陸章原案
「炎柱煉獄杏寿郎、上弦の参との戦いにおいて死亡」
その報は鬼殺隊の人間を震撼させた。
あの煉獄杏寿郎でも上弦の鬼には敵わないのかと。
しかし、それでも私たちは戦い続けるしかない。それ以外に道などないのだから。
「姉さん」
耀哉の心配する声が聞こえる。
私が杏寿郎が死亡したことを知ったのは産屋敷邸でのこと。態々、耀哉の口から伝えられたのだ。
輝利哉がきゅっと私の手を握る。
顔を上げれば、可愛い私の家族たちが悲しそうな顔をしていた。
私がさせてしまったのだろうか。
謝る前に耀哉に煉獄邸へ行くように勧められ、言われるがままに向かった。突然行っては失礼だと頭の中では理解しているのに、足が勝手に動き出したのだ。
煉獄邸に着くと、家の前で杏寿郎にそっくりな男の子が掃き掃除をしていた。弟の千寿郎だろう。聞いていたから知っている。
千寿郎は私の気配に気付くと訝しげにするが、被衣から顔を出すと、本能的に何かを感じ取ったらしい。煉獄家は代々炎柱を輩出している家柄。だからこそ、血が何かを訴えたのだと思う。
声をかけようとすると、千寿郎を呼びに来たのだろう。父親で元炎柱の槇寿郎が外へと出てきた。
幼い頃の話なので、私自身彼がどんな人だったのかは覚えていないが、彼が柱で在った頃に柱合会議で顔を合わせたことがある。
煉獄家の人間は何故こうもそっくりなのだろうか。私と耀哉は双子だけれど、初見で双子だと分かる人間は殆どいないのに。
姉弟であることはすぐに気付かれるのだが、双子と言うと驚かれる。雰囲気は似ていても、顔はそんなに似ていないらしい。
槇寿郎は私の顔を見て目をカッと大きく開くと跪き、同じように千寿郎の頭を下げさせる。
私は彼らの頭を急いで上げさせ、突然訪れたことのお詫びを伝える。
父の態度で私が誰であるのかを察したのだろう。千寿郎くんは私を屋敷の中へと案内してくれた。
「そ、粗茶にございます」
「ありがとう。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
槇寿郎は着崩していた着物を直し、千寿郎くんは父や兄の上司……!とガチガチに緊張してしまっていた。可愛らしい。
お茶を一口頂き、本題に入ることにする。
「急な出来事で私自身、とても驚いています。彼は誰よりも気高いお人でしたから……。杏寿郎のご冥福をお祈り致します」
頭を下げる。
こんなことを言っておきながら、本当は実感が湧いていないんだ。
まだ生きているような気がしてしまう。私は彼の死体を見たわけでもないし、任務があって彼のお葬式に顔を出すことも叶わなかった。任務に支障が出ないよう、彼の死を伝えられたのは今日であって、彼の死から一月程経っている。
頭を上げると、涙を流した二人の姿があった。
泣かないで、なんて言うことは出来ない。
私の正面に隣り合わせで座った親子の頬を撫でる。座卓が少しだけ邪魔だった。
涙を拭った千寿郎が仏壇から一つの紙袋を取り、私に差し出す。
「兄から、貴女様に宛てた物です」
そう言われ、紙袋を開ける。何故だか手は震えていて、なかなか開けづらい。
中には二つの物が入っていた。
一つはつまみ細工で作られた藤の花が愛らしい簪。鬼殺隊の人間からすれば、これ以上縁起の良い物はないだろう。
もう一つは櫛。赤い刺繍の施された袋に入っており、布の裏地は黄色であった。
どちらもとても可愛らしく、それでいて私好みの作りをしている。
けれど、これは本当に私宛の物なのだろうか。
だって、男性が簪や櫛を女性に贈る理由だなんて、一つしかないじゃないか。
「いつ渡そうかと悩んでおりました。けれど、なかなか勇気が出なかったそうです」
「本当に私に贈ろうと……?」
「私めも嫁として迎え入れたい方がいるのだと、直談判をされたことがございました」
まさか産屋敷家のお方だとは思いもしませんでしたが。
どうやら、父親には詳しいことを話していなかったらしい。いや、杏寿郎の場合は話を聞いてもらえなかったのだろうか。
皮肉なものだ。杏寿郎の死があって、親子の溝が浅くなるだなんて。
千寿郎は続ける。
「兄はよく、貴女様の話をしてくれました」
――甘い物を食べているときやご家族の話をされているときは、何時もよりも更に優しく微笑まれるんだ。お館様たちが羨ましくなってしまう。
とても大きな存在に感じられるが、実は体はとても小さい。筋肉が付きにくい体質だとご自分でも仰っていたし、簡単に折れてしまいそうで心配だ。俺が近くでお守りしたい。
千寿郎!あの方が俺を友だと認めてくださった!敬語も遣わなくて良いと!これは大きな一歩だな!
