伍
「こんにちは、炭治郎。いや、初めましての方がいいのかな?」
「あっ、柱合会議の時の……」
「うん。キノエって呼んでね」
今日は炭治郎のお見舞いに来ている。
お土産はアオイに渡してあるので、おやつとして貰えると思うよと伝えると、元気一杯にお礼を言われた。
杏寿郎に近いものを感じるけれど、全然違う。杏寿郎と千寿郎を足して二で割った感じだろうか。
蝶屋敷で生活を送っているものの、既に多くの傷は治り、機能回復訓練を行っているようだ。
「任務とはいえ、尾行されていただなんて嫌な思いをさせてしまったでしょう?謝りに来たんだ」
「そんな!むしろ会議では禰豆子を庇ってくれて感謝しています」
真っ直ぐに見つめてくる炭治郎。
話してみてすぐに分かる。この子はとても優しくて暖かい子だ。まるでお日様みたいな子。
これはみんなが出会ってすぐに庇いたくなるのも無理はないかもしれない。
ひたむきで真っ直ぐで。応援したくなってしまう子だ。
「あの、キノエさんも全集中の呼吸を使えるんですか?」
詳しく話を聞いてみると、炭治郎は今全集中の呼吸の常中の習得を目指しているらしい。
十二鬼月を、鬼舞辻無惨を倒すためにはもっと強くならなければならない。友人はカナヲとの訓練で負けてばかりで逃げ出してしまったようだが、自分が習得した後に教えてあげればいいと思っているのだとか。
「勿論使えるけれど……。炭治郎は良い子だね」
よしよしと頭を撫でてあげると、照れたようにはにかんだ。
「俺は長男なので、撫でられるのには少し慣れていなくって……」
撫でられる、というよりかは甘やかされることに慣れていないのだろう。
炭治郎のベッドに腰を掛け、その肩に腕を伸ばした。そのまま彼の頭を自分に凭れさせ、肩を優しく叩く。
「炭治郎はね、本当によく頑張っているよ。ちゃんとその努力を見ている人がいる。諦めない強さは誇れるもの。でも、もっと自分を大事にしてあげてね」
「は、はい!」
「良い返事」
炭治郎は思った。彼女は暖かい。まるで母に抱きしめられた時のような不思議な感覚に包まれる。
お館様と血が繋がっていると言われれば、誰もが納得してしまうだろう。
その心地良さにぼんやりとしてしまった炭治郎はハッとして妹の名を叫ぶ。
「禰豆子にも会ってやってください!」
炭治郎さえよければ勿論そのつもりであったと、キノエは微笑んだ。
◇
禰豆子のためにしのぶは一室を空けてくれていたらしい。カーテンの閉まったその部屋のベッドで、禰豆子はすやすやと眠っている。
起きられるか分からないけれど、と炭治郎が彼女の名前を呼びながら肩を揺さぶる。
「禰豆子、禰豆子」
親愛の込もった暖かい呼び方だと思う。私が耀哉の名を呼ぶ時もあんな風に聞こえているのだろうか。
禰豆子はゆっくりと目を覚ました。兄の姿を見て嬉しそうに抱きつき、彼の肩越しに私を見つめる。
炭治郎はそんな禰豆子に私を紹介した。
すると禰豆子は炭治郎から離れ、今度は私に抱きついてくる。警戒のひとつもない態度だった。
少しだけ力を弱め、背中に腕を回したままこちらを見つめる禰豆子。大きな瞳が炭治郎とそっくりだ。
するとまた上機嫌に抱きしめてくるので、今度は私もその背中に腕を回した。そのまま頭を撫でてあげると、もっと、と擦り寄ってくる。
「禰豆子は最近、表情が豊かになってきたんです」
ずっと眠っていたから、寝惚けていたのかもしれません。やっと目が覚めて、笑ったり怒ったりするようになりました。少し、子どもっぽくもなってしまいましたが。
困ったように笑いながらも、喜びの感情を隠しきれていない。
禰豆子は私と炭治郎の腕を取り、私たちをベッドに座らせ、その間に禰豆子自身が座る。二人の腕を自分の腕に絡め、満足そうにふんふん言っている。
「す、すみません!こうなると禰豆子はしばらく離してくれなくなると思います」
「夕方までに離してくれれば大丈夫だよ」
暗くなれば任務があるから。言外に伝えると、炭治郎はもう一度謝って禰豆子に言い聞かせる。
不満であると禰豆子も意思表示したが、仕方のないことだとも理解しているのか、すぐにこくりと頷いた。
いい子だねと二人で褒めれば、そうでしょう?と胸を張るのだ。
確かにこれは監視していた時よりもずっと感情豊かになっている。
「二人は不思議だね」
特別兄妹の絆が深いというわけではないはずだ。
例外はあるにせよ、一般的に家族の絆は深い。そこに優劣などないはずなのだ。
普通の家族。普通の兄妹。なのに何故か彼女は人を守ろうとする。理性が働いている。
何が特別だったのだろうか。
彼のように家族が鬼となり、殺さないでくれと頭を下げた人は大勢いる。その誰もが、守ろうとした鬼となった家族に殺され、または殺されそうになった。
だから、彼女たちの存在は喜ばしいことのはず。鬼となっても兄を害さない妹。まだ一緒に生きていられるのだ。
でも、でもなぁ。鬼となって理性を無くした家族を前にした人々を思い浮かべると、どうしてもやるせない。
人の命を守る以外に出来ることが無い自分が情けない。だからって他に出来ることなど何もない。悔しい。
「キノエさん、あの」
「ああ、ごめん。何でもな……くはないけれど、どうしようもないことだから」
炭治郎は左近次さんのように鼻が良いのだった。
私の感情も全て察してしまっているのだろう。
「私は、私たちは自分たちに出来ることをする他ないから」
つまりは鬼と戦う。それだけだ。
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