第捌章.壱話没



 痣者の増加、そして禰豆子が太陽を克服したこともあり、緊急で柱合会議が行われることとなった。
 鬼の出現率も減り、時間が出来た今。私も柱として会議に参加する。
 前日まで見回りをしていたため、会議当日の早朝。布団から起き上がることすら難しくなってしまった耀哉と話をする。
 どうしても話しておきたいことがあるのだと伝えられていたからだ。

「近く、私は死ぬ」

 はっきりと本人から告げられたそれは信じたくないものだ。けれど、見るからに弟の死期は近付いていた。そんなことないよ、だなんて嘘はつけない。そんな嘘、私も耀哉も傷付くだけだ。
 まだあまねたちにも話していない内緒の話。しかし、あまねはちゃんと気付いている。気付いていて黙っているのだ。
 耀哉のことをお願いしますと頼まれた。だからこそ、突拍子もないことをし仕出かそうとしているのだろう。
 その目は自分の死を理解した者の瞳だから。

「無惨を誘き出すよ。私の命を使って」

 嗚呼、この子は。最後まで鬼舞辻無惨に囚われている。鬼舞辻がいなければ。今まで何度そう思ったことか。
 遺体すら残す気はないのだろう。どうしてそんな悲しいことをしようとするのだと。そう言ってやりたい。けれど何を言ってもこの頑固者は意志を曲げず、ただただ謝るだけなのだろう。知っている。私は貴方のお姉ちゃんだから。
 文句をぐっと飲み込み、策を聞き出す。
 浅草について私の報告があった後、耀哉は珠代さんと愈史郎さんを見つけ出した。彼女たちに協力を無事に仰ぎ、多くの情報を共有。そして、無惨を倒すには太陽光しかないのではとの仮説が立ってしまった。

「隙を着いて一度無惨の頸を落としたい」

 それで倒せれば万々歳。倒せないのであれば、最終決戦へと縺れ込む。
 頸を落としても死ななかった場合、珠代さんが弱った無惨を足止めする。それは本人が自らその役目を立候補したとのことだ。

「上弦の鬼に対するのは柱。その中でも上弦ノ弐、童磨の相手はしのぶが務めるよ」
「……ああ、やっぱりそうだったんだね」

 しのぶはどうしてもあの鬼を討ちたいのだろう。姉の仇だ。気持ちは分かる。
 あれを討つためだけにしのぶは体内にまで藤の毒を仕込んでいた。だからしのぶからは最近、藤の香りがしていたのだろう。
 藤は人体にも毒だ。執念のなせる技。自分の死と引き換えに、あの鬼も地獄に落とす。

「それから、これはつい先日届いた報告だ。姉さん、決して揺らがないで」

 ――桑島慈悟郎が一人で腹を切る。

「……え?」
「彼の弟子である獪岳が鬼になったんだ。その責任を取る」

 確かに過去にも鬼殺隊の人間が鬼になったという記録は少数ながら存在する。そしてその鬼の師匠は例外なく腹を切っていた。
 腹を切らなくても良いだなんて言えないけれど、最後に会いに行きたい。行きたいけれど、慈悟郎さんが何も言ってこないんだ。なら、それはいけない。
 腹を決めた慈悟郎さんの決意を揺らがす可能性があるのであれば、私も我慢しなくては。

「我妻……我妻善逸。彼も弟子だったよね?知ってるの?」
「まだ知らないよ」
「そう……。分かった、なら黙ってる」

 慈悟郎さんが黙っていることにしたのなら、余計なことはしない。弟子のことは慈悟郎さんの方がよく分かっているのだから。

「ということは、獪岳の相手は善逸に?」
「それは輝利哉が決めることだよ」

 その時にはもう、耀哉は死んでいるから。そういうことなのだろう。
 震える手、震える声。全てを堪え、より良い未来のために頭を回す。

「確実に無惨の頸を落とすのなら、ここまで誘き出してから爆発を起こすのが良いと思う」
「……私も同じ考えだ」

 よかった、と笑う耀哉はどこか苦しそうで、けれど意を決したように私に尋ねる。

「姉さんには輝利哉の護衛を頼みたいのだけど、きっとしてくれないよね」

 私も前線で戦いたいからね。それこそ、耀哉の敵を討ちたいのだから。
 分かっているから口に出さない。そんな耀哉が珍しく、隠すことなく伝えた瞬間だった。





 柱合会議には遅れて参加する。それは感の鋭い柱たちの目を欺くためだ。
 それは私の存在を隠すわけではない。私ではなく、珠代さんや愈史郎さんを隠すため。
 会議があるため、二人には産屋敷邸の一室に隠れてもらっている。愈史郎さんの血鬼術が人の目を欺くことが出来るもので、現在も使用してもらっているのだそうだ。
 産屋敷邸は広く、奥の方の部屋であれば時間によっては日差しが入らない部屋もある。

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