似合うと思い、ついつい簪を買ってしまった……。よもや、恋仲ではないのにどうしたら良いのだ?
気持ちばかりが先走り、櫛も買ってしまった!後悔はしていない!
「他にも色々と。兄を取られてしまったようで、正直嫉妬してしまいました」
じわり、じわり。熱い何かが体中を走る。
千寿郎の瞳には涙が溜まっていた。
「兄が自ら渡せなかったものを渡してしまっても良いのか悩んでいましたが、渡せて良かったです。だって、貴女様は兄を思って泣いてくれている」
「え……?」
言われて、はたと気付く。私は知らず知らずのうちに泣いていた。
拭っても拭っても、涙は止まらない。視界がぼやける。
ああ、本当に杏寿郎は死んでしまったんだ。何処にも、もういないんだ。彼の顔を見ることも、声を聞くことも叶わず、少しずつ彼との記憶を失ってしまうんだ。
悲しいよ、苦しいよ。忘れたくないよ。
胸がぎゅうっと握り締められたかのように痛い。
簪と櫛を壊れないように胸に抱き締め、ボロボロと声を上げて泣き出す。
私、杏寿郎のことが好きだったんだ。違う、本当はずっと前から気付いてた。気付いていて、知らないふりをしていたんだ。
耀哉が何度も杏寿郎と私が二人で過ごせる時間を作っていた理由だって、本当は分かっていた。私のためを思ってのことなんだって。それなのに私はずっと。
ごめん、ごめんなさい、杏寿郎。こんなことになってしまうなら、ちゃんと自分の気持ちを認めて、貴方に好きだと伝えておけば良かった。鬼殺隊の人間に明日は保証されていないって分かっていたのに。
あまりの泣きようにいつの間にか、私が二人に宥められていた。
◇
夕暮れ時。
目を真っ赤に腫らした私は煉獄家を去る。ご迷惑をおかけしましたと深々と頭を下げて。
「大丈夫ですから、また何時でも来てください!ね、父上」
「そうだな。大したものはお出し出来ませんが」
「いえいえ、そんな結構です!」
じゃない。そうじゃないよ、私。
気が抜けてしまったからなのか、人の上に立つ者として相応しい喋り方ではなくなってしまっている。
思えば杏寿郎の前でもよくなってしまっていたし、煉獄家恐るべし。
「それじゃあ、そろそろ失礼するね」
「はい!あ、そうだ!」
駆け寄る千寿郎が内緒話をする。
――櫛を入れる袋の刺繍ですが、あれは煉獄家の家紋なんですよ。
悪戯を成功させた幼い子どものように千寿郎が笑う。
私は喜べば良いのか、また泣いてしまえば良いのか、分からなくなってしまった。
千寿郎が何を言ったのかに気付いた槇寿郎は困らせるな!と軽く頭を叩いた。そんな触れ合いすらも、今の彼は嬉しそうだ。
皮肉なものだね。杏寿郎の死があって、貴方の家のいざこざが解消されるだなんて。
ねえ杏寿郎、貴方、思っていたよりもずっと独占欲が強かったのかな。簪に櫛、自分の家の家紋。嫁がせる気満々じゃない。気が早いと言うか何と言うか。もしも私がこれらを一度でも受け取ったなら、逃がす気はないと言っているようなものだよ。
こんなにも思われて、私は幸せ者だ。
もしも私も死した後、再会出来たのならば。逆プロポーズってやつをしてやろうかな。一度転生を体験した身。来世で再会出来る可能性は零じゃないよね。
また涙を流しながら、もしかしたら有り得るかもしれない幸福を思い描いた。
BACK /
TOP