炎柱、煉獄杏寿郎の死はすぐに隊内に伝わり話題となった。
 あの炎柱でも敵わない鬼。絶望する者もいれば仇を打つと一層励む者もいる。
 士気が下がらないようにと耀哉は多くの隊士と会い、そして手紙を送った。

「姉さん」

 耀哉の心配する声が聞こえる。
 親しい人を亡くした私を気にして、態々産屋敷邸へと呼んでくれたのだ。
 輝利哉がきゅっと私の手を握る。
 顔を上げれば、あまねも甥っ子たちも悲しそうな顔をしていた。私がさせてしまったのだろう。

「思っていたよりも大丈夫そうだね」
「……うん、ちゃんとお別れが出来ているから」
「いってらっしゃい」
「……!いってきます」

 煉獄邸へ行くことに気が付かれていたらしい。背中を押され、送り出される。
 耀哉が大丈夫だと判断したからだろう。あまねたちも安心しきった顔で玄関まで見送ってくれた。
 杏寿郎が死んだ。彼のことを思い出す度に涙が溢れそうになるけれど、それと同時に奮い立たされる。

「私は何も、間違っていない」

 成すべきことを成せ。そのためにも槇寿郎さんや千寿郎と話をしなければならない。何せ、彼らのことも任されているのだから。
 空は雲一つない晴天。息がどうしてか、しやすかった。





 絶句。
 あの槇寿郎さんが庭で稽古をしている……?昔に戻ったのだろうか。明日は槍が降ってくる?思わず二度見して固まった私の頭を槇寿郎さんが竹刀で軽く叩き、何をしているのかと千寿郎が叱る。
 心の距離が近くなっている……!?
 中へと案内され、どうしてそうなったのかと尋ねれば、杏寿郎の死に槇寿郎さんも思うところがあったらしい。既に炭治郎が遺言を伝えており、更に槇寿郎さんに頭突きをしたのだとか。
 流石はやる時はやる男である。
 炭治郎も凄い男だ。こうして人を変えることが出来るのだから。小説か何かの主人公気質とでも言うのだろうか。不思議と彼の周りにいる人は丸くなっていく。
 勿論、一部を除いての話だが。

「その、キノエさんに渡そうか悩んでいたものがあるのですが……」
「私に?」

 千寿郎が元々杏寿郎の部屋であった場所から桐の箱を持ってくる。槇寿郎さんは黙ってこちらを見つめていた。
 開けても良いかと尋ね、頷かれてから蓋を開ける。その時、何故か手は震えていた。
 中には二つの物が入っており、一つはつまみ細工で作られた藤の花が愛らしい簪。鬼殺隊の人間からすれば、これ以上に縁起の良い物はないだろう。
 もう一つは櫛。赤い刺繍の施された袋に入っており、布の裏地は黄色であった。
 どちらもとても可愛らしく、それでいて私好みの作りをしている。
 男性が簪や櫛を女性に贈る理由だなんて、一つだけしかない。
 そして、杏寿郎の最期の言葉を思い出す。

「いつ渡そうかと悩んでいました。けれど、なかなか勇気が出なかったそうです」
「そっか……そう、なんだね」
「兄上はよく、キノエさんの話をしていました」

 ――甘い物を食べているときやご家族の話をされているときは、何時もよりも更に優しく微笑まれるんだ。お館様たちが羨ましくなってしまう。
 とても大きな存在に感じられるが、実は体はとても小さい。筋肉が付きにくい体質だとご自分でも仰っていたし、簡単に折れてしまいそうで心配だ。俺が近くでお守りしたい。
 千寿郎!あの方が俺を友だと認めてくださった!敬語も遣わなくて良いと!これは大きな一歩だな!
 似合うと思い、ついつい簪を買ってしまった……。よもや、恋仲ではないのにどうしたら良いのだ?
 気持ちばかりが先走り、櫛も買ってしまった!後悔はしていない!

「他にも色々と。兄上を取られてしまったようで、正直嫉妬してしまいました。でも、俺もキノエさんのことが大好きです!初めて会ったあの日から、ずっと兄上のお嫁さんになってくれないかなって思っていたんです。母親のような、姉のような。そんなキノエさんともっと一緒にいたくて」

 寂しかったからと千寿郎はついに泣き出してしまった。そんな千寿郎を抱きしめて、私も一緒に泣いてしまう。
 不器用に槇寿郎さんが私たちの頭を撫でてくれるが、千寿郎はそれにすら感極まり余計に泣いてしまった。
 槇寿郎さんはぎょっとして優しい言葉をかけようとするが、何を言ったらいいのか分からないらしい。単語にすらなっていなかった。
 そんな慌てた姿が面白くって、ついに二人で笑ってしまう。涙はまだ止まらないけれど。





 夕暮れ時。
 目を真っ赤に腫らした私は煉獄家を去る。ご迷惑をおかけしましたと深々と頭を下げて。

「大丈夫ですから、また何時でも来てください!ね、父上」
「そうだな。大したものは出せないが」
「はい、それじゃあお言葉に甘えて。……そろそろ失礼しますね」
「はい!あ、そうだ!」

 駆け寄る千寿郎が内緒話をする。
 ――櫛を入れる袋の刺繍ですが、あれは煉獄家の家紋なんですよ。
 悪戯を成功させた幼い子どものように千寿郎が笑う。
 受け取ったからには他の人のお嫁さんにはなったら駄目ですよ!と念押ししているのだろう。その内緒話をしっかりと聞いていた槇寿郎さんが困らせるなと千寿郎を叱った。
 杏寿郎の死が煉獄家のいざこざを解決したのは皮肉なものだけれど、二人の幸せそうな顔を見てしまえば、きっと杏寿郎も喜んでいるのだと感じてしまう。
 大丈夫だよ、杏寿郎。私は既に傷だらけだし、誰かの家に嫁ぐつもりはない。産屋敷家も次期当主がいるから安泰だ。
 もしも。もしもの話だけれど、また転生することが出来たら。その時はまた貴方と会いたい。貴方ともっと長い時間を過ごしてみたい。
 貴方の想いに心の底から応えたい。

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