壱
耀哉からの炎柱襲名を無理に遅らせてもらい、私は修行の旅に出た。
少し大袈裟な表現になってしまったが、実際には慈悟郎さんと左近次さんの所にそれぞれ一週間ずつお世話になり、訓練をつけてもらうことになっている。
その間、近隣での任務は請け負う。鬼殺隊は何時だって人手が足りないため、これでも我儘を通してもらった方なのだ。
今の私は杏寿郎程気高く在れない。炎柱を襲名するに相応しくない。
杏寿郎に追いつくとまでは言わなくとも、もっと強くなってからでないと。
底上げすべきは機動力。そして上がった機動力に合わせた動きを見つけるために左近次さんに多く手合わせをしてもらう。
慈悟郎さんに手合わせしてもらう程の実力がないわけではないが、彼は片足を失っている。昔であれば何の問題もなかったが、私は次期柱だ。慈悟郎さん自身も時期柱相手では自分は力不足であるとはっきり手紙に記していた。長時間の打ち合いはこの足では出来ないからと。
慈悟郎さんの元に到着し、手土産を渡すとすぐに訓練に入る。
「その姿勢で膝は曲げるな!走る時はもっと膝を上げろ!空気を巡らせるんじゃ!」
木と木の間を走り、跳び、どんな体勢で着地してもすぐに動けるように矯正される。
走り出す時は後ろ足を曲げてはいけないが、走り出したら勢い良く膝を上げる。筋肉の繊維、血管、全て認識しろ。
走る時の姿勢はすぐに良くなったが、それによって自分が思っていたよりも身体が素早く動き、着地が上手くいかなくなる。それに怯んで速度を落としすぎると、慈悟郎さんからのお叱りの声が聞こえ、やけになってひたすら駆け回った。
上手くなってきた最後の最後で顔面から木と衝突し、鼻血が出て手当をされたのが恥ずかしすぎた。もう私も二十三歳なのに。
「すまん、どんどん良くなって楽しくなってしまってのう……」
「いえ、これは私が調子に乗ってしまった結果です」
実際には鼻を抑えていたため、こんなにはっきりとは言えていないのだが。
ずっと動き回っていたから食欲が出ないだろうと、慈悟郎さんはしゅるしゅると桃の皮を剥いてから差し出してくれた。それを有難く咀嚼し、食べ終わった頃にはうとうととしてしまう。
「今日は任務はなかったな?」
「はい……」
「なら、お湯で濡らした布を用意しよう。それで体を拭いてもう寝るんじゃ。風呂は朝にでも沸かしてやる」
そこまでお世話になるわけにはいかないと断ると、「明日からはこき使ってやる」とわしゃわしゃと頭を撫でられる。
子ども扱いされるのも存外悪くないのかもしれない。
ふわふわとした気分でそう思い、その日は暖かな布団の中でぐっすりと眠った。
◇
毎日特訓を繰り返し、左近次さんの元へ向かう日。まさかの慈悟郎さんに左近次さんの家まで見送られてしまった。
左近次さんも左近次さんで「大きくなったな」と頭を撫でてくるため、どうやら二人は私を孫扱いしているらしい。
嬉しくないわけではないが照れるからやめてほしい。もう私も子どもじゃないのに。
数ヶ月前に会いましたよ、と左近次さんに言い返すが、また頭を撫でられて誤魔化されてしまう。不服です。
「では今日は休め」
「……は?」
「身体を休めるのも仕事の内だ」
「いえ、大丈夫です」
「最後に丸一日身体を休めたのは?」
それは柱合会議前だったと思う。耀哉へ浅草について報告した日。あの日なら二十四時間は特段体を動かすことはしていなかったはず。
「お前は働きすぎだ」
そうなのだろうか。今の生活が普通になってしまっているからかよく分からない。
しかし休息もたまには必要なのは間違いないだろうし。言われた通りに休んでみよう。
休む、か。寝て、起きて、ご飯を食べて。甘いものを食べて。それから……それから?
「休むって、何をしたら良いんだっけ……?」
私の呟きで空気が固まった瞬間だった。
「以前は?」
「え?」
「お館様が休みを与えてくれているはずだ」
それもそうだ。丸一日任務のなかった日は何時だ?
ああ、そういえば。
「杏寿郎と過ごしてた」
そうだ。杏寿郎と買い物をしたり、一緒に食事をしていたんだ。たまに煉獄家に遊びに行ったりして、夜に酒盛りをした。
あまりに自然に過ごしていたから、すっかり忘れてしまっていた。耀哉が上手いこと私と杏寿郎の都合を合わせていたのだ。
そっか。なら、一人ですることが浮かばないはずだ。ずっと私は一人ではなかったのだから。
「成程。三人で過ごせば良いんだ」
左近次さんも慈悟郎さんもいる。何も一人ですることを考える必要はない。
「お時間があればなのですが、一緒にお酒を呑みましょう?」
師匠たちと酔って笑って盛り上がる。
何だかとても楽しそうだ。
BACK /
TOP