イザナの天竺と万次郎くんの東京卍會で抗争があることは知っていた。それに関してはちゃんとイザナの口から話を聞いていたのだ。
だからって銃で撃たれるって何?この現代社会で?銃の所持が認められていない国に住んでいるよね?
頭が真っ白になり、亡くなった兄の姿がフラッシュバックした。だからだろうか、気付けばイザナが運ばれた病院へ足を運び、今現在手術が行われる部屋の前の椅子に座っていた。
鶴蝶くんは助かるが、イザナは覚悟した方が良いと言われ、息が止まってしまいそうになる。
イザナのバカ。まだまだこれからでしょうが。専門学校の入試が終わって、結果発表だってまだされていない。夢を叶えようと努力していたんじゃなかったの?バカ、バカ!
隣に座る蘭くんに背中を摩られる。反対隣には武藤くんがいて、握りこんだ拳の力を抜くように手を開かせてくれた。
イザナが撃たれ、東卍のメンバーは逃がしたものの、彼らはその場に残って警察に捕まる道を選んだらしい。本当に素敵な子たちに巡り会えたね、イザナ。
彼らが未成年だからなのかは分からないが、二人の手術が終わるまでは警察も待っていてくれているらしい。その警察の監視の目が気にならないほどに私は不安に脅えた。
だってどんなに強くて大きな背中をしている人でも、死んでしまう時には死んでしまうんだ。兄がそうだったから。
左の薬指に嵌められた指輪を撫で、ただひたすらに祈り続けた。
◇
「よォ、名前」
「……おまえってやつは!おまえってやつは!!なんなの!?」
手術は成功したものの、昏眠状態だったイザナが目覚めたのは一週間後だった。
天竺の主要メンバーが口裏を合わせ、イザナが捕まることのないように上手いこと事を運んだようだ。元々被害者として話はほぼ纏まっていたらしく、鶴蝶くんも自由の身である。
毎日病院に足を運び、面会時間ギリギリまで手を握って帰っていた私に対する一言目があれである。私は怒っても良い。
ボタボタと涙を流しながら、呑気にお見舞いの林檎をそのまま丸かじりしていたイザナに抱きつく。年々図太くなるイザナの精神には困ったものだ。
「相変わらず、泣き顔はブサイクだな」
「減らず口め」
傷に障らないように強くは抱きつけないけれど、その分イザナが自分が耐えられる程度に力を込めて背中に腕を回してくれる。
私が珍しく大声を上げたことに気が付いた看護師さんが病室へとやって来て、恐る恐る声をかけてくれた。恥ずかしさの余り穴があるなら入りたいと呟くと、看護師さんが先生を呼んでいる間にキスを落とされる。
そういうところが図太いんだよ、イザナ!
◇
目が覚めたイザナは病室を移され、今は鶴蝶くんと同じ部屋にいる。これなら私も一安心である。とはいえ、鶴蝶くんはイザナより先に退院が可能なので、別の人が同じ病室に来てしまったときを想像するのが恐ろしい。早めに退院するか、個室を検討しておこう。
「ところでイザナ、私に何か言うことないの?」
「言うこと?あー、暇だから漫画持ってきてくんね?」
「そういうことじゃありません!」
トン、とチョップをする。
「イザナ。私、本当に心配したんだよ」
「へぇ」
「……それだけ?」
「なにが?」
本当に何も分からないのだろう。
私の様子がおかしいことに気が付き、ちゃんと話を聞く態度にはなったが、きょとんとした表情を浮かべている。
空気が悪い。察した鶴蝶くんがイザナに声をかける前に捲し立てる。
「イザナがしたことを否定する気はないよ。沢山考えた上でやったことだって分かってるから。でも、それでもさ、一言くらい謝ってくれたっていいじゃん……」
「は?名前、泣いてんの?」
「泣くよ!イザナが撃たれたって聞いて私、心臓止まるかと思ったんだから!今回ばかりは譲らないから!イザナのばか!」
人に心配してもらえることが当たり前ではないことを知っているくせに。それなのに私がどんな思いでいたかなんて、ちっとも気を回してくれない。
大怪我をしたのだから、自分のことで精一杯なのかもしれないと、そう頭の片隅では思っているのに言ってしまった。
大きくも、特別狭くもないアパートでの二人暮らしに慣れきっていた私は、イザナのいない日々が寂しい。もしかしたら一生イザナの温もりを感じることが出来なくなり、いつかは顔も声も忘れてしまう日が訪れていたのかもしれないと想像するだけで身の毛がよだつ。
「ごめん、頭冷やしてくる」
ガラリ。病室のドアを開け、解放されている屋上へ逃げ出した。
そして襲ってくる罪悪感。
「どうしよう……」
イザナに酷いことを言ってしまった。今すぐ謝りに行く?けど、今回ばかりは譲らないって飛び出して行ったばかりだし……。
大きく溜め息を吐いてベンチに背中を預けていると、背後から誰かが体を伸ばし、目の前に顔を寄せる。
