に特定出来るとの魂胆なのだろう。
 私は私でやることがあるため、片膝を着いている無一郎と目線を合わせる。

「無一郎」
「師匠」
「石を人に投げるのは良くないことです」
「投げたんじゃなくて弾きました」
「どちらもいけません」

 注意をしているのにどこか嬉しそうな無一郎の頬を抓る。それでもまだ微笑んでいるように見えて、無一郎には何を言っても無駄だとしか思えない。

「姉さん。無一郎も反省はしているようだから。ただ、弟子の自分を差し置いて他の子と仲良くするから嫉妬してしまっていただけだよ」
「……そうなの?」

 尋ねれば、こてりと首を傾げられる。少なくとも本人にそのつもりはなかったらしい。

「では改めて柱合会議を始めよう。実のところ、無惨と遭遇したのは炭治郎だけじゃない。姉さんもなんだよ。だから、姉さんの主観を――」


 以降の柱合会議は滞りなく進む。
 私は那田蜘蛛山の仔細報告の前に席を外し、新たな任地へと足を伸ばした。





 日記から抜粋。
 上弦の弐。名を童磨。血鬼術を使い、人の肺を凍らせることが出来る。そのため、童磨との戦いにおいては息を止めることを推奨。
 しかし、それだけでは難しいことは分かりきっている。
 勝利するためには藤の花を用いるのが良いだろう。
 大量に摂取させるか、強力な藤の毒を作るか。
 最近ではしのぶから藤の花の香りがする。お守りを持ち歩き始めたのだろうか。それにしては匂いがどんどん濃くなっているような。
 姉を殺され、童磨に対する恨みは強い。何かをやらかすつもりなのかもしれない。

 琵琶の鬼(仮名)。鬼を移動させる血鬼術。人も可能なのか等、条件は未だ不明。
 厄介であるため早々に対処すべきだが、人も移動させられるのであれば難しい相手である。
 飛び道具を何か極めておくべきだろうか。

 鬼舞辻無惨。鬼の首魁。本能的に嫌いだ。
 血鬼術は不明だが、その強さは本物。
 残念ながら情報は未だ少ない。

 日記に纏めた情報を読み直し、一つ溜息をつく。
 どれもこれも、一人で戦うには荷が重い相手だ。
 複数で当たるべし。
 そう書き加え、手土産を持って蝶屋敷へと向かった。

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