「イザナ!ダチが困ってんだ!今日だけモデルの仕事やってくれよ!」
「ヤダ」
「給料も出るぞ!?」
「ヤダ」
「そう言うと思って、名前ちゃんにメールしといた。今電話かけてるトコ」
「は?」

 横浜の街を我が物のように歩くイザナに駆け寄り、腕を掴んだ万次郎は頼み事があるくせにちっとも下手には出なかった。
 お互い遠慮なし。認めたくはないが、本当の兄弟のように接するようになったイザナと万次郎は相手の弱味をよく知っていた。
 歳は離れているが同じくカリスマを持ち、意外にも子どもっぽいところがある二人は同レベルの喧嘩をよくする。手が出てしまうと誰も手をつけられなくなってしまうのはご愛嬌というやつだ。止める側からすれば全く笑い話にはならないが。

「だから!やんねぇっつって、」
「万次郎くん!?イザナ、モデルさんになるの!?」
「やらな、」
「わー!イザナ、贔屓目無しにもカッコいいもんね!雑誌とかに載るのかな?」
「メンズ向けの雑誌って聞いてるよ」
「じゃあ観賞用と保存用、それに布教用も買わなきゃ!」
「……」

 ニヤリと開いた携帯をイザナの方へ向け、会話を聞こえるように話す万次郎。
 万次郎は知っていた。血の繋がらない兄が唯一暴力的に手を出せず、傷付けたくない相手がいることを。そしてその人はほんの少し前まで、自分が憧れている方の兄のお店でアルバイトをしていた女性であり、連絡先まで交換している。とは言え、連絡をしたのは今日が初めてであったのだが。
 電話越しですら楽しげにしていることが分かる自身の婚約者にイザナは無表情のまま黙り込む。
 その姿を見た万次郎は後もう一押しだと態とらしく喋り出した。

「あーでも、イザナはやる気デナイミタイ」

 明らかな棒読み。それに違和感を覚えない名前ではないのだが、彼女が何か言うより先にイザナが口を挟む。

「やる」
「……イザナ?」
「そ、オレ」

 鮮やかな手口で万次郎の手から携帯を奪い取り、唇を綻ばしたイザナは名前と二人きりで会話を始めてしまった。
 何時ものような冷たい声色ではなく、もっと優しくて暖かい、思いやりに満ちた声色。
 好きな人がいるとこうも変わるのかと感心しながら、万次郎は携帯を奪い返した。





 某イケメンアイドルが表紙のメンズ雑誌を手に取り、傷を付けないように丁寧に開く。お目当ての頁を見つけるまでは一切文字を読まず、ペラペラと捲った。
 手が止まる。煌めくアメジストのような瞳を持つ、大人と子どもの境目に経つ少年が膝を抱え、首を傾げた様子がドアップで写っていた。サラリと揺れる銀色の髪がより一層艶やかさを纏っていた。

「か、かっこいい……」

 元々顔が良いことは重々承知していたつもりだったが、気飾れば更に神秘的な魅力を醸し出し、これはもう世界一としか言いようがない。

「そうか?」
「キラキラしてる、やばい」

 語彙力の損失。つつっと雑誌に写った無表情のイザナの頬を撫でる。あまり乗り気では無いのか、カメラから目線を外しており、それがイザナの長い睫毛を目立たせていた。
 本物のオレはこっちにいるんだが?とでも言うように、この雑誌の撮影で手に入ったお金でイザナが購入したソファまで運ばれ、腕の中に閉じ込められた。よしよしと猫を相手にするかのように顎を擽ると、横っ腹を摘まれる。やめて!イザナと違って筋肉はなく、あるのは贅肉のみだ。ダイエットも検討しているが、どうもイザナは私に何かを食べさせることが好きらしく、今まで成功したことは一度もない。
 ペラリと頁を捲ると、冬真っ只中のコートを使ったコーディネートが幾つか紹介されており、イザナは適当なポーズを取っている。面倒な顔はしないようにしているが、正直な男なので楽しくもないのに笑うことは出来なかったようだ。

「あれ、インタビューも受けたの?」
「まァ、貰える金が増えるって言われたからな」

 並べられた文字の羅列をじっくり読むと、普段のイザナからは考えられないくらいの言葉の柔らかさ。文字にするに当たって大分編纂しているようだ。天竺メンバーに弄られるに一票。
 声色は温かいのだが、イザナの言葉遣いはお世辞にも優しいとは言えない。特に人見知りで初対面の人間には冷たいタイプなので、こんな優男のような喋り方は絶対にしていないはずだ。
 普段の格好や生活。何をしているのか。返事が雑でちっとも会話が長続きしていないようだが、その素っ気なさもカッコいいと後日評判になったそう。

「名前、ヒマ」
「もうちょっと待っててね」
「ん」

 邪魔をして嫌われたくないので、イザナは下を向く名前の頭に頬を寄せるだけで我慢した。ふわりと香るシャンプーが自身と同じ物であるというのに、こうも甘ったるいのは何故なのだろう。決して嫌いなわけではなく、むしろ好ましい。だからこそイザナには不思議だった。
 雑誌の販売に当たり、イザナは色々と準備を行っている。例えば天竺絡みで余計なことをしてきそうなマスコミを黙らせるため、既に作ってある警察に対するコネを行使したり、横浜の町を今まで通り歩けるように治安を良くしたりと何かと忙しかった。
 昔からイザナは人より目立ち、自身にもその自覚がある。更にその異国風の容姿が人の目を集めてしまっていた。だからこそ、名前との生活を脅かされないように先手を打ち続けている。
 大変で、面倒で、精神も疲労するようなことばかりだったが、名前が目に見えて楽しげだったので、イザナもご機嫌だ。そしてイザナがご機嫌であれば、横浜の治安は守られると言っても過言ではない。

「私のことも話したんだ?」
「聞かれたからな」

 家での過ごし方についての質問を受け、婚約者とそれなりの暮らしをしていると答えていた。掃除や洗濯は毎日して、二人に時間があればデートもしていると、そこだけイザナの文字数が多くなっているのが照れくさい。

「私のこと大好きだね」
「そうだけど。名前は?」
「私も大好き!」

 雑誌を閉じてサイドテーブルに置き、イザナに抱き着く。顔中に落とされる唇が擽ったい。
 イザナは何時からかこういうスキンシップが多いため、私は家の中ではメイクをしないように心掛けている。一緒に暮らしていればスッピンなんてちっとも気にならなくなってしまった。
 これは余談なのだが、我が家では鶴蝶くんに対してお手伝いによるお小遣い制度を導入している。私にとって鶴蝶は大きな息子を育てているようなものなので。イザナは絶対に認めはしないが、きっと可愛い弟分だと本当は思っているのだろう。
 買い出しやすぐにやり過ぎてしまうイザナのストッパーをこなしてくれている鶴蝶くんはそのお小遣いで、イザナが雑誌で着ていたコートを購入していた。
 恥ずかしさから隠していたのだがそんなものはイザナには関係がなく、すぐに秘密を暴かれてしまったのだが、「似合うじゃん」の一言で話は纏まった。
 尚、撮影時にそのコートの買取を行っていたイザナは後日、鶴蝶くんとお揃いのコートで出掛けたのだとか。

ハートで囲んだ貴方のなまえ