壱
最後に見たあなたの姿に今にも息が止まってしまいそうだった。
泣かないで。あなたの笑った顔が好きなのだ。
◇
杏寿郎が列車に赴くという話は本人から聞いていた。
これは耀哉から聞いた話だが、しのぶからの推薦もあり、将来有望な竈門炭治郎、竈門禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助。四人の隊員も同場所へ向かったとか。
十二鬼月案件であることはほぼ間違いなく、それ故に杏寿郎に任務が託された。
杏寿郎はその人柄からも柱たちに一目置かれており、実力も柱として申し分無い。
彼がいるだけで士気は上がり、安心感もある。そんな人だ。
「竈門隊員の件、信じられずにすまなかった!」
「いいよ、分かってたし」
「……俺のも食うか?」
「いらないよ」
柱合会議の翌日、定食屋でいつも通り話しをした。
許してはいるけれど、根に持っているのは否定しない。
食べ物でご機嫌を取ろうとしたって無駄なのだとはっきり拒否すると、眉が下がって千寿郎そっくりになってしまい、思わず笑ってしまったので結局私の負け。
そうして、「いってらっしゃい」と声を掛け合って別れた。お互いの武運を祈って。
けれど、別れはいつも突然訪れる。
「下弦ノ壱、撃破!上弦ノ参現ル!炎柱重症!至急救援ヘ迎エ!」
短く、的確に伝わるように。ヤシロが焦ったように叫び、方角を伝えられて駆ける。
血の気が引いた。心臓の音が妙によく聞こえ、体が震える。
嫌な予感に身体中が包まれ、それでも足は止めず、走り続ける。
見えてきたのは横転した列車。列車内から出てきた乗客。乗客は怪我をした人も居り、善逸と禰豆子が倒れている。
一旦その場に着地し、二人の呼吸を確認する。
しっかりと息をしているし、呼吸も整っている。怪我をしているが、大きな問題は無い。
激しい戦いの音が聞こえるのは列車越し。反対側に杏寿郎がいる。
震えそうになる足を動かし、列車の上へ。そこから見えたのは見たくもない光景だった。
遠くからでも分かる。
杏寿郎の腹には鬼の腕が貫通していた。
それでも杏寿郎は諦めていない。鬼の腕を掴み、その頸を落とすまで粘るつもりだ。
もう時期日が昇る。最悪それまでの辛抱であると。
ならば、私のすることは一つ。
己の腕を千切り、逃走を謀る鬼。その鬼に向かって刃を光らせる。
「炎の呼吸伍ノ型、炎虎!」
追え、追え、追え!
振り向いた鬼は目を見開き、それでも抵抗を重ねる。
鬼の体が落ちる。袈裟懸けの形になったか。しかしその瞬間に腕が再生し、落ちた頭ごと受け止めて日陰へと走っていく。
嗚呼、駄目だ、追い付けない。木々に姿が隠れてしまった。
列車から降り、宙から技を放った私は着地をし、森へ逃げた鬼を視認する。既に空いた距離を考え、追いつけないことを確信するも追いかけずにはいられない。
また駆け出そうとすると、鬼に刀が飛び、そのまま深く刺さる。
「逃げるな卑怯者!」
炭治郎だ。
苦しそうに呼吸をしながら、鬼を罵倒する。
生身の人間が鬼の有利な夜の中戦っている。失った手足が元に戻ることは無い人間がだ。
馬鹿野郎、卑怯者!炭治郎は何度も罵る。
「煉獄さんの方がずっと凄いんだ!!強いんだ!!」
その通りだよ、炭治郎。
杏寿郎は人の心を慮ることの出来る凄い人。いつだって彼の言葉には説得力があった。
杏寿郎は強い。心が曲がることなく、努力を続けて柱となった。その強さは肉体的なものだけではないのだ。
鬼の姿を見失い、私の足は止まってしまった。
「お前の負けだ!!煉獄さんの勝ちだ!!」
炭治郎の泣き叫ぶ声が聞こえる。
私って、どうしてこうも役立たずなのだろうか。
鬼舞辻にも上弦の鬼二人にも出会った。そのくせ、私は何とか生き残っているだけ。守らなければならない一般人も仲間も死に、私は今ものうのうと息をしている。
勝てないから足止めをする。それは間違いではないはずだ。それでも、死に行く仲間を見るとそんな自分が情けなくなる。
何も出来ない自分が憎い。いつも助けに行くのが遅い自身に腹が立つ。英雄は遅れてやって来る?間に合わないのなら意味が無い。
私はどうして何時もこうなのだろうか。
流れ落ちる涙に気付けないまま、来た道を辿った。
「……キノエ、殿」
日は昇る。
小さな声は私に届くことはなかったが、ふわりと微笑む杏寿郎の口は確かに私の名を紡いでいた。
体が勝手に動き、いつの間にか杏寿郎の前で視線を合わせていた。
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