「ばあ♡」
「うわぁ!?っ、痛い」
「え、大丈夫?」
色気も何も無い声を上げて頭を逸らし、思い切りベンチの角に頭をぶつけた。
よしよしと私の隣に座り、頭を撫でてくれたのは万次郎くんだった。
「ゴメンネ、ぶつけるとは思ってなかった」
「大丈夫だよ……。久しぶりだね」
「うん。……名前ちゃん、泣いたの?」
「ちょっとだけ」
情けないところ見られちゃったなぁと呟くと、「ん」と未開封のペットボトルが差し出された。水分補給をしろという意味だろうか。
お礼を伝えて受け取り、ゆっくりと飲んでいく。喉が渇いていたつもりはなかったのだが、ペットボトルの中身は半分ほどにまで減っていた。
「これ、イザナに持ってけって言われたんだよね」
「イザナに?」
「ウン。お見舞いに行ったらペットボトル押し付けられて、屋上に行けって追い出されたの。ひでぇなって思ってたけど、名前ちゃんがいるからだったんだね」
ならしゃーないか!とカラリと笑ったかと思えば、真剣な表情へ変わる万次郎くん。
彼もわりと情緒不安定なんだよなと昔からの喧嘩っ早い姿を思い出していると、宥めるように背中を軽く叩かれる。
「どうせいつも名前ちゃんが折れておしまいなんでしょ?せっかくだし、今回は大喧嘩しちゃいなよ」
数年前、我儘を言った万次郎くんやエマちゃんに対しても、仕方ないなで済ましていた記憶がある。万次郎くんはそれを憶えていたらしい。
「名前ちゃん、譲ってばかりじゃん。たまには頑固になっても良いんだよ」
◇
頑固になる。これが意外にも難しく、口を開けばイザナを慮る言葉ばかりが出てきそうになってしまうため、私は喋ることを止めた。
メールには返信するもののお見舞いにも行かず、定期的にイザナのお友達に様子見へ行ってもらう生活。
「イザナが自分で答えを見つけようとしている」
だから待っていてやってほしい、と頭を下げて来たのは一足早く退院した鶴蝶くんだ。
イザナは私が怒り、泣いてしまった理由を探っている真っ最中なのだと。
自分の気持ちを優先せず、相手を理解しようとしている。それが嬉しいと鶴蝶くんは語った。
「まァ、大将も大人になったってことだな」
慇懃無礼な蘭くんのそれすらも、今のイザナであれば許してくれる。
イザナの世界の中心は、既にイザナ自身だけではない。多くの人が自分を支えてくれていることをイザナは知っている。
私の大好きな婚約者さまは子どもから大人へと成長しようとしていた。
◇
名前を呼ばれ、振り返る。
自宅アパート。午前中に退院したイザナは万次郎くんや鶴蝶くんたちに家まで見送られて帰って来た。
気が付けば肌寒さは遠ざかり、過ごしやすい気温の日々が訪れていた。
完全復活を果たしたイザナはラフな格好をしており、手洗いうがいを済ませてから、洗濯物を畳んでいた私の横に腰を据える。
「よかった……」
私の指環を付けた方の手を両手で握り、安心したイザナは話を始める。
「色々考えてみたけど、全然分かんなくて」
主語はないが、何の話をしているかは分かる。
おずおずと言葉を綴るイザナを心の中で応援しつつ、それを顔には出さないようにと私もおかしな方向へと努力をした。
「そしたら、万次郎のトコのヤツが自分の身に置き換えてみたらって。それで、逆の立場で考えてみたら……すぐ分かった」
胡座をかいたまま、イザナが頭を下げる。
「心配かけて悪かった。……で、心配してくれて、信じてくれて、アリガトウな」
ぶわぁっと涙が込み上げてくる。最近はイザナの前で泣いてばかりだな、私。
――ああ、分かってくれたんだ。
理解して、呑み込んで、その上で言葉をかけてくれている。
何故だか母親目線のようになってしまっているけれど、嬉しくて堪らなかった。
「わ、私も無視してごめんね……っ!お見舞いも全然行かないで!ごめん!」
「それは傷付いた」
「ごめんなさい……!万次郎くんに頑固になっていいんだよって教えてもらって、それでイザナを試すようなマネをしたの!絶対万次郎くんはそういう意味で言ったんじゃなかったのに……」
「は?万次郎に?」
突然空気が張り詰める。
再度謝ってみるが、イザナの機嫌は損ねたままだ。
「オレが譲らなくてもって……」
「なに……?」
「……やっぱり万次郎のことは好きじゃねぇ」
「どうして!?」
大きく舌打ちをして、イザナはそっぽを向いた。
「オレが名前にもっと我儘言えって、言ってやるつもりだったんだよ」
「そっち向いてちゃ聞こえないよ?」
「聞こえなくていいんだよ」
態度は悪い癖に今度は私を抱きしめ、そのまま離してくれはしない。
私たちの王さま。私の婚約者さま。
彼を抱きしめ返し、サラサラな髪を撫でる。
二人分の心音が耳に届いた。生きてるなぁ、本当によかった。