肆
札を付けている者同士であればお互いを知覚出来る。とても便利だ。
行冥が鬼舞辻の体が透けて見えないかと全員に確認を取る。それはまあ、透けて見えているけれど。
一人、二人が見えているだけじゃ人数が足りない。それだけでは鬼舞辻を抑えられない。
瞬間。鬼舞辻の攻撃の速さが増す。吹っ飛ばされ、腹に打撃を受けた。受け身をとって転がったが、正直もう足が限界だ。一度止まってしまえば、立ち上がるのが難しい。
一人、傷が少ないカナヲを鬼舞辻が襲う。それを助けたのは炭治郎だ。
炭治郎の顔の右半分は臓器が出てきてしまったかのようで、どうにかしてやりたいと願ってしまう。
炭治郎はヒノカミ神楽を繰り出した。あれが日の呼吸と呼ばれるものだろう。全ての呼吸の始まり。見るのは初めてだった。
朦朧とする意識の中、見ることを止めない。
腕と表現していたが、あれは背中にある管だったらしい。そしてその管を腿からも出したのだ。それで私たちはやられた。
落ち着いてきた。余裕が出来て、よく見える。考えることが出来る。
ごぽり、血が口から垂れる。
鬼舞辻の動きはちゃんと遅くなっている。私たちが削ったのもあるし、恐らくは珠代さんたちが作った薬の効果。
「夜明ケマデ五十九分!!」
一時間を切った。
動け、助けるんだ。炭治郎を助ける。
動いたのは私だけではない。小芭内も戦うために、守るためにまた動き出した。
小芭内はもう既に両目が見えなくなってしまっている。だが、鏑丸が代わりになってくれるらしい。
「炎の呼吸玖ノ型、煉獄!」
煉獄は炎の呼吸の最終奥義。杏寿郎が使っていた技。
共に任務へ向かった際に一度だけ、たった一度だけ見たことがあった。だからこそ、使えるかも分からなかった。
でも、今やらないでどうするのだと。一歩、大きく踏み出した。
二人が距離を取れるように。
轟々と燃え盛る炎。体への負担が大きく、こんなものを杏寿郎は扱えていたのかと関心してしまう。
グルッと体内で変な音が鳴る。内臓がやられ始めたらしい。
まるで他人事のように思いながら、幾度となく攻撃と躱すことを繰り返す。
もうずっと繰り返してばかりだ。
すると、鬼舞辻の体に不自然に傷が浮かび上がってきた。新しいものではない。古傷であろう。今まで隠していたが、隠す余裕もなくなってきたのだろうか。
「夜明ケマデ四十分!!」
その鴉の声を聞き、鬼舞辻は逃走を開始した。亡骸を踏み付けにし、ただ生きることに執着する。そこだけは人間らしいのだから、呆れたものだ。
足の骨がイカれている。私はもうすぐ動けなくなる。限界なんてとうの昔に超えていたんだ。
毒は消えただけで、蓄積された内臓への負担は消えない。そこに更に呼吸を続けていたのだから、どうしたって肺はボロボロになる。
出血量が多すぎてクラクラする。平衡感覚が失われかけている。踏ん張るにしたって足にもう力が入らない。
邪魔にならないように端に避けている?いや、そんなことをしている場合ではない。もっと出来ることがある。
「炭治郎!小芭内!札を!」
札を拾って使えば、鏑丸と小芭内の視覚を共有出来る。そうすれば、弱り始めた今の鬼舞辻相手であれば二人で挟み続けることが出来るだろう。
私のやることは一つ。最後の力を振り絞って、彼らのための時間を稼ぐこと。未来を繋ぐこと!
呼吸を。慈悟郎さんに学んだこと、更に左近次さんの元で反復したあの練習を思い出して。
「炎の呼吸玖ノ型、煉獄」
魂を燃やせ。
畏怖を感じた鬼舞辻の体の管が全てこちらへと向かってくる。その全てと相打ちとなり、吹っ飛ばされた。
意識が遠のく。背中への強い衝撃。
ここまで飛ばされていれば、二人の戦う邪魔にはならないな。
小芭内が愈史郎さんの札を目に着けていることを確認し、私は気絶した。
◇
声が聞こえた。
まだだ。もう少し、もう少しだけ頑張ってくれと。
そんな終わりがあってはいけないのだと。
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