弐
本気での試合。
左近次さんと木刀で打ち合い始めてからどれだけ経っただろう。
決着がつかないようであれば、日が落ちたら終了とすると事前に決めていたのだが、既に夕暮れ時だ。
これでも私は現役で次期柱だと言うのに、左近次さんは一歩も引かない。経験値が違う。
どんなに攻めても受け流され、少しでも隙を見せるとそこを突いてくる。
態と隙を作って誘い込もうとするが、本能的に避けて罠に嵌ってくれない。
本当に私の周りには凄い人ばかりが存在する。かっこいいな、畜生。
夜の帳が下り、試合を終了とする。
流石にお互い息が切れ、竹で作った水筒を拾って左近次さんに手渡した。慌てて飲むと横っ腹を痛めるため、気持ちゆっくりに飲み干す。
「強くなったな」
「ちょっと嫌味に聞こえますよ」
息を整えた左近次さんが褒めてくれるが、悔しさに可愛くないことを口にしてしまう。
軽く頭を叩かれて叱られ、ごめんなさいと謝った。
「切り替えが早くなっている。特訓の成果が出ているな」
「でも、その代わりに一太刀が軽くなっている気がして」
「前ならば動けなかった体勢でも動けるようになり、腕と感覚が追いついていないのだろう」
「腕は分かりますけど……感覚、ですか?」
この位置にいる敵にはこの刀の振り方で当たる。それに慣れていないのだと言う。動きが早くなったため、以前よりも早い間で刀を振ることを心掛けなければならない。
こればかりは何度も反復し、体に刻み付ける他ない。
山の中に幾つか罠を仕掛けてあるので、明日からは何度も山を登っては降り、身体に動きを馴染ませろと指示される。
それに大きく返事をしたが、突然山の中で左近次さんが襲いかかってくる罠があるとは聞いていなかった。あれが一番恐ろしかったと後に私は耀哉に語る。
◇
左近次さんとも別れ、体調も万全を期して産屋敷邸へと帰ると、満面の笑みの耀哉が布団から起き上がって私に尋ねる。
「次の柱合会議で炎柱を襲名してくれるかい?」
その言葉に居住まいを正し、深く頭を下げた。
「謹んで、拝名致します」
きっとこれは産屋敷家にとって歴史的瞬間。
耀哉は全て知っているかのように名前はどうするのかと相談してくる。ずっとキノエで通してきた名前だ。それももう、柱となれば使えなくなる。
しかし耀哉は私が産屋敷の娘として貰った名が馴染んでおらず、両親に申し訳なさを感じていたことを知っていた。
どちらでも良いんだよ、と私の手を両手で包み込んだ。
「それなら私は、」
――産屋敷名前を名乗りたい。
前世の私も、今世の私も、紛れもない私だから。どちらの私も大切にしたい。
前世の名字も今世の名前も捨てたわけじゃない。どちらも含めて、今はそう名乗りたいのだ。
「やっと名前を教えてくれたね」
そんなに嬉しそうな顔をしないでよ。悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまう。
「でも嫉妬してしまうなぁ。杏寿郎には既に教えていたんだろう?」
それはまあ……。よく知ってるね。
千寿郎が私に嫉妬していたと言っていたことを思い出す。兄を取られてしまったようで……だったか。ならば耀哉は今、杏寿郎に私が取られてしまったと思っているのだろうか。
私は私なのに。
ぎゅっと耀哉を抱きしめる。
「それでも、耀哉のことが大好きなのは変わらないよ」
「……狡い姉さん」
痛いくらいに抱きしめられ、私が悪かったと力を弱めるように背中を叩く。
逆に力を込めてくるので、しょうがないなと頭を撫でてあげた。
残念ながら姉さんは強いから、そのくらいの余裕はあるんだよ。
BACK /
TOP