肆
「無一郎」
「!……師匠!」
柱稽古の途中。こちらに気付き、飛び付いて来た無一郎を抱きしめ、くるりと一回転する。うん、大きくなった。
ふわふわ、にこにこと笑う無一郎の姿は少し前ならば考えられなかったことだ。無一郎もまた、炭治郎と出会ったことで変わった子の一人。
「悲鳴嶼さんから頼まれて、見学に来ている玄弥だよ」
「こ、こんにちは……!」
「はい、こんにちは。参考になるかは分からないけれど、柱の動きを目で追えるようになれれば大分戦いやすくなると思うよ。しっかり見ててね」
「はい!」
柱同士の稽古は見ているだけでためになるからと、行冥から玄弥の見学要請が来ていたらしい。私は誰に見られても困らないので、むしろ仲間のためになるのであれば大歓迎だ。
元気よく返事をした玄弥の頭を撫でると、ボッと顔を真っ赤にする。
無一郎がコソコソと思春期で女の子相手だと照れてしまうことを耳打ちで教えてくれ、何だか微笑ましくなってしまう。
今回は呼吸有りの手合わせ。無一郎の屋敷の庭を借りて行う。
木刀を手に持つ私と無一郎を玄弥を含む、柱稽古中の隊士が見守った。
先に仕掛けて来たのは無一郎だ。
「霞の呼吸肆ノ型、移流斬り」
足元から斜めに切り上げる技だ。
無一郎との手合わせの回数は多く、相手の手札はお互いほぼ知っている。だからこその純粋な力較べとなる。
少しばかり身を低くして扱う技であるため、軽く飛んで避ける。
更に無一郎は壱ノ型を即座に使用し、宙にいる私を狙う。咄嗟に私も肆ノ型で対応し、そのまま着地。踏み込み、間合いを詰めた。
「炎の呼吸壱ノ型、不知火」
袈裟斬り。が、当たることはない。辺りは霞に包まれている。
ということはこれは漆ノ型である朧だ。
背後……いや、上空から来る!気配を感じ、陸ノ型をまた肆ノ型で防ぐ。
次に攻めたのは私で、伍ノ型で切りかかった。
攻める、守る。繰り返して一時間程経っただろうか。他にすることもあるため、この辺りで止めることとする。
「ありがとうございました!」
声が重なった。
心拍数、体温共に上がり、痣も浮かび上がってからは安定して維持することが出来たので、中々良い結果に終わったのではないだろうか。
気を利かせてぬるま湯を持ってきてくれた玄弥に礼を伝えると、また顔を真っ赤にさせてしまった。
◇
黄色に赤が混じったふわふわな髪。それを櫛で梳かし、整えてから高めの位置で一つに結ぶ。
「はい、これで終わり」
「ありがとうございます!」
ふにゃりと笑ったのは千寿郎だ。
じゃあ次は俺が結びますね、と千寿郎が背後に回る。
そんな私たちを少し離れた場所で槇寿郎さんが微笑ましそうに見つめているのが分かる。鏡に映っているのだ。
自分のことは自分でやる。人にやってもらうのは昔はどうしてか恥ずかしく、嫌がって迷惑をかけてしまったものだ。
千寿郎の優しい手つきが暖かい。
「終わりました!」
「これは……」
「兄上とお揃いです」
満足気に胸を張る千寿郎は楽しげで、けれど不安でいっぱいの表情をしていた。
「これで、完全に煉獄家の人間だな」
千寿郎を抱き寄せ、槇寿郎さんが快活に笑う。
ちゃんと父親をやっていた。そんな彼らが少しだけ眩しい。
隊服に炎を模した羽織、先代の炎柱とお揃いの髪型。俄然やる気が出る。
「それじゃあ、私はそろそろ行きますね」
「ならば、途中まで一緒に行こう。千寿郎、留守を頼む」
槇寿郎さんは千寿郎の頭をわしゃわしゃと撫で、私は一度だけ彼を抱きしめて離れた。
「いってらっしゃいませ!ご武運を!」
切り火を行ってくれた千寿郎が叫ぶ。
黄昏時。今日が最終決戦の日となりますように。
鬼がこの世からいなくなることを願って。